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第10話「村の皆さんからの苦情だ、ぼけえ!」

 第1中隊がアスミタ村に駐屯してから二日が過ぎた辺りの事である。


 中隊長のゼニス大尉はその日の朝、部下を集めてメモ帳を読み上げていた。


「『夜に酒を飲んで騒ぎ立て、とてもうるさいです。何とかして下さい』、『道端で立小便をしていました。それどころか大便までして片づけていきません。犬以下ですか?』、『兵隊さんの目がいやらしくて、怖くて外を歩けませんのう』、『畑の敷地でウンコをするのは止めて下さい』、『溜め池に入るのは止めて下さい』、『いきなり家に入って来て断りもなしにトイレを使うのはどうなんでしょう?』、『干していた下着が無くなりました。返してください』、『兵隊さんが住んでる方から糞尿の異臭が……」」


「隊長! それ、なんすか?」


 長くなってきたのに耐えられなくなった兵士の一人が手を上げて質問した。第1中隊にきたばかりの彼らは、学校教育を受けてこなかったせいか手を上げて質問する習慣すらなかった。この頃に比べたら格段の進歩である。


 だが、部下の進歩を目にしてもゼニス大尉は機嫌がよろしくない様であった。


「これ? これはな……」


「これは?」


「お前らのやらかした事への、村の皆さんからの苦情だ、ぼけえ!」


 そう怒鳴りつけたゼニス大尉は、目の前の質問して来た兵士の胸板を蹴り飛ばした。蹴りを食らった兵士は仲間の所まで吹っ飛ばされ、何人かを巻き込んで倒れた。


 ゴダール共和国は革命により建前上は階級が消滅し、軍隊内部の格差は王制時代や周辺の専制君主国家のそれと比べて緩やかなものになっている。しかし、いまだに体罰は無くなっていない。これは軍事組織の宿痾の様なものであり、一朝一夕にはなくならないのが現状だ。一応よろしくないものとして認識はされているし、ゼニス大尉は本来は体罰反対派だ。


 しかし、あまりに多すぎる苦情に、堪忍袋の緒が切れてしまったのだ。もちろん、これは本来避けるべき事だ。体罰は教育上良い効果は生むものではないし、部隊としての団結を損なうものだ。特に、第1中隊の兵士たちは「カテゴリー5」と蔑まれてきた者たちだ。共和国の一部の派閥の不興を買ったために左遷されたゼニス大尉であるが、本来エリートに属する人間である。その彼が兵士たちに体罰を加えた場合、心理的な壁が出来て今後の作戦に悪い影響が出る可能性もあった。


「おいおい、ロベルトよお。おめえ下着盗んだんか? はよう返してこいや」


「このクソ寒いのに泳ぐとは、ロベルト、おめえようやるなあ」


「ヘーイ、ウンコウンコ! ウンコマン、ウェーイ!」


「おめえら、明らかにこの苦情は、ロベルト二等兵だけじゃねえだろう。押し付けんなクソ共が」


「ウイーッス」


 小学生レベル(彼らは小学校にすら通っていないが)の内容で囃し立てる兵士たちを、ゼニス大尉は今度は抑え気味にたしなめた。この様子からすると、ゼニス大尉の体罰を気にしている者はいない様だ。手加減はしたし、そもそも彼らは暴力に満ち溢れた、一般の社会とは隔絶した世界で生きてきた者達だ。あれ位の体罰を気にする者などはいないのである。


「取り敢えず中隊長、苦情を解決していきませんか?」


「おお、そうだな。トム少尉」


 第1小隊長のトム少尉の発言で、やっと本題に戻った。最近はゼニス大尉も兵士たちの雰囲気に流されてしまいそうになる。


「夜に酒に酔ってうるさいっていうのは?」


「よっしゃ、昼から飲もうぜ!」


「いや、それはいかんじゃろ」


 議題に対して、様々な意見が飛び交う。中隊長であるゼニス大尉が全てに結論を出し、それに応じた命令を下すのは容易いのだが、兵士たちの自主自立を促すためにこの様な形式にしているのだ。


「じゃあ、酒飲むの止めるか?」


「それは嫌だ!」


「なら、一日に飲む量には制限を付けようぜ。飲み過ぎなければそれ程声も大きくならないだろう」


 話し合いを聞いていたゼニス大尉はこの様子に満足した。うまい具合に検討し、悪くはない結論を出している。ゼニス大尉が元から考えていた事と大差はない。


「水遊びすんなってのは?」


「すんなよ、アホウ。もうすぐ雪が降る頃だぞ」


「いやらしい目で見んなってのは?」


「そもそもこの村に、若い姉ちゃんいたか?」


「いねえなあ。ババアか、子持ちか、ガキンチョばっかだ」


 長引く戦争は、こんな所にも影響を及ぼしている。若い兵役適齢期の男が払底していると言う事は、彼らが本来していた職域での労働者が居なくなっていると言う事だ。これでは社会が機能せず、戦争に負ける前に国家が機能しなくなる。そのため、若い女性が働きに出る事が増えており、このアスミタ村の女性も近くのベネル市辺りに働きに行っているのだろう。


「じゃあ、自意識過剰のババアがそう言っているだけか?」


「まあ、気を付けようや」


「んじゃあ、ウンコってのはどうするよ」


「畑ですりゃあ、肥料になると思ったんだけどなあ」


「おめえの仕業かよ」


「畑で直接糞尿を撒き散らすのは、肥料としては好ましく無いようですよ」


 そう解説を始めたのは、中隊の知恵袋でもある第3小隊長のジェシカ少尉であった。


 彼女の解説によると、生の糞尿は寄生虫の危険性など不具合があるために、一旦発酵させるのが望ましいとの事だ。それにより熱で寄生虫は死滅するし、臭いも抑えられる。


 それに、畑に他所の土が付着した靴で踏み入れた場合、農作物に被害を与える虫の卵などが混入し、飢饉の要因になる事もあるのだという。


 ジェシカ少尉の専門は農学ではないが、教養としての知識だそうだ。


 そして、これらの事は教養などと大袈裟な話ではなく、農村出身者なら誰でも知っているとの事だ。それを知る者がいないと言うのは、流石にシティーボーイと自称する者達である。


 そのシティーがスラム街であってもだ。


 議論は進んだが、結局下着の件だけは状況不明と言う事になった。おそらく野生動物が巣作り等の理由で持ち去ったのだろう。


 そして、糞尿処理の件に関しては、穴を掘って野外トイレを作成すると言う事で決着がついた。穴を掘って最終的に埋めてしまえば、臭いは抑えられるし、衛生的にも良く病気の予防にも繋がる。


 更には、ゼニス大尉が考えている戦法には穴掘り能力が欠かせない。丁度良い訓練になると言うものだ。


 議論に満足したゼニス大尉は、アスミタ村の住人との関係の改善が図られる事を期待するとともに、部下達には十分な休養を与えてやらねばと考えていた。


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