第9話「馬小屋に泊まれだと?」
第1特別歩兵連隊第1中隊長たるゼニス大尉は、よぼよぼで今にも死んでしまいそうな老人と向き合っていた。ここは、アスミタ村の広場であり、第1中隊はここに到着したばかりだ。
老人はノールという名前であり、第1中隊が駐屯を命じられたアスミタ村の村長である。
村長の後ろには、これまた歳のいった老人ばかりが並んでおり、広場の平均年齢を上昇させている。彼らも村長と同じく、一様にその顔色は冴えない。
長引く戦乱で、精神的に参っているのだろうとゼニス大尉は察した。
アスミタ村敬老会の面々に対する第1中隊のメンバーは、中隊長のゼニス大尉に加え、3人の小隊長たちである。その他の下士官や兵卒は後ろに控え、ゼニス大尉達の話の行方を窺っている。
ゼニス大尉は生粋の軍人にしては優男だし、第3小隊長のジェシカ少尉は元研究者らしく眼鏡をかけた知的な顔立ちだ。
しかし、元窃盗団の頭目である第1小隊長のトム少尉は穏やかな風貌ながら何を考えているのか分からない胡散臭い雰囲気を漂わせているし、元ギャングの幹部であるゲオルグ少尉はその眉間に立派な向う傷を負っている。それに第1中隊の兵士の大半がチンピラにしか見えない面相だ。
長閑な村の住民には縁の無さそうな連中である。
老人会が今にも天国に慰安旅行に行きそうな雰囲気になっているのは、危険人物としか思えない奴らと相対しているのが理由としては適切であろう。
「このアスミタ村に、あなた方が駐屯ですか?」
「その通りです。こうして指令書も正式に出されています。と言う訳で、ここに記述されている通り、宿泊場所と食料の提供をお願いします。もちろんそれらの代金は、相場通りに政府から支払われる事になります」
「は、はあ……」
淡々と丁寧に説明するゼニス大尉であったが、村長達の態度は芳しくなかった。
「どうされましたか? 何か不明な点や、要望がありましたらおっしゃってください」
「あの~、兵隊さんたちが泊まるのは、村の中ではなく、少し離れた所ではどうですじゃろ? そこにはもう使ってない馬小屋がありますんで」
「やい、じじい! 俺達に馬小屋に泊まれだと? どんな了見でぇぐはっ!」
「ばっきゃろう! 堅気の衆に手えだすんじゃねえ! 隊長にはじかかせんな!」
「へ、へい!」
疲れ切ってここまでたどり着いた第1中隊の面々にとって、あまりに無体な村長の申し出に兵士の一人が食って掛かったが、ゲオルグ少尉が即座にそれを咎め、黙らせた。
強面の兵士が強い口調で食って掛かっては、国民の守護者たる共和国軍の一員としてよろしくなかったので、制止してくれたこと自体はありがたい。しかし、ゲオルグ少尉の叱責と同時に凄まじい打撃音がしたのを、ゼニス大尉は聞き取っており、見えてはいなかったがやり過ぎな位激しく殴打したようだ。
目の前の村長の顔色が、前よりも格段に悪くなっており、この主たる原因はゲオルグ少尉の暴力の方だろう。また、この見るからに凶暴な男を従えている隊長は、どれだけ危険な人物なのだろうかと思われてしまったようだ。
もしかしたら今行われた事は、食って掛かる所から暴行を加える所まですべて筋書き通りの茶番で、逆らうとどうなるのか見せつけるためと深読みしているのかもしれない。
いわゆる「良い警官・悪い警官」の様に役割分担する事で心理的に揺さぶり、良い条件を引き出そうとしているのではないかと言う事だ。
まあ、今回の場合は「ヤバい兵隊ともっとヤバい兵隊」という訳の分からん事になっているが、心理的に強い衝撃を与えたのは事実だろう。
もちろん、第1中隊の誰もそんな意図は持っておらず、そこまで凝ったことを思いつく者は少数派だ。
「何か事情があれば言ってください。そうでなければ我々としてもその申し出を受けるべきか断るべきかが判断できません」
「はい。それはですな……」
村長の語るところによると、アスミタ村には宿泊施設は無く、中隊を一挙に泊められるような他の建物も無いとの事であった。ここから半日もかからずにベネル市に到着するので、旅人がアスミタ村に泊まる事は基本的に無いためだ。もしも、急な悪天候などで宿泊しなければならない場合には、村長等の村でも裕福で広い家を持っている者が泊めてやっているのだが、流石に百人規模を泊めるのは無理だとの事だ。
「なるほどね」
村長の言う事に、一応の理屈が通っているのを理解したゼニス大尉であったが、アスミタ村の住人たちを観察してある事に気が付いた。
