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第37話「村が燃えている!」

 勝ち目の薄い、強大な敵が迫っている。すぐに結論を出さねばならない。


「あの、兵隊の皆さんはすぐに撤退されては?」


 アスミタ村の村長が、恐る恐るといった様子でゼニス大尉に提案してきた。


 この提案は、正直ゼニス大尉にとってありがたい。迫られている決断とは、つまるところ戦うか逃げるかなのである。


 歴史上類を見ない、聖戦月の祭の最中の攻撃など、疑問はたくさんある。しかし、この際そんな事はどうでも良いのだ。そして、正直、十倍の敵に対して勝算などあり得ない。故に本音としてはさっさと撤退したかったのだ。


 だが、軍の一員として民間人を残して撤退するというのは抵抗がある。なので、村人側から自発的に撤退を提案されるというのは、その点でありがたい。


「しかし、良いのですか? 無抵抗で敵がこの村に侵攻する事になりますが?」


「中隊長、それは問題ないでしょう。どうせ、我々がいなくなったら、すぐに掲げている旗を共和国のものからトスケール帝国のものに変えるでしょうよ。こういう村の連中は、掌をくるくると回転させて生き延びてきたんですよ。自分達が犠牲になって我々を逃そうってなはずがありません」


 ゼニス大尉の疑問に答えたのは村長ではなく、第1小隊長のトム少尉だった。その淡々とした、だが、辛辣な内容に、村人のみならず、第1中隊の兵士達の表情が変わる」


「な……何を」


「おや? 違いましたか? 昔この辺りで王党派と共和派の争いがあった時、地方ということもあって当初は王党派が有利だったのに、首都を完全に共和派が勢力に収めた後、みんなして転向したじゃありませんか。不思議なことに、中立派として仲裁に回っていたネルベ村が地図から消える事になりましたが」


「なぜその事を? まさか、その顔……クリストフさんの所の……」


 村長をはじめ、村の大人達の顔が蒼ざめる。少し前のトム少尉の言動からゼニス大尉は何となく察していたが、トム少尉はこの地方の出身者のようだ。しかも、何か因縁がある様だった。


「許してくれ。あの時は、ああするしか、誰かが犠牲になるしか……」


「そんな事は分かってますよ。別に恨んでもいません。生き延びるためなら何でもするのが常識でしょう。ただ単に事実を指摘しただけですよ」


 トム少尉の口調は特に感情が込められておらず、恨みの様な激しい思いは感じられなかった。だが、割り切っているとはいえ、これまでどの様な思いで生きてきたのか、ゼニス大尉には知る由もない。


「アスミタ村に来る前にトスケール帝国軍は、ペネループ村を通過します。しかし、あの村もトスケール帝国軍に抵抗することはないはずなので、被害は受けないはずです」


 トム少尉の言う事は至極もっともだ。静まり返る村人をよそに、ゼニス大尉は部下達に撤収の指示を出した。






 トスケール帝国軍の侵攻の情報を得てからしばらくした後、第1中隊は師団司令部の位置するベネル市に向かって進んでいた。現在は、アスミタ村の裏手に位置する峠を登っている。


 軍隊としては普通の枠組みから外れた第1特別歩兵連隊第1中隊だが、一応は軍隊である。中隊長であるゼニス大尉の日頃の指導により、即応態勢は整えていた。


 村を離脱するまでにほとんど時間を要しておらず、確実に逃げのびることができるだろう。


 また、第1中隊とともに、特選遊撃隊の者達もベネル市に向かっている。お坊ちゃん揃いで戦力にならないとはいえ、彼らも共和国軍の一員だ。村に彼らがいては、アスミタ村がトスケール帝国軍に帰順するのが難しくなる。


 彼らの代表格であるロール少尉は、戦死した偵察兵の馬を引いて歩いている。峠の登りきったら、一気に馬を走らせて敵の侵攻を師団司令部に知らせる事になっていた。


 敵が1個連隊でゼニス大尉の十倍いるとはいえ、ベネル市に配置されている師団の主力からしてみれば大した数ではない。


 歴史上類を見ない聖戦月の休戦期間中の攻撃という奇襲効果さえなければ、確実に撃退する事ができる。要は、第1中隊がベネル市に到着した時点で勝利は確実なのだ。


 にもかかわらず、峠を行く第1中隊の兵士達の顔は暗かった。


 それはそうだろうと部下達の気持ちをゼニス大尉は察した。


 彼らは「カテゴリー5」と呼ばれ、軍に招集されてからもまともな扱いを受けてこなかった。それどころか、生まれてこのかた社会の枠組みの外で生きてきたのである。まるでこの世に存在しないかの様にだ。


 それが、アスミタ村に来てから村人達と交流を深め、今日は生まれて初めて楽しい祭を経験していたのだ。


 それなのに、いざ強大な敵軍が迫るとなると、敵に服従して自分達の安全を確保するには、第1中隊の存在が邪魔だというのだ。


 裏切られたように思っても仕方がないだろう。


 一様に暗い様子の第1中隊の兵士達であるが、中隊長たるゼニス大尉と、三人の小隊長達は平然としている。


 士官学校で教育を受け、様々な戦史戦例を知るゼニス大尉としては、村人の態度は普通の事だと思っている。むしろ、表面上だけ協力を継続するように見せかけて、いざ敵と交戦する段階で後ろから刺されないだけありがたいとさえ感謝しているのだ。


 第1小隊長のトム少尉は、この地方の出身で過去の経験から村人に表裏があることなど十分承知している。


 第2小隊長のゲオルグ少尉は、ギャングの幹部として社会の暗部を嫌というほど見てきた。その彼にとってこの程度のこと、動じるに値しないのだろう。


 第3小隊長のジェシカ少尉は……理由は不明だが、特にショックを受けている様子は無い。彼女は、子供たちに学校で授業をしたりして、かなり交流が多い方だったのだが。


 彼女の精神構造は、未だ謎が多い。


 完全に士気が下がっている部下達を見て、ゼニス大尉は少々心が痛んだが、今は中隊が無事に離脱できたことを喜ぶべきだと考えている。


 時間が経てば、その内回復するだろう。何せこれまでロクな人生を歩んでこなかったのだ。第1中隊の兵士の打たれ強さは並大抵のものではないし、社会の冷たさは誰よりも承知しているはずだ。


「隊長! あれを、あれを見てくださせえ!」


「何だガストン二等兵……何!」


 もうそろそろ峠の頂上に差し掛かろうという時、ガストン二等兵が後方を指し示しながら声を上げた。


 遥か遠くの方で、勢いよく火の手が上がっているのが目に入ってきた。


「村が燃えている!」

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