第42話「高貴なる者の策略」
「そこを行く帝国軍の連隊長! 貴様、ヴァストーク伯爵だな? よくもこのアスミタ地方に来れたものだ。ここは貴様の来る所ではない。立ち去れ!」
「な、なんだ貴様は? 共和国軍の兵の様だが、一体何なのだ?」
トスケール帝国陸軍連隊長のヴァストーク大佐とその取り巻きの部下達は、急に投げかけられた声とその主に当惑した。
ここは敵地であり、敵兵による奇襲攻撃は当然警戒していた。今現在、連隊長の先を行く部隊は交戦中であり、指揮官の襲撃位は当然警戒している。また、彼らは皆ヴァストーク大佐の領地の出身であり、主筋の命は何があろうと守らなければならない。
もしもヴァストーク大佐が戦死した場合、守り切れなかった部下だけでなく、故郷の家族にも係累が及ぶだろう。
だが、堂々と声をかけて来る者がいるなど、全く予想外であった。
急に出現した若者は、共和国の士官の軍服を着用しており、階級章によると少尉である。ここまでは予想の範疇だ。しかし、なぜ、わざわざ声をかけてきたのだろうか。警戒していたとはいえ、共和国軍少尉の出現は完全に意表をついていた。見事な潜伏能力である。
彼が、狙撃をしていたならば、ヴァストーク大佐の命を奪う事も不可能ではなかっただろう。もちろん、小銃の命中精度による限界があるため、確率は二割を切るだろう。だが、それでも状況を総合的に考えれば、凄まじいばかりの好条件だったことは間違いない。
それなのに、一体なぜ声をかけてきたのか。
「伯爵、あの顔立ちには見覚えがあります。ネルベ村のクリストフにそっくりです。おそらくその縁者で、例の件を逆恨みしているのでは?」
「おお! なるほど、そう言う訳か。お前は、クリストフの息子のジャンポールだな? お前が恨むべきは私ではない。考えてもみろ。確かにこの地域の王党派に決起を促したのは私だ。それは認めよう。しかし、その調停に入ったお前の父を死に追いやったのは、この地域の村人どもではないか。それを思えば、我々に協力するのが、お前の父への供養となると思うがね?」
「……」
貴族は上下左右の様々な人間関係がその権力の基盤だ。そのため、意外な事ではあるが、平民であっても重要な人物の顔や名前、家族構成は頭に入っている。
「そもそも、あの件は、革命などという愚かしい行いをした、この国の民衆たちに原因がある。共和制などと言う幻想にすがり、高貴なる王族を殺めてしまったのだからな。このままでは、愚かしい民衆共が国を誤った方向に導いてしまうだろう。それは、ゴダールの兄弟国であるトスケール帝国の貴族としては見過ごせんのだ。理解出来るな?」
手前勝手な理論を言うヴァストーク大佐を、ジャンポールと呼ばれたトム少尉はじっと黙って見ていた。その表情からは、出現した時の激しい表情と違い、今は何の感情も読み取る事は出来ない。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「ヴァストーク伯爵、聖戦月の祭の休戦期間中のこの行動、こんな事が世間に認められると思っているのか?」
「認めるも認めないもない。この地域の民衆共は、全員息絶えるのだ。さっき通って来たペネループ村の者共も始末したし、これから向かうアスミタ村も下賤な血の者達は皆殺しにする。どうだ? お前も協力して、父の恨みを晴らしたくないか? この作戦が成功した暁には、我がトスケール帝国の勝利は間違いない。それどころか、かつて建国の大帝のみが成し得た統一帝国すら夢ではないのだぞ」
「その統一帝国とやらで、貴様が皇帝になるのか? たかが伯爵が」
挑発する様にトム少尉が言い放った。不思議な事に、ヴァストーク大佐は嫌な顔をする事なく答えた。
「まさか。頂点に立つのは、真に高貴なる血筋のものだよ。まあ私もそのそばで栄光ある地位につくつもりだがね」
ゴダール共和国やトスケール帝国に生きる者の認識から言えば、ヴァストーク大佐の言っている事はいささか大言壮語が過ぎる様に感じられる内容だ。だが、ヴァストーク大佐の口調や表情からは、狂人の様な雰囲気は、見られない。
何か、根拠があっての事かもしれない。だとすれば、それは歴史を動かす大事である。
「ふむ。見た所、私の温情ある提案には乗るつもりが無い様だ。残念だよ。まあ、お前を確実に捕獲出来る様に部下を展開させるために、時間稼ぎをしていたのだがね。下賤の者には想像も及ばないだろうが、高貴なる者は策略を使うのだよ」
「ああ、実はこちらも時間稼ぎをしていたんだ。貴様が、見え見えの時間稼ぎをしていたから、それに乗らせてもらっんですよ。高貴なる者の策略とやらも大したことがないですね」
「な?」
「ばーん」
困惑するヴァストーク大佐に向け、トム少尉は人差し指を向けて拳銃を撃つような仕草をした。
次の瞬間、辺りに天地を揺るがす轟音が鳴り響いた。それと同時に、ヴァストーク大佐を中心に大爆発が起こり、ヴァストーク大佐も周囲の護衛も吹き飛んだ。
いや、吹き飛ぶなどといった生易しいものではない。彼らの五体は爆発により原形を残すことが無かった。消し飛ぶと言った方が適切だろう。
「ああ、「ばーん」ではなく「どーん」でしたね。すまないですね」
皮肉めいた表情でうっすらと笑うトム少尉のそばに、ゼニス大尉達が集まって来る。彼らはトム少尉が注意を引いている隙をついて、爆弾を仕掛けていたのだ。
「敵のトップである連隊長を倒せば、何か情報が手に入ると思ったんだが、何も残らなかったな。ちとやり過ぎたか」
「ま、いいんじゃないですか? どうせ、調べている時間の余裕なんて元からないでしょうし」
「そうだな。よし、逃げるぞ!」
ゼニス大尉は部下を引き連れて、元来た道に向かって走り出した。これだけの大爆発なのだ。死亡したヴァストーク大佐の部下がすぐに集まって来るだろう。
「それで、父親の仇をとれた気分はどうだ? まあ、直接ではなく、間接的と言うか原因だそうだから、あまりすっきりはしないかもしれないが」
走りながら、ゼニス大尉はトム少尉に問いかけた。詳しい事は時間も無いので聞き出していないが、ヴァストーク伯爵はトム少尉の父が死んだ原因だという。だが、直接の原因はアスミタ村などの、この地域の村人達だとも聞いている。アスミタ村の村人を助けるために戦うのに、わだかまりがあっては思う存分戦えないだろう。
「そうですね。とても清々しい気分ですよ。なにせヴァストーク伯爵は隣国の貴族ですからね。まさか、この手で殺せる機会があるとは思っていませんでした。神に感謝したいくらいです」
「そうか」
アスミタ村の村人たちの事をどう思っているのか分からないが、とりあえずトム少尉の気分は晴れたらしい。最近、皮肉っぽくなっていたり、表情が良くなかったので上官として安心した。
「それじゃあ野郎ども! 戻って敵の残りを叩き返すぞ! 敵の大将を倒したとはいえ、まだ敵は大部隊だ。気を抜くんじゃないぞ!」
「おお!」
敵の指揮官を始末するという、今回の防衛作戦における重要な任務を終えたゼニス大尉達は、意気揚々と第1中隊の残りの兵士達が守っている陣地まで引き返していった。
この時、ゼニス大尉もトム少尉も、これから待ち受ける戦いがどの様なものになるのか、知る由も無かったのだ。




