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第18話 五次元に並ぶ世界(けじめ)

ネリアの覚悟を決めた1日が始まる。

そして、親宿の銀行では事件が発生する。

◆黒い清涼飲料水◆

 ネリアは、再び無断で仮住まいをしているマンションの前に戻っていた。

 もう人ごみに紛れる必要など無かったし、後は運命を受け入れよう、そう決めたからだ。

 例え自分が今日捕えられてしまうのならば、それはそれでいいし、もしも明日もまた、このまま自由な身で居られるなら、自分のすべきことをするだけ。ネリアはそう素直に思えていた。


 人の気配も全く無くなった、静まり返った真夜中の住宅街の路地。

 分かってはいた筈なのだが、マンションを見上げても無断で仮住まいしている部屋からも人の気配は感じられない。

 それなのに、もしかすると誰か戻っているのではないか?なんて、淡い期待をしている自分が居ることに気付いてしまい、ネリアはそんな自分を鼻で笑い飛ばす。そして、マンションの階段を上りながら呟く。


「あと一日だけ、世話にならせてくれ」


 自分勝手に住み着いたことに今更ながらの詫びを入れ、玄関の扉を開け中に入る。


「ただいま・・・とか」


 つい口走ってしまったことに誤魔化しを入れて、寒々とした短い廊下を渡る。そして、何の細工も無しにリビングの照明を点ける。

 もう、窓ガラスから光が漏れることを恐れる必要も無い。こそこそとする必要など、もう無い。

 そう思うと、ネリアは体が、心が安らかになっていくのを感じる。


 堂々と点けた部屋の照明の眩しさに目を少し細めながら、部屋の中を改めて見回してみると、住み着いた時の何もない綺麗な部屋を随分とゴミだらけにしまったことに気づいてしまい、それに顔を顰める。そして、更に背後にも目を向ける。

 そこでネリアは、直ぐに自分がこの部屋を出た時との違いに気づいた。


「なんだ・・・、

 あいつ、帰って来たのか・・・」


 ネリアの目尻が少し下がり、一人じゃなかったことの嬉しさに目頭が熱くなる。


「私は、バカか・・・」


 その反面、自分が一人きりになったと早合点してしまった自分に呆れてしまい苦笑する。

 でも、それは何だか心地よい自嘲に感じられた。


 部屋を出る前に、壁際にネリアが並べて置いた今晩の食事が、明らかに減っていたのだ。

 そして、性格を表す様にネリアが並べて置いた時よりも、几帳面に並べて置かれている。

 減った量は見るからに一人分だ。


 それだけで、誰が戻って来たのかが分かっていた。

 ネリアは、嬉しくなって何を食べたのか確認をしていく。


「そうか・・・

 バナナを食べたのか・・・

 やっぱりな、そうだろ、美味かっただろ。

 これがこの世界のバナナだ」


 この世界に来て、自分が一番衝撃を受けた食べ物をティアノが食べたことが嬉しくて堪らない。

 そして、その隣のショートケーキの箱が開けられているのを確認し、腰を屈める。


「そうか、ショートケーキを食べたのか。そうか、多分そうだと思った」


 ただ、自分が選んだものを食べて貰っただけなのに・・・。


「なんで、こんなに嬉しいのだろうな」


 呟く言葉が、震えてくる。頬を指先で抑えて、そのまま視線を次に移すと、


「んっ?」


 次に視界に入ったものを見て、ネリアは記憶との不一致に妙に高い声を上げてしまう。

 少し離れた部屋の角に置いてある二本の瓶を見つけたのだ。

 その二本の内、一本は空になっているのだが、もう一本の手付かずの黒い液体が満ちている。ネリアはそれを手にした。


「なんだ、これは?

