第40話「敵の指揮官に教育しに行くぞ」
「急いで死体を片付けろ! 偽装の補備修正も忘れるな! 必ず互いに点検しろ!」
ゼニス大尉は部下達に矢継ぎ早に指示を飛ばした。
先ほどゼニス大尉の率いる第1中隊は、敵の先遣部隊である1個中隊を完全に撃滅したばかりだ。
味方の被害は全くなく、一方的に敵を殲滅した完全勝利だ。これ程の快勝はそうそうない。本来ならその勝利の余韻に浸りたいところだが、今の状況ではそうはいかない。
現在侵攻してきている千人規模の部隊の内、百人は処理することが出来た。だが、残り九百人も残っている。気を抜けば、あっという間に敗北してしまうだろう。
今回の勝利は、敵の油断とゼニス大尉の作戦が図に当たったからだ。
敵軍は、自分達に対して危険が迫っているなど、全然考えていなかった。向かう先のアスミタ村には老人や女子供しかおらず、反抗されるなど思ってもみない。この油断には、アスミラ村に向かう前に制圧したペネループ村の住人が無抵抗であった事も拍車をかけている。男手が残っているペネループ村ですら、何ら抵抗できずに虐殺されたのである。アスミタ村を警戒する必要性など感じられなかったのだ。
これは、本来本隊の警戒のために事前に派遣される先遣部隊としては、完全に誤った考え方だ。任務に対して誠実に取り組んでいるとはとても言えない。軍人失格である。
そしてそのツケは自分達の命で支払ったのである。
だが彼らの被害は単に油断しただけでなく、本来あり得ない十倍の敵に抵抗する存在が待ち構えており、しかも完全なる奇襲攻撃を仕掛けてきたからこそ発生したのである。
ゼニス大尉は、ペネループ村からアスミタ村に伸びる道の両脇に、各人に穴を掘らせて潜伏させていたのである。
歩兵の主兵装たる小銃は、未だ命中精度がそれほど良くはない。そのため、ゼニス大尉が部下を引き連れて正面から決戦を挑んだとしても、単なる消耗線になるだろう。そうなれば一般的な兵士としての練度に欠ける第1中隊は、不利な戦いになってしまう。そしてもしも互角以上の戦いを繰り広げたとしても、敵の本隊が到着した時点で敗北が決定してしまうのだ。
そこで、ゼニス大尉は地面に掘った穴に隠れ、必中の間合いまで敵を引き込むことを思いついたのである。
これにより敵が油断している状況で不意を突き、一方的に良好な命中精度の射撃で先制攻撃を仕掛けることに成功したのである。もちろん射撃だけで全滅させる事はできないし、前装銃は弾丸の再装填に時間を要するため第二回の射撃までに時間がかかる。敵が奇襲により混乱しているうちに、銃剣突撃により一気に殲滅したのだ。
最初の射撃で敵の隊長を倒すことが出来たのも幸運だった。もしも適切な迎撃の指示を出されていたら、敵を撃破するまでにこちらも被害を受けていただろう。
トスケール帝国において士官になれるのは、貴族階級に限られる。そのため、兵卒には自分で判断をせず指示待ちになってしまう傾向があるのだ。これは、余計な事を考えると貴族に睨まれるという、日頃からの社会的な認識が影響している。
そのため、指揮官を失った敵軍は組織的な抵抗ができなくなったのである。
「三十分だ。三十分以内に第2小隊と第3小隊は迎撃準備をととのえろ! 第1小隊は俺について来い! 敵の指揮官に教育しに行くぞ!」
共和国軍の教範によると、帝国軍の慣用戦法では、前進中の先遣中隊と次の梯隊の間隔は三十分程度だとされている。予想が正しければ、三十分後に1個大隊規模の敵軍が到着するはずだ。
三倍から四倍の敵であり、かなり危険な相手だ。つい先程に1個中隊を撃滅したようにはいかないだろう。
また、戦闘により銃声が周囲に響いたはずだ。これを敵が警戒したのなら1個連隊が揃ってから、戦闘隊形を整えてから攻めて来るだろう。この場合九倍以上の敵と同時に交戦する事になるため、敗北は確実だ。
もちろんゼニス大尉は、むざむざと部下を死に追いやる気はない。色々と策は練っており、それは各小隊長に伝えてある。
最終的な勝利の鍵は、救援が来ることだ。
峠まで一緒に行動していた特選遊撃隊は、迎撃のために戻った第1中隊と別れ、ベネル市まで救援を呼びに行っている。
もしも第1中隊がベネル市まで撤退していたのなら、師団の本隊が積極的に迎撃することは無いだろう。もしもそれをしようとした場合峠で敵に待ち受けられる可能性が高く、狭い道や高所への攻撃という不利な条件で戦うことになり、被害が大きくなるからだ。
だが、第1中隊がアスミタ村を防衛するならば話は別だ。
共和国軍の主力は、峠を抜けて大軍に有利な平地で戦うことができる。敵が大軍というのは、第1中隊としての視点だ。ベネル市に駐留する兵士だけでも一万は超える師団からしてみれば、たった千人ぽっちの1個連隊など話にならない。
大した被害を受けることなく勝利する事ができるだろう。
さらに、ここで勝利することは共和国と帝国の戦争にも大きな影響を与える。
敵は休戦期間にも関わらず攻撃を仕掛けてきたのだ。これは外交上の大きなカードになり得る。しかも、聖戦月の祭の最中に侵攻してきたのだ。これはヒエロス教徒にとって極めて重大な事だ。
もしここで敵を取り逃したりすれば、言い逃れの機会を与えることになる。ペネループ村が虐殺されているのも、証拠隠滅が目的かもしれない。
そしてここで休戦協定違反の敵軍を撃滅したのなら、帝国は言い逃れをする機会を逸してしまう。となれば国際世論上孤立を余儀なくされた帝国は、不利な条件での停戦に合意するだろう。
なんと、この戦いの結果により長きにわたる戦争を終結させる事ができるのかもしれないのだ。
この事は、まともな戦略眼を持つ将校なら自明の理である。
ベネル市にいる第1師団長のハンザ中将は、権力闘争にしか興味のない愚者であるが、だからこそこういった方面への嗅覚は鋭いだろう。この戦争における最大の手柄を、労せずしてたてる機会を逃さないはずだ。
ハンザ中将の様な者に手柄を立てさせるのは癪に触るが、この際致し方ない。
「トム少尉、道案内を頼む。俺達は予定通り奇襲をかけるぞ」
「承知しました。ついてきてください」
だが、例え勝利への道筋が見えたとしても、それはいきてこそだ。まずは目の前の敵から生き延びねばならない。
ゼニス大尉はトム少尉以下の第1小隊を率い、次なる作戦に移った。




