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第18話 五次元に並ぶ世界(能力以上の能力)

ネリアにだけに見せるショーブ氏のマジック。

◆最後のマジック1◆


「さて、ネリアさんここに透明のガラス瓶と、ガラスの球があります。少々小さくて申し訳ございません、このガラス瓶をネリアさんの心だとします・・・」

 

 地面にじかに置いた黒いボストンバッグの中から牛乳瓶のようなガラス瓶と、その飲み口より若干大きなガラス球を取り出すと、ショーブ氏はバランスよく瓶を左の掌の上に立て、飲み口の上にガラスの球を乗せる。

 ガラス球は、ガラス瓶の飲み口の手前で、くびれている部分に綺麗に嵌り込んでいる。中に落ちることは、見るからに有り得ないと断言できる。


 一体・・・何をしようと?

 

 ネリアは心の中でそう呟く。


「・・・それで、ネリアさん、この瓶の飲み口がネリさん、あなたの心への入り口としましょう。

 え~まあ、丸く開いた口と、飲み口の厚さなんかが唇のようで、ちょっと形的にあっち方面の人形の口の開き方に似ていて、エッチっぽぃ口では・・・」


 と言いかかったところで、「んんっ」と咳払いをして危うく口に出しそうになった言葉を飲み込むショーブ氏。その意味も分からず、説明だと思い、真顔で聞き入るネリア。

 そんなネリアの姿に、ショーブ氏はつい口に出してしまった迂闊な言動を、慌てて流してしまおうと、右の手を顎に当て、崩しそうになった顔を真面目な顔に整え直して続ける。


「・・・え~まあ、それは置いとくことにして・・・、それでネリアさん、このガラス球があなたの虫、プライドとしましょう。

 今の状態はと言うと、ご覧の通りご自分の心がプライドを飲み込めずに、跳ね除けている状態です。その状況は、はネリアさんあなたが一番ご存じでしょう」


「ああ、もちろん分かっているつもりだ」


 ネリアはちょっと心に痛さを感じながら顔を顰め頷く。


「それでは、何故?ネリアさんがプライドを制御出来るようになったと私が思うのかと言いますと・・・」


 ネリアは無言でガラス球を見つめたまま、ショーブ氏の言葉に聞き入っていたる。そこに、ショーブ氏がいきなり、


「まあ、その前に、あなたに対して私が抱いている気持ちを、少々言わせて頂いても宜しいでしょうか?」


「ああ、わかった。何でも言ってくれ」


 まどろっこしいと思う心を抑え、ネリアは応える。


「え~、では失礼して・・・」


 遠慮がちにそう言い始めたショーブ氏の顔つきが、今までの温和さが何処へやら威圧感一杯な顔に一気に変貌した。それに、ちょっと不思議そうに構えるネリア。


「・・・全くあなたは、人として成っていません!

 まず、自分勝手で、嫌味で、性格も顔も悪過ぎます。

 おまけに不潔で、あんぽんたんで、ああ、そうそう、それから偏平足で、大飯ぐらいで、とにかく人間的に欠陥だらけの人間過ぎます」


 声を高らかにそんなことを言って来た。

 その罵倒に対し、ネリアにも幾つかは心の痛い部分もあるが、ついさっき会ったばかりの他人に言われる筋合いが無いことである。更に、夜の繁華街とあって人通りも多い。結構な通行人に間違いなく聞かれてしまっている。そんな状況で、平静な心ではいられない。

 ネリアの顔は恥ずかしさと、反論への感情の高まりで一気に熱を帯び、体は怒とイラつきで全身に力が入る。思わず拳を握りしめ、


 「なにっ!」と言い返そうと、膨れ上がった怒りがショーブ氏を睨みつけようとする。

 が、でも、そこで何かに後ろ髪を引かれる。

 何かが、早まるな!と言っているのを感じる。

 違和感を感じる。

 だから、ネリアはそのまま怒りを飲み込んでしまった。

 何も行動を起こせない。何を起こせばいいのか分からなくなる。

 ネリアは黙ったまま怒りを堪えようと俯くだけだ。


 その時であった。

 カランカランとガラスのぶつかり合う音がネリアの耳に届いた。

 怒りを忘れさせるような綺麗なガラスの音が心を洗う。ネリアはそれに、ハッと気が付く。

 今、そんな音のする処はネリアの周りには一か所しかないのだ。

 ネリアがそこに目を向けると、何と・・・

 

 ガラス瓶の中には、有る筈の無いガラス球がすっぽりと入っている。能力を使った時の特有の光は見えなかったし、そもそも、削りることも溶かすこともなく、ガラスを小さくする能力など聞いたことも無い。