 ”コゲップガラナ”?」


 瓶にはそう書かれている。どう見ても、この世界の飲み物としか思えないが、自分は買っていないのだから、ティアノが置いて行ったとしか思えない。

 

「ティアノが、置いて行ったのか?」

 

 ネリアは、珍しげに瓶を回しながらその瓶に書かれている文字を読んでいると、その途中で恐らくティアノが能力で彫ったのであろう文字に気づいた。そこには、”ネリアに”そう書かれている。

 それを見てしまった。

 物音ひとつしない静まり返った部屋で、ネリアはそれを見てしまった。

 その瞬間、心の言葉も詰まってしまい、思考も止まってしまう。

 ネリアに空白の時が流れる。そして、何の感情かも分からない、ただ熱いだけのものが瞳から溢れ出す。


 両手を床に付け俯くと、次々に床に零れ落ちる滴。ネリアはそれを抑えることもせず、嗚咽を漏らす。 

 どれだけ、そうしていただろうか、ネリアはやっと自分の思考を取り戻す。そして、

 

「バカだな・・・」

 

 自分に愛想を尽かして皆出て行ってしまったと勝手に思い込んだ自分に対して、そう漏らした。


◆けじめ◆

 昨晩、眠りにつく前に、ネリアはこれから自分の取るべき行動を決めた。

 それだけは、どんな邪魔が入ろうとも自分の我がままを通そう、そこまでが譲れない自分の人生で、その後のことは、もう自分等どうでもよいと考えた。

 ただ、その行動を取る前に、もう一度目にして置きたかったものがあった。


 自分のことを一番考えていてくれていた人の

 自分を一番見ていたくれた人の

 自分が一番好きだった、その人が今暮らしているその場所を。

 その人に会いたいとは言わない。言えははしない。だから、せめて彼女がこの世界で生きているその場所をもう一度見ておきたい。そう思ったのであった。


 翌日、ネリアは久しぶりの熟睡から目覚めた。

 目が覚めた時には、既に通勤通学のラッシュも過ぎた時間であった。熟睡したせいか、暫く味わったことの無い心地よい遅い朝を迎えることとなった。

 今まで、無駄に体の力が入りっ放しだったことを改めて思い知らされてしまい、苦笑いを浮かべてしまう。これから、自分のやるべきことを前に何故こんなに落ち着いているのだろうと不思議なくらいに。


 マンションを出ると、ネリアは高田町商店街に向かった。

 線路を挟んで連なる小さな商店街。ネリアは、その商店街の大通側のメインの入り口と反対側から商店街に入ると、気配を隠しながら静かに大通りの方へと進む。

 もちろん姿を隠している訳ではないので、行き交う人の視界には入っている。それでも、誰もネリアの存在を記憶に残させないであろう。そんな能力を使いながら歩を進めたのである。

 ネリアは、商店街の中央を過ぎ線路の前まで行くと、踏切を渡らずに立ち止まった。そして、遮断機の手前の電柱に身を隠す。彼女はそこから彼女が目的とする一店に視線を向ける。

 視線の先は、高田町商店街唯一の八百屋、直志商店、その店先。夜になるとレイラが”予報屋”と言う他人の未来を予測する稼業を始める場所である。

 

 ネリアは、数日前に彼女に言ってしまった言葉を思い出して顔を顰める。


「ごめん、レイラ。やっぱ、私あんたが好きみたいだ。

 勝ってでごめん」


 レイラの居ない、底に向かって。

 そして、ネリアはコートのポケットから昨日受け取った真っ赤な財布を取り出した。 


「おっさん、有難う。買い物楽しかったよ。

 少し減ったけど返すから」


 そう言って、手にした財布を空高く放り投げる。昨日知った能力に乗せて。

 財布は放物線を描くと思いきや、途中でその人目を避けるように姿を消した。そして、地面すれすれでその姿を現し、静かに置かれた。

 

 昨日のマジシャンに教わったこの能力、この世界と通じ合い易いと言う、五次元の壁を超えた異世界。そこに一旦姿を隠し、またこの世界に戻す方法。ただ、難点はその世界では生物が生存出来ないことだ、しかし、財布であれば問題は無い。


