稽古
翌日の午前中、リーゼス伯爵の屋敷の庭に立つオルファ。
「では、お二人の実力を知りたいので、軽く打ち合いをしましょうか。まずはエドワード様からどうぞ。使い慣れた剣をお使いくださいね。その方が実力が分かりますので」
そう言って、短い木の棒を持って素振りするオルファに、
「では!」
と、エドワードが剣を構える。
そして勢いよくオルファに向かって、走り寄ると上段から剣を振り下ろす。
「うん、綺麗な剣筋ですね」
「良い師に稽古してもらったことが分かります」
「貴族なので良いとは思いますが、剣が素直過ぎますね」
「狙っている箇所を目で追うのは、やめた方がいいですよ。敵にバレると対応されますから!」
エドワードの攻撃を、木の棒で受け流しながら、オルファか的確なアドバイスを送る。
「はい。ここまで! エドワード様お疲れ様でした」
オルファの言葉で、エドワードがその場から離れて木陰に腰を下ろす。
弟のパトリックが、エドワードに歩み寄り、
「兄さん惜しかったですね」
と言ったのだが、
「いや、一つも惜しくない。気が付いたか? オルファ殿、最初の位置から1ミリも動いておられんのだ。完敗だ」
と、悔しそうなエドワード。
オルファが言った通り、エドワードはリーゼス伯爵領で一番強いと言われる、領兵の隊長から教えを受けていたのだ。
多少、剣に自信が芽生えてきていたのだが、オルファにへし折られてしまったのだ。
「では、私はなんとか動かしてみましょうか」
パトリックは、そう言って自身の剣を腰から抜く。
エドワードの剣より、少し細いパトリックの剣は突きに主軸を置いた、対人用の剣である。
だが結果は、
「パトリック様、フェイントを入れるのは良いですけど、フェイントだとバレバレですよ」
「フェイントも力を込めないと意味有りませんよ?」
「突いて避けられたならば、そのまま横凪に振るくらいはしませんと、傷を負わせられませんよ」
と、オルファから言われるが、一歩もオルファを動かせる事はなかった。
その後、2回ずつオルファに指導の手合わせをした、エドワードとパトリック。
「「もう動けない……」」
二人はグッタリしてぶっ倒れる。
「おや? 見学ですか?」
オルファが木陰に腰を下ろし、オルファ達を見つめていたエレナに、声をかける。
「私は剣も魔法もダメなので、見るだけしかできませんけど、打ち合い見るのは好きなんです」
と答えたエレナ。
だがその言葉にオルファは、
「ん? 剣は分かりますけど、魔法もダメ? 見たところ魔力は有りそうですけど?」
と尋ねた。
「魔力は有るとは言われているんですけど、体外に放出する事が出来なくて……」
と自分の弱さを話すエレナ。
「なら、体内で使えばいいじゃないですか」
「え?」
「体内に魔力を循環させると、動きが速くなったり力が強くなったりしますよ」
「初耳です!」
とエレナが言う。
当然だろう。
この世界に肉体強化魔法という概念は無い。
魔力は体内から放出するモノというのが、世界の常識である。
「なんなら教えましょうか?」
と提案したオルファに、食い気味でエレナが、
「いいんですか⁉︎」
と恐縮の表情。
「ええ、教える相手の二人があそこで未だに、倒れ込んだままピクリとも動かないので」
いや、呼吸を整えるため、胸が大きか動いているエドワードとパトリックなのだが、オルファには動いているようには見えないのかもしれない。
オルファの眼は節穴の可能性が出てきた。
「お願いします!」
そう言って頭を下げたエレナに、
「先ず魔力は感じられます?」
と尋ねる。
コレすらできないとなると、かなり根本的に教育する必要があるかもしれない。
「それはなんとなく……」
「ちょっと手を触ってもいいですか?」
と聞いたオルファに、
「はい……」
と、少し緊張するエレナ。
オルファはエレナの手をとり、目を瞑ると、
「ふむ。ああ、有る有る。ちょっと私が動かしますよ?」
「え? 動かす? ああっ……はうん……ひゃっ」
悩ましい声を出す。
オルファの魔力でエレナの魔力を掴んで、体内の内側を隈なく移動させたからだ。
胸や下半身も例外なく……
顔を真っ赤にしているエレナ。当然の反応だろう。声まで漏らしたのだから。
だが、そんな事に構っているオルファではないので、
「今みたいに循環してみてください」
と伝えるが、
「む、難しいです……」
「多少動いてますから、練習あるのみです。上手く動かせるようになると、力が強くなるはずです。えっと、コレを握って折れるようになれば成功です」
そう言って、一角兎の角を渡すオルファ。
一角兎の角は非常に硬く、ナイフに加工されるくらいである。金属よりは脆いが錆びたりしないので、重用されている素材である。
「頑張ります!」
とエレナがオルファの顔を見つめながらいうのだった。