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第18話 五次元に並ぶ世界(スカウト)

仮住まいのマンションに異変を感じたティアノは、ネリアを探しに出た。

そして、いつの間にか高田町商店街に来ていた。

◆オババの薬◆

 ショーブ氏は親宿の夜の繁華街の真ん中で、去り行く女性の後ろ姿を見つめる。

 その後ろ姿には、この場に現れた時とは別人と思われる信念が感じられる。それは、ショーブ氏のマジックに、言葉に接したからなのは間違いの無い事実だ。

 なのに、ショーブ氏はその後ろ姿に右手を胸に当て、申し訳なさそうに深々と頭を下げた。


「こんな形でしかお会いすることが出来なかくて、申し訳ありません」


 そう呟き、踵を返し左手にボストンバッグを持ち歩き出したが、少し歩いたところで立ち止まり、思い出した様にロングコートのポケットから、香水の小瓶のようなこ洒落た瓶を取り出し眺める。


「たった三滴お酒に混ぜただけなのですが、

 やっぱり、オババの処方する薬は大したものです。

 もう少し早くお会いさえ出来れば、この薬と私のマジックで・・・」


 ショーブ氏は仲間の一人、”大場バーバラ”から渡された薬の入った小瓶を無念そうにポケットに戻すと、静けさに向かって新宿の繁華街を後にする。


◆あれ?◆

 雨が降るとジメッとする古ぼけた鉄筋コンクリート3階建ての最上階の中央、そこに母子家庭のもえ家がある。

 母親のこずえ親宿しんじゅくで小さなスナックをを経営しており、ほぼ毎日、夕方から明け方までの間を仕事で留守にしている。その為、萌家の夜は、もう何年も彼女の一人娘であるもえちゃんが一人で守っているのである。

 そのもえちゃんの夜はと言うと、主に読書で深けてゆくのである。

 今日も、同じクラスの陽太君の母親である和美おばさんから借りた小説にのめり込んでしまい、つい夜更かしをしてしまっていた。


「あっ、いけない、もう直ぐ12時だ。寝なきゃ」


 慌てて読みかけのページに、七面鳥の図柄のしおりを挟んで本を閉じる。

 小さな自分の机を離れ、火の元の確認と、戸締りの確認をする。そして、既に敷いていおいた布団に潜る前に、いつもの様に勉強机の横の窓を開ける。それは、もえちゃんの習慣である。

 理由は別に空気の入れ替えをする訳ではない。視覚的な意味である。

 そこから丁度、家と家の隙間を縫って見えるところが、他でもない高田町商店街唯一の八百屋”直志商店の”店先の向かって左側の一角、夜7時からレイラが予報屋を始めるその場所なのである。

 もえちゃんはレイラと知り合って以来、必ず寝る前にその場所を確認する習慣があった。

 でも、最近の寝る時間はレイラの仕事が終わる夜10時を過ぎることが多く、ただ、レイラが帰ったことを確認するに過ぎないのだが。


 今日もいつもの様に、その習慣に従って窓を開ける。もちろん、深夜12時になろうとしているのだからレイラが居る訳は無いし、誰も居る訳がない。

 居ないことの確認であるのだから、それでいいのである。

 それでいい筈であったのが、何故か今日はそこに人影があったのだ。とは言っても、それはレイラでは無い。全く別の人影である。その影が何故かそこに立ち止まったまま動かないのである。


「あれ?もしかして・・・」


 もえちゃんには、その遠目に見える人影に見覚えがあった。


◆夜の商店街◆

 ティアノ達5人はこの世界に来てから、空き家になっていたマンションを仮住まいとして、何度か住み替えながら日々を送っていた。もちろん無断で、である。

 ティアノは、3時間程前にその昨日まで仮住まいをしていたマンションを出て、先にそのマンションを捨てたと思われるネリアを探していた。ティアノも戻るつもりはない。

 探すと言っても、ネリアの居所に宛てがある訳では無い。だから、無作為に探し続けるしかないし、実際そうしていたつもりでいた。なのに何故だろうか、いつの間にかティアノは、高田町商店街の大通側の入り口に来ていたのである。