「あとは、あのおっさんが気づくように」


 ネリアはそう言って、店先に並べられたざるの上のじゃが芋を一つ地面に落とそうと、指先をそこに向ける。そして、指先から能力を放出しようとしたその直前である。

 ネリアが、赤い財布を置いたそこに向かって、一人の少年が店の中から出て来たのである。


「・・・」


 その姿を見た瞬間ネリアの体は硬直した。思わず叫びそうになった言葉を飲み込む。それは、現れた姿が、思いもかけない少年であったからだ。


 な、なんで・・・ティアノが此処に?


 店から出て来たティアノは財布を拾うと、振り向きざまに後ろを追って出て来た長身の中年男性に、その財布を手渡した。もちろん、その中年男性は八百屋の直志商店の店主である。

 辺りを見回すティアノの視線から逃れようと、ネリアは瞬時に気配を雑踏に紛らせる。


 ・・・一体、どういうことだ?


 その二人の姿は、特段仲睦まじく見える訳ではないが、かと言ってどう見ても対立している風には見えない。ぎくしゃくしたティアノの態度は、どちらかと言うと、長身の店主に身を任せたように感じられる。


 あの、人見知りのティアノが打ち解けている?

 いつの間に、そんなことに?


 と思いながらも、ネリアはその八百屋の場所の特殊なつながりに今頃になって気づいた。

 そこは、レイラの出入りするそこは、自分の世界の血を継ぐと思われる人間が3人も出入りをしていることに。

 と言うことは、ティアノがそこにいるその事実、それは、


 錯覚だろうか・・・?

 

 そうだ、八百屋の店員の若い女は、私の催眠に掛からなかったどころか、催眠の能力を使ったこと自体に気づかれてしまった。

 それに、店主にはていよく追い返される時に、催眠を掛けられた気がした。さらに、商店街の入り口でバナナを貰った確かもえちゃんと言う少女は、走って来るその前で気配を消してワザとぶつかる様に前に飛び出したのに、その寸前で、あたかも私の行動を予測したかのように立ち止まった。


 彼らは、フィンラウンダーなのか?


 いや、完全に子供と女は年齢から言って違うだろう。それに、あの店主だってもし彼らだとしたら、ティアノの様子が落ち着きすぎている。とすれば、


 レイラが管理しているこの世界の能力者と言うことか・・・。


 それが妥当なところである。

 ティアノを自分の力で元の世界に戻すことが出来ない今、ネリアが今のティアノの状況以上の環境をを与えることは出来はしない。であれば、もう考えるまでも無い。


 自分で、自分の力で知り合ったのか・・・。

 ごめん、もう私如きに出来ることは、何もないみたいだ・・・


 ティアノだって、無暗に能力を使うはずがない。それに、きっとレイラなら、多少疑いを持ったとしても、ティアノをこの世界の能力者として扱ってくれるだろう。そんな確信が持ててしまう。

 だから、ホッとする気持ちと、寂しく感じる気持ちが入り乱れて、目頭が熱くなるのを感じる。

 偶然にも、自分の目的は一つ達成されているのである。


 なんだか、涙もろくなってしまったようだ・・・。


 そう呟いて、ネリアは踵を返す。そして、次の目的に向へと向かう。


「後は、あいつら三人を見つけて何とかしないと」


◆直志商店◆

 同時刻、高田町商店街の唯一の八百屋、直志商店では。


「会わなくて良かったのかい」


 店主のノシさんが、新たに住み込みの店員となった少年に向かってそう尋ねる。

 それに、少しの間をおいて少年は小さく頷いた。

 自分の視線から姿を隠した、その行動が少年ティアノに取って全てであった。

 彼女が自分に向けた意思が十分に伝わって来た、だから、ティアノは敢えてネリアの存在に気づかなかったふりをしたのであった。


「そうかい」


 黙ったまま、手にした雑巾で店の掃除を再び続けるティアノ。

 そんなティアノに顔をむけたまま、ノシさんはネリアが商店街を抜けたのを感じ取る。そこで、


『鉄鎖』

 

