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第26話「E=mc2という式があってですね」

 ジェシカ少尉の長々とした化学薀蓄を聞かされ終えたゼニス大尉は、ジェシカ少尉の起こしたヘキサニトロヘキサアザイソウルチタンなる爆発物が威力を発揮した現場を見てみることにした。この様な物が今後戦場に持ち込まれるかもしれないと考えると戦慄を禁じ得ないのだが、一軍人として興味はある。その様な甘い考えが戦火を拡大させるのかもしれないが、これが人間の心理だ。


 爆発の起きた跡を見たゼニス大尉は、その凄まじさを理解した。直接爆発が起きた瞬間を見なくとも、痕跡を見るだけで分かる。


 実験が行われたのは、山の中に開けた広場の様な場所だった様だが、そこには人間の身長よりも深い穴がぽっかりと空いていた。爆発の威力でえぐれてしまったのだろう。昨今の戦場では砲弾が飛び交うのだが、ここまで威力のある大砲は見た事も聞いた事も無い。


 また、広場の周囲の木々は薙ぎ倒され、無残な姿を晒していた。砲弾が直撃したのなら、木が折れる事もあるだろうが、爆風だけで折れるなど聞いた事がない。


 ジェシカ少尉の爆薬の、無慈悲な破壊力に畏れを抱くより他に無かった。


 そこから目を転じてみると、ジェシカ少尉が見学の子供達と待機していた場所には、全く被害が及んでいない。恐らく爆薬の威力を計算し尽くして、周囲の環境も考慮したうえで安全な距離だと判断したのだろう。ジェシカ少尉の専門家としての知識に舌を巻いた。


 ジェシカ少尉は爆薬の実験の失敗の責任を取らされ、軍に入隊する事になった。その経歴を知るゼニス大尉としては、ジェシカ少尉の能力に疑問を抱く点もあったのだが、これを見ればその能力を信じるしかない。今回実験に使ったヘキサニトロヘキサアザイソウルチタンなる爆薬は、専門家の間ではすでに実用段階のものであるそうだ。ジェシカ少尉が実験に失敗したのは、まだ研究段階の最先端のものであったため、取り扱いが上手くいかなかったそうだ。


 つまり、ジェシカ少尉にとっては今回起こしたような爆発は、十分制御可能なものであり、かつての様な失敗など有り得ないのだろう。


 敵対するトスケール帝国にも同様の能力を持つ者はいるはずで、いつ実戦投入されるか知れたものではない。今回得た知識は、自らが使用しないまでも敵に使われた時の対処にも役立つはずである。これからは、最先端の技術に興味を持って新たな戦術を考案する必要があると、ゼニス大尉は痛感した。


「うん。見せて貰った。見事なものだな」


「お褒めにあずかり、恐縮です。私が研究していたオクタニトロキュバンなら、もっと威力が出るんですが」


「いや、そういうのは、もっとちゃんとした設備のある所でやるべきだ。俺はそう思うよ」


 今になって思うと、ジェシカ少尉が実験の失敗で建物を丸ごと一つ吹き飛ばしたと言うが、それは実験に適合した施設だったからそれだけで済んだと言えるのかもしれない。人的被害が出たとは聞いていないのだ。もしも、もっと別の場所で失敗していたのなら、被害はそんなものでは済まなかったかもしれない。


「理論だけならドデカニトロヘキサプリズマンというもっと凄い威力の爆薬もあるんですけどね。これはニトロ基が十二個もあるんですよ。まったく、よくこんな物を思いつきますよね。ヘルメス教授、頭の中どうなってんですかね」


「どうなんだろうね」


 ゼニス大尉としては、そのドデカ何とかがどう凄いのかよく分からないし、ヘルメス教授なる人物も知らないし、そもそもジェシカ少尉の頭の中がどうなってるのかさえよく分からないのだが、とりあえず頷くより他になかった。


「あ、中隊長、『ニトロ基を増やすだけかよ』って思ってますね。もっと別のアプローチがあるんですよ。聞きたいですか? やっぱり聞きたいですよね」


「ああそうだね」


 そんな意見を思いつく能力さえないのだが、わざわざそれを説明するのも面倒である。ゼニス大尉は大人しくジェシカ少尉の演説を拝聴することにした。


「最新の論文で、『E=mc2』という式があってですね……」


 ここからジェシカ少尉のロング解説が始まってしまい、ゼニス大尉は軽い判断で聞くことを選択してしまった事を後悔した。「質量とエネルギーの等価性」だとか「核分裂」言われても、科学的な素養に乏しいゼニス大尉には理解のしようがない。だが、久しぶりに自分の知識を話す相手が出現した事に、ジェシカ少尉は喜びを感じている様だ。中断を切り出せる雰囲気ではない。これでは話し相手と言うより、獲物である。


 そこでゼニス大尉は、特選遊撃隊の存在を思い出した。この実験現場に共に来た彼らは、全員が大学院生という知的エリートである。その中には理系の学生も含まれており、当然ジェシカ少尉の話についていけるだろう。しかも、彼らは皆ジェシカ少尉のファンである。どれ位ファンであるかと言うと、ジェシカ少尉を追いかけて軍に志願してしまったくらいだ。その彼らなら快くジェシカ少尉の話し相手になってくれるに違いない。


 そう考えたゼニス大尉は、特選遊撃隊の方に視線をやった。


 様子がおかしい。


 本来なら彼らのアイドルたるジェシカ少尉と、二人だけで会話するゼニス大尉に嫉妬の視線を送っていなくてはならない。だが、彼らは遠巻きにして見守るばかりである。


 ゼニス大尉は悟った。


 かれらは、しょうきにもどった。


 安全には専門家としての自信があるとはいえ、村の子供達を連れて爆薬の実験をするなど、常識外れの所業である。特選遊撃隊の面々は、大学では遠くからしかジェシカ少尉を見ていなかったので、彼女がどの様な人間なのかその本質を理解していなかった。


 だが、今回彼女の本性を垣間見て、正気に戻ってしまったのである。


 まあ、若い彼らが取り返しのつかない事になる前に、真理を悟ったのは良いことである。偶像に騙されて軍に志願するなど、本来はもはや後戻りできない事なのだが、彼らは全員が将来の共和国を背負うスーパーエリートだ。恐らく軍の首脳部は、彼らさえ望めば除隊を認めるだろう。


 これは共和国の未来にとっては良いことであるが、今のゼニス大尉の助けにはならない。何か話を変えるきっかけになる物はないかと、周囲に視線を巡らせた。その時ある事に気付く。


「なあ、あそこ、山肌に横穴が空いてないか? 何だ、あれ」


 ゼニス大尉が指で示す方向には、確かに穴が空いているのが確認できる。恐らく穴を埋めていた土砂が、爆発の影響で吹き飛んだ事により姿を現したのだ。


「本当ですね。何でしょう?」


「調べてみるぞ」


 ゼニス大尉はジェシカ少尉を引き連れて、穴の調査に向かった。


 この時ゼニス大尉は、これでジェシカ少尉の授業がから解放されたくらいにしか思っていなかった。まさかこれが、第1特別歩兵連隊第1中隊の運命、更には共和国の未来を変える事になるなど、夢にも思っていなかったのだ。

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