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第21話「兵隊にしておくのは惜しい奴だな」

 ゾブリが最後のカードをテーブルに配り終えた。今までは、対戦相手のゼニス大尉はカードを配る瞬間にゾブリの指をへし折って来たのだが、今回はそれを成し得る事は出来なかった。


 真っ当なポーカー勝負をしようとゼニス大尉が改心したのではない。ゼニス大尉の指は一度全部折られているので、素早く動かせなかったのだ。ゼニス大尉は自ら無理やり治したのだが、流石に完全に機能を回復させる事は出来なかった。


 ゾブリはチップを全部賭けており、この一回の勝負で全てが決してしまう。もうゾブリの指をへし折れるチャンスは無い。一応手札の交換の際にチャンスがあるかも知れないのだが、


「ノーチェンジだ。このまま勝負してやる」


 手札を見ずに、ゾブリは自信満々に宣言した。手札の内容を確認して、どの様な役が揃っているのかを見もしないと言う事は、イカサマをやっていたと宣言しているに等しい。だが、どの様な手口を使ったのか、バレなければイカサマではない。先ほどまでは瞬間的にイカサマだと言いがかりをつけて指をへし折っていたのだが、もはやタイミングを失してしまった。今、イカサマだとクレームをつけるには、イカサマの手口を指摘しなければならない。


 勝負を見守っていたゲオルグ少尉は、少しだけ表情を変えた。首都の裏社会で博徒として知られていた彼は、ゾブリの手口を見破ったのだ。しかし、それをゼニス大尉に伝える事は出来ない。彼はゼニス大尉の部下であるが、首都に縄張りを持つキンゾー一家の幹部であった。そのため、裏社会のトラブルに下手に首を突っ込むわけにはいかないのだ。


 このまま負けてしまえば、ゾブリが勝負前に言った通り、トスケール帝国側からの密輸に手を貸さねばならなくなる。密輸に手を貸すこと自体は、ゲオルグ少尉やゼニス大尉にとってそれほど大したことではないのだが、もしも軍の上層部にバレた場合、処罰されてしまう可能性がある。


 と言うか、この闇カジノには軍や政庁の高官がお忍びで遊びに来ており、この勝負を見守る野次馬にも紛れている。そのため密輸を持ち掛けられている事はすでにばれているかもしれない。


 ただ、ここに来ている連中は、この場に来ていること自体が御法度なのである程度の不正は見逃すだろう。それでも、不正行為の尻尾を掴まれていると言うのは良いことではない。何かあった時に処罰される名目にされたり、脅迫を受けて別の不正行為に加担させられるかも知れないのだ。そうなれば落ちていくのに際限はない。


 ゼニス大尉も、この事態を打開しようと必死だった。確実にゾブリはイカサマをしている。そうでなければ手札もみないのにあれだけの自信は考えられない。イカサマを指摘出来れば配られた手札が何であろうと勝ちなのだ。


 しかし、何をやったか全くわからなかった。これまでも、袖口やネクタイ、はたまたズボンの中まで調べてきたのだが、そこには種も仕掛けも無かった。もはや何を指摘していいのかも分からない。


「さあ、カードをオープンして勝負をつけようか」


 もうこれ以上時間をかける事は出来ない。ゾブリがイカサマに失敗している事を祈るしかない。


 そう思われた時だった。


「バックルだ!」


 勝負の行方を誰もが見守り、静まり返ったカジノの中に、一つの声が響いた。


「ベルトのバックルの裏からカードを出して、すり替えたのを見たよ!」


 声の主は、この勝負で自らの母親の身柄を賭けられているアポット少年だった。


「な……このガキ、何を……」


「よし、じゃあ調べてみようか。俺は、アポットの言っている事に、手足の指を全部賭けるぞ。バックルに何も仕込んでなければお前の勝ちだ。全部持ってきな!」


 ゾブリが予想外の方向から指摘され立ちすくんでしまった隙を突き、ゼニス大尉は迅速に接近すると、ゾブリのベルトを抜き取ってしまう。


「おんや~? これは、何かな~?」


 果たして、ベルトのバックルにはカードが仕込まれていた。店で使用しているカードを同じ製品であり、用意周到に仕込んでいたのだろう。


 カードを仕込めるほどなのでかなり大きく目立つバックルなのだが、ゾブリは全身の服装を派手に決め込んでいるため、対戦相手に気付かせてこなかったのだ。これは、仕込みの巧みさもあるのだが、それだけゾブリのすり替え技術が優れていたのである。ゾブリはこれまで同様の手口によって、このカジノで荒稼ぎをして来たのだが、カジノのオーナーで百戦錬磨のギャンブラーであるゴッペルにさえ気づかれなかったのだ。


