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第14話「ついに、人攫いをやっちまったか」

 ゼニス大尉達、第1中隊の一部が休養先として向かったベネル市は、駐屯するアスミタ村から数時間歩いた場所に存在する。途中は急な峠を越えなければならないが、久しぶりの休養に胸を躍らせるゼニス大尉には苦にならなかった。


 休戦期間とはいえ戦時中であるため、市街地の入り口付近には検問が設けられていたが、ゼニス大尉達は軍服を着用している。身分証を確認されただけで問題なく通された。


 第1中隊のほとんどの兵士は「カテゴリー5」と呼ばれる社会の底辺から招集された者達だが、軍服などに目印が付いている訳ではない。もしも出自を知られていたら、嫌がらせ等を受けてひと悶着あるかもしれないのだが、バレなければ何の問題も無い。


 ベネル市に辿り着いたゼニス大尉達は、いくつかのグループに分かれて行動することにした。彼らは単に遊びに来たのではない。これから第1中隊の主力はローテーションで休養するのだが、その時に思う存分遊べたり、危険な目に遭わない様に偵察をしなければならないのだ。


 予定では一晩ベネル市に宿泊したら、アスミタ村に帰る事になっている。偵察に使える時間は少ないのだ。


 もちろん、歓楽街の偵察にはそこで身をもって体験する事も必要になるかもしれないが、それは遊びではない。任務なのである。


 建前は。


 ゼニス大尉の部下には、スラム街暮らしで計算が覚束なかったり、通常の歓楽街での遊びには疎い者も多い。その様な者達を遊びに行かせるのは不安である。


 しかし、今回のメンバーはギャングの幹部であったゲオルグ少尉やその元子分など、歓楽街に強い者だけで編成されている。恐らく問題を起こすことは無いだろう。


 夕方に指定した飲み屋で落ち合う事を約束し、それぞれの行動に入った。


 宿屋を指定しなかったのは、それをした場合宿泊場所が限定され、思う存分羽根を伸ばせないだろうとの配慮である。軍隊は集団生活を日常的に送る事になるので、それに慣れている者ですらストレスが溜まって来る。休暇をとらせて自宅に帰らせる事が出来ない現状からすると、この様な時にしか一人で寝泊まりする自由な時間を作る事が出来ない。


 その様な配慮なのだ。


 まあ、なんらかの理由により誰か別の者と寝る者もいるかもしれないが、それはゼニス大尉の知る所ではない。そこら辺は詮索しないのが大人の対応である。


 単独行動に移ったゼニス大尉は、師団司令部が設置されている市庁舎に向かった。休戦期間とはいえこの地域は最前線である。情報収集を欠かすと死に直結しかねない。


 ただでさえ、第1特別歩兵連隊は師団司令部から軽視されているのだ。この前の様に何の伝達もなく置き去りにされる可能性だってある。自ら情報を獲りに行くことが戦場で生き残る重要な手段なのだ。


 師団司令部には、師団長のハンザ中将率いる王党派の参謀たちにより、集団で暴行を受けた嫌な思い出がある。だが、それで近寄るのを避けていては自分の命も、部下の命も危うくなるかもしれないのだ。その様な使命感からゼニス大尉は情報収集に向かう。


 そして、司令部では一通りの情報を得ることが出来た。


 司令部の参謀たちがかなり入れ替わったとはいえ、全員がハンザ中将の息のかかった者に入れ替わった訳ではない。そういう者達が喫煙所で談笑している時に挨拶をしてタバコの一本でも勧めれば、案外すんなりと話を聞くことが出来るのだ。


 ゼニス大尉は喫煙はしないのだが、この様な時のために常時タバコを携帯している。自分で日常的に消費しないからこそ、高級な銘柄を買えるので、その分情報収集も上手くいく。


 聞いた話を総合すると、現在この地域に対してトスケール帝国軍の侵攻の兆候は無いとの事だった。彼らも同じヒエロス教を信仰する者である。聖戦祭の休戦期間は重視しているのだろう。


 特に脅威が無いと言う情報は一見大した事が無いように感じてしまいがちだが、馬鹿にしたものではない。この、「何も無い」という否定情報を掴むために様々な情報機関が動き、彼らの入手した情報を専門家が分析した結果なのだ。この様な確実性の高い「何も無い」という情報があるからこそ、防衛のために大勢を見張りに張り付ける事もせず、ゆっくりと休暇を楽しむ事が出来るのだ。そして、情報収集の努力を、別の目標に集中する判断をする事も出来る。


 そして、休戦期間が明けた後も、第1師団は攻勢に出る事は無さそうだという情報も聞けた。


 着任早々、戦いもせずに戦線を後退させたハンザ中将の行いは、中央でも問題になっていると言う事だ。ハンザ中将は王党派の重鎮であり、軍内外に政治力があるため更迭される事は無いのだが、参謀本部は第1師団正面で攻勢をかける事は無理だと判断したのだ。その分、猛将として名高い第2軍団長のアンリ中将の部隊に戦力を集中させる方針との事だ。


 更に、特選遊撃隊についても噂を聞くことが出来た。現在第1師団の作戦地域をウロチョロしている彼らの事を、ハンザ中将は面白く思っていない様だ。軍事的な常識によるものではない。特選遊撃隊の面々の実家は、王党派とは違う派閥に属している者が多く、その様な観点から気分を害しているのだと言う。また、いかにハンザ中将と言えども彼らに圧力をかける事は、政治的力関係から無理であり、それが怒りを増大しているらしい。


 戦争中に国内の権力争いの事ばかり考えているのを、実に馬鹿らしいことだとゼニス大尉は思い、その様な愚者が軍の高官になっている共和国軍の現状を不安に感じるのだった。一介の大尉にはどうしようもない事なのであるが。


 司令部での情報収集という名の雑談が弾んでしまったため、司令部を後にしたのは夕方近くになっていた。歓楽街を見て周れなかったのは残念だが、すぐに待ち合わせ場所の酒場に向かうことにした。


 待ち合わせ場所に指定していた「黄金の靴亭」には既に部下達が全員揃っており、ゼニス大尉の到着を待っていた。先に酒でも食らっているだろうと予想していたのに、アルコールは摂取していない様だ。皆一様に真面目な顔で座っている。


「おお! 酒を飲まずに待っているとは感心感心。情報交換が終わったら、思う存分飲んでいいぞ。え~と、いち、にい、さん、全員揃って……お前、誰だよ」


 部下の人数を確認していたゼニス大尉は、部下の一団が一人多い事に気が付いた。人数で気付いたと言うよりは、完全に毛色が違う者が混じっている。


「あ~、さっきそこで拾って来てですね……」


「ついに、人攫いをやっちまったか……」


 説明しようとするゲオルグ少尉の横に座っていたのは、まだ十歳にも満たない少年であった。

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