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第43話「十倍の敵をよくぞ撃退してくれた」

 敵の連隊長を爆殺してからの戦況は、ゼニス大尉率いる第1中隊に有利に進んだ。


 敵の指揮官が死亡しようと、十倍の規模である事には変わりが無い。本来なら、数で押し込めば確実に敗北する相手であった。これは、ゼニス大尉が考案した穴に身を隠しながらの戦い方や、新兵器の手榴弾や爆弾を使用したとしてもだ。


 新兵器には、数に限りがあるし、兵数で劣っていると言う事は、どんなに射撃の精度を高めたとしても、一斉突撃されたなら止められるものではない。特に、今回は穴に隠れる事によって防御力を高めているのだが、それは機動力を捨てていると言う事でもある。また、適度に間隔を空けなければ穴を掘る事が出来ないため、兵士達は戦列歩兵を組む敵に比べて散開している。これは、敵の射撃の的にならないという利点はあるが、いざ接近戦になった時、容易く銃剣などで仕留められてしまうだろう。


 だが、そうはならなかった。


 敵の指揮官であるヴァストーク大佐を仕留めた後、第1中隊の主力が待つ前線に帰還したゼニス大尉は、攻め寄せる敵の側面から射撃と爆弾による奇襲をかけるとともに、ヴァストーク大佐戦死を大声で敵に伝えた。


 これが敵の攻撃を鈍らせる事になった。


 姿を見せずに撃ち返してくる不気味な敵だけでも厄介だったのに、側面に敵が回り込んでいたのだ。これでは攻撃に集中出来るものではない。


 しかも、彼らの指揮官であるヴァストーク大佐がすでに死亡していると言うのだ。彼らの連隊は、ヴァストーク伯爵領の出身者ばかりで構成されている。ヴァストーク大佐の命令であるからこそ、危険を冒して戦闘しているのだ。


 ヴァストーク大佐が既に戦死しているのなら、一体何のために戦えば良いのか。


 敵のもたらしたヴァストーク大佐戦死の情報が、虚報である可能性は十分にある。もしもそうであるならば、手を抜いて戦った場合生きていたヴァストーク大佐に処罰される恐れがある。そしてそれは故郷の家族にも及ぶのだ。


 しかし、先程ヴァストーク大佐が進軍していたはずの後方の地域から、凄まじいばかりの轟音が響いてきたことが虚偽とは思わせない説得力を補っていた。共和国軍が使用する新型爆弾の威力は、前線で戦う彼らはすでにその恐ろしさを実感している。あれを、何の備えも無く食らったのなら、いくらヴァストーク大佐に護衛がついているといっても、殺害される可能性は相当にある。


 結局、覚悟を決める事が出来ず、緩い攻撃しかできないまま帝国軍の被害は増えて行った。そして、ヴァストーク大佐戦死の味方からの連絡が届いたのだろう。結局第1中隊の防御陣地を突破する事が出来ないまま、撤退して行った。


 いくら被害が出ているとはいえ、まだ第1中隊の数倍の兵力があった。もしも被害を覚悟して突撃をされていたら、その時点で敗北は必至だっただろう。


 第1中隊が終始身を隠していたため、正確な数が分からなかったことも功を奏した。彼らとて事前の情報収集でアスミタ村に駐留しているのが1個中隊に過ぎない事は、当然知っていたはずだ。その情報が正しいと言う確信があれば、たとえヴァストーク大佐が戦死していたとしても積極果敢に攻撃をして来ただろう。だが、敵の姿が見えない事が、疑心暗鬼を生じさせた。


 数的な事だけを見て、ああすれば勝てただとか、この判断はおかしいなどと言えるのは、戦場の空気を知らぬ者だけだ。逃げ帰った帝国軍の兵士達を笑う気には、ゼニス大尉はなれなかった。


 兎に角、今は戦闘に勝利した事を、第1中隊の兵士達は喜んだ。


 歓声は上げない。声を出せば、敵に数が少ないのを感ず枯れるかもしれないからだ。


 だが、無言の熱気が第1中隊の皆を包んでいた。


 敵が完全に撤退した事を確認したゼニス大尉は、部下達に穴から出て集合する様に指示を出した。そして、三人の小隊長を先頭に整列した兵士達一人一人の顔を観察した。


 皆、勝利の達成感に満ち溢れた顔をしている。


 いや、達成感を感じているのは勝利したからではなく、この戦いの結果によりアスミタ村を守れたからなのだろう。


 奇跡的な事に、戦死者は一人もいなかった。これは、敵に視認されずに戦えたことが大きな要因である。勘で撃ち返されため、運悪く銃弾がかすめてしまった者が五人ばかりいるが、十倍の敵を正面から受け止めたとは思えない戦果である。


「みんな、十倍の敵をよくぞ撃退してくれた。予想を遥かに超える戦果に、中隊長として誇りに思う。さあ、村に戻ろう。傷の手当てもしなくてはならないしな」


 足取りも軽く、第1中隊はアスミタ村に帰還していった。高揚感により戦闘の疲れなど感じる者はいない。誰もが戦死を覚悟していたのだ。死地からの生還はまさに軌跡である。信心深い兵士の中には、これは聖戦月の祭を無視して侵攻して来た帝国軍への天罰だと軽口をたたく者もいた。


 アスミタ村に戻ったゼニス大尉は、負傷者の応急処置をし、手の空いている者には食料や水分を補給させた。今は高揚感により傷の痛みも、疲労も感じていないが、実際は疲労困憊なのである。例え優勢な戦いであっても、命のやり取りと言うのは恐ろしいほどエネルギーを消費するのだ。


「あ。ベネル市に逃げる途中の村人たちに、敵を撃退した事を知らせなくちゃな。それにベネル市の司令部にも」


 広場に置き去りになっていた祭のご馳走を食べながら、ゼニス大尉は処置すべき事項に気が付いた。作戦後の連絡はすぐにしなければならない基本基礎である。それにもかかわらずそれを命じていなかった事が、ゼニス大尉の疲労を表していた。


 ロール少尉は馬を使用して、既にベネル市の師団司令部に報告が終わっている頃だろう。すぐに知らせねば、師団全体が戦闘態勢を整えてしまう。


 また、老人や女子供ばかりの村人たちは、おそらくまだ峠を登っている途中のはずだ。足の速い者を向かわせれば、ベネル市に逃げ込むより前に知らせる事が出来るはずだ。


「中隊長! 中隊長! こっちに来てくれ!」


 部下に命じなければならない事項を、頭の中で整理していたゼニス大尉に、その思索を吹き飛ばすような大声が降って来た。


 声のする方向を見れば、村の広場に設置された火の見櫓の上に登っていたガストン二等兵が、手を振りながら騒いでいる。


 一体何事かと思ったゼニス大尉だが、ガストン二等兵は見るからに慌てており、落ち着いて報告するのは不可能だと判断した。ゼニス大尉も火の見櫓に登る事にした。


 そして、遠くを見渡せる火の見櫓に登ったゼニス大尉は、ガストン二等兵が何を騒いでいたのかすぐに理解した。


 ゼニス大尉の目に飛び込んできたのは、アスミタ村に向かって侵攻する一万を超える軍勢だったのである。

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