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第19話「そういうゲームじゃねえからこれ」

 ポーカー勝負が始まってから、最初の一枚をゾブリが配った瞬間、対戦相手のゼニス大尉は何の前触れもなくゾブリの人差し指をへし折った。予備動作が全くなく、誰もこれに反応することが出来なかった。


「な、何しやがる!」


 激痛に指を抑えながら、ゾブリは抗議の声を発した。指が折れると言うのは相当な痛みだ。それにも関わらず意味のある言葉を出せるのは、中々に根性が座っていると評価できよう。


「イカサマしたら、へし折るっていっただろう?」


「イカサマだって?」


「見えたか?」


「さあ……」


 自信たっぷりのゼニス大尉の言葉に、集まっていた観客たちがざわつく。ゾブリはイカサマの使い手としてこのカジノで有名だったが、いまだかつてそれを見抜いた人間はいないと言われている。


「まだ、なんにもしてねーよ!」


「そうなのか?」


 ゼニス大尉は振り向いて、ギャンブルの専門家であるゲオルグ少尉やゴッペルに確認した。


「中隊長、あっしにも、イカサマはしてない様に見えやした。何かを仕掛けようとした気配は感じやしたが、まだやっちゃあいやせん」


「ワシもゲオルグと同じ意見だ」


「ん~、パターン的には袖口とかにカードが隠してあるとか……」


「そんなところにはねえ! 嘘だと思うなら確認してみろ!」


 実際に触って確認してみても、特にトリックのネタは発見できなかった。ゾブリは洒落者らしく装飾過多な服装をしている。あちこちにポケットの付いた上着、やたら大きなネクタイやベルトのバックルなどが非常にうっとおしい。それが意外と調和しているのだから非凡なセンスを持っていると言える。


「しょうがないな。ルール通り倍の、指二本を折るがいい」


「言われなくても、そうしてやるぜ!」


 指を折られたゾブリは、報復の怒りに燃えながらゼニス大尉の指を握ると、一気に捩じった。本来あってはならない方向にゼニス大尉の指が曲がる。だが、恐るべき事にゼニス大尉は眉根を少し動かしただけで悲鳴は上げなかった。


「んじゃあ、ゲームの続きだな。カードを配りな」


「貴様、絶対にボロボロに負かしてやるから……ウギャァー!」


 ゲームを再開し、ゾブリが二枚目のカードを配ろうとした瞬間、ゾブリの悲鳴がまたもや響き渡った。理由は先程と同じく、ゼニス大尉がゾブリの指を一本へし折ったのである。


「何だよ! おめえ!」


「イカサマだ」


「だから、やってねえって!」


 先程と同じようなやり取りが、ゼニス大尉とゾブリの間で交わされる。そしてゲオルグ少尉とゴッペルも同じ様に、イカサマは確認できなかったと首を横に振った。


「うむ。本当にやっていない様だな。また二本折るがいい」


 これまた同じようにして、ゼニス大尉の指がへし折られた。これで、ゼニス大尉の指は残る六本、ゾブリは八本である。


 そして、またゲームが再開され、


「アアァッー!」


 またもやカードを配った瞬間、ゼニス大尉はゾブリの指をへし折った。


 三度も同じ様な蛮行が繰り広げられ、アンダーグラウンドな世界にはある程度慣れた客達もざわついた。


 ここまで来れば、ゼニス大尉の意図は明白である。


「残念ながらまた、イカサマでは無かった様だな。さあ、俺の指を折るがいい」


「ふざけんなお前! わざとやってるだろう? ポーカーやってんだぞ! そういうゲームじゃねえからこれ! そういうゲームじゃねえから!」


「そうだっけか?」


「そうだよ! ゴッペルさん、こんな事が許される訳ないでしょう?」


 ゴッペルは自分の店での暴力沙汰を好まない。だからこそこの様なポーカー勝負で決着をつけることになったのだ。ゼニス大尉の行為を決して許さないだろうとゾブリは確信していた。ゼニス大尉は十人程度の兵隊を連れているが、このカジノをホームグラウンドとするゴッペルの組織には流石に叶うまい。


「何を言っている。『イカサマだったら指をへし折る』、『もしイカサマの指摘が間違いだったら倍にして返す』これらはお前らがそれぞれ提案した事だ。これまで起きている事は今回の特別ルールでは、何の問題もない」


「な……? しかし、こんな暴力行為を、店の中で許していいんですか?」


「構わん。ワシが好まないのは無秩序な暴力だ。ルールに則ってやるなら、まあ、ボクシングみたいなもんだ」


「そんな……」


 裏社会にも秩序やルールはある。裏社会の中でも正統派に属するゴッペルは、その様な信念から一般客も混在する店の中での暴力沙汰を認める事はない。しかし、今回の様に勝負する双方の合意の上であったり、他に被害を拡大させないのであれば、それは秩序を乱す行いでないと認識している。


 つまり、ゼニス大尉の行った暴行は合法であるとゴッペルは考えている。


 まあ、「合法」とは一体何か、という哲学的かつ根源的な疑問が湧いてくる理論であるが、裏社会の人間には理解の範疇らしい。


 勝負を見にゼニス大尉達を取り囲む物見高い観客達は、その大半が異常な展開に困惑しているが、裏社会の人間らしい者達は納得の表情だ。


 ゾブリは表向き「人材派遣会社」の社長をやっているが、れっきとした裏社会の人間だ。ゴッペルの言った一般人には理解しがたい理屈も、ある程度納得できる。また、これを受け入れない様であれば、この勝負を見守る他の裏社会の人間達に対して面子が立たない。


「ゲームが続行できないのなら、俺の勝ちと言う事に……」


「誰が止めるって言った。続けてやらあ!」


 ゾブリは自棄になった様な声色で、勝負の続行を勢いよく宣言した。もしもここで勝負を投げ出してしまったら、裏社会で爪弾きにされたり、根性が無いと舐められたりして、組織はあっという間に壊滅してしまうだろう。組織を乗っ取られる位ならまだしも、悪くすれば命を失いかねない。ゾブリはベネル市の裏組織でもかなり派手に儲けている方で、その稼業を乗っ取ろうと虎視眈々と狙う者は多いはずだ。


 ゲームが再開し、当然の事の様にまたもやゾブリの指が折られる。観客の中にはこの様な蛮行に慣れていない者もおり、彼らは凄惨な光景から目を背けた。見たくないなら立ち去ればいいのに、勝負の行方だけは気になるのだから、ある意味非常に業が深い。


 そして、暴力に慣れていないのだが、興味とは別の理由でその場を離れられない者が一人いた。


 この勝負の発端であるアポットだ。自分の母親や妹の自由がかかっているのだから、当然この場を離れる事が出来ない。だが、まだ十歳にも満たない少年にはあまりにも過酷な光景だ。


「うっ……」


 たまらず目を背けようとする。しかし、それを制止する者が居た。ゼニス大尉の部下であるゲオルグ少尉だ。


「坊主、目ぇ逸らしちゃあいけねえよ。うちの隊長が、誰のために体張ってんのか、よっく考えてみい。男だろうが」


 ゲオルグ少尉は真正面からアポットの目を見ながら静かに言った。ゲオルグ少尉はそこら辺のチンピラなら裸足で逃げ出すほどの強面である。だが、不思議と恐怖は感じなかった。


「うん……分かった。最後まで見届けるよ」


「そうだ」


 アポットが勝負に目を戻すと、再び指の折り合いが行われていた。まだ、最初の手札すら配り終わっていないのであった。

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