 一人の男を声に出さずに、空気振動以外の振動を使って呼んだ。この世界の能力者を管理する為に、フィンラウンダーとして派遣されている自分の仲間の一人。

 普段は、観光地でアクセサリーを販売することを仕事とする、浅黒く引き締まった体躯の男である。

 男は呼ばれることを察知していた様に、ほぼその呼び掛けと同時に店の前を通り過ぎる。、


『よろしく頼む』


 それに男は、

 

『わかってます』


 黒い革のジャンパーの襟を直し、その男が通り過ぎながら、口元も動かさずにそう返す。

 鉄鎖はネリアの後を追う。

 

◆正義のモノ好き◆

 ネリアが高田町商店街を出てから少し時間を経た頃、恵まれた体躯の男女を乗せた濃紺の外車のミニバンが一台、親宿しんんじゅくの昼の繁華街を走り始めていた。


「もうホント助かったわ、買い物し過ぎちゃって。

 電気製品って箱に入ると、こんなに大きな荷物になるとは思わなかったのよね」


 箱の中身は、恐らく最近で始めたばかりの電子レンジであろう、更に、それに加え大きな手提げ袋が2つ。今は後部座席に無理なく収まっている。


「 って、和美さん、本当に歩いて帰ろうとしてたんですか?」


 もちろん、こんな大荷物持ってバスに乗って帰るのも気が引けるし、もちろん、タクシーなんかもったいなくて乗れないわよね。

 よかった~、庄蔵君に見つけてもらって」


 偶々、車で親宿を通りかかった庄蔵は、大荷物と格闘しながら目立ちまくって歩く大女を見つけ、感心半分呆れ半分で目を惹かれて見入ってしまったのである。近づくにつれ、それが何と自分の知り合いの和美であることが判明して行き、慌てて車を道行く彼女の横に止め、彼女に声を掛けたのであった。

 今は、手ぶらで歩いても30分以上は掛かると思われる高田町までの道のりを大荷物を持って帰ろうとしていた、助手席に座る和美に呆れオンリーである。


「配達してもらえば良かったじゃないですか」


「だ~って、ほら、直ぐに使いたいじゃな~い、こう言う最新のモノってさ」

 

 ルンルンと楽しそうに、いつもより少し高い声で、さらに続ける。

 

「それよりさぁ~庄蔵君、こうやって、二人で車に乗ってると、不倫してるみたいでドキドキするわよね」


 運転する庄蔵の顔を覗いてくる和美。


「ま、ま、また何を・・・

 かずみさん、ホント勘弁して下さい」


 和美から視線を外して、汗ばむ庄蔵。


「やだ、大きな体して、もう赤い顔しちゃって」

「大きいのは、お互い様のような・・・」


 180cmに近い身長にガッチリとしてはいるが、決して太っている感のない筋肉質の大女の和美に、180cmを少し超えた柔道有段者の庄蔵。どちらも、誰もが道を譲りそうな引けを足らない堂々とした体格だが、口先では完全に和美が勝っている。

 普段、口数の少ない庄蔵も和美だと、何故か口数も増えてしまうが、それでも、受け身専門である。


「あらっ、失礼ね。体だは大きくても、これでも小心者なのよ。

 トータルで考えると標準サイズってとこよ。

 ああ、そうそう、それは置いといてさ、ほら前にレイラさんにプレゼントするって言ってたでしょ、予報用の時に使う机。

 帯人くんは本当に、緒湖羅ちゃんの実家の家具屋さんに行ったの?」


 急に思い出しことにマイペースに話を変え、興味津々に庄蔵の回答を迫る和美。それに、苦笑いする庄蔵。


「ははは、ええ、まあ、今夜二人で帰ってくるはずですよ。

 恐らく駅で待合せて」


 レイラが高田町商店街の直志商店前で予報屋さんとして使っている机は、3年半前にレイラが極貧時にフリーマーケットで買った、端からお古のモノであった。さらに、購入後ずっと外で使用しているものだから、今ではかなりガタが来ているのである。

