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第38話「これより我が第1中隊は敵連隊を攻撃し、アスミタ村の安全を図る!」

 峠の高地から見渡すと、確かに火の手が遠くに上がっているのが確認できる。


「あれは、アスミタ村よりも遠いですね。あの距離からすると、おそらくペネループ村でしょう」


 この地域の地理に詳しいトム少尉がその様に言った。彼が言うのだから、先ず間違いがないだろう。ついさっきまで祭を楽しんでいたアスミタ村は、まだ無事である。


 あくまで、「まだ」であるが。


「しかし、何故ペネループ村は燃えているんだ。いや、トスケール帝国軍が攻めてきている状況からいって、火をかけられた事はわかる。でも、何故だ? 帝国軍に反抗した村人でもいたのか?」


 つい先日、ペネループ村の男衆がアスミタ村に殴り込みを仕掛けてきたことがある。男手が全くないアスミタ村と違い、ペネループ村には血の気が多い若者がいるのだ。


 しかし、だからといって軍隊に対して反抗的な態度をとったとは、考えることは難しい。


「ペネループ村は、この時代にあって上手く兵役を回避するだけの政治的感覚がある集落です。それが、何の得にもならない軍隊への反抗など、する訳がありません」


「じゃあ、どういう……」


 そこまで言いかけたゼニス大尉は、一つの結論に達した。


「最初から、帝国軍は村を燃やすつもりで来ていると言うことか? 交渉などする気がないと?」


「恐らくは」


「なら、アスミタ村はどうなるんだ?」


「たとえ恭順しても、相手はそれを許さないでしょう。何せ最初から皆殺しにする気で来ているのですから」


 ゼニス大尉達第1中隊が大人しく村を離れたのは、自分達が離脱したならば村人達が帝国軍を大人しく出迎え、それによって安全が図られるという公算が大きかったからだ。


 だが、その考えの根底が、今崩れ去っていこうとしている。


 自分達の身の安全のための撤退であるが、村の安全も理由の一つであったのだ。


「なら、どうする……」


 ゼニス大尉は小声で自問した。


 今侵攻してきている敵軍は、1000人を超える。第1中隊の十倍にもならんとする数だ。まともにやり合って勝てる相手ではない。


 それを考えると、このままベネル市への撤退を継続するのが良いように思われる。部下を無駄死にさせるのは、指揮官として避けるべきだ。


 また、ここで敵から撤退する事は、別に命令違反という訳ではない。第1中隊に命じられたのは、アスミタ村への駐屯である。防衛は命令されていない。もし、アスミタ村の防衛を命ぜられていたなら、例え十倍の敵が相手だろうと死守しなければ命令違反で処罰されてしまう。


 だが、今の状況はそうではない。


 戦術的に考えるのなら、無駄な戦いなどせず、戦力を温存するためにもこのまま撤退するべきだ。


 まともな士官なら、誰だってそう考える。交戦することなくベネル市に撤退したところで、誰もその判断を非難するものはいないはずだ。


 だが、ゼニス大尉の胸の中に、何か引っかかる物がある。


 本当に、このままアスミタ村の住人を見殺しにして逃げ出して良いものだろうか。


 ペネループ村が燃やされているのは、アスミタ村からでも確認できているだろう。そして、降伏すれば被害は受けないという予想が間違っていたことを悔やんでいる事だろう。


 そして、女子供や老人しかいない村人達が、無事に逃げ切ることはあり得ない。すぐに逃げ出せば多少は生き延びる者もいるだろうが、大半は帝国軍に殺されるだろう。


「……」


 ゼニス大尉は言葉を発することが出来なかった。今彼が考えていることは、部下を危険に晒す事になる。それはまともな指揮官ならしてはならないことだ。


 そもそも、第1中隊の隊員は任務のために命をかける事すらままならないのだ。かつて、第1中隊は敵の背後に回り込んで奇襲することで大きな成功を獲得することが出来た。しかし、敵の逆襲にあったためゼニス大尉の督戦も虚しく、皆さっさと逃げ出してしまった事がある。ほんの数十分守る事ができれば味方を勝利に導き、自分達も評価されるというのにだ。


 つまり、軍人としての名誉や、祖国のためといった、普通の兵隊なら命をかける動機となるものが、全く機能しないのである。


 その彼らが、アスミタ村のために命をかけるなど考える事は難しい。ここでゼニス大尉が何を命令したところで無駄だろう。


「戻りやしょう」


「そうだなこのまま戻るか……ん?」


 部下の誰かが言った言葉に、ゼニス大尉は生返事をしたが、何か違和感があるのに気がついた。


「戻って、アスミタ村を守るしかないっしょ!」


「そうすっすよ隊長!」


「それとも、隊長は反対なんっすか?」


「いや、俺も戻ろうと思っていたのだが、それで良いのか? 命の保障は出来ないぞ?」


 予想外の部下の言葉に、ゼニス大尉は当惑しながら問いかけた。


「どうせここで生き延びたところで、大した違いはないっしょ」


「そうそう、それに、アスミタ村は俺たちの仲間なんすよ。なら守んねえと」


 任務のために命をかけることを惜しむ彼らであるが、仲間のためには危険を顧みないことをゼニス大尉は知っている。だが、第1中隊はついさっきアスミタ村の村人達に追い出される様な扱いを受けたばかりだ。それなのに、彼らが仲間意識を持っている事が信じられなかった。


「お前達、本当にそれでいいのか?」


「そりゃあ、確かにさっきは裏切られたようで気分はよくないっすけど、世の中そんなもんしょ」


「これまで俺たちだって、裏切ったり裏切られたり色々やってきたすよ」


「そうか」


 社会の枠組みから外れた世界で生きてきた彼らは、綺麗事では済まない世界を嫌というほど見てきたのだろう。少しばかりナイーブになっていたとゼニス大尉は自省した。


 ゼニス大尉は指揮官である。ならば、自分の意志を貫かねばならない。


「ならば、命令する! これより我が第1中隊は敵連隊を攻撃し、アスミタ村の安全を図る!」


 ゼニス大尉の命令に呼応し、峠道に雄叫びが木霊した。

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