第35話「火炎放射器(意味深)、発射します!」
銃剣術の競技会が終わってから、村の広場は第1中隊の兵士達の余興が開始された。
軍隊における信頼関係の醸成には、酒の席での付き合いが大きなウェイトを占めており、そこでは場を盛り上げるために何らかの余興が催される事が多い。
これは、古今東西、階級の上下を問わずそういう傾向があり、軍事組織と根本的な関連性があるのかもしれない。
何せ紳士を養成するとかかげている士官学校でさえ、余興が伝統的に行われているのだ。
そして、これからその余興で何が行われているのかを考えてみよう。
歌や踊りというのは、結構無難な演目だ。上手い下手はあるが、勢いさえあれば例え下手でもご愛嬌であり誤魔化す事ができる。酔漢は、多少の歌の巧拙を気にかけたりしない。
手品などの演芸は、悪くは無いのだがハードルが高い。成功した時の盛り上がりは相当なものであるが、最低ラインに達していなければ見ている方が気まずい思いをしかねない。そんな事になるくらいなら、プロの芸人を雇ったほうがまだましというものだ。
また、芸の一環ではあるが、お笑いをやるのにも注意が必要である。同じ部隊内の兵士の物真似などは、鉄板で受けることは間違いない。ただし、これは内輪ネタでウケているのにすぎず、今回のように民間人も交えた場でやるのは不適当である。万人に笑えるネタを提供できるのならそれをやるのも良いが、それが出来るのならプロの芸人になれるだろう。
加えて言えば、内輪ネタで一番ウケるのは上官をイジるネタであり、まともな将校は酒の上での余興でネタにされたところで怒ったりはしない。それどころか、そんな事で兵の士気が回復したり、理解を示すことで理解のある上官との評価を得られるなら安いものである。
どのように優れた指揮官も、過ちを犯したり場にそぐわない命令を出す事がある。だから致命的なものでなければ、それを酒の席でネタにしてしまう事で単なる笑い話に変化させる事が出来るのだ。
ただし、時折無礼講の席のネタであっても、ガチで怒り出すバカがいるので注意が必要である。共和国軍においては、旧貴族系の士官にこの様な愚か者の比率が高い。無駄な気位を持っているのである。まあ、第1中隊にそんな心配はないのだが。
芸人を呼ぶ系であるが、酌婦や娼婦を呼ぶという手もある。これは、ウケが取れるというわけではないが、女に飢えている兵士達が色んな意味で満足するため、かなり効果が高い。肌も露わに踊ったり、東方には女性の体に料理を盛り付ける余興があると噂されている。ただし、こういうものも嫌う層は一定数おり、しかもこちらの場合は良識ある将校に多く見られる。なのでこれもかなりの注意を払わねばならない。そもそも、田舎の農村にそのような女性達を招いたら、ドン引きされる事間違いない。この時代その様な仕事に就く女性はアスミタ村のような農村出身の出身の貧しい者が多く、そう言った意味でも精神的軋轢が生まれるのは必定である。
ここまで色々と余興について述べてきたが、非常に高確率で笑いを取れるネタがある。
下ネタである。
これは、プロの芸人には出来ない禁断のネタだ。下ネタは、相当な高確率で笑いを取る事ができる。しかもバカの方向に振り切っているため、反感を買うことも少ない。そしてそこには芸もへったくれもない。なので、プロの芸人はその矜持から下ネタに走ることはない。もしも、下ネタをやるとしたらそこにかなりのヒネリを加えた時だけだ。
だが、素人の兵士達なら話は別である。その場が手っ取り早く盛り上がるなら、下ネタだって何だってやる。
そのため、今現在アスミタ村の広場では、第1中隊の兵士による下ネタオンパレードの余興が絶賛実施中なのである。
「3番、ベネット上等兵、火炎放射器、発射します!」
「3、2、1、ファイア!」
「うわっちちち」
ここでいう火炎放射器とは、賢明なる読者の諸姉諸兄の方々なら何となく察しがついたかもしれないが、放屁に火をつけて火を勢いよく放つ荒技である。なお、屁に指向性が足りなかったせいか炎が散らばり、下腹部の毛に燃え移ってベネット上等兵は舞台上でのたうち回った。計算かどうか不明であるが、村人達にも大いにウケている。
また、兵士達が大勢集まり舞台上で足を振り上げながら踊り始めた。
もちろんただの踊りではない。村のご婦人がたにスカートを借りて、女装している。さらにはスカートの下には何も着けておらず、足を振り上げるたび三本目の足も踊っているのがちらりと見える。
これまた村人にも大ウケである。
子どもは元々この様なネタを好む傾向がある。また、年老いた人間も童心に返ってくるので、結構似た様な感性を持っている。特選遊撃隊の育ちの良いお坊ちゃん達がよく思わない可能性もあったのだが、そこはやはり青春真っ盛りの若者である。馬鹿騒ぎには適性があったらしく一部の者は兵士に混ざって踊っている。
一番懸念なのは若いご婦人達なのであるが、アスミタ村はここらへんがおおらかなのか、特に反発を受けることは無かった。
恐ろしい事にこれだけの馬鹿騒ぎをしているにも関わらず、まだ時刻は日が最も高くなった頃なのであるが、祭とはこんなものかもしれない。
勢いを衰えさせる事なく、このまま夜まで続くと思われた。
だが、その時村の広場に一騎の騎兵が飛び込んできた。
その姿は血に塗れており、ゼニス大尉の近くまで来ると馬上から崩れ落ちた。




