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第41話「『阿呆な指揮官を撃破したら、敵の動きが良くなりました』何て事にならなきゃ良いんだが」

 ゼニス大尉はトム少尉の第1小隊を引き連れて、敵の後方に向かって突き進んでいた。


 土地勘のあるトム少尉の案内により、草の丈が高い所や、地隙により身を隠しながらの行動である。


 おそらく敵からは完全に姿を秘匿できているはずだが、その反面こちらからも敵軍を目視する事は出来ない。しかも、地形や植生を利用しているため、真っ直ぐ進んでいるのではない。あっちに行ったりこっちに行ったりを繰り返しているため、軍の訓練により方向感覚には自信があるゼニス大尉ですら、自分達の正確な位置が分からなくなっていた。太陽の位置で、一般方向は間違っていない事は分かるのだが、それでは作戦として成り立たない。


 もう、トム少尉を信じる他にない。


 しばらく進んだ後、遠くの方向から銃声や爆発音が響いてきた。アスミタ村に続く道沿いに残して来た第2小隊と第3小隊が、トスケール帝国軍と交戦を開始したようだ。


 敵の数は数倍であり、普通なら鎧袖一触、一瞬で敗れ去る事だろう。だが、そうならない様に色々と策を講じている。


 この時代における歩兵の一般的な戦い方は、密集した横隊を組む戦列歩兵だ。これにより銃の命中精度が低かろうとある程度補完できるし、指揮もし易い。そして何より、兵士の逃亡を防ぐ事が出来る。


 これに対し、ゼニス大尉は部下達に穴を掘ってそこに入り、身を隠しながら戦う様に指導した。


 これにより、敵の的になる面積を三分の一以下に減らす事が可能になると見積もっている。また、銃や身体を地面に固定できるため、命中率が向上できるはずだ。


 休戦期間中、ゼニス大尉は単に休んでいたのではなく、こういった新しい戦い方を研究し、時には部下を連れて実験していたのである。


 また、ジェシカ少尉の伝手で手に入れた手榴弾や、ジェシカ少尉お手製の爆弾は効力を発揮するはずだ。


 密集した戦列歩兵には、範囲ごと吹き飛ばす爆発物が効果的である。それは、休戦直前の戦闘の経験により十分理解している。今回もその成果を活用するのである。


 また、爆発による轟音は兵士の心を打ち砕き、行動を鈍くさせる効果がある。今回の戦闘の目的は、敵の殲滅ではない。ベネル市から救援が来るまでの時間稼ぎである。


 そのため、爆発物により敵の恐怖心を煽り、進軍を遅らせる事が勝利に繋がるのだ。


 ここまで述べて来た、第1中隊の防御態勢の一番の天敵は何かというと、強力な督戦による無理な攻撃を仕掛けられる事である。


 何せ、どれだけ策を講じても、敵より兵数が圧倒的に少ない事は厳然たる事実だ。もしも被害を考えずに突撃して来たら、恐らく防御が保たないだろう。


 トスケール帝国は、革命により共和制に移行して身分制度が一応無くなったゴダール共和国とは違う。士官は貴族であり、兵卒の命を考慮せずに命令を下す傾向がある。


 これが一番の懸念事項であった。


「進め! 前方の大隊が戦闘に入ったぞ。我が大隊も戦闘加入するのだ。進め!」


 遠くの方から、そんな言葉が響いてくる。姿は見えないが、どうやら二番手を進んでいた大隊の指揮官が、命令を下しているらしい。


 味方の交戦を察知して、自己の判断で進軍の速度を速めているのだ。


 戦場においては、千変万化する状況に適合し、柔軟な判断を下す事が必要だ。ただ命令通りに進軍するなど、指揮官の怠慢である。


 その点、この敵軍の大隊長は合格であると言える。彼らが迅速に前線に到着する事は、第1中隊にとって非常に厄介な事だ。


 だが、それは折り込み済みの事である。


 彼らの進軍速度が上がるという事は、後続の部隊との間隔が空くという事だ。教範に記された敵の慣用戦法では、連隊規模の進軍形態からすると連隊長が進んでいるはずだ。


 これを討ち取り、敵の指揮を停止状態に追い込むのが、今回の作戦なのだ。


 身分制度の厳しい帝国軍では、下の階級の者が勝手に判断する事は許されない。一番上の指揮官を戦死させる事で、敵軍の判断能力を奪うのである。


 もちろん、連隊長が戦死しても、副連隊長なり、先任の大隊長なりが指揮を継承するだろう。だが、そこには時間的な間隙が生じるため、時間を稼ぎたい第1中隊にとっては非常にありがたい事態なのである。また、連隊長死亡後に残された指揮官の人間関係によっては、分裂が生じてくれるかもしれない。


「まさか『阿呆な指揮官を撃破したら、敵の動きが良くなりました』何て事にならなきゃ良いんだが」


「それを判断するには、時間と敵の情報が足りませんね。そうならない事を祈りましょう」


 ゼニス大尉の独り言に、トム少尉が律儀に反応した。


 軍においては指揮官の命令は絶対だ。だからこそ不適切な者が指揮官になると致命的な事になってしまう。


 これは単なる戦術能力だけではない。パワハラをする者が指揮官になると、意見が不活発になったり士気がガタ落ちになったりと、ロクな事にならない。


 まあ、そういう指揮官は何故か「戦死」したりする傾向があるので、前線からは排除されていくのである。


 不思議な事ってあるもんですね。


 それはともかく、共和国軍と違って帝国軍では不適切な指揮官でも「戦死」する確率は低い。何故なら士官は貴族であり、場合によっては指揮下の部隊はまるまる領民で編成されている事すらある。


 その様な状況で「戦死」させてしまっては、残された者に責任追求が及ぶ恐れがあるのだ。


 ゼニス大尉が危惧しているのは、責任追求を恐れた兵士達が必死で連隊長を守る事だ。敵の方が兵力が優勢であるため、敵兵が万全の態勢で抵抗して来た場合、作戦が失敗に終わる可能性がある。


「見えました。あの連隊旗がある所に敵連隊長がいます。それに、連隊旗の横に掲げられた紋章は、ヴァストーク家。この地方の有力者です」


 報告するトム少尉の声は、何か不思議な熱を帯びているようにゼニス大尉には思えた。

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