第3話「昔この辺りで駅馬車強盗をしてたんですよ」
ゼニス大尉率いる第1中隊は、急な山間部の狭い道を見下ろせる高地の林の中に、その身を隠していた。
目的は、進軍して来る敵に対する伏撃である。
ゴダール共和国第1師団に対して、敵軍迫るの報告が繰り出していた斥候から入った。これを聞きつけたゼニス大尉が師団長のアンリ中将に襲撃任務を具申したのだ。
本来なら、一介の中隊長に過ぎないゼニス大尉が、直接師団長に意見具申するなど僭越行為も甚だしい。しかし、第1中隊の所属する第1特別歩兵連隊は、連隊長以下の主要役職者が残らず左遷されており、後任が決まっていないという異常事態である。なのでゼニス大尉は連隊長代行という理屈になるため、僭越行為が許されたのだ。
この襲撃任務を申し出たのは理由がある。
一つは、敵軍の登場により、ゴダール共和国軍側は防勢に入る事になるのだが、これは第1中隊に全く向いていない。なにしろ中隊に責任感や共和国への忠誠心を抱いている者など誰もいないので、与えられた防御地域で忍耐力をもって待ち受けるなど、不可能に近い。
ならば、得意の隠密任務に出た方がましだ。
もう一つは、首都から新兵器が届いたのだ。
第3小隊長のジェシカ少尉の昔取った杵柄で、新兵器を開発中の大学研究室から、実験名目で貰い受ける事が出来たのだ。新兵器に同封されていたマニュアルによると、この「手榴弾」なる新兵器は、拳程度の大きさながら、起動すると金属片を広範囲に撒き散らして殺傷するらしい。砲兵が使うぶどう弾を小型化したようなものだろうと、ゼニス大尉はあたりをつけて解釈した。
もちろん砲弾の様に、大人が抱えて持つ様な大きさの物とは威力が違うだろうが、広範囲に攻撃出来ると言うのは、中隊規模しか率いることの出来ないゼニス大尉にとって強い味方である。
また、何の戦果も挙げなければ、他の師団に配属された「カテゴリー5」の兵士たちの様に、完全なる使い捨ての駒として消費されてしまうかもしれない。
そういう訳で襲撃任務を与えられ、山野に身を伏しているのだ。
襲撃場所までの前進計画や、襲撃場所を地図上で選定したのは第1小隊長のトム少尉である。彼は、徴兵前は窃盗団の頭目をしていたため、こういった作戦はお手の物らしい。「昔この辺りで駅馬車強盗をしてたんですよ。税を運ぶ荷車を襲った事もありますから、案内は任せて下さい。いやー、なつかしいなあ」なる不穏な発言を聞き、窃盗団どころか強盗団だったのかと思ったゼニス大尉であったが、そこは不問にした。
トム少尉の人事書類には、彼はちんけな盗賊であり逮捕され、罰の代わりに兵になったと書かれていた。もし強盗まで、しかも税収の強奪までやっていたことがばれていたら、縛り首だったかもしれない。
そして、トム少尉の読みは的中した。眼下をトスケール帝国軍が通過し始めたのだ。
潜伏する第1中隊に気付く様子は無い。第1中隊の面々は、顔を泥で汚し、軍服のあちこちに草を貼り付けている。この時代の兵士は指揮の容易性等の要因で、目立つ服装をするのが普通である。まさかここまで徹底した偽装を行っている敵がいるなど、トスケール帝国軍は思っていないのだろう。
先頭集団はやり過ごす。この梯隊の部隊は、全軍の安全を確保するために精鋭が充てられているので、有利な状況といえど、下手に手を出すべきではない。狙うなら歩兵や騎兵などの近接戦闘力が強い部隊ではなく、砲兵や輜重兵だ。
暫く待つと、お目当ての砲兵隊が縦隊でやってくるのが確認できた。しかも、まだ安全圏を行軍していると思っているのだろう。護衛の歩兵などは付いていない。
おあつらえ向きの獲物を発見したゼニス大尉は、声を出さずに手信号で襲撃の指示を出す。
第1中隊の兵達は無言で手榴弾を準備し、砲兵隊の隊列が半分ほど通り過ぎた段階で指揮官らしき華美な服装をした士官が通り過ぎた。頃合いと判断したゼニス大尉の振り下ろす手の合図とともに手榴弾を放り投げた。
手榴弾を隊列の中に放り投げられたトスケール帝国軍は、最初目立った反応は無かった。当然である。新兵器であるこの物体が、何なのかを知らなかったからだ。そして、これが危険物であった事を数秒後に知る事となる。
破裂音が鳴り響き土煙が巻き上がると、硝煙の臭いがゼニス大尉のいる辺りまで届いた。
安全のために伏せていた身を起こしてみると、眼下でトスケール帝国軍の兵士たちが見える。効果は抜群だった。
「第1、第2小隊は一斉射撃! 第3小隊は手榴弾を投擲しろ! 反撃の隙を与えるな!」
これまでは隠密行動であったが、もう身をひそめる必要は無い。大声で命令を下し、一斉攻撃を開始する。相手は指揮官が戦死したのだろう。ろくな反撃も出来ずに右往左往するばかりで、攻撃の的になるばかりだった。
しばらく攻撃を続けると、砲兵隊は散り散りになって逃げてしまった。壊乱状態という表現が的確であり、その退却行動は全く統制が取れていなかった。
その場に残るのは、手榴弾の爆発でミンチになった死体の山と、まだ使用可能な大砲だけである。
もちろん、第1中隊に被害は無い。完全勝利にゼニス大尉の心は湧きたつのであった。




