第20話「こんなの絶対おかしいよ」
ゼニス大尉とゾブリのポーカー勝負は、まだ最初の手札が配り終わっていないのにも関わらず、異様な熱気に包まれていた。
ゾブリが手札を配ろうとした瞬間、イカサマをしていると主張(言いがかり)してゼニス大尉が指をへし折り、イカサマでは無かったことによるペナルティで二倍の指をへし折られる流れが繰り返されているためだ。
この、ポーカー勝負とは呼べないポーカー勝負が始まってから、この暴力的な行為は五回繰り返されており、ゾブリは片手全部の指が、ゼニス大尉は両手全部の指がへし折られている。この段階で手札はそれぞれ四枚づつしか配られていないため、お互いに手札の中身は確認さえしていない。
「ふぅ、ふぅ、はは! もう、勝ったも同然だぜ」
ゼニス大尉の手の指を、全部へし折り終わったゾブリが痛みに耐えながら、勝ち誇った笑いを発した。
「ほう? なんでだ、まだ、勝負は始まってさえいないが?」
勝負が始まりさえしないのは、ゼニス大尉の異常行動による妨害のせいなのは誰の目にも明白なのだが、ゼニス大尉はそんな事は気に留める様子も見せずに静かに答えた。
「はんっ。もう、お前に指は残っちゃいない。もう、妨害なんか出来ないって訳だ。そうなれば、負けるはずがない」
「ん~、なるほど、それは一理あるな。だが……」
ゾブリの言っている事は確かである。ゾブリは百戦錬磨のギャンブラーでもあり、賭け事では素人同然のゼニス大尉が勝てる相手ではない。だが、それに動ずる事無くゼニス大尉は両手の指をテーブルにつけると、ぐいぐいと力を込めて押し始めた。
曲がってはいけない方向に曲がっていたゼニス大尉の指は、力を加えられる事により元の方向に戻る。そして、両手を顔の前にかざすと、動きを確認するように、そしてゾブリに見せつける様にして指を閉じたり開いたりした。
動作は外から見る限り、特に支障があるようには見えない。もっとも、ゼニス大尉にどれだけの激痛が走っているのかは、当の本人にしか分からないのだが。
「これが、どういう意味を持っているのか理解出来るかな?」
「……」
「お前の指の残り五本を、へし折る事が出来るって事だ」
「こんなの絶対おかしいよ! そうでしょう? ゴッペルさん!」
目の前でまたもや行われた異常な光景と異常な発言に、流石にゾブリはカジノのオーナーであるゴッペルに抗議した。
当然の事であるがポーカーとは、イカサマだと言いがかりをつけて相手の指をへし折ったり、それに対するペナルティで自分の指をへし折られるのを我慢するゲームではない。
ましてや、折られた指を無理やり治す事で「残機」を復活させたり、それをもって「もう一回遊べるドン♪(意訳)」的な事を言い出すのは異常極まりない。
しかし、
「つってもな。お前らが追加したルール内の範疇の事だから、ワシは知らんぞ。何なら、お前も指を自分で治したらどうだ?」
ゴッペルの対応は冷たい者であった。ゾブリは裏社会の掟を半ば無視する様な稼業に手を出している。そのため、正統派のゴッペルには良く思われていないのが祟っている。何やかやと理由をつけて、この勝負を承認する構えを見せてきた。
そして、自分で治してみろと言われても、そうはいかない。ゾブリとて裏社会で一目置かれる人間である。根性は並ではなく大抵の痛みには耐える事が出来る。しかし、ゼニス大尉に折られた指は、何をどうやってもこの場で治すのは難しそうだ。この辺りは、流石人間を破壊する専門家である軍人の所業と言えよう。裏社会の人間であるゾブリも暴力には通じているのだが、よく訓練された暴力とは質が違い、完全にへし折るまではいかなかったのだ。
「ちっ、そうかい。ならいいさ。後一枚づつ配ればポーカーで勝負が決まるんだ。そして、俺はチップを全部この勝負で賭ける。一回で全部終わりにしてやるぜ。カードをオープンした時、吠え面かくなよ? 俺は片手、いや指一本さえ動けは十分なんだ」
もはや救援が望めないと悟ったゾブリは、覚悟を決めたらしく落ち着いた表情になった。確かに、カードが配り終わってしまいさえすれば、もうイカサマだと言いがかりをつけて指を折る機会は失われる。流石のゼニス大尉も、ゾブリがカードに手をやっていない時に指をへし折る事は出来ない。
まあ、最後の方の発言は、イカサマ宣言に等しいのだが、見抜くことは出来ないという自信の表れである。
そうなると、ここまでゼニス大尉が優勢である様な雰囲気が漂っていたのだが、実は既に追い込まれていると言えて来る。
もちろん、ゾブリが一回の勝負でかたをつけるために、イカサマを仕掛けてくるのならそこに勝ち目があるのだが、見抜けなければ勝負は続行される。
そして勝負が続行してしまったら、カードの組み合わせでこのポーカー勝負は決してしまうのだ。
……まあ、それが当然と言えば当然なのではあるが。
最後の手札を配ろうとゾブリがカードの山を手にした時、辺りに異様な緊張が広がる。
ゼニス大尉は相も変わらずゾブリの指をへし折るため、重心を前にした姿勢をとっており、集まっている物見高い客達は前代未聞の勝負の決着を予感して固唾を飲んでいる。
そしてアポット少年は、この勝負の原因が自分である事を自覚して、幼い目にはいささか暴力的過ぎる光景を、固い決意のもとに見守っている。
この場の誰もが決着の訪れを予感していた。




