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第44話「中隊で師団を相手にするなんて最高じゃないか」

 アスミタ村の火の見櫓に登ったゼニス大尉の目には、はっきりと一万を超える軍勢が侵攻してくるのが確認できた。


 まだ遠くを進軍しているため、人影がはっきり見えるわけではないが、それでも慣れた者なら軍隊の数をカウントする事は不可能ではない。


 兵士達が組んだ隊列の間隔は、基本的に一定である。そのため、進軍して来る部隊の長径や幅が分かれば、そこに何人の兵士がいるのかは予想がつくのである。


 相手との距離を目視だけで判断すると言うのは、士官教育を受けたゼニス大尉にとって造作も無い事だった。


 そして、どう考えても一万人を超えているのだ。これは、1個師団規模の敵が進行しているとみて間違いがない。


 ゼニス大尉達第1中隊が、1コ師団を相手にすると言うのは単に百倍の敵を相手にするという事に留まらない。先程の戦いで十倍の的である1個連隊を相手にしたのとは、単なる量としてでなく、質として格段の差があるのだ。


 歩兵連隊は、その名の通り歩兵ばかりで構成されている。小規模な砲兵や騎兵を増強している事もあるが、基本的には歩兵ばかりである。


 だが、師団には大規模な砲兵や騎兵が組織的に構成されている。そして、歩兵・砲兵・騎兵の三兵の連携は単なる数に留まらない恐るべき戦闘力を発揮するのである。


 この三兵戦術は、かつて戦争の天才とたたえられたグスコー大帝が編み出し、大陸中を席巻して以来どの国でも真似している。戦果によりその有効性を皆理解したのだ。


 つまり、歩兵しかいない第1中隊は、三つの兵科が揃った敵を相手にした場合、極端に不利なのである。


 第1中隊は新型の強力な爆弾を保有してるため、単なる歩兵に留まらない火力を持っていた。これは、疑似的に砲兵に近い能力を手に入れていると言う事である。だから、先程の先頭で1コ連隊規模の歩兵を相手にした時、有効に戦う事が出来たのだ。


 これが師団を相手にしたとしたら話は別だ。師団砲兵の発揮する火力は、どれだけ爆弾を活用したとしてもとても勝てるものではない。所詮ゼニス大尉達は1個中隊に過ぎないのだ。数に限りがある。そして、大砲の射程は圧倒的だ。手榴弾や仕掛け爆弾を使用できる距離など、たかが知れている。所詮砲兵同士の戦いだったからこそ圧勝していたのだ。


 また、穴に隠れながら戦う戦法にも相性が悪い。ある程度どこにいるのかバレてしまえば、そこに大砲の一斉射撃を受ける事になるだろう。例え姿を見られなかったとしても大砲は範囲を薙ぎ払う。穴を掘った防御陣地に籠り、ずっとそこで戦うのは不可能なのだ。


 それに回り込んで指揮官を始末する事も難しい。騎兵部隊がいると言う事は、周囲に機動力の高い偵察兵を派遣して警戒を厳重にしているだろう。事前に潜伏していれば成功する可能性があったが、最早それをするには時期を失している。そして、今から回り込むのは不可能に近い。


「全員集合だ! 怪我人も集まれ!」


 すぐに部下を広場に呼び集めたゼニス大尉は、残されていた広場の舞台上に立って状況を説明した。皆、あまりの現実離れした話に、あっけにとられている。それはそうだろう、歴史上例を見ない聖戦月の祭の日における侵攻だけでもあり得ないことなのだ。それも、1個連隊を退けたと思ったら1個師団攻めてきたのだ。


 こんな馬鹿な話はあるまい。


「で、どうするんすか?」


 第2小隊長のゲオルグ少尉が、重い口を開いた。誰もがそれを気にしていたが、現実を見たくなくて口にできなかったのだ。


「もちろん、迎撃だ。中隊で師団を相手にするなんて最高じゃないか」


「一応、理由をお聞きしても?」


 第1小隊長のトム少尉が尋ねる。この結論は予想していたようだが、理由ははっきりさせておきたいと言うところだろう。当然である。この決断は、皆に死ねと言っているのと同義語だからだ。


「理由はいくつかある。先ず、我々はアスミタ村の村人を守るために戦っていたが、村人たちはまだベネル市に到着しているとは思えない。なら、その時間を稼がなねばならない」


「さっき戦ったヴァストーク伯爵の連隊ならともかく、これからくる部隊はもう間に合わないのでは?」


「残念だが敵は騎兵部隊がいる。いくつかに分散して進軍してくるはずで、そのどれかは回り込んで直接ベネル市に向かうだろう。騎兵から逃げられるほど時間を稼いでいる訳ではない」


「それはそうですね」


 ゼニス大尉の説明に、トム少尉は納得したようだ。彼はこの地域の地理に詳しい。距離関係を計算した場合、ゼニス大尉と同じ結論に達したのだ。


「と言う事で、俺達が逃げ出すのも同じ理由で無理だ。今から逃げても騎兵には追いつかれる。後退しながら戦うのはありだが、単に撤退するのは不可能だ」


「一応聞いておきますが、降伏するという選択肢はありますか? ニース条約で降伏は拒否できないとされてますが?」


 これを聞いて来たのはユーベル曹長である。これも当然の発想だ。兵士には捕虜となり適切な扱いを受ける権利を有している。絶対勝てない相手であるなら、降伏する事も選択肢として当たり前の事だ。そしてゼニス大尉達が降伏した場合、その処理で敵の侵攻がある程度遅延する。ベネル市への峠道辺りでわざと降伏を申し出るなどの策を講じれば、村人たちが逃げられる可能性が高くなるのだ。


 そして第1中隊はもう十分に戦った。


 十倍の敵を退け、敵の指揮官を戦死においやったのだ。これほどの戦果を上げる部隊はそうはない。ならば、もう十分共和国への義務を果たしたと言える。


「多分それは無理だ。相手は今日の戦いですでにペネループ村の村人を虐殺している。これは休戦期間の戦闘に関わった者を口封じしたいのだろう。俺達の命を助けるとは思えない」


 戦えば死


 逃げても死


 降伏しても死


 迫る確実な死に絶望的な空気が漂う。折角強敵を退けて命を拾ったと思ったのに、その直後に避けられぬ死がやって来たのだ。一度は覚悟を決めた兵士達も、こうなると心が折れそうになる。


「絶望するのはまだ早いぞ。俺だって黙って死ぬつもりは無い。勝つのはもはや無理だが、時間稼ぎは何とかなるかもしれない。俺には策がある」


 時間さえ稼げは、ベネル市にいる第1師団が増援として駆けつける。本隊が来るのには相当な時間がかかるであろうが、先遣部隊としてやって来るはずの騎兵はもっと早い。もちろん一部の騎兵だけで師団を相手にする事は出来ないが、増援が来た時点で敵は警戒する。


 つまり時間を稼ぎさえすれば、命が助かる可能性があるのだ。


 もちろんそれは非常に困難な道なのだが。


 それでも座して死を待つよりはましである。もとより第1中隊の兵士達は、軍に招集される前から命の保証の無い生活を送って来たのだ。絶望的な状況でもあがく事には慣れている。すぐに気持ちを切り替え、ゼニス大尉の策を実行するために動き出した。

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