 レイラを師と仰ぐ庄蔵達、中稲畑なかてばた大学予報研究会としては、それを見て見ぬ振りをすることが出来る訳はない。中でも、レイラを先生と呼んで憚らない会長の帯人たいとにとっては、重大な懸案事項であった。

 そこで話し合いの結果、全員即一致でレイラに机をプレゼントをすることになったのだが、師に対して、中途半端な安物をモノをプレゼントする訳にはいかない。

 と言うことで、それから各々は購入資金を貯めるべくバイトや節約に精を出し、そして、役半年を経た先月、やっとそれなりの金額が貯まったので、早速、緒湖羅の実家の経営する”加藤家具”に、会長の帯人が注文を出したのである。そして、つい先日待望の机が出来上がったとの連絡があったのである。


 本来は、完成品を発送してもらえばよいことであり、その前に緒湖羅に頼めば、かなり格安に購入出来たはずである。しかし、そこは帯人に何らかの思惑があったようで、今回自分で受取に緒湖羅の実家に向かったのであった。


「まあ、半分は春休みで帰っちゃった緒湖羅ちゃんを迎えに行ったてことね」


 和美の解釈に、


「それと、将来乗り越える、敵陣の偵察ってとこでしょうか。

 その機会を作る為に、敢えてあいつは自分で注文をしたんでしょうね。それも良い格好して一切値切らずに。

 緒湖しょこに頼めば易くしてくれたはずなんですけどね」


 庄蔵が付け加える。


「なるほど、そういう事なのね。

 緒湖羅ちゃんのお父さんは堅物で怖いらしいものね。

 で、庄蔵君はそこまで分かってて、知らないふりして帯人君に全て任してるってわけか・・・。

 庄蔵くんは優しいのね」


「んっ、んんっ・・・」


 優しいと言われ誤魔化しの咳払いを一つする庄蔵。それを微笑ましく眺める和美。


「・・・帯人のヤツ、余計なこと言って無ければいいですけど。

 策に溺れるタイプだから・・・」


「なるほどホント分かってるわね、言い分析。

 まあ、でも、その時は男だったら当たって砕けろよ」


「でも、あいつ砕けますよ、きっと」


「ハハハ、木端ミジンコってとこかもね」


 和美は、庄蔵達予報研究会とは別のもう一つのレイラの取り巻きである小学生達、”もえちゃん率いる七面鳥レンジャー”の御手洗陽太みたらしようたの母親である。

 中稲畑予報研究会の庄蔵達とは2年半前の避暑地、思井沢おもいさわ朱真理湖しゅまりこで、あの”へろへろ女事件”に巻き込まれた時、と言うより、まんまと小学生に乗せられて関わってしまって以来、親しい交流を持つ仲である。

 因みに、その”ヘロヘロ女”が、今では同じ予報研究会の1年後輩の麗美である(第18話)。


 車内では、そんなとりとめも無い話が弾んで、それなりの時間が経過しているはずなのだが、一向に車は進んでいない。今日の親宿の通りはいつになく混んでいるのである。

 和美にとってはちょっと楽しい時間が流れていたから、それに関しては問題が無いのだが、余り遅くなると晩御飯の支度に差し障りがある。

 そこを、庄蔵が察してくれたのか、親宿から東に4つ目の交差点で、


「すみません、和美さん、ちょっと混んでるんで回り道します。その方が早いと思いますので」


 いつに無く込んでいる道を迂回しようと、庄蔵はハンドルを夜の繁華街のある左に切る。

 それに、ちょっと美味しいと思った和美は、すかさず突っ込みを入れる。


「あら、か弱い私を何処に連れて行っちゃうのかしらん♡」


 ルンルンといつもより若々しい声を作る和美に


「もちろん、あなたの家に直行です。」


 そっけないない態度で応える庄蔵。


「もうちょっと、気の利いた言葉を言って・・・」

 

