第28話「埋めてしまえ」
ゼニス大尉とジェシカ少尉が坑道から戻ってから、かなり忙しい事になった。
ウランなる鉱石の事をゼニス大尉は初めて知ったのだが、ジェシカ少尉の語るそれは実に恐ろしい代物だ。使い方によっては、街を一つ壊滅させる爆弾の材料に出来る事もさることながら、放射線なる人体に悪影響を及ぼすものを放出している事も恐ろしい。科学に疎いゼニス大尉からすれば、まるで幻想小説の魔法の品の様に思えてくるが、こと科学に関してのジェシカ少尉の知識は信用に値する。
また、発見した鉱石が実はウランではないと言う可能性もあったのだが、それは否定された。坑道の外で待機していた特選遊撃隊の中には、地質学の専門家も含まれていた。彼は、本来共和国の地質学の未来を背負うべき人材であり、鉱物の鑑定能力は信用できる。念のため、確認してもらったところウランで間違いないと言う事だった。
朗報もある。坑道の奥に隠されていたウランは、それ程放射線が強いものではないらしく、直接手に触れたゼニス大尉達に、直ちに健康被害が出ると言う事ではないとの事だ。少し不安が残る言い方だが、専門家が言っているのだから信じるより他に無い。
ウランを原料にした爆弾を製造するのにも、ウラン鉱石を粉砕したり、薬剤で処理したりとかなり複雑な工程を踏まなければならないとの事だ。とても、この坑道内部で出来るものではなく、爆弾を作るには至っていないだろうとの事だ。
だが、それにしても不気味な事この上ない。
子供達を連れて村に戻ったゼニス大尉は、速やかに村長にこの件を伝えた。もちろん単なる長閑な田舎の村の村長に、これが示す恐ろしさを理解出来るわけが無い。伝えられた村長は、ただ驚愕するだけだった。と言うよりも、ゼニス大尉の言っている事が本当なのか疑問を感じている様であった。当然の事である。ゼニス大尉だとて半信半疑なのだから。
ゼニス大尉を後押ししたのは、特選遊撃隊の代表格であるロール少尉だった。彼は、このアスミタ村が所在するアスミタ地方の名家の生まれである。地域の住民からの信頼は篤い。彼は専攻は法学であるが、一通りの科学知識を持っていた。そのため、ウランの危険性について十分認識しているらしく、十分な説得力を持って説明してくれた。ゼニス大尉よりもよっぽど説得力があったと言えよう。
すぐに坑道の閉鎖が決まり「埋めてしまえ」と言う事に決定した。
直ちに影響が無いとは言え、そんな危険な物を放置しておくわけにはいかない。前よりももっと厳重に閉鎖する事に決定した。裏山には子供達が遊びに来ることがある。子供達がこの様な危険な物に触れるのは避けねばならない。
本来なら閉鎖の作業は、村人たちの役割である。だが、この村には女子供や老人しか残っていない。そのため、作業はゼニス大尉が率いる第1中隊が実施する事を申し出た。坑道を開放してしまったのは、ジェシカ少尉の爆発実験が直接の原因と言う理由もある。
閉鎖作業は、ジェシカ少尉が爆発物のヘキサニトロヘキサアザイソウルチタンを坑道に仕掛けて爆発させ穴を崩した後、第1中隊の兵士達で念入りに埋めると言うものだ。作業は順調に進み、あっという間に完全に埋没した。これを掘り返すのは相当な労力を要するだろう。
ここまでは良い。
だが、最終的にこの件をどの様に処理すればよいのか、ゼニス大尉にはとんと見当がつかなかった。一体、どこに対してどの様に報告すれば良いのか、非常に難しい問題だ。
ゼニス大尉が率いる第1特別歩兵連隊第1中隊は、第1師団に配属された部隊である。となればベネル市にある師団司令部に報告するのが筋である。だが、この件を報告して、彼らがどの様に取り扱うのか、判断が難しい。単なる夢物語的な報告として、鼻で笑われてしまう可能性は非常に高い。だが、それならまだ良い方かもしれない。ジェシカ少尉の言う通り、ウランが非常に危険な物質で、兵器としての利用も可能であると正しく理解された場合、人として正しくない使用方法を思いつかれてしまう可能性がある。そして、その場合機密を知ったゼニス大尉達を、司令部はどの様に扱うだろうか。
だが、全く報告しないと言うのは、軍人としてあってはならない事である。左遷されたとはいえ、士官学校で軍人としての思考を叩き込まれたゼニス大尉は、未だにその様な考え方から抜け切れていない。
思案した結果、共和国軍の参謀本部に報告することにした。現在の第1師団長のハンザ中将は、軍人として全く信用のならない人物だ。部下を平気で戦場に置き去りにし、抗議に行ったなら逆に袋叩きにしてくるような腐った精神の持ち主だ。しかも、王党派の重鎮であり、権力闘争にしか興味がない。この様な人物に報告する位ならもっと上層部に報告する方がましである。
上官を飛び越えて報告する事は、これも本来なら軍人として問題行動であるが、ここにはからくりがある。第1特別歩兵連隊は、現在第1師団の中で戦っているが、本来の所属は陸軍大臣直轄部隊であり、その運用は参謀本部が担当しているのである。第1師団には臨時に配属されているのだ。だから、元々の所属に報告しましたという体をとるのだ。
これは一見詭弁の様に見えるが、その実本当に詭弁である。
が、何の理屈も無いよりはましである。また、この詭弁を補完する策がゼニス大尉にはある。
一つは、特選遊撃隊の報告書も一緒に提出することだ。彼らは共和国の未来を担う若きエリートであり、軍の中枢部も特別扱いをしている。彼らも巻き込む事で、自分達の身の安全を図ろうと言うのだ。
もう一つの策は、参謀本部で勤務しているゼニス大尉の知り合いを利用して報告すると言う事だ。その知り合いは、ゼニス大尉の昔の上司であり、革命前の王族の血を引いており「殿下」との通称で親しまれているバラスという人物だ。バラス殿下は以前最前線で戦ていた時、ゼニス大尉のうっかりもあって一旦戦死したのだが、偶然受けた砲弾の衝撃で息を吹き返し、今では後方に下げられ参謀本部で勤務している。彼はとても人柄が良く、一度は戦死したのにもかかわらずゼニス大尉を恨む事も無く、今でも手紙でやり取りをしている。バラス殿下なら、この件を上手く捌いてくれるだろう。
報告書を書き、ベネル市でまとめて郵送してくれると言うロール少尉に渡したゼニス大尉は、ひとまず片が付いた事に安堵した。
だが、気になる事を思い出していた。
ロール少尉達特選遊撃隊の者達によると、坑道を掘っていたと言う商人の名前は聞いた事が無いとの事だ。あれだけの穴を掘るためには、かなりの資金が必要だ。その様な資本を持つ商人は、彼ら共和国のエリート層の者達が効いた事が無いと言うのはおかしい。また、ゲオルグ少尉達裏社会の出身者に確認してみたのだが、聞いた事が無いと言う。
これは、不気味な話だ。
更に、特選遊撃隊に居た地質学専門の者は、ウランはトスケール帝国側で産出されるのだと言う。革命以来、トスケール帝国との交易は制限されている。
これらの事から、ゼニス大尉は何か危険な陰謀の臭いを嗅ぎ取っていた。




