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第22話「世の中クソだな」

 朝日が射す中、ゼニス大尉は部下達を連れて峠道を歩いていた。向かうはゼニス大尉が率いる第1特別歩兵連隊第1中隊が駐屯するアスミタ村である。ゼニス大尉と共に歩く一行には、第1中隊以外の三人の者が加わっていた。


 その三人は、ベネル市で知り合ったアポット少年とその妹のアニス、そして二人の母親のエリザベスである。この親子は、ベネル市の裏社会の魔の手にかかりそうになっていたところを、ゼニス大尉達が助けたのである。


 エリザベスは、早くに夫を亡くして女手一つで子供を育てている女性であるが、年齢や苦労を感じさせない程、更にはアスミタ村の様なド田舎の婦人とは思えない美貌だ。裏社会の人間が彼女を罠にはめ、身柄を抑えようとした動機も分かると言うものだ。また、彼女の息子や娘もそれを受け継いだのか、非常に整った顔立ちをしている。将来性を考えれば、高く売り飛ばされていたに違いない。まあ、若いのが良いという嗜好の者もいるかもしれないが。


 エリザベスはこれまで長期にわたり出稼ぎに出ていた。そのため家族が顔を合わせるのは久しぶりである。三人の顔は実に明るいものであり、彼女らのために体を張って戦った甲斐があったものだとゼニス大尉は実感していた。


「本当にありがとうございました。あなたのおかげで、こうして家族三人で揃って暮らしていけます」


 窮地に立っていたのが、一転自由の身となれたのだ。その事にとても感謝しているのか、エリザベスはアスミタ村への道すがら何度も礼を言っていた。


 ゲオルグ少尉に。


「おかしい……体を張ったのは俺なのに……」


 エリザベス達の自由を賭けて、裏組織のボスとポーカーで勝負して勝利したのはゼニス大尉である。その際に、手の指を全部折られるという代償も支払った。一番活躍したのはゼニス大尉と言っても間違いではないはずだ。


 もちろん、ゲオルグ少尉が街で一人途方に暮れているアポット少年を見つけなければ、そもそも助ける事すら出来なかったし、最後の最後にアポット少年が敵のイカサマを発見したのは、ゲオルグ少尉に激励されたことがきっかけだ。


 その様な視点で見れば、ゲオルグ少尉の手柄も大したものではある。


 部下の手柄を自分の物にしてしまう将校も多い世の中であるが、ゼニス大尉の方針は自分の手柄を部下の物とし、部下の手柄は部下の手柄として喧伝する事である。ならば、今の状況は別にその方針とバッティングしている訳ではない。


 ただ、自分がこれだけ体を張ったのにも関わらず、それで助かった美貌の御婦人が、別の男にばかり礼を言っているのは複雑な心境になる。


「一体何が? 顔か? 顔なのか?」


 ゼニス大尉は若手の軍人らしく、精悍な顔立ちをしており、別に不細工と言う訳ではない。一方のゲオルグ少尉は、元ギャングの幹部というだけあって、傷痕の残る苦み走った顔をしている。一見かなりの強面であるが、その渋い顔立ちは女性の心を掴みやすいのかもしれない。特に、恐ろしげな風貌に反し、義理堅く、堅気の者には優しいゲオルグ少尉の気性は、そのギャップに惹きつけるものがある。


 加えて言えば、エリザベスの息子のアポット少年は、ゲオルグ少尉が見つけ、ゲオルグ少尉が事情を聞き、ゲオルグ少尉が少年の勇気を奮い立たせたのである。思い返してみえればゼニス大尉とあまり話していない。


 となれば、子供が懐いている男に礼を言うのは、自然な流れであろう。


「世の中クソだな……」


 この世の理不尽を感じ、ゼニス大尉は呪詛の言葉を呟いた。


 これまで彼は、回避不能な軍務の失敗で左遷されたり、捨て駒部隊の指揮を押し付けられたり、上級部隊に置いてけぼりにされたり、その事を抗議しに行ったら逆に袋叩きにされたりと、この世のクソを煮詰めた様な理不尽な目に遭っている。


 だが、これまではこの様な恨み言は一言も発しなかった。


 絶対的な格差より、身近な格差の方が何となく心に響くものなのである。どうしようもない大きな問題は最初から諦めの境地に達するので、逆になんとも思わないのだ。


 まあ、別に本気でゲオルグ少尉に恨みを抱いているのではない。逆に言えば、これまで諦めモードで心を動かさない様にしていたのが、休息や勝利により癒されてきたためとも言える。そう考えれば、別に悪い傾向ではない。


「コノセカイヲホロボシテヤル……」


 良い傾向かもしれないが、だからといってボヤキが止むわけではない。


「中隊長、さっきから何をぶつぶつ言ってんですか?」


「止めとけ、女や食い物の恨みはおっそろしいんだ。触れない方がいい」


 ゼニス大尉の部下達は、遠巻きにしながらひそひそと話している。彼らは、闇カジノでの戦いが終わった後、ベネル市を出発するまでの間、夜の街に繰り出して遊んできたため睡眠時間は少ない割に元気いっぱいだ。戦いを通じて知り合ったベネル市の裏社会の顔役に気に入られたので、優良店を紹介されそこで安い値段で遊べた様だ。


 何の優良店はあえて記述しないが、まあそういう事だ。


 これからも第1中隊の兵士が遊びに来たら、酒場も含めた良心的な店を紹介してくれると言うので、休養先を偵察しに来た今回のベネル市訪問は、大成功だったと言える。


 ゼニス大尉はエリザベスやアニスの身柄引き取り等の後始末があったので、今回全く遊んでいないのではあるが。


 峠を越えると、アスミタ村が見えてくる。最近見慣れたこの村を見ていると、何となくゼニス大尉の心に溜まっていた呪いの感情も晴れてきた。良い行いをしたのは間違いないのだ。それに満足するしかあるまい。


「あれ? 村の方で大勢で何かやってないっすか?」


「本当だな。何かあったのかな?」


 アスミタ村で何か事件が発生したのなら、アスミタ村に駐屯を命じられている第1中隊としては事態解決を図る必要がある。遠目ではっきりとは確認できないが、軍服の男達も村人に混じっている。村に残して来た兵士達は協力している様だ。一難去ってまた一難と言う事で、ゼニス大尉は気持ちを切り替えようとした。


「エリザベスさん。村で何か起きた様なので、安全を確認できるまで待機しておいてくだ……あっ……」


 一先ず手近な民間人の安全を確保しようとしたゼニス大尉は、母子の姿を見てある事に気が付いた。


「アポット君、村を出る時、誰かに言って来たかい?」


「え? ううん。言ってないよ。そんなこと言ったら、止められるじゃないか」


「だよな~」


 村で何を騒いでいるのか、ゼニス大尉には察しがついた。十歳にも満たない兄妹が、揃って姿を消したのである。村の住人が驚かない訳がない。総出で捜索しているのだろう。


「ははっ、早く、村の人たちに無事を伝えてなくちゃな。おい、走って先行して伝えてこい」


 ゼニス大尉は部下の一人に促し、伝令として走らせた。伝言を受け取れば、村人はすぐに安心するだろう。新たな事件が起きていなかった事に、ゼニス大尉は珍しく神に感謝した。


 そして、ゼニス大尉がエリザベス達を助けた事が、第1中隊とアスミタ村の住民たちの関係を、変えるきっかけとなったのである。

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