 それは、知らぬ間にネリアの意識を想像して探していた為なのかもしれないし、或いは、無意識に自分の知ってる場所に、行きたい場所に、脚が向いてしまっていたのかもしれない。

 その理由は自分でも定かではないが、でも今、商店街の中に入りたい衝動に駆られている気持ちを抑えきれないでいる。

 なのに、ティアノはそのまま商店街の中に入ろうとする脚を寸前のところで止めていた。

 理由は簡単である。商店街の入り口から見渡す限り、そこにはネリアがいないのが見て取れるからである。それどころか、遠くに一人二人の人影が見えるだけであるのだから、あからさまに商店街に脚を踏み入れる必要がないのである。目的は既に達している。入る理由は無い。


 でも、いつに無い感情が背中を押していた。

 一旦は躊躇った脚が、深夜の商店街の中を踏み出してしまっていたのだ。

 理に反していることは分かっているのに、何故か勝手に心が進んでしまう。


 どうしてしまったんだろう・・・。


 ティアノは、自分の感情が理解できない。でも心は熱い。

 商店街に入って直ぐのところに八百屋がある。商店街を横切る線路の2件手前である。

 ティアノはそこで脚を止める。

 もう5時間は前になるであろうか、そこは、もえちゃんの後を追ってこの商店街に来た時に、見つけてしまった能力者の女性が居た場所である。

 その能力を受けた感覚は、今も強烈に印象に残っている。

 高く、強力で、しかも複雑で繊細、今までに感じたことのない能力。それは、新鮮な衝撃だった。

 彼女は、確実にこの世界にイレギュラーに遺伝を受け継いだ人間では無く、自分の世界の人間であり、しかも通常の能力者の域を遥かに超えた、選ばれた人間であるのは間違い無いはずである。

 実はティアノはその女性がレイラではないかと思っている。フィンラウンダーの一人であるレイラであると。と言うより、確信している。それは、自分が唯一信頼するネリアから聞かされて能力に似ていたからだ。ただ、話よりも格段にその大きさが違っていたが。


 ネリアは、そのレイラのことを敵視していた。理由は分からないが尋常でなく憎んでいたのだ。

 ティアノも今までは、理由も聞かずにそれをそのまま受け止めていた。ほんの5時間前までは。

 しかし、今は、実際にレイラを見てしまってからは、ティアノには理解が出来なくなっていた。


 それが気になっていたんだ・・・・。


 ティアノは、自分の行動をそう理解する。

 レイラはここでお客さんと呼んでいる人たちの未来をみていた。そして、同時に最善の未来を選択していた。驚く早さで。

 例え、それだけの能力が自分に有ったとしても、きっと一度使えば疲労で倒れてしまうだろう。そう思えるだけの能力の量を使っていた。

 彼女はそれを仕事として他人の為に使っていた。確かに料金は払っていたのだから仕事として行っていたのは間違いなさそうである。しかし、お客さんと言われる人達はそれを気軽に払っていた。だから、それはその程度の金額なのだ。

 幾ら、能力量が多くたって、そんなことを自分がしようとは思わない。

 その疲労がどの程度のものかを考えるだけでも疲れて来る。

 だから、ティアノは思う。


 なぜ、ネリアはあんなに敵視をしていたのだろうか?

 理由は何なのだろうか?


 気になる。

 しかもだ、見ず知らずの自分の世話をやいてくれる、もえちゃんがその女性と楽しそうに話しをしていたのである。

 そんな彼女なのである。なのにネリアは彼女を憎んでいる。

 その心は半端ない。


 二人の間に何があったのだろうか?


