第33話「銃剣術競技会をお見せします」
アスミタ村の子ども達が演じる劇は、実に見事なものだった。
子ども達が劇をする伝統は、このアスミタ村には無く、戦争で男手が無くなったための代用品としてのものだったのだが、そうは思えないほど堂にいっていた。
今回アスミタ村の子ども達が演じた「ゲマイ山脱出行」は、難しい演目とされている。救世主ヒエロスが十歳にも満たない頃の事績であるため、大人が演じると違和感があるし、子どもが演じるのも演技力の点で難しいからだ。そのため、「ゲマイ山脱出行」を成功させるには、大人であってもそれを振り切るだけの卓越した演技力か、子ども離れした演技力のいずれかが必要とされている。
その点、今回の上演では演技力こそ拙いものの、異様な迫力でそれを補っている。その中心となっているのは、主役であるアポット少年だ。彼の演技力は未熟であるものの、彼が舞台上で演じる様は、神話で語られるヒエロスの少年時代を思わせるものだった。
これは恐らく、アポット少年の体験が影響しているのだろう。
アポット少年は、自分の家族を助けるために、裏社会の人間達と対決した。主に戦ったのはゼニス大尉達大人であるが、参加していたのはれっきとした事実だ。
そして、互いの指を折り合う凄惨な闇ポーカーを目撃し、最終的に勝利に導いたのである。
まあ、ポーカーがバイオレンスになったのはゼニス大尉のせいであり、本来は平和的なポーカーだったのだが、それは本筋ではない。とにかく、子どもでありながら大人でも体験しない様な修羅場をくぐったのである。
つまり、アポット少年の体験は、大人顔負けの冷静な判断力で仲間を救ったヒエロスを演じるのに、ちょうど良かったのだ。
劇は、万雷の拍手で幕を下ろした。もちろん、野外ステージで幕など無いのだが、成果としては都市部の有名な劇団に匹敵するものだったはずだ。
現に上流階級出身で芸術には目が肥えているはずの特選遊撃隊の者達も、惜しみの無い拍手を送っている。彼らの雰囲気からして、社交辞令ではなさそうだ。
「お見事でした。村長。良いものを見せて頂いたお礼ではありませんが、我らも見苦しく無い様程度には張り切ってお見せしましょう」
隣に座っていた村長にそう述べたゼニス大尉は、会場に来ていた第1中隊の兵士達に合図した。合図に気がついた彼等は、すぐさま舞台上に駆け上がった。
「アスミタ村の皆様、素晴らしい演劇をありがとうございます。お返しと言っては何ですが、これより我々第1特別歩兵連隊第1中隊が、銃剣術競技会をお見せします。どうぞ祭の余興としてご笑覧下さい」
戦場で鍛えたよく通る声で、舞台上で村人達にアナウンスしたゼニス大尉は、司会進行をトム少尉に引き継ぐと再び村長の隣の席に戻った。
ゼニス大尉が宣言した銃剣術競技会は、実のところ純粋なサプライズではない。聖戦月の祭では救世主ヒエロスの勝利を讃え、各種の競技会が行われる。なので、前々から第1中隊では村人達への恩返しも兼ねて競技会を計画していたのだ。もちろん、村長達村人の中心人物には話を通してある。
銃剣術の競技会にしたのは、銃剣が兵士達の一般的な武器だからである。士官ならサーベルを支給されているが、兵卒はそうではない。この時代の一般的な戦い方は、戦列歩兵による密集隊形でのライフルの射撃だが、実のところ射撃だけで勝負が決する事はまず無い。ライフルの火力で相手を殲滅するのには、まだ命中精度が足りないのである。だから、射撃戦で相手を崩した後、決定的な勝利を得るためには銃剣突撃が必要なのだ。
銃剣突撃は危険を伴うが、もしもこれをしなかったとしたら、態勢を立て直した敵と延々と射撃戦を繰り返す羽目になるだろう。
そして、銃剣突撃を成功させるためには勇気が必要である。もしも突撃途中に臆病風に吹かれてしまい速度が鈍ったのなら、近づいて狙いやすくなったところを撃たれてしまうだろう。銃剣術はそれを防止する効果がある。日頃から訓練していれば、いざという時に無心で突撃する事が出来るのだ。
何だか精神論の様に聞こえてしまうが、戦争とはそういうものだ。例え相手の十倍以上の兵力を持っていようと、士気を保てなくなった軍隊は呆気なく崩壊する。不思議なことに、淡々と戦えば数字上絶対に勝利できると誰でもわかるほど有利な態勢にあったとしても、勇気を失う時は失うのだ。
戦史が語られる上で、兵力や戦術、兵站といった理屈で説明される点は重視され、兵士の勇敢さに関しては軽視され、ややもすると精神論だと馬鹿にされがちだがそれは誤りである。どれだけ戦略を練って絶対的に有利な態勢を築こうと、死ぬ時は死ぬのである。そして死ぬのは最前線の兵卒であり、死ぬのは誰だって嫌なのだ。
古今東西の兵士達が、ややもすると蛮勇と思える程名誉や勇気を強調するのは、そうしなければ戦えないことを知っているからなのだ。そして、近接戦闘の訓練は、闘争心を高め、自信をつけさせるのにもってこいなのだ。
第1中隊の面々は、戦場においては危なくなるとすぐに逃げ出す傾向があるため、勇敢さに欠けている様に見られがちだ。だが、実のところそうではない。彼らは社会の枠組みの外で生きてきたため、国家に対する帰属意識が乏しく、忠誠心や愛国心が無いために命をかける意義が見出せないだけなのだ。
むしろ、ちょっとした不運で命を落とす環境で生きてきたため、覚悟を決める時には恐ろしいまでの勢いで覚悟を決める。どこか刹那的なものさえ感じさせるほどだ。
また、スラム街の様に暴力が身近にある環境で暮らしてきたため、近接戦闘には見るべきところがある。技術的にはさほどでは無いが、度胸が凄まじいのである。これは、村人達の度肝を抜くであろう。
村人達が見守る中、競技会が開始された。