 と、口を尖らせ講義する和美のその目の前を、右折する黒い車が割り込む形で前に入って来て、ブレーキを踏む庄蔵。


「・・・おっとと・・・」


 それに前のめりになる和美。


「・・・何よ、危ないわね・・・」


 その不満の言葉よりも、その車の中の様子のおかしさに、庄蔵が反応する。

「和美さん、見ました?

 中の奴ら、ちょっとおかしくなかったですか?」


 庄蔵が和美に同意を求める。

 5人の乗りの車に、定員の5人が狭そうに乗り、しかも皆サングラスにマスクをしているのである。


「えっ、どれどれ・・・」


 二台の車が曲がった道は片道一車線の細い道であったが、その道は丁度空いていたこともあり、すれ違った車は庄蔵達の車を猛スピードで引き離して行く。車は次の交差点の手前にある銀行の前でハザードも付けずに車を止める。

 車からは運転席の一人を残して、黒っぽいパンツに革ジャン姿の4人が慌ただしく降りて銀行の方に向かって駆けて行く。

 全員、ついさっきすれ違った時には、被っていなかった帽子まで被っている。もう、誰が見ても怪しい。


「ホントだ!

 庄蔵くん、庄蔵くん、サングラスに帽子まで被っちゃって、銀行に入って行くわよ!」


「ええ、そろそろ閉店時間だからって、急いで入ったって感じではなさそうですね」


「ってことは、もしかして、もしかする?」

 

 と言いながら、庄蔵の握るハンドルを掴まえて、道路の脇に寄せようとする和美の行動は素早い。


「ちょっと和美さん、ちょっと、何をするんですか」


「私も、お金下ろそうかなぁーなんて思ったりして。急に」


 その和美の強引な行動に危険を感じ、先に止まった黒い車の2台分空けた後ろに、車をギリギリまで歩道に寄せて車を止める。


「和美さん、危ないじゃないですか!」


「だって、だってなんだもん」


 既に、庄蔵には和美の行動の意図するところは、不幸にも大凡分かってしまっている。


「その正義感、嫌いじゃないんですけど、ちょっと拙くないですかって・・・言っても無駄と思いますが」


「自分のお金もおろせない世の中なんて、庄蔵君も嫌でしょ、ね」


 余裕の笑みを見せて、庄蔵にそう言う和美は既に車のドアを開けている。


「君は、ここで待ってて。

 もし、本当にそうだったら、合図するから、警察に連絡して」


 そこからの和美の顔つきは、その昔、たった一人で○暴さん5人と渡り合ったと言う伝説のヤンキー嫌いのヤンキー和美に戻っている。

  

「取り敢えず、奴らには大人の鉄槌てっついを食らわしてくるわ」


 彼女の最後の言葉は、低く微かに震えていた。その声に、庄蔵は彼女の怒りを感じた。どうしようもない彼女の正義感に点火してしまったのを感じた。だから、庄蔵も


「全く・・・。

 合図、出来るとは限らないでしょうに」


 聞こえないようにそう口ごもった後に、


「お供します」


 万が一の時の覚悟を決め、そう一言和美に返した。

 

◆臨時の仕送り◆

 親宿しんじゅく駅から東に向かい、四つ目の交差点を左に曲がると、次の交差点の手前に某大手銀行の白山通り店がある。

 白山しろやま女子大2年生の奈々枝は、春休み中だと言うのに、敢えて駅から遠い自分の通う大学に近い支店まで、お金を引き出しに来ていた。

 どうも、あの意味不明の長身の女性に襲われた記憶が頭に残り、その周辺に行くことを阻んでいるのである。

 