「しかし、今この村には男衆が出払ってるんですよね? 空き部屋のある家はたくさんあるのでは?」
「そ、それは……」
「中隊長、どういう事っすか?」
「それはだな……」
ゼニス大尉の指摘に兵士からの疑問の声が上がり、それに答えるように、そしてアスミタ村の住人に聞かせるようにして推察を話し始めた。
アスミタ村の住人でこの場に集まっているのは、老人ばかりである。普通、この様な外部との交渉の場には、言わば元老院的な長老衆以外にも、青年団が出席するはずだ。
それが全くいないと言う事は、今この村に若い男が全くいないと言う事なのだろう。
と言う事は、それだけ村民の家には空きがあるはずであり、百人程度なら宿泊させる事に何の問題も無いはずだ。
「ですよね?」
「その通りです。この村には今、儂らのような年寄りか、女子供しかおらんのです」
「で、そういう状況で、若い兵士たちを家に泊めたくないと言う訳ですね?」
「正直言って、そう言う事です」
女子供しかいない家に若い兵士達を宿泊させた場合、どの様な間違いが起こるのか分かったものではない。それは暴力沙汰もあり得るし、猥褻事案もあり得る。それは誰でも容易に想像がつく事であり、村長の立場としてはそれは避けたいだろう。
「分かりました。では馬小屋に泊まる事を了承しましょう」
「え? 本当に良いんですか?」
「おいおい、本当にって……」
「すみません。まさか本当に要求が完全に通るとは思って無かったので」
ゴダール共和国は中央集権型の国家であり、武力は政府のみが握っている。まあ、旧貴族の様な連中が、武力に準じるものを未だに保有しているのであるが、どちらにせよ民衆には関係の無い話だ。
となると、いきおいこういった交渉の場では武力のある方が力が強く、民衆側の意見が通る事は稀である。そのため村長は自分たちの要望が丸飲みされるなど思っていなかったのだろう。
恐らく、なるべく村内に泊める人数を減らしていくために、中隊長、小隊長と言った具体に受け入れる人数を小出しに交渉するつもりだったに違いない。
だが、ゼニス大尉は要求を全部飲んだ。
それは、問題が発生した場合、困るのはゼニス大尉も同じと言う事だ。当然指揮官としての責任は、戦闘中以外の部下の行為に対しても、決して免れるものではない。
ただでさえ、第1中隊の兵士たちは「カテゴリー5」と呼ばれる真っ当な社会生活を送ってこなかった者たちである。一般には「底辺」「屑」との評価を受けており、普通の村民と混在させた場合どの様な事になるのか予想もつかない。実際に彼らを率いて苦楽を共にしたゼニス大尉は、言われているほど酷い存在ではないし、仲間に対する団結力は極めて高い事は理解したのだが、普通の村の生活に馴染めるかは疑問である。
なにしろ彼らの日常は、法も無く、犯罪と呼ばれる行為と隣り合わせだったのだ。
また、アスミタ村に若い男がいないのは、全て兵隊にとられているせいだろう。「カテゴリー5」の兵士は徴兵対象が枯渇したための苦肉の策なのだ。農村で力仕事をしてきた健康な男性などは、当然兵士としてとられているに違いない。
そういった点を考えると、軍の一員としては同情してしまうのだ。
「今夜は雨も降らないでしょうから、野宿しましょう。毛布くらいは出してもらいましょう。明日からは馬小屋に泊まりますから、清掃をお願いします。ああ、それと、ジェシカ少尉だけでも村内に泊めて貰いましょう。女性だから構わないでしょうし、連絡役を一人は置いておきたいので」
「わ、分かりました。本当にありがとうございます。では、ただちに準備にかかります」
こうして交渉は終わった。第1中隊の兵士たちで不満に思っている者は、特にいなかった。彼らは元々馬小屋以下の建物に住んでいた者も多い。正直言って雨露や風を避けられればそれで充分である。また、自分たちが一般の村民と馴染めるなどとは思っていない。
要求を完全に通してくれたことに、感謝の念を抱いたのだろう。アスミタ村の婦人会が届けてくれたその日の夕食は、新鮮な野菜や肉が使用された豪勢なものだったし、酒も多く振る舞われた。
もちろん間違いがあってはいけないので、村のご婦人たちは料理や酒を置くとすぐに帰還したので、お酌などはなかったのだが、久しぶりの酒宴に心も体も休める事が出来たのであった。