 正面切って気付いたのは、ゲオルグ少尉だけである。


 では何故、単なる村の少年に過ぎないアポットが気付いたのかと言うと、彼が子供だったからである。まだ子供であるため、アポットの視点はかなり低く、ベルトのバックル辺りに視線が行きやすい。また、ゾブリは様々な角度から見られてもばれない様なイカサマの技術を磨いてきたが、子供の視線を意識した事は無かった。


 もちろん、ゾブリのすり替えのスピードは常人の目には、何をやっているのか認識するのは困難であり、普通なら子供の視線を気にせずともばれはしなかった。


 しかし、この勝負はアポット少年の母親の運命が賭けられている。それに、この勝負の途中、ゲオルグ少尉はこの勝負の行方をしっかりと見守るように叱咤した。ゲオルグ少尉としては、単に自分に関わる事は責任をもって見届ける事を言ったのであるが、それが副次的な効果を生んだのである。


「おやおやおやおや、イカサマがばれてしまいましたな~? 俺はこれに手足の指を賭けてたから、これはお前の手足の指を全部へし折っていいって事だよな?」


 もちろん、そんな訳はない。


 これはあくまでポーカーの勝負であり、イカサマを見破ったと言う事はポーカーの勝負はゼニス大尉の勝ちになっただけであり、暴行を行っていいと言う訳ではない。


 しかし、この勝負が始まって以来の異様な雰囲気が、ゼニス大尉の行動を後押ししようとしていた。


「ま……負けだ! 俺の負けだ! 母親は返す! 借金の証文も、契約書も全部だ!」


「お? そうなの? じゃあそれでいっか。面白い勝負だったな。また……またはやりたくないけどな」


 ゾブリの敗北宣言を、ゼニス大尉は素直に受け入れた。すぐにでもゾブリの指をへし折ろうとしていた勢いはどこへやら、にこやかな表情になるとゾブリの手を無理やり掴んで握手した。


 ゼニス大尉の指は一回折られたのを無理やり治したものだ。しかし、握手をしたゾブリの手には、力強い圧力が加えられており、「治した指を使ってまたへし折ってやる」とゼニス大尉が言っていたのは、ハッタリでは無い事を感じさせた。


「さあ、勝負はお開きだ。俺達はこの店で待ってるから、母親と書類を全部持って来るんだぞ」


「あんた、裏社会の人間にこんな事をして、後が怖くないのか?」


「ん? 俺は天に恥じない正しい事をやってるだけだ。なんで怖がらなくちゃならんのだ?」


 ゼニス大尉にしれっと返答され、ゾブリは呆れた様な顔をしてすごすごと店を後にした。


 このまま逃げられるような事は無いだろう。もし約束を守らねば、裏社会でのゾブリの評判は失墜してしまう。正当な法的権限等を持たない彼らの世界では、ある意味評判が全てだ。評判を失っては商売が成り立たないし、命を失う事になりかねない。


 また、ゼニス大尉が平然とした態度をしているのは、単なるハッタリである。報復を警戒しているからこそ、やり過ぎて面目を失わせない様に、最後に指をへし折る様な事はしなかったのだ。


 ある程度の線引きを守れば、この勝負の見届け人はこの町の裏社会を取り仕切るゴッペルである。そのゴッペルの面子を守るため、ゾブリも無茶な復讐は避けるだろう。


「あんた、兵隊にしておくのは惜しい奴だな。ワシの所で働かないか? すぐに幹部にしてやれるぞ」


「残念ながら、なんだかんだ言って俺は軍が性に合ってるんでね。それに、こいつらの面倒を見なければならないので、お断りします」


 ゼニス大尉は、ゲオルグ少尉をはじめとする部下達を示して断った。


 ゼニス大尉の部下達は、「カテゴリー5」と呼ばれ、まともな扱いは受ける事が期待できない存在だ。ゼニス大尉は過去のやらかしで左遷されたのだが、一応れっきとした士官として扱われている。その彼が気を配らねば、部下達はすぐに使い捨ての駒として戦死するだろう。


「残念だが、それじゃあ仕方ないな。ま、何かあったら相談しな。出来る限り手助けしよう」


 こうしてゼニス大尉は、見事彼の部隊が駐屯するアスミタ村の住民を奪還する事に成功したのであった。

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