第36話「百対千の勝負か……」
地面に崩れ落ちた騎兵に近寄り、ゼニス大尉は助け起こしながらその様子を観察した。
その騎兵の武装は軽装であり胸甲も着けていない。ここから察するに、彼は偵察兵の様だ。銃火器の発達で騎士の時代ほど鎧が重厚でなくなった現代でも、突撃任務を有する騎兵はもっと重装備だ。
休戦期間中とはいえ、敵の監視は必要である。例え休戦期間中に攻めて来なくとも、配置を変更することは十分考えられる。そうでなければ、休戦期間明けに予想外の方向から予想外の規模の敵に攻められる事になる。
現在ゼニス大尉率いる第1特別歩兵連隊が所在する地域の上層部はバカ揃いだが、流石にそれを予想できないほどバカではない。
偵察兵の怪我の様子を見ると、体のあちこちを銃弾で貫かれたらしい傷がついている。
おそらく、情報収集のために敵の勢力圏に入り込みすぎて、敵に発見されて射撃されたのだろう。休戦期間中ではあるが、この様な場合に攻撃することまで禁じられているのではない。よくある話なのである。
だが、
「トスケール帝国軍、1000人以上が、こちらに向かって侵攻中。休戦ラインで監視していた我々偵察隊は、自分を残して全滅だ……」
これを聞いていた全ての者達の顔色が変わる。皆、ゼニス大尉と同じような予想しかしていなかったのだ。
兵士達は当然、この休戦期間の意味を理解しているので、ゼニス大尉と同じ発想に至る。また、村の住人達もそうだ。アスミタ村は国境に近い地方の村であり、度々戦乱にさらされてきた。そのため、休戦期間がどの様なものかも十分理解している。
また、聖戦月の祭のための休戦期間は、ただの休戦ではない。他の理由による休戦協定は、これまでの歴史上において度々破られて来た。だが、聖戦月の休戦期間はそうではない。
ヒエロス教が成立して以来、歴史上この休戦期間中に軍事行動を起こした国は存在しないのだ。少なくとも、ヒエロス教が主流の地域においてはそうである。
ヒエロス教において重要な聖戦月の祭を蔑ろにする様な事は、住民の激しい反発を呼ぶ。もしもそんな事をしたのなら国の支配者層は正当性を失う。一時的な軍事上の有利と引き換えに、取り返しのつかない失点をうけることになる。
そんな事は誰にとっても常識であり、だからこそ一般の将校とは違った発想をもつゼニス大尉も、休戦期間が破られる事など予想していなかったのだ。
だが、今それが破られてしまったのだ。
これは、歴史に残る大事件である。
「自分は、もう駄目だ……。この情報を一刻も早く司令部に……」
そう言い残すと、偵察兵は事切れてしまった。
残されたゼニス大尉達は、沈黙に包まれた。状況が全く掴めていないのだ。
「流石にこれは、何かの間違いなのでは? トスケール帝国だって同じヒエロス教徒です。聖戦月の、しかも祭の真っ最中に攻めてくるなんて、考えられません」
「そうかもしれませんが、この状況においては希望的観測過ぎます。今回は最悪の事態を想定して行動するべきでしょう」
「そうですな」
村長が恐る恐るそう口にした。確かに理屈はそうである。しかし、それは今目の前に転がっている偵察兵の死体が否定している。現実を信じたくないが故の発言なのだろう。本人にもそれが分かってるからこそ、ロール少尉に指摘されてすぐに受け入れたのだ。
「敵が1000人程度という事は、一個連隊規模ですか。これでは流石に相手にならんな。こちらは一個中隊、十倍が相手か。百対千の勝負か……難しいな」
ゴダール共和国やトスケール帝国を含むこの地域の一般的な編成では、百人規模の中隊を三つ集めて大隊に、大隊を三つ集めて連隊に、連隊を三つ集めて旅団、旅団を二つ集めて師団という編制にするのが一般的だ。これは歩兵の編制であり、砲兵や騎兵はまた別であるが基本はこうである。
ゼニス大尉達が所属する特別歩兵連隊は、四つの中隊で連隊としているのであるが、これは特別歩兵連隊が普通の歩兵部隊とは違う存在のためである。
中隊と連隊で正面から戦った場合、基本的に勝負にならない。これは、片方がとてつもない精鋭部隊だったとしても先ず覆される事はない。
単純に兵力差があり過ぎるのも理由であるし、指揮単位の数が違うという事もある。連隊では単純計算で九人の中隊長がいる事になるのだが、これは同じく中隊長であるゼニス大尉と同じ様な指揮能力と判断を行う人間が九倍いるという事だ。
戦場は絶えず変化するため、指揮官は常に状況判断と決心をしなければならない。これは、密集隊形で相手と真正面から交戦する戦列歩兵であろうと同様である。単純であるからこそ、相手との間合いやそれに応じた射撃のタイミングなどを正確に判断しなければならない。
そして、中隊を束ねる大隊長や、その上に立つ連隊長の存在も忘れてはならない。それだけ上の階級にいるということは、それだけの能力を持っていることを警戒しなければならない。また、トスケール帝国は帝政であり、貴族が能力では無く家柄で高い階級に収まる傾向があるのだが、だからといって無能だという保証はない。
家柄により、高い階級を得ることが確定しているからこそ、幼少時から修練を重ねて優れた能力を持っている者も数多くいるし、無能であったとしてもそれを取り巻く参謀組織は有能な者が配置されているのだ。これは高い家柄の者が指揮官になっているからこそ、それを失敗させまいと組織を強固にするのである。
普通に考えた場合、第1中隊が敵の連隊と交戦して勝てる見込みなど無いのであった。




