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第1話「こんな戦争にまじになっちゃってどうすんの」

「と言う事でありまして、我々の中隊は504高地に一番乗りしたのであります。この度の会戦の勝利は、我々の働きによるものが大であるのです」


 ランプの頼りない光だけが揺らめく天幕の中、三人の軍人が向かい合っていた。


 一人は壮年の男性でこの天幕の主――ゴダール共和国第一師団長のアンリ中将である。その身に纏う軍服は、仕立てが良く大量の勲章に覆われている。いかにも旧貴族階級出身の将軍らしい服装だ。


 だが、中身は上流階級らしからぬものである。彼の禿頭はランプの光を照り返すほど光沢を放っており、容貌魁偉という表現が似合う強面だ。この辺りは将軍と言うより、歴戦の下士官と言った方が皆納得するだろう。


 アンリ中将の傍に控えるのは妙齢の女性で、この様な狭苦しい天幕には似つかわしく無い美貌である。彼女はアンリ中将の副官を勤めており、今はアンリ中将とその相手の会話を筆記している。


 残る一人は、「たった今戦場から戻って来たばかりです」と全身で主張している小汚い軍服を身に纏った人物だ。驚いた事に彼が身につけているのは士官用のものであり、まともな士官ならこの様に泥まみれになる事などあり得ない。


 煌びやかな軍服で先陣に立ち、勇猛果敢かつ華麗に戦うのが士官の矜持であり、この時代の戦場の常識である。こんな泥まみれの格好をし、師団長の元に出てくるなどあり得ない事だ。しかも、軍服ばかりか顔まで泥で汚している。


 彼はゼニス=ケニスター大尉、第1特別歩兵連隊第1中隊の中隊長である。


 504高地奪取失敗の件で呼び出され、こうしうて出頭してきたのだ。


「一番乗りと言ってもな。俺が504高地まで突撃した時は、友軍はどこにもいなかったぞ。一番乗りしたばずのお前らは、一体どうしていたというのだ?」


「それは……敵の逆襲にあったために、やむなく撤退しました」


「話にならん。お前らが504高地を制圧したと主張している時刻から、俺が到着した時刻まで、ほんの一時間だ。そんな短時間持ちこたえられず、逃げ出すなどそれでも誇り高き共和国軍人か? そんな臆病な行動に出ている位なら、攻撃に失敗していた方がまだましと言うものだ」


 アンリ中将に叱られて、ゼニス大尉は黙り込んだ。攻撃に失敗していた方がましだとは、かなり極端な物言いだが、これには一理ある。任務に対する責任感が無いと言うのは、時として任務不達成よりも問題なのだ。なぜなら任務失敗なら友軍が補助に回れば良い。元々全軍が任務を達成できるなど虫の良い話は無いのだ。一部が任務に失敗しても、全体として総合的に成功すれば勝ちというのが軍隊なのだ。


 だが、責任を放棄すると言うのは総合的に勝利するという、軍としての連携や団結を乱すものなのだ。だからこそ軍律違反は厳正に処罰されるのだ。


「しかし、我が部隊の隊員の能力は、他にはない非凡なものがあります。使い方さえ間違わなければ、必ずや重要局面で戦果を……」


「まだ分からんのか! 責任感の無い奴等に、戦場で背中を預けられんと言う事だ! 多少腕っぷしが強かったり、悪知恵が働くなど些末な事なのだ。良い兵士とは、例え個人の戦闘力では劣っていたとしても、進めと言われれば銃剣の林に突入するし、留まれと言われれば銃弾が降る地獄にあっても動かない者なのだ。これは、仲間を信頼し、裏切る事を恥じ、国や郷土を愛するからこそ出来る事だ。残念ながらお前の部隊には無理なんだよ」


 なおも言いすがろうとしたゼニス大尉は、アンリ中将の一喝で黙らせられた。


 残念ながらアンリ中将の言う事は間違っていない。まともな教育を受けておらず、共和国への帰属意識が低い「カテゴリー5」と呼ばれるゼニス大尉の部下達は、徴兵対象の枯渇を何とかするという国の施策で駆り集められただけで、国家防衛の意識などはなから無いのである。


 犯罪者やスラム街で生まれ育った者達に、国のために命をかけて戦えと言っても、そんな命令に説得力など有りはしないのだ。


 意見具申が失敗したゼニス大尉は、結局挽回する事はできずに天幕を後にした。その背中にはやるせなさや戦場の疲労などが蓄積されており、まさに負け犬という表現が的確であった。


「カテゴリー5が、よくもまあぬけぬけと。恥ずかしいないのかしら」


「おい、カテゴリー5などという分類は我が軍には無い。以降その様なくだらん言葉は禁ずる。いいな?」


「は、はい……」


 アンリ中将は正統派の軍人であり、軍の規律を何よりも重視する。その様な彼にとって第1特別歩兵連隊の様な規律もへったくれも無い存在は、目障り極まりない。しかし、その様な存在を作り出してしまった祖国の体たらくにも、まがりなりにも仲間である彼らを軽蔑するしかしない兵士達にも嫌気がさしていた。


 そういった意味では、質の悪い部下を与えられながら、何とか戦果を上げようとするゼニス大尉の事は、まだ好感が持てると言える。


「ふむ。無茶をしなければ良いのだがな……」


 副官の淹れてくれたコーヒーをすすりながら、アンリ中将はつぶやいた。




 夜遅く、中隊の宿営地に戻って来たゼニス大尉を迎えたのは、宴会真っ最中の部下たちの姿であった。任務に失敗したというのに、それに堪える様子は全く見られない。


 焚き火を使って正体不明の肉を焼き、どこで調達したのか分からない酒を浴びる様に飲んでおり、騒がしい事この上ない。よくも隣接した別の部隊から苦情が来ないものだ。


 多分関わり合いになりたくないのであろう。


「お、隊長じゃないっすか。ショーグンからの呼び出しお疲れちゃんっす」


「我等中隊一同、中隊長の武運長久をお祈りしておりました。ってか? へっひゃっひゃっ!」


 舐めた口をきく部下達に怒鳴りつけたい気持ちに駆られるゼニス大尉であったが、怒ってもしょうがない。阿呆な事しか言わない部下達であるが、ゼニス大尉の姿を見ると焚き火の前の席を空け、皿に肉をよそって準備を整えてくれた。これが彼らなりの親愛の情の示し方なのだろう。


 多分。


 ゼニス大尉は辺りに撒き散らされた吐瀉物を避けながら焚き火の前に進み、皿と杯を受け取ると酒を一気に流し込んだ。


「言い飲みっぷりっすね。そんで、どうでした?」


「どうって、思いっきりしばかれたよ」


 お前らのせいでな、と心の中で付け加えながら言ったゼニス大尉の言葉に、周囲からはどっと笑いが巻き起こった。


「マジっすか! チョー受ける!」


「ケケケ! こんな戦争にマジになっちゃってどうすんのよ」


 ゼニス大尉は受けを狙った訳ではない。大爆笑に包まれて困惑するばかりだ。


 普通なら任務失敗をすれば落ち込み、叱責されたらそれを挽回せんと心に刻み込むものだ。それが部下達といったらこの反応なのだ。


 文化が違うとしか言いようがない。


 この先どうしようかと悩むゼニス大尉を、肉と酒だけが慰めていた。


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