第18話「イカサマを見つけ次第指をへし折ってやるぜ」
「いいぜ? ポーカーで勝負をつけるというのには同意しよう。まあ、後悔すると思うがね」
ゼニス大尉にポーカー勝負を求められたゾブリは、自信ありげに承諾した。彼はベネル市に蠢く裏社会の人間の中でも、一、二を争うギャンブルの達人である。その事を知ってか知らずか挑戦して来たゼニス大尉の短慮に対し、ゾブリは心の中で快哉を叫んだ。もしもここで交渉が決裂していたなら、暴力と言うゾブリにとって不利な手段に持ち込まれていた可能性がある。
ゾブリとて裏社会の人間であるため、暴力には自信がある。しかし、多勢に無勢だしゼニス大尉もまた暴力を生業とする軍人である。争うのは得策ではない。また、もしも暴力でねじ伏せられた場合、裏社会でのゾブリ一味の評判は著しく低下し、今後の活動に致命傷を負う危険性もあった。そして、この地域の住民ではないゼニス大尉達に対しては脅しが通じづらいのだ。
「ただし、こっちが勝った時の報酬も決めさせて貰おうか」
「構わんが、俺達兵隊に何かできる事があるとは思えんが? 言っておくが、物資の横流しは無理だぞ」
「いやいや、そんな大した話じゃない。あんた達が駐留しているアスミタ村は、今トスケール帝国軍との最前線だろ? そのトスケール帝国軍側からちょっと人が来るから、その人達からある物を受け取って渡して貰うだけでいいんだ」
「あぁ? 要は密輸の片棒を担げって事か?」
「端的に言えばな。おっと、麻薬とかそういうヤバい品じゃないぞ。ただ、開戦前は普通に貿易していた様な何でもない商品だ。それは保証しておこう」
ゴダール共和国とトスケール帝国は、遥か昔には一つの国であった。偉大な皇帝が多数の群雄を切り従え、一大帝国を築いたのである。その後ある時期に、兄弟でゴダール地域とトスケール地域に分かれて相続したのだが、元は同じ国や民族である。文化的、経済的な交流は盛んであった。
国の上層部同士はどちらの国が正当な後継者であるかで争っていたが、下々の民衆にはあまり影響はなく、戦争になってもそれほど本格化する事は無かった。
しかし、ゴダール側で革命が起こり、王家が権力の座から引きずり下ろされてから状況が変わった。トスケール帝国側はゴダール共和国を正当な国とは認めず、ゴダール共和国もそれに反発した。また、反発どで終わらず、トスケール帝国は帝国こそがゴダールとトスケールに渡る地域の唯一の支配者であると称する様になったのだ。
その結果が現在の長期に及ぶ戦争である。この戦争はそれまで盛んであった貿易にも大きな影響を及ぼした。
それまで直接貿易していた商品は、第三国を経由しなければ入ってこないので、中間業者の手数料やら輸送量で価格が跳ね上がった。これは、戦争による直接的な人的資源の枯渇に並んで共和国衰退の要因となっている。これはトスケール帝国側でも同じような状況に陥っていると、ゼニス大尉は聞いていた。
そして、第三国を経由するのではなく、ゾブリの様な裏社会の人間が密輸をする事もあったのだろう。保管に期限がある商品もあるし、短期間入って来る事を考慮すれば密輸の方が安くつく事だってあるのだろう。
このアスミタ地方は両国の境目にあるため、密輸する際には避けて通れない地域である。そして、この地域には大軍同士が集結している。当然お互いに警戒しており、その警戒網をくぐって密輸するのにはゾブリも苦心しているに違いない。見つかりにくい経路を選んだり、前線の部隊に賄賂を贈って見逃して貰ったりしているのだろう。そして、ポーカーで勝利するだけで安全なルートが確保出来るのであれば、それは願ったりかなったりなのだ。
「了解だ。こっちも条件を飲まなければ、そっちも母親を返すつもりはないんだろ? 良いじゃないか。やってやるぜ。よし、ゲオルグ少尉、お前の実力を見せてやれ!」
