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第30話「神は死んだんじゃありませんでしたっけ?」

 聖戦月の祭りまで、あと数日といった頃である。アスミタ村に駐留する第1中隊の兵士達は、村人と一緒に祭りの準備をする者が大半であった。


 社会の底辺というか、枠組みにすら入ってこなかった彼らであるが、意外にも信心深い者が多い。これは、彼らの多くが生きてきたスラム街で、教会が慈善活動を継続してきたことが影響している。教会関係者が行う食料配布や医療支援が無ければ生き延びる事が出来なかったものも多い。そのため、ヒエロス教に対して好意的なのだ。


 また、あまりにも厳しく、自分の力だけでは生き残る事が困難な環境で暮らして来たからこそ、神の存在を感じるのかもしれない。それに、犯罪によって食いつないできた者は、その行為を仕方ないと思いつつ心のどこかで許しを求めている。そして、社会は決して犯罪を許すことはないので、全ての罪を許す神にすがる事になるのだ。


 どちらかと言うと、中流階級以上の暮らしをして来たジェシカ少尉の方が、信仰心に関しては少ない。


 少ないと言うより、実のところ無神論者と言っても良いだろう。科学の世界で生きてきた彼女は、神の存在に対して懐疑的なのだ。まあ、それを信心深い他の兵士の前で言わないだけの良識はあるので特に問題は起きていない。


 だが、ジェシカ少尉と同じく都市部の中流階級出身であり、信仰心が薄いゼニス大尉と話している時には警戒していないのか、祭りの準備をする兵士達を見つつ、「神は死んだんじゃありませんでしたっけ?」などと信仰心の篤い者が聞いたら憤慨しそうなセリフを吐いたりした。それに対してゼニス大尉は、「随分前に殺されたらしいな。まだ死にかけだという噂もあるが」と、これまた不穏当な発言で返答した。これは、「お前達科学者が殺したんじゃないか?」という意味の発言である。


 信仰心に欠けている彼らであるが、祭りに関してはありがたいと思っている。なぜならヒエロス教はゴダール共和国とトスケール帝国の双方で信仰されている宗教である。そのため、ヒエロス教で重視されている聖戦月の祭りの前から一か月の休戦期間が設けられるのは遥か昔からの慣例である。この期間に兵士達を戦わせようというのは非常に困難であり、もし無理に戦わせようとした場合反乱が起こる可能性がある。


 そして、もしも聖戦月の祭りが無ければ疲弊した状態で第1中隊は戦いを継続しなければならず、どうあがいたとしても全滅の憂き目にあっていた可能性は高かったのだ。休戦期間のおかげで英気を養い、戦争が再開された時には万全の状態で戦えるだろう。


 そして集落の中をゼニス大尉が視察して周っている時、集落の外れの方から何やら怒号が聞こえてきた。声色からすると、働き盛りの男の声に聞こえる。


 アスミタ村には現在その様な年齢の男の村人がいない。全員兵隊にとられてしまっているからだ。いるとすれば、それは第1中隊の兵士だけだ。


 部下が、何か揉め事を起こしてしまったのかもしれない。基本的に気のいい連中であるが、何しろ一般常識が無い。ふとした瞬間に激昂したとしてもおかしくは無いのだ。


 折角村人とは良い関係を築いているのに、これによって台無しになりかねない。即座にその場を収めるためにゼニス大尉は、現場に急行した。


 ゼニス大尉が向かった先には、人だかりが出来ていた。幸い暴力沙汰にはなっていない様だ。


 人だかりは大きく二つに分かれ、片方はアスミタ村の老人達とその前に立つ第1中隊の兵士達、もう片方は見た事の無い男達だった。彼らは青年から中年の男達で、手には棒切れを携行している。服装からすると農村の住人の様に見え、数は十人程度だ。


 人数比では、第1中隊の兵士もいるためアスミタ村側が圧倒している。そして騒ぎを聞きつけた兵士達が次々と集まってきており、ゼニス大尉が見ている内に取り囲んでしまった。


「何だあいつら?」


「多分、ペネループ村の連中でしょう。入会地の薪か水場の使用あたりで難癖をつけに来たんでしょうね。アスミタ村には戦える男がいないから、ねじ込めば簡単に折れると思っていたんでしょう。当てが外れたようですが」


 ゼニス大尉の独り言に答えたのは、いつの間にか隣に立っていたトム少尉であった。彼が近づいてくる気配は一切感じなかったので、ゼニス大尉はぎょっとした。トム少尉は昔窃盗団やら強盗団を率いていたので、その時に身につけた能力なのだろう。


「ペネループ村? ああ、そう言えば地図に書いてあったような気がするな。良く知ってたな」


「ええ、昔この辺りで『仕事』をしていましたものでね。地理には詳しいんですよ」


 確かに以前トム少尉の案内で敵に奇襲を仕掛けた時、敵に気取られない経路や潜伏地を使用する事が出来た。相当この地に詳しい事が察せられる。


「しかしな。なんであいつら兵隊にとられていないんだ? このアスミタ村なんか戦える男達が全員とられてしまってるんだぞ」


「ペネループ村の村長の妹が、ベネル市議会議長に嫁いでるんですよ。この地域の兵役対象者のリスト作りはベネル市の市庁が行ってますから、色々手を回すなんて簡単な事でしょう」


「なるほどね~」


「まあ中隊長が出るような件じゃありませんよ。すぐに尻尾を捲いて逃げ出すでしょうよ」


 トム少尉が予想した通りだった。ペネループ村の男達は、完全に戦意を失っていた。当然である。戦いにすらならずに一方的な勝負が出来るはずだったのだ。それなのに存在しないはずの若い男達が大量に待ち構えており、しかもそいつらは完全に堅気ではないのだ。悲劇を通り越して最早喜劇である。もっとも当の本人たちからしたら、たまったものではないだろう。


 取り囲む第1中隊の兵士達を押しのけ、村の外に向かって一目散に逃げ去ってしまった。流石に民間人の村人たちに先制攻撃を仕掛ける兵士達はいなかった。もし仮にペネループ村の男達がやけになって攻撃していたら、抗戦して大惨事になっていたかもしれない。


「おっ? 本当に逃げて行ったな、あれ?」


 ゼニス大尉がトム少尉に話しかけた時には、すでにトム少尉はその場を離れており、立ち去る背中だけが見えていた。


 その背中を見送りながらゼニス大尉は思った。トム少尉はこのアスミタ村近辺の事に詳しすぎる。単にこの地域で仕事をしていただけとは、とても思えないのだった。

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