 ティアノは八百屋の店先で、そんなことで頭を巡らせて、立ち止まっていた。

 その思考には何の意味も無いのに、理解出来たところで自分には全く無意味なのに。

 少し離れた大通りを行き交う車の音だけが響く深夜の商店街で、無意味と分かっていても考えざるを得なかった。そんな時であった、

 

「どうしたの?」

 

 気配も感じさせないまま、いきなり後から声を掛けられた。


「・・・」


 突然のことにティアノは大きく体をビクつかせる。

 レイラの能力を想像していたからかもしれない。心臓は、爆発しそうなくらいに鼓動を頭の中で大きく響かせている。

 でも、鼓動が収まらない中で、その一瞬後には冷静さは取り戻していた。

 このちょっと低めな子供声に、自分に気配を感じさせぬままに後ろを取る人間。それには、充分に覚えがあるからだ。だから、


「もえ、ちゃん?」


 この世界の言語になれないイントネーションで、ティアノは安心して振り返る。

 すると、そこには予想通り赤いダッフルコートで、丸っこくなっているもえちゃんが立っていた。コートから見える脚から、その中がパジャマ姿であることが分かる。


 二人は暫し、そこに居ることを不思議そうにお互いを見つめ合っていたが、もえちゃんが先に口を開いた。


「ねえ、何かあったの?」


 再び訪ねて来るもえちゃんに、


「人、探してる。でも、もう少し探そう、と思う」


 ティアノは片言の言葉でそう返す。

 そのティアノの様子に一刻を争うような緊迫感がもえちゃんには感じられなかった。

 だから、


「こんな時間に人を探してたの?

 急いで探す必要がないなら、明日にした方がいいと、もえは思うけど」


 もえちゃんはそう応える。でも、ティアノの意志は強く感じる。だから、


「よかったら、明日、学校から帰ったら、もえも一緒に探すよ」


 そんなことを言ってみる。すると、それにティアノは、


「うん」


 と、少し迷ってから、小さく頷いた。


「じゃあ、明日3時半にここでいい?」


「うん」


 もえちゃんの提案した待合せ場所に、先程より少しだけ大きく頷いて、同意の意志を表した。

 だから安心して、


「じゃあ、もえ、遅いから帰るね。ティアノも早く帰った方がいいよ」


 別れの言葉を告げる。

 

「うん」


 今度は、小さな頷きに戻る。

 その元気の無さがちょっと引っ掛かったが、今日は深く聞くことは止めることにして、もえちゃんは手を振って踵を返した。

 そして、家に向かって走り出す。が、直ぐに立ち止まった。

 ティアノが動いた気配を感じられなかったからだ。

 だから、確認の為、もえちゃんは振り返る。すると、やはりティアノはそのままの姿勢でこちらを見ていた。


「帰らないの?」


 そう聞いてみる。すると、


「帰れない」


 ティアノは、俯き加減でそう応えた。


◆八百屋に興味はないかい?◆


 ティアノが帰れないと言うその理由を、もえちゃんは聞かなかった。

 帰れないものは帰れない。それは自分がとやかく言うことに意味を感じないからだ。でも、この後のことは気になる。だから、取り敢えず行く当てがあるかだけは聞いてみたのだが、何処にもないらしい。

 まあ、想像通りの応えではあるが・・・。


 だったらどうするかと言う問題なのだが、まさか2月末と言うのに、野宿をさせる訳にはいかない。かと言って、さすがに母親の居ない深夜に自宅に呼ぶことは差し支えられる。

 どうしようかと考えているもえちゃんの気持ちを察したのか、


「へいき、もんだいない」


 ティアノはそう言って来る。しかし、そんな筈がない。

 駅舎だって、間もなく閉まる。そうなると、後6時間位は立ち入ることが出来ない。


「平気じゃないよ。そんな薄着でさぁ」


 と言ったところで、もえちゃんは思い出した。


「ああ、そうだ。

 もえ、何か着るモノ持ってくるよ。待っててよ!」


 そう言って、再び走ってアパートに戻ろうと、振り向いて走り出そうとしたのだが、直ぐ目の前に壁があった。

 そして、その壁の上から声がする。

  

「なるほど、じゃあ今日はうちに泊まるといい」


 その声はいつも優しい。

 見上げると、やはりいつから居たのだろうか、その壁は高田町商店街、唯一の八百屋”直志商店”の店主ノシさんが居る。

 ノシさんは、もえちゃんの両肩に手を乗せ


「もえちゃん、それでどうだい?」


 自分の提案の是非をもえちゃんに問うてきた。

 もえちゃんは、もちろん飛び上がりそうなくらいな笑顔でノシさんを見上げる。


「ホント、ノシさんいいの?

 ティアノ、ノシさん家に泊まっていいの?」


「ああ、もちろん。もえちゃんの友達なんだろ」


「うん!」


 もえちゃんは大きく頷き、ティアノの方を向く、そして、


「ティアノ良かったね。ノシさんが泊めてくれるって。

 ノシさん、優しいから心配しなくても大丈夫だよ」


 そう声を掛ける。

 それに、ティアノは微かに首を縦に動かす。


「もえちゃんは、安心して家に帰って眠るといいよ。

 明日も学校なんだろう」


「うん、分かった。ノシさん有難う。

 ティアノ、また明日ね。おやすみなさい」


「おやすみ、もえちゃん」


 ノシさんの声に隠れてティアノも


「お、や、す、み」


 そう、もえちゃんに別れの挨拶を告げる。ティアノも了承したと言うことだ。

 だから、手を振ってもえちゃんは、家に向かって走り出す。それを、ノシさんとティアノのは、その場に立ち止まったまま手を振り返して見送る。

 そんな時、いつの間にかノシさんとか言う人の手が自分の背中に当たっているのをティアノは感じた。

 余り体に触れられるのは好きでは無い。なのに触られた瞬間に気づかなかった。それどころか、何故だろうティアノはそれを避けることが出来ない。

 それは、もえちゃんの知り合いでもあり、自分に好意的な態度であることもある。でも、動けないのは、それだけの理由では無かった。

 仮にこのノシさんと言う人が好意等全く無く、自分に害する人だったとしても、その手を振り払うのは容易では無いような、そんな威圧と言うか、圧倒的な大きさが感じられるのだ。

 だから、ティアノはそのままの姿勢で、このノシさんと言う人の行動をジッと待つ。

 

 直にもえちゃんがアパートに戻ったと思われる扉の音が耳に届く。もちろん、それは自分が能力者であるから分かることで、この世界の一般人が聞こえる程の音では無い。はずだ。

 それなのに、そのタイミングで、


「さて、ティアノ・トゥーラル君だね」


 しかも自分をフルネームで呼ん出来た。

 それに、ティアノは数歩離れ振り向き、臨戦態勢を取る。それで、背中の手がいつの間にか離れていたことに気づいた。


「だれ?

 おまえ、なにもの?」


 ティアノは、もえちゃんがノシさんと呼んでいたその人物に対し、ある疑いが頭をよぎる。

 そして、想像が外れるように願う。しかし、


『恐がることはないさ、君と同じだよ』


 今度は自分の世界の言葉でそう告げて来た。

 その意味は、もう一つしかない。

 目の前の男は、フィンラウンダーの一人だ。

 そして、自分のフルネームまで知っている。

 それは、逃げなければ自分はこの場で捕まると言うことを意味する。


 しかし、下手に動くことも出来ない。逃げられないのなら動くべきでは無いのだ。逃げると当然、攻撃をしてくるに決まっている。

 ティアノは、それに対処で出来るとは思えなかった。能力を見た訳ではないから全くの未知の筈なのだが、自分よりも能力が低いはずがないと思えてしまう。 

 それは、数時間前にフィンラウンダーであるレイラと思われる人物の能力を直に見て、感じてしまっているからかもしれない。

 仮に目の前の男が、レイラより劣っていたとしても、同じフィンラウンダーで、力の差が大きくあるとは思えない。それより何より、目の前にして、彼の落ち着きに自分が恐怖を感じてしまっているのだ。

 

『おまえはフィンラウンダーか』


『今は、そん名前で呼ばれているらしいね。

 まあ、そんなに構えることはないさ』


 そんなことを言って、右手を差し伸べて来る。それに、ティアノは一歩下がり、どうすべきか思考を巡らせる。それを見て、ノシさんと言う男は、


『ティアノ君は、八百屋に興味はないかい?』 


 そんなことを言って来た。


<つづく> 

 


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