第15話「少女の捜索は任務の範囲内だ」
「いや、人攫いじゃあねぇっすよ」
「そうなのか?」
否定するゲオルグ少尉の言葉に、ゼニス大尉は半信半疑だ。ゲオルグ少尉はその顔にいくつもの刀傷を持つ、凄まじい凶相の人物だ。さらに他の第1中隊の兵士達も、チンピラか山賊かといった御面相だ。
誇り高き栄光のゴダール共和国軍の一員というより、人身売買シンジケートの一味といった方が、皆信じるであろう。
「あの、僕は攫われたんじゃありません。中隊長さん」
「あ、そうなのか? ん? 何故俺が隊長だと……あ、君は確か……」
ゼニス大尉は、少年の顔に見覚えがある事に気がついた。直接話したことはないが、確かに見た事がある。
「そうです。アスミタ村の、アポットです」
このアポット少年は、アスミタ村の村長の隣の家の住人のはずである。村長の家に会談をしに行った時に何度か見かけたのだ。
確か村長によると、アポットは現在妹と二人で暮らしているという事だ。父親は戦争で戦死し、母親は出稼ぎに出ているのだという。そのため、村長の家で色々と面倒を見てやっている。
その彼が何故ここにいるのか。
「何故君がこんな所に……わかったぞ。お母さんに会いに来たんだろう?」
すぐにアポットの事情をゼニス大尉は察した。母親は出稼ぎからもう半年は帰っていないと聞いている。流石に母親が恋しくなっても不思議ではない。
「流石中隊長。その通りです。見かけた顔が、街をうろうろしてたんで、危なっかしいから保護したんすよ」
「ならば良し。良い判断だ。でもアポット君、村のみんなが心配するから早く帰らなきゃ。大人の許可は取っていないんだろう?」
当然である。子供を街に行かせる許可を出すくらいなら、誰かが保護者として同伴するはずだ。
「それに、妹さんも心配しているだろう。今日は俺たちと一緒に宿に泊まって、明日早く帰ろう」
「中隊長、それがですね……」
「妹が、悪い奴らに捕まってしまったんです!」
「ほう?」
アポット少年が語るには、こうだった。
アポットは妹のアニスと一緒に、ベネル市に出稼ぎに来ている母親に会いに来た。アスミタ村とベネル市の間は峠があるしかなり離れているが、頑張れば子供でも歩けない事はない。母親に会いたい一心で、二人は峠を越えて来たのだ。
そして、街に着いて母親を探そうと周っていた時に、人相の悪い不審な集団に取り囲まれてしまい、必死で逃げ出した時には妹が居なくなってしまったのだという。
そして途方に暮れている所を、ゲオルグ少尉が声をかけたのだ。
「警察には行ったのか?」
「あっしが連れていったんすが、まともに取り合っちゃあくれんのですよ」
「そうか……」
ゼニス大尉の予想通りだ。戦況の悪化から警官からもかなりの人数が軍に取られていたはずである。もはや小さな事件に関わってる暇はないのだろう。
また、現在のベネル市の様に軍の統制化にある地域の治安は、軍の憲兵が補完するのが本来の姿である。しかしこれも期待薄だとゼニス大尉は考えていた。
軍隊のいく所には、そこからこぼれ落ちる金を期待して、様々な者達が集まる。食料品の売る込みであったり、酒場やそこで働く酌婦、娼館などである。
時には麻薬の密売人も暗躍し、兵士達に売り捌いていく。明日の知れない戦場でも、恐怖に脅かされている兵士達は、それを紛らわせるために薬物に逃げる事は珍しくは無い。ゼニス大尉の所属する第1特殊歩兵連隊は、現在ゼニス大尉の率いる第1中隊しかない。この原因の一つが薬物の蔓延であり、1つの中隊が丸ごと麻薬中毒者の群れになってしまい、どこかに消えてしまったのだ。
そして、これらの商売には闇の世界に関わる者が多いのが特徴だ。薬物などはモロにそうだし、娼館にもそういった勢力の息がかかっている事が多い。
では何故彼らが許されているのかというと、戦力を無にしてしまう麻薬は別として、他の業種は必要悪の様な存在であると軍の上層部は認識しているのだ。
そうなると、自然取り締まりは緩くなる。甚だしい場合には、軍の高官や憲兵に金が握らされ、見逃すべきでないレベルの事まで目溢しがされてしまうのだ。
そう考えると、アポットの妹を攫った者達は、軍を相手に商売している可能性が高い。そうであるならばこのご時世では、少女一人の事など小さな事件だ。見逃されてもおかしくはない。
「ゲオルグ少尉、この街にの裏社会にツテはあるな?」
現在の状況に関し、様々な要因を考えたゼニス大尉は、小さな声でゲオルグ少尉に尋ねた。
「一応あるっすけど、いいんすか? 大事になるかもしれやせんが」
「構わん。我ら第1特殊歩兵連隊第1中隊の任務は、アスミタ村への駐屯と村人の保護である。つまり、少女の捜索は任務の範囲内だ。もしもこの件で面倒事が起きるなら、邪魔する奴らはブチのめす」
「うおっす!」
ゼニス大尉の決意表明に、ゲオルグ少尉を始めとする第1中隊の兵士達は威勢よく返事した。
彼らはエールをウェイターに頼むとそれを一気にあおり、鬼神も避けるであろう気迫を発しながら「黄金の靴亭」を後にした。




