第24話「へきさにとろ」
折れた指を治療してもらったゼニス大尉は、ロール少尉を連れてアスミタ村の学校に向かった。そこではジェシカ少尉が村の子供達に授業をしているはずである。
村の外れにある第1中隊の宿舎(馬小屋)から、アスミタ村の中心部に向かうまでの間、ロール少尉と共に来た特選遊撃隊の者達と遭遇し、ロール少尉の誘いにより彼らも漏れなくついてくることになった。
彼らは皆、ジェシカ少尉が大学で研究員をやっていた時からのファンである。ゼニス大尉にとって実に馬鹿馬鹿しい限りの事なのだが、これで彼らとの関係が改善されるのに越した事はない。彼らはゴダール共和国でも有力な家の子弟であるため、実家のものも含めれば非常に発言力が高い。邪魔にしかならないのに、こうして最前線を訪問して周れるのもそのためだ。
彼らが本格的に嫌がらせを実行してきたのなら、これまで様々な危険を乗り越えて来た第1中隊も、その命運が尽きてしまうかもしれないのだ。
もっとも、彼らはあまりにもお坊ちゃん育ち過ぎるので、そういう汚い発想に辿り着かないであろうと、妙な信頼をゼニス大尉はしているのだが。
人数を増やしたゼニス大尉一行は、砂ぼこりを巻き上げて学校に向かう。その道すがら村人とすれ違うと、皆一様に挨拶をして来た。第1中隊が村に駐屯した当初、村人たちは兵士達の事を警戒し、挨拶どころか目を合わせようともしなかった。目が立った場合、どんな因縁をつけられるのかと恐れていたのだろう。
また、苦情も大量に舞い込んだため、住民感情を改善させるために様々な努力をしたものだ。
生活態度を改めても、特選遊撃隊の介入のせいもあり友好関係の構築には失敗していたのだが、ここに来てようやく関係が改善してきたようだ。
ゼニス大尉が村の子供達を悪党から助け出した事と、子供達を捜索するのに第1中隊の兵士達が協力していた事がきっかけである事は間違いない。
どうせ後一か月もしない内に休戦期間が終了し、この村を出る事になるので極端な話関係が悪いままでも作戦上の支障はない。しかし、やはりゆっくりと休息をするのなら、居心地が良いのに越したことは無い。
村を歩きながら自分の成果を確認したゼニス大尉は、内心非常に満足していた。また、前回特選遊撃隊が来た時は村人と第1中隊の関係は良くなかったため、そのあまりの違いにロール少尉達が驚いている事にも気味の良さを感じていた。
「ここが学校だが……おかしいな、子供達がいるにしては静かすぎる」
以前村を視察して周った時、近くを通りかかった学校の中からは子供達の声が響いていた。その時と比べてあまりにも静かすぎる。まさか、ジェシカ少尉の授業に聞き入っているため、いつもと違って静かなのだとは思えない。
子供達はそういう生き物だし、ジェシカ少尉はそれを押さえつけて静かにさせる性格でもない。
「あそこに居る人に、聞いてみたらどうでしょう?」
「ああ、そうだな」
ロール少尉が示す方向には、老人が一人落ち葉を掃いていた。学校の職員なら何か知っているかもしれない。
「もし、そこの御老人」
「はいはい、何ですかな、隊長さん」
この老人の第1中隊への感情も、良好なものになっていた様である。愛想よく返答してくれた。老人と話してみると、彼は村の雑貨屋の隠居で学校の手伝いをしているらしい。
「それで、子供達とうちのジェシカはどちらへ」
「確か、裏山で何か実験をすると言って出て行きましたな」
「実験?」
ゼニス大尉は、「実験」という単語を聞いて、何か嫌な予感がした。
「なるほど、ジェシカ先輩の専門は化学だから、その知識を活用すると言う事か」
「この村の子供達も運がいいな。ジェシカ先輩程の学者に直接実験を体験させてもらえるなんて」
ゼニス大尉の不安とは裏腹に、ロール少尉達特選遊撃隊の面々は呑気な感想を口にしている。やはり彼らは、何故ジェシカ少尉が軍に入隊する羽目になったのか知らない様だ。
「すみません。私達も見に行きたいので、その裏山の場所を教えてもらっていいですか?」
「はいはい、よござんすよ。学校の敷地を出て右に出て、つきあたりを左に真っ直ぐ行けば辿りつけますよ。昔は何か鉱石が採掘できるとかで、採掘権を持ってたどこかの商人が道を作っていてまだ残っとります。まあ、もう閉鎖されてますがな」
老人の言葉を聞いたロール少尉達は、すぐに裏山に向かって走り出した。ジェシカ少尉が実験をするのを見るため、早く辿り着きたいのだろう。
ゼニス大尉としても彼らとは別の意味で早く現地に到着したい。
そして、最後に学校を出る事になったゼニス大尉の耳には、老人の言った意味の分からない単語が耳に残っていた。
「確か、『めたのおる』がどうだとか、『へきさにとろ』がどうだとか言っとりましたが、難しい事はよう分かりませんわい。年はとりたくないものですな」
ゼニス大尉はまだ若いが、単語の意味は全く分からない。だが、何となく嫌な予感だけは増していくのだった。




