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第16話「これからアイツを殴りに行こうか」

 ゼニス大尉率いる第1中隊の兵士達は、ベネル市のとある一画にある建物の地下に降りていた。


 建物は一見普通の雑貨屋に見えるのだが、中にいる中年の店主に「アドニス山地産の小麦粉」について尋ねると、店の奥にある階段に案内されるのだ。


 地下の通路をいくらか歩くと頑丈そうな扉に辿り着く。扉の前にはいかつい男が二人たむろしている。ゼニス大尉達が扉の中に入ろうとしても特に反応を示さない。セキュリティチェックは雑貨屋の店主が既に行っていると言う事なのだろう。


 彼らは非常時の警備のためにいるのだ。


 中に入ると、戦時中とは思えない豪華な空間が広がっている。


 薄暗い室内には、豪華な装飾が施されており、地下室とは思えないほど広い。飲食に興じる男達のテーブルには、このご時世一体どこから持って来たのかと疑問に思うほど、多種多様で高級な料理や酒が並んでいる。そしてそこには露出度の高い、性的な欲望を刺激する服装の女性が侍っている。これまたどこから集めて来たのかと不思議なほどの美形揃いだ。


 そして、さらに奥には別の部屋があるのが見え、そこではルーレットやカードゲームに興じ、悲喜こもごもの声を上げる男達がいた。


 ここは、ベネル市の裏社会の組織が運営する、闇酒場兼カジノなのだ。戦時中のため贅沢はご法度だが、禁じられているからこそ金になるというものだ。


 完全に法律違反の存在であるが、当然権力者達にはたっぷりと鼻薬を嗅がせている。それにこの様なご時世にこの様な遊びを出来るのは、権力者だけだ。


 客としているのは、周辺地域も含めて集まって来た、政界、財界の有力者ばかりだ。また、一部には軍服こそ着てないが、明らかに軍人も混じっている。


 闇カジノなどと聞くと、かなりアンダーグラウンドの危険な世界を想像してしまう。


 だが、この場所の存在は、権力者層が決めた法律で権力者層の遊びたい者達が我慢できなくなり、自分達向けの遊び場を裏社会の人間と協力して作り、自分達の金を消費している。


 ある意味権力者の中で循環しているだけであり、そこまで悪どい存在とは言い切れない。


 もちろん、物資の横流しが前提であったり、権力者の中には遊ぶ金のために下層市民から収奪している不届き者も当然いるのだが、それはゴダール共和国においては今に始まった事ではない。


 ゼニス大尉は最初「闇クラブ」「闇カジノ」と聞いて、もっとえげつない存在ーー例えば貧民同士を殺し合わせる闇試合や、もっと性的に過激な淫らなショーを想像していた。


 だが、この場所の情報を聞き出して来たゲオルグ少尉によると、この店を運営する裏組織は正統派であり、麻薬密売などにも手は染めていないと言う事だった。


 ご禁制の品密輸や政府統制品目の密売、みかじめ料の徴収などが主な収入源だと言う。また、表社会でも酒場を経営していたり、戦争前から小さなカジノを開いていた事が、この大規模な闇の店舗につながっているのだそうだ。


 なので、この店を運営するゴッペル一家は非道な行いをしない正統派であり、同じく正統派であるゲオルグ少尉が所属していたギャングとは、友好関係にあったと言う事である。


 その話を聞いて、ゼニス大尉は「正統派」や「非道」の意味について一瞬「?」で頭が覆い尽くされたが、ゲオルグ少尉が堂々と言い切るのでそんなものかと納得してしまった。


 そして、なぜこの店にゼニス大尉達が訪れたのかと言うと、アポット少年の妹を攫った組織の頭目が、この店で遊んでいると聞きつけたからだ。


 ゲオルグ少尉は前職の伝手を頼り、ベネル市の情報屋からその情報を聞き出した。


 その情報屋に対してゲオルグ少尉は貸しがあり、犯人の一味もその非道な行いからゴッペル一家を含むベネル市の裏社会の主流派から嫌われていた事が幸いした。普通なら、この様な情報を聞き出すのは無理か、かなりの金がかかった事だろう。


「あ! あいつだ! あいつが誘拐犯の中にいたヤツだ!」


 店内を見回していたアポット少年が、カジノの区画の方を指差してそう言った。


 その方向にはポーカーに興じる、身なりのいい男がいた。犯罪者とは思えない優雅な顔立ちをしており、両脇には女性を侍らせている。一見豪商の若旦那の遊び人あたりに見える。ただし、後ろには手下らしいゴツい男が三人控えているので、ただの遊び人とは違うのが分かる。


 また、かなり大勝ちしている様で、彼の目の前にはチップが山と積まれている。


「あいつが、一味のボスのゾブリだな?」


「そうっすね。特徴も一致してるぜ」


「よっし! んじゃ、これからアイツを殴りに行こうか!」


「え?」


 突如バイオレンス宣言をしたゼニス大尉に、ゲオルグ少尉は困惑した。ゼニス大尉は部下たちに隊形の指示を始めている。


「ちょっと、それはダメっすよ」


「ハハッ。アイツらは三人、こっちは武器は持ってないけど十人。確実に勝てるって。心配すんな」


「いえ、そうじゃねえっすよ」


「ワシからも、暴力沙汰はご遠慮願いたいね」


 どこかズレた会話をするゼニス大尉とゲオルグ少尉に、突然話しかける者がいた。恰幅の良い飲み屋の親父風の中年男性だが、どことなくその佇まいには隙が無く、百戦錬磨の風格を感じさせた。


「あ、あなたは……」


「ワシが、この店のオーナーのゴッペルだ。久しぶりだな、ゲオルグ。そっちの軍人さんは初めましてだな」


 その男は、闇カジノの経営者にして、ベネル市で最大の勢力を誇るゴッペル一家のボスであった。

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