「母さん、ホントありがと。

 感謝、感謝です」


 ビラ配りのバイト代が入るのをすっかり間違ってしまい、バイトの最終日に持ち金を殆ど使ってしまった奈々枝。

 次のバイト代が入るまで、あと5日はある。その間の生活が、かなりシビアな綱渡りであった。それにバイト代が入った後も、来月の仕送りまでには半月もあり、先は長い。

 そこで、奈々枝は思い切って母親に電話で来月の仕送りの前借を頼んでみた。

 てっきり怒られると思っての無謀な試みだった。なのに、自分の気持ちをこの改心した自分を分かってくれたかの様に、前借ではなく、追加の2万円を速攻で振り込んでくれたのである。

 奈々枝は、母に感謝しつつ最近普及し始めたATMで恐る恐るお金を降ろしていた。

 只でさえ初めての試みで緊張している中、後ろからシャッターの降りる音が聞こえる。


「あ~あ、びっくり

 閉じ込められるかと思った」


 シャッターの閉まったのは、ATM機を除く窓口であることにホッと胸を撫で下ろす。


「もうそんな時間なんだ・・・」


 窓口と、ATMの間のシャッターが半分閉まろうとしている。

 奈々枝が腕時計を確認すると、午後2時55分。窓口が閉まる5分前であった。

 「やっぱり、ATMは便利だな~」なんて思っいながら、奈々枝はお金が出て来るのを待つ。が、なかなかお札の取り出し口が開かない。


「あれ~、おかしいな?故障かな・・・」


 なんて思っていたら、急に使用中止の文字が前の前に現れる。


「あ~あ、私ってやっぱりまだ運が悪いみたい」


 占いとか、ジンクスとかを異様に気にする奈々枝は、最近の運の悪さから、昨日から自分の行いを正すことに気遣っていた。しかし、その効果はまだ出ていないことに気付き、肩を落とす。

 しょうがなく奈々枝は、丁度、半分降ろしたシャッターのところにちょっと偉そうな銀行員が立っていたので、呼ぶことにした。


「すみませ~ん、故障なんですけど」


 普段であれば、嫌味の一つも言うところであるが、何せ行いを正すことにジンクスを結びつけている最中である。いつになく、優しく言ってみたりした。

 その甲斐があったと言う訳ではないだろうが、奈々枝の声に、ちょっと偉そうな銀行員が、即座に中の人を呼んでくれた。


「すみません、お客様、中でご対応させて頂きます」


 呼ばれた女性の銀行員が奈々枝にそう告げる。


「あ、ありがとう」


 奈々枝はそう言って半分降りたシャッターの中に入っていく銀行員の後について窓口に向かう。中にはまだ、5~6人のお客が残っている。


「よし、やっぱり行いが良いと、対応もいいのよね。

 母さんの言う通りだわ」


 奈々枝が、自分の行いに自画自賛していると、そこに、自動ドアの開く音共に、外から慌ただしく人が入って来る音が聞こえて来る。

 振り返ると、半分降りたシャッターを潜ろうとしている黒尽くめの、見るからに危険そのものの一団が入って来ようとしている。既に、ちょっと偉そう銀行員は、後ろ手を取られている。

 それに、驚きのあまり声を失う奈々枝。茫然とその場に立ち尽くし、瞳だけをキョロキョロと動かすだけだ。


 うそ、ちょっと、嘘でしょう。

 ドッキリカメラって言ってよお願い・・・。


 そう心で祈るに止まる。

 でも、どう見ても、入って来た連中にタレント性が感じられない。それに、芝居にしては手際が悪い。


 私の行いの何処が悪かったの、ねえ母さん・・・。

 お願い、助けてーー!


 奈々枝の心の叫びは、擦れていたかもしれない。

 

 <つづく>



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