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第32話「役は太陽で台詞はありませんでした」

 聖戦月の祭はヒエロス教にとってとても重要なものだ。神話で語られるところの救世主ヒエロスの戦いを祝う祭であり、生誕月の祭りや昇天月の祭に並んで重要視されている。加えて言えば、後者の二つの祭は生と死という厳粛なものを扱うため、教会主導の少々堅苦しい雰囲気がある。それに比べて聖戦月の祭は、ヒエロスの魔王との戦いを題材にした演劇が催されたり、戦いに因んで格闘技大会が開催されたりして何かと派手だ。それに、神話で語られるところの魔王封印後に一昼夜続いた祝勝会を、宗教的理由から再現されるため、食欲も満たされる。


 これらの理由から、ヒエロス教徒の庶民の間では聖戦月の祭が一番人気なのだ。


 また、救世主ヒエロスが魔王に挑んだ際、全人類が手を携えてヒエロスの下に集まったと言われている。この事から聖戦月の間は、国家間の戦争が停止することが遥か昔からの常識となっている。


 長引くゴダール共和国とトスケール帝国の戦争が休まる、数少ない機会なのだ。


 戦争中であり節制が国民の義務となっているが、祭の間だけは別だ。この日ばかりは酒や食料が一挙に解放される。ゼニス大尉が駐留するアスミタ村でも、祭は盛大に行われる事になった。


 ゼニス大尉が率いる第1特別歩兵連隊第1中隊は、最初の内は村の厄介者だったが、今では受け入れられてすっかり仲良くなっている。祭の準備の飾りつけや料理を数日前から手伝っており、当然当日も招待される事になった。


 第1中隊の兵士達は、全員が村の広場に設置された会場に集まって思い思いに祭を楽しんでいる。彼らは屋外に据え付けられた机に並べられた料理をつまんだり、仲良くなった村の子ども達や御婦人、そして老人達と談笑している。


 彼らの大半が育ったスラム街でも、教会の関係者たちが何らかのイベントをしていただろうが、流石に規模は大きくないだろう。第1中隊の兵士達にとっては、この様な形での祭への参加は初めての経験である。


 楽しむ部下達の姿を見て、ゼニス大尉は村の人々に感謝の念を抱いた。聖戦月の休戦期間が過ぎたら、また血みどろの戦いが再開される。「カテゴリー5」と呼ばれて差別的な境遇にあるゼニス大尉達第1中隊は、おそらく危険な戦場に送り込まれる事だろう。そうなる前に楽しいひと時を過ごすことが出来たのは、なによりの事である。何しろ彼らは生まれてからこのかた、社会の底辺どころか枠組みにすら入らず、まともな社会生活は送ってこなかったのだ。


 ゼニス大尉はそんな事を考えながら広場の一角に向かって行き、そこに数多く並べられていた椅子の一つに腰かけた。座った椅子の隣には、老人が既に腰かけて酒をちびりちびりとやっていた。アスミタ村の村長を務めているノールという名の老人だ。


「村長、楽しませてもらってます。色々気を使ってくださり、ありがとうございます」


「いえいえ、こちらも兵隊さんたちには世話になりましたからな。こんな事くらいしかできませんが」


 社交辞令の挨拶を交わした二人は、向き直って視線を席の前方の方にやった。そこには舞台が据えられており、舞台の袖には子供達が並んでいた。皆、時代がかった衣装を身につけている。


「それにしても、『ゲマイ山脱出行』を演じるのは珍しいですね。普通はヒエロスが大人になった後の武勲を演じるのが普通ですから、子供の頃の話を見るのは初めてですよ」


「おっしゃる通り、いつもは『カザン闘技場十人抜き』や『ジルドレ平原の戦い』の様な演目をやるのですが、何しろ男手が有りませんでしてな。子ども達に演じてもらう事になったので、ヒエロスが子どもの頃の事績を演じる事になったのですよ」


 これから舞台の上で行われようとしているのは、救世主ヒエロスを称える演劇だ。神話に残るヒエロスの人生の一場面を演じるのである。『ゲマイ山脱出行』はヒエロスの子供の頃のエピソードだ。


 そのストーリーは、ある日村の子供達で山に遊びに行ったところ、そこで敵対する隣国の兵士達に遭遇したのだ。捕まれば死ぬか、そうでなかったとしてもロクな目に遭わないだろう。普通の子どもなら恐怖で動く事すらままならないであろうが、この時のヒエロスは冷静沈着に子ども達を率い、敵兵に捕まる事なく無事にゲマイ山を脱出して親元に戻ったのだった。


 ヒエロスはこれにより周囲から一目置かれる事になり、その後の数々の英雄譚に繋がっていくため教会としては重要視するエピソードだ。


 しかし、大人になってからのエピソードと違い、まだ子どもで戦う事が出来ないため演劇にするには地味な事績だ。とは言え子ども達に演劇とはいえ戦わせるわけにもいかないので、このエピソードを取り扱う事になったのだ。


「私も昔、祭の時に劇に出た事がありますよ。役は太陽で台詞はありませんでしたが」


「……それは、難しい役ですな」


 ヒエロスが誕生した時、それまで天を覆っていた黒雲が真っ二つに割れ、陽光がヒエロスの生家を照らしたと言う、ヒエロス神話の最初に語られる重要なエピソードだが、正直太陽の役など馬鹿馬鹿しくてしょうがなかった。この経験が、ゼニス大尉の信仰心の薄さに繋がっているのかもしれない。


「お、始まりますぞ」


 村長に言われて舞台に目をやると、そこにはヒエロス役の子どもを中央にして子ども達が並んでいた。


「ヒエロス役は、なんとアポット君じゃないか」


 ヒエロス役を演じていたのは、ベネル市でゼニス大尉達と共に犯罪組織と戦ったアポット少年であった。

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