「ま、待て! ゲオルグを出すのは禁止だ!」
「あ? 何でだよ。ゲオルグ少尉は我が中隊の小隊長だ。何の問題があるんだよ」
兵隊は暇な時、カードゲーム等の賭け事で時間を潰すことが非常に多い。それはゼニス大尉が率いる第1中隊においても同様である。そして、ゼニス大尉が見る限りゲオルグ少尉が賭け事で負けるのは見たことが無かった。サイコロでも、カードでもだ。おそらく過去にギャングをしていた時、賭け事の腕前を磨いたのだろう。
ゼニス大尉がポーカー勝負を申し込んだのは、ゲオルグ少尉のギャンブルの腕前に期待する所が大きい。
「キンゾー一家のゲオルグって言ったら、『東方の博徒』キンゾーの一番弟子で、首都のギャンブルの世界でも知らない者はいなかった奴じゃないか。そんなの相手に出来るかよ。それに、これは俺の組織と、そちらの組織の揉め事だ。キンゾー一家が関わるのはルール違反だぜ」
「そうなのか?」
ゼニス大尉は振り向いてゲオルグ少尉に尋ねた。ゲオルグ少尉の事と、ルールの事の両方についてである。
「まあ、奴の言ってるこたぁ、確かにその通りっすね。単なるカチコミなら正当防衛とかの理由が立つんで俺が参加する理由がつきやすが、博奕を打つってんならそうはいきやせん。キンゾー一家が人様の仕事に介入したって事になって仁義に反しちまいやす」
「じゃあ、しゃあねえな。俺が相手するしかないか」
「しかし、隊長、奴はイカサマが得意とその辺の客から聞きやした。気を付けないとあっという間にやられちまいます」
「人聞きが悪いな」
ゾブリがゼニス大尉達の会話に割って入って来た。ゲオルグ少尉を参加させると言った時の慌てぶりは消え、余裕を取り戻している。素人に負ける気はしていないのだろう。
「イカサマしてるってんなら、どうぞ見つけて御覧なさい。見つけられるんならね」
「そうかい、じゃあイカサマを見つけ次第指をへし折ってやるぜ」
「ははは、それは構わんが、もしもそれが間違っていたら、倍返しにしてやるからな」
「それは面白い。それをルールとしようじゃないか。聞きましたね、ゴッペルさん。今話した通りのルールでやりますので、立ち合いをお願いします」
「了承した。ワシとしてはこの店の中で暴れなければ、それで構わん」
この闇カジノの経営者にして、ベネル市最大規模の裏組織のボスであるゴッペルは、このポーカー勝負とそれに対する様々な条件を了承した。彼にしてみればゾブリの様な裏社会の仁義に欠ける人間に肩入れするつもりは無いし、縁もゆかりも無いゼニス大尉に加担する義理も無い。心理的には渡世人として名高いキンゾー親分が最も可愛がっていたゲオルグに協力してやりたいところだが、そのゲオルグはギャンブルに本格的に介入するのは控えているので、ゴッペルもまた控えざるを得ない。
ゼニス大尉とゾブリが大声でやり合っていたために、店内の客が皆何事かと集まって来ていた。会話の内容は聞こえていなかったのだが、何やらポーカーで勝負する事だけは理解出来ていた。ゾブリはこの闇カジノに集まる客達の間では有名なギャンブラーである。彼らはこの勝負を物見高く見物しようとしていた。
観客たちが見守る中、ポーカーテーブルを挟んで向かい合って座ったゼニス大尉とゾブリは、封を切られたばかりのカードをそれぞれ点検し、勝負を開始しようとしていた。
それぞれチップを十枚づつ持ち、それが無くなったら負けである。また、一勝負ごとにカードを配る者を交代する事になっていた。
最初にカードをきって配るのはゾブリである。
ゾブリは手慣れた手つきでカードを切った。これだけの動作でも彼のゲームへの習熟が分かるものだ。
そして、カードを一枚づつ配ろうとした瞬間、
「グアッ!」
ゼニス大尉はゾブリの人差し指を、目にも止まらぬ素早さでへし折った。




