第29話「この村の連中は『良い人』なんですかね」
ウラン鉱石の件を、一応は処理してもゼニス大尉の心は晴れる事が無かった。
存在するだけで危険な上に、大規模な破壊をもたらす兵器の材料に出来る物質が、第1中隊が駐屯するアスミタ村の裏山に隠されていたのだ。不気味極まりない。しかも、それに関わっていたという商人が実在せず、ウラン鉱石は敵国のトスケール帝国で産出されるのだ。陰謀の臭いがする。
とは言え、あまり気にし過ぎても仕方がない。ゼニス大尉はなるべく気に留めない様に心がけることにした。精神衛生上良くない。
それにウラン鉱石の件を除けば、第1中隊は今非常に良い状態にある。この村に到着してから、村人からの扱いは非常に悪かった。これは、純朴な村の住人からしたら、ある意味当然の反応である。兵隊が村の食料や財産を略奪したり、暴行を働くのは戦場で良く見られる光景なのだ。更にこの村には働き盛りの男衆はいない。皆兵隊にとられており、老人や女子供しかいないのだ。
これは第1中隊に対するそれまでの扱いと比べたら、実のところ悪かったとは言い切れなった。何故なら、第1中隊が所属する第1特別歩兵連隊は、共和国における社会的枠組みの外に生きていた、「カテゴリー5」と呼ばれる男達ばかりで編成されている。同じような特別歩兵連隊は他にも編成されているが、弾除けのために最前線で敵陣に突っ込まされたとか、囮に使われたとか良い噂は聞かない。もちろん全滅に近い状態になるため、人員の入れ替わりが激しいのだそうだ。
ゼニス大尉達の所属する第1歩兵特別連隊は、配属された先の第1師団長のアンリ中将がまともな軍人であり、その様な非道な作戦には使われなかったのは運が良かった。ただし、その分戦力として期待されていないところにゼニス大尉としては不満があったのだが、それでもましと言えよう。
だが、アンリ中将の後任者であるハンザ中将は、まともな軍人ではない。ハンザ中将が師団長になった瞬間、任務を遂行中の第1中隊に何の連絡も無しに撤退してしまった。運よく安全な地域まで逃げる事が出来たのだが、敵に取り囲まれて全滅してしまったとしても、おかしくは無かった。
この様な扱いに比べたら、村人の冷淡な態度など可愛らしいものと言えよう。更に言えば、村人にとって第1中隊の様な「カテゴリー5」の存在は馴染みがなく、言ってみればよそ者の兵隊としてしか見ていない。
これは、「カテゴリー5」の様な存在は、都市部でしか生きていく事が出来ない事とも関わっている。都市部にはスラム街が存在し、行く当てのない者達がひしめき合って生きてきた。都市部にはなんだかんだ言って物や食料がある。盗みなどの犯罪に手を染めたり、物乞いをすれば生きていけない事はない。もちろん怪我や病気になっても医者にかかることも出来ず、また、食糧を手に入れる事に失敗して死んでいく者も大勢いるが、しぶとく生き残る者もそれなりにいる。しかし、村ではそうはいかない。社会の枠組みに入らない者は生きていく事が非常に難しい。逆に言うと社会の枠組みから外れた底辺層という存在に馴染みがなく、殊更「カテゴリー5」を差別しようという意識が無いのだ。
そんな環境に加え、村人との関係を好転させる事件が発生した。
借金のかたに売られそうになっていた家族を、ゼニス大尉達が縁あって助け出した。更に当初は行方不明事件だと思われていたので村人は捜索をしていたのだが、それを第1中隊の兵士達が手伝った。これをきっかけに関係は改善し、様々な交流が生まれている。
ジェシカ少尉は村の子供達に学校で授業をしているし、ゲオルグ少尉は助け出した少年と会っている様だった。他の兵士達も子供達と遊んだり、村の老人達の手伝いをしたり話し相手になってやったりしている。
第1中隊の村での宿舎は元馬小屋なのであるが、最近は村人に招かれて集落の家に泊まる者は多い。また、食事を食べさせてもらったり、酒を振舞われる事も増えている。一応風紀上の問題が起きたらいけないので、宿泊先として許可するのは老人の家だけだ。若い女性のいる家への宿泊は問題発生の原因となるため認めていない。未亡人の家なら、問題が起きても問題にならないのではとも思ったが、ここは一律禁止にすることにした。
別に嫉妬ではない。
見た目ほど危険な存在でないと知った今となっては、村人にとって第1中隊の兵士達は単なる物珍しい若者達に見えるのだろう。ある意味旅芸人の様なものだ。それに、社会の底辺で生きてきた「カテゴリー5」の兵士達の中には、まともな家で、温かい食事をとり、柔らかい寝具で寝るのが初めての者も大勢いる。中には犯罪でそれなりの財を成し、表面上は良い生活をしていた者もいるのだが、それは危険と隣り合わせのものだ。本当の意味での安らげる、温もりのある生活は初めてだろう。
もう少ししたら聖戦月の休戦期間も終わり、戦いの日々が続くだろう。そこで死ぬ者も大勢いるはずだ。その様な非人間的な生活に戻る前に、人間らしい生活を部下達が体験できたことをゼニス大尉は感謝した。
そんな事を思っていたゼニス大尉は、宿舎(馬小屋)の中に第1小隊長のトム少尉が残っている事に気付いた。
「よう、トム少尉。残ってたのか。こんなしけた所にいないで、村の方で泊って来たらどうだ?」
「いえ、私はどうせ泊まるなら、都会の立派な宿に泊まりたいですね。そうでなければここで十分です」
「ふ~ん?」
そういえばゼニス大尉は、トム少尉が村人達と親しく話しているのを見た事が無い。トム少尉が非社交的な人間と言う事ではない。どちらかと言うと人当たりは良く、見るからに犯罪者面の兵士達と違い、非常にスマートで整った顔立ちをしている。村人に嫌われる要素は無い。まあ、彼は元盗賊団の首領であり、正真正銘の犯罪者なのだが言われなければ分からないだろう。
「まあ好きにすればいいさ。それにしても、この村の人たちがみんな良い人で助かったよ。おかげで皆に落ち着いた生活を過ごしてもらえている」
「ふっ」
「ん? どうかしたか?」
トム少尉の発した笑いは、本当に小さく、聞こえるか聞こえないかというものだった。だが、そこに含まれる雰囲気に何か異様なものを感じ取ってゼニス大尉は聞き返した。
「そんなにこの村の連中は『良い人』なんですかね。この村に一時的に関わっているだけだから、そう錯覚しているだけかもしれませんよ?」
「それはどういう……」
「今日はもう寝ます。お疲れ様でした」
気になる事を言い残し、トム少尉は与えられた寝床に向かって行った。有無を言わせぬその態度に、そゼニス大尉は沈黙するしかなかった。




