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第39話「事故が起きるのさ」

 トスケール帝国陸軍中隊長であるリューミン大尉は、無人の野を行くがことく軽快に進軍を続けていた。一隊を率いる彼は、ただ一人馬上で揺られている。


 今彼らが進んでいるのはペネループ村とアスミタ村の間であり、すぐそばには民家は見当たらないが、もちろんそういう意味ではない。


 つい先ほどペネループ村を制圧した時、村人は全くの無抵抗であり労せず集落を制圧する事が出来た。また、それ以前には共和国軍の警戒部隊を一瞬で撃滅する事に成功している。


 ペネループ村の者たちは無抵抗なら助かると錯覚しており、警戒部隊はまさか休戦期間中に本格的に侵攻されるなど、夢にも思わず油断していたためだ。


 彼らはその認識の甘さを地獄で後悔している事だろう。


 これから向かうアスミタ村も、大した抵抗は無いはずだ。


 おそらくペネループ村と同じく、帝国軍に恭順すれば助かると勘違いし、抵抗してくることはあるまい。また、事前の偵察結果によると村には1個中隊規模の部隊が駐留しているらしいが、おそらく撤退しているだろう。何しろ、リューミン大尉が率いる中隊のすぐ後には1個連隊が続行しているのだ。十倍の相手を前にしては、尻尾を巻いて逃げるより他にあるまい。何があっても死守せよとの命令があれば別だが、そうでなければ一時撤退して戦力温存を図るのが軍事的には正しい。敵の指揮官とて馬鹿ではあるまい。


 また、まかり間違って抵抗してきたとしても無駄である。何しろ帝国軍側は十倍である。負けるわけがない。そして先遣を任されているリューミン大尉の中隊が負ける恐れも先ずない。共和国側に潜り込ませたスパイの報告により、アスミタ村にいるのは特別歩兵連隊なる、本来兵として不適格なゴロツキどもを集めて編成されたのだという。そんな素質が劣悪な兵を相手に、同じ規模で遅れをとるわけがないのである。


 問題なのは、アスミタ村の住民がさっさと逃げ出してしまう事だ。先ほど制圧したペネループ村で、大規模な火災が発生してしまった。これはアスミタ村からも見えているはずであり、何かを察して逃走を図ったとしてもおかしくはない。


 これは不幸な事故であった。リューミン大尉としては村に火をつけて目立つ行いなどしたくはなかったのに。


 教会に閉じ込めてから射殺するために小銃を撃ち込んだところ、何かが引火してそれが燃え広がってしまったのだ。これは予想外の事である。


 アスミタ村ではもっとスマートに制圧しなければならない。何しろ、今度はペネループ村の時と違って捕獲しなければならない対象もいるのだ。なるべく手荒にはしたくない。また、捜索しなければならない物もあるのだ。短時間で任務を終了させるには尋問も必要だろう。


 まあ、村人が逃走を図ったところで、それが成功さるおそれは少ない。アスミタ村に残っているのは女子供に老人ばかりだと聞いている。ノロマな者ばかりであり追いつくのは容易いだろう。


 厄介なのは付近の山に潜伏される事だが、山の地形に関しても事前に情報は収集している。何せ、山も制圧の対象なのだ。


 そして、一番の懸念事項である敵の本隊が迎撃しにくる事態は、警戒する必要が無いと聞いている。


 アスミタ村まで電撃的に制圧してしまえば、敵軍は本隊が集結しているベネル市を守ろうと迎撃態勢をとるだろう。村に対する救援が間に合うわけがないのだから当然である。そして、帝国軍の狙いはこの地方の中核都市であるベネル市の制圧と、そこに駐留する本隊に対する奇襲と予想するのが普通であるため、それが常識的な対応だ。


 だが、それは誤りなのだ。


 帝国軍の狙いは、アスミタ村の制圧とそれに付随する幾つかの事である。


 この認識の齟齬により、敵は何も効果的な対応をすることができず、帝国軍は安全に事を運べるのだ。


 もちろん、敵がどう判断するかなどその時になってみなければ分からないものだ。いわゆる「戦場の霧」というやつだ。だが、上官によると、この地域を受け持つ師団が積極的に迎撃してくることは絶対に無いと聞いている。


 一介の中隊長にすぎないリューミン大尉には、具体的な事情を知る事はできないが、様々な裏事情がある事は察することができた。


 その様なことから、冒頭の通り無人の野を行くがごとく進軍しているのであった。


「こんな簡単な任務を命ぜられて、実に幸運だな。何の危険も無いのに一番槍の功績が得られるのだ」


「いやいや、油断は禁物ですぞ。はっはっは」


 リューミン大尉は近場にいた副官に冗談ともつかない言葉をかけた。軍事作戦中に言うべき発言ではない。油断は部隊を危険に晒すものであるし、作戦により敵味方の命が失われていくのだ。


 だが、それを嗜めるように返答した副官の言葉も、同じように緊張感のかけらも無いものだった。


 はっきり言って完全に舐めきっているのだ。


 一方的に相手を敵を倒すほど、楽しい事はない。これはある一つの真実であることを彼らの言動は示している。


「ふふ。油断したところで、何が起きると言うのだね? ふはは」


「事故が起きるのさ。ほら、こんな風に」


「?」


 リューミン大尉は、自分の言葉に答えたのが聞き覚えのない声だったことに驚き、声の主を求めて周囲を見回した。


 そしてその時それは起きた。


 銃声が鳴り響き、部下たちが次々と倒れていく。


 一体どこから射撃を受けているのか、全く分からない。周囲はなだらかな草原であり、敵部隊が接近してくる様子はなかった。


 また、敵の射撃があまりにも正確すぎる。現在両軍の主力兵器である前装銃は、大した命中精度ではない。これほどの命中精度で射撃するためには、相当近寄らなければならないのだ。しかし、敵が接近して来る様子など見られなかったのだ。


(何故?)


 という彼の疑問に答える者はどこにもおらず、疑問を自己解決する時間は与えられなかった。


 何故なら、彼もまた部下の後を追う様に冥府へと旅立ったのである。

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