 だから、それは”この世界”特有の見知らぬ技術のマジックなのである。

 マジックはいつの間にか成立してしまっていた。

 ネリアは、またもやショーブ氏のマジックの種を見損なってしまっていた。

 それも、直ぐ目の前で。


「な、中に落ちたのか・・・」


 物理的な有り得ない現象にそう呟くが、何か引っ掛かるものを感じる。


「・・・いや、そんなことより・・・そう言うことだったのか」


 ネリアは、驚きの中でショーブ氏の言葉の本意を理解し、一気に体の力が抜けるのを感じる。

 穏やかなショーブ氏が目の前に居る。


「どうやら、あなたの心は更に大きな虫を受け入れたようです。プライドと言う厄介な虫を。

 やはり、あなたは既に経験済みなのです。

 あなたの心は、もうプライドを自由に飲み込むことが出来る。

 既にあなたの心の中で、虫は安定した状態で落ち着いています」


 ショーブ氏の笑顔を受け入れる自分が居る。

 ネリアは、ショーブ氏の意図した言葉に、早まって怒りをぶつけなかったことにホッとする。


「本当に、もう私はそれを抑えることを出来るのだろうか?

 確かに”何か”が私を・・・(躊躇わせた気はしたのだが)」


 疑問は残る、でも、確かに今までの自分とは違っているのも感ている。でも、そんな簡単に自分が変わったとも思えない。


「そう、その”何か”を、あなたは既に得ているのです。

 知らない間に得ている。偶然の巡り合わせで得ている。誰かに教わった訳でもなく、机上の学習でもなく、それを得ている。

 経験の多くとは、そんなものだと私は思います」


 ショーブ氏は、ガラス瓶の中に落ちたガラス球を見ながらそんなことを言う。


「私は経験しているのか、ホントに・・・」

 

 反芻はんすうしてみる。でも、子供の頃の時間の全てをカリキュラムに則って過ごし、しかも特定の人物と、特定の接触しかすることが無かったネリアには、それが理解し難い。

 自分の感覚や、心、考え方を得ると言うことが理解できない。


「では、少し前までのあなたが、突然とそんな言葉を言われたらどうだったのでしょうか?」


「それは・・・間違いなく腹を立てていたと思う・・・」


 ネリアは自分の感情を表すことに、恥ずかしさを感じながらも、正直に自分の心を伝えることを選択する。


「・・・そうだ、あなたに対して、咄嗟にどんな怒りをぶつけていたか分からない」


 そのネリアの素直な応えにショーブ氏は頷く。


「経験とは、時系列では後ろから前を回顧する時に使う言葉。であれば、経験を語る時には既に感情の起伏も体に刻まれている。喜びであったり、失望であったり、恐怖であったり。

 だから、経験をすると、人はそれを生かせるのです。どんな理由で経験をしようとも」


「そうであれば、私はやはり恐れているだけかもしれない。

 人の心を恐れている。それだけなのかもしれない。

 教えてくれ、それは単に私の心が弱くなっただけではないのか?」


 ショーブ氏に詰め寄るネリア。

 ショーブ氏が握るガラス瓶の中に収まるガラス球が、なんだか自分の弱さにも思えて来る。

 ネリアは、頭を俯ける。

 それに、ショーブ氏は少し考えて、


「ところで、話は変わりますが、私は先ほどから気になっていることがありまして・・・」


 いきなり話を変える。


「な、なんだろうか?」


 それに、顔を上げるネリア。 


「突然に失礼ですが、一言だけ」


 ショーブ氏が立ち上がり、大きく息を吸った。


「一言?」


 行き成りの訳が分からない行動に、呆けた顔になるネリア。


 ショーブ氏は大きく息を吸い、そして、座っているネリアを見下ろし、


「あなたが何様であるのか知りませんが、そんな粗雑な言葉づかいをされる覚えは私には全くありません!

 丁寧な言葉遣いをしている人に対して、丁寧な言葉遣いをするのが当たり前じゃないのですか!!」


 と、言葉遣いは丁寧だが、先程よりも更に威圧のある声で怒鳴りあげた。

 賑やかな夜の繁華街にも響そうなその声に、通り過ぎるほろ酔い気分の人達が、揃ってネリア達の方を振り返る。しかし、誰も関わりたくないと言ったように、見ないふりをして急ぎ足で通り過ぎて行く。

 でも、ネリアはそんな状況が目に入っても、その言葉に反発することもなく、ショーブ氏に威圧されることも無かった。

 ネリアは、真摯にショーブ氏を見つめて、立ち上がった。そして、頭を下げる。

 それは、自分でも気づいていることであったから。


「あ、ああ、その通りだった、すまない。

 いや、申し訳けなかった」


 その指摘が正しいと、瞬間にネリアはそう思えた。だから素直に自分の今までの言葉遣いに陳謝する。

 今日、初めて会った他人に叱られたにも関わらず、心が素直に非を認めよて返事をしてしまう。

 それを見て、深々と頭を下げるショーブ氏は、


「独り言を言わせて頂きました、驚かせて申し訳ございません」


「独り言って・・・」


 何がなんだかよく分からないネリアは、もう一度、一緒に頭を下げてしまう。

 

「ん、今度は恥ずかしくなかったようですね・・・」


 ネリアが通行人