第25話「ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン」
アスミタ村の子供達を連れて、何かの実験に向かったジェシカ少尉の元にゼニス大尉は走った。
村人の供述によると、実験に向かう前のジェシカ少尉は「へきさにとろ」とか「めたのおる」だとか謎の単語を口にしていたらしく、その意味はゼニス大尉には分からない。
だが、完全に嫌な予感しかしないため、実験が行われていると言う村の裏山まで急いだ。折角村人たちと信頼関係を結んでいるのに、何かがあっては遅いのだ。
「ゼニス大尉、速すぎますよ。ちょっと待ってください」
「黙れ、何だその泣き言は。それが軍人を志した者の言う事か。ついてこれないなら置いていくぞ」
特選遊撃隊(ジェシカ少尉親衛隊)の面々も、ゼニス大尉とともに裏山に向かっている。彼らはジェシカ少尉の本性を知らないため、ゼニス大尉が何故こんなに急いでいるのか理解していない。
目的地まで、あと二~三分で到着するだろう時に、それは起きた。
ゼニス大尉達が目指す方向から、天地を揺るがす地響きが起き、少し遅れて強い風の様なものがゼニス大尉達に叩きつけられた。
「な、なんだこれ。何が起きているんだ?」
「これは、何か強い爆発が起きた時の衝撃波ですね」
「衝撃波?」
特選遊撃隊の中の一人が、吹き付けてきた風について「衝撃波」と解説したが、この時代ゼニス大尉の様に科学に疎い者は「衝撃波」という単語すら知らない。また、火薬と爆薬の違いすら理解していないのだ。
特選遊撃隊のメンバーは、全員が元大学院生なので化学に詳しい者が含まれており、その者は今何が起きているのか漠然と理解したのだ。
「なるほど、銃を撃った時、煙が顔に吹き付けて来るが、それの規模が大きいヤツと言う事だな」
「厳密には違いますが、まあその理解で十分かと」
ゼニス大尉達、共和国軍の主力兵器は未だ前装銃であり、化学的な爆発による雷管を使用した後装銃は一部の部隊にしか行き渡っていない新兵器である。これは、敵対するトスケール帝国軍も同じ事情だ。
それに比べて最先端の研究は、相当進んでいる。それは科学に疎いゼニス大尉の想像を遥かに超えるものであり、ジェシカ少尉がどれだけ危険な行為をしているのか、ゼニス大尉は想像する事すら出来ていなかったのだ。ただ、危ない事をしようとしているとしか理解していなかった。
自分の想像の甘さを心の中で悔いるとともに、一人の軍人としてある事に思い至った。
もし、ジェシカ少尉が起こした爆発が、兵器として戦場に持ち込まれたらどうなるのか。
現時点の戦場では、大砲が大規模な攻撃力を発揮している。その射程は歩兵のそれを圧倒しているし、爆発して金属破片を撒き散らすタイプの砲弾は、戦場において圧倒的な死と破壊を撒き散らしている。
だが、今の爆発に比べたらそんなもの、子供だましみたいなものだ。爆発音を聞いただけでもそれは理解出来る。ジェシカ少尉が子ども達と一緒にこの山まで持ち込めたと言う事は、爆発物自体はそれ程大きな物ではないのだろう。つまり、戦場でも十分使用可能と言う事だ。
以前、ジェシカ少尉の伝手により、新兵器の手榴弾を作戦で使用したが、思えばあれも凄まじい威力だった。効果範囲自体は現有装備の砲弾と同じくらいのものだったが、思えば単なる歩兵が砲兵と同等の火力を発揮できること自体が異常だったのだ。あの時は必死だったために深く考えなかったが、あれも量産されて全軍に行き渡ったなら戦争の様相は変わるだろう。
そして、新装備を獲得するのは、ゴダール共和国だけでなくトスケール帝国も同じかもしれないのだ。もしそうなったなら、ただでさえ両国の国力は消耗し合っているのに、それは更に加速していくだろう。
そんな未来を一瞬考えてしまったゼニス大尉は、その創造の恐ろしさに身震いした。
「ゼニス大尉、急ぎましょう!」
「お、おお。そうだな」
ロール少尉に促されたゼニス大尉は移動を再開した。流石に連続して爆発させるような暴挙は慎んだらしい。次の爆発は起こらないままジェシカ少尉達のいると事に到着した。
彼女らを見た所被害は無く、子供達も無事な様だ。
「あ、中隊長、来たんですか。残念でしたね~。もう実験は終わっちゃいましたよ? どうしても見たいなら、また明日用意しますけど」
「そうじゃねえよ」
少しは説教をしようと思っていたのだったが、悪びれる所もなくのほほんとした雰囲気のジェシカ少尉に、その様な気力は失われていった。見た所子供達は無事なようだし、ショックを受けた様子も無い。それどころかキャッキャキャッキャと喜んでいる。
これで子供達が科学に興味を持ち、研究の道に進んでくれるのなら共和国の未来は明るいと言うものである。
冗談はさておき、ジェシカ少尉は化学の専門家であり、爆薬を専攻としている。その専門家が自信を持って爆発物や実験場所を選定したのだ。素人のゼニス大尉にはそれを咎めるだけの知識が無い。
実験前なら、爆発物の量と予想される威力、実験場所の安全性について問い質して指導する事も出来たかもしれないが、もはやそれは出来ない。そして実際問題は起きていないのだから、ジェシカ少尉の知識が正しかったとしか言えないのだ。
結果論ではあるが。
「次からは、俺に許可を取ってくれ」
「ああそうですね。そうします」
「ところで、これは一体何を爆発させたんだ? 噂に聞く『無煙火薬』というやつか?」
この時代、兵器に使用される火薬は黒色火薬が基本である。だが、黒色火薬は燃焼する時に非常に大量の煙を発生させる。そのため、射撃をした時に次の射撃のための照準が出来なくなったり、隠れて射撃したとしても煙によりばれてしまうという欠点がある。その点、新たに開発されていると言う無煙火薬は煙が非常に少ないらしい。
「『無煙火薬』? そんなのではありませんよ。今使ったのは、『ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン』です」
「へ、へきさにとろへきさ……なんだって?」
「『ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン』です」
「は、へえ」
「これは、ニトロ基が六個もあるので非常にエネルギーが高いんですよね」
ジェシカ少尉に「ですよね」と言われても、ゼニス大尉には全く分からない。
「それに、炭素が六個で酸素が十二個だからててもバランスが良いんですよ。製造も、ベンジルアミンと……」
むっちゃ早口でジェシカ少尉が解説を始めるが、当然の事ながらゼニス大尉には一ミリも理解出来なかった。
「……それで威力はトリニトロトルエン、つまり一般的に言うところのTNTの二倍程度で……聞いてます?」
「え~と聞いてたよ、多分。あ~、しかし何だな。こういう最先端の実験は、こういう場所だと少し控えた方が良いんじゃないかな? 予想外の事も起きるかもしれないし。ほら、前に失敗したんだろう?」
専門的な話では主導権を取られっぱなしだと判断したゼニス大尉は、話題を変えようとする。実際、ジェシカ少尉が以前実験失敗で大学の建物を丸ごと一つ吹き飛ばしている。今回、失敗しないと言う保証は無かったはずだ。
「あら? 今のは別に最先端の爆薬じゃありませんよ?」
「は?」
「私が失敗したのは、『オクタニトロキュバン』でニトロ基が八個のやつですね。威力ももっと上ですよ。ただ、合成も取り扱いも非常に難しいので、実用化は非常に難しいんですけどね。だからやりがいがあるんですけど。それに比べて『ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン』は実用化段階ですね」
「ああ、そうなの」
またもや専門的な分野に踏み込んでしまったゼニス大尉は、しばらくの間ジェシカ少尉の解説を聞く羽目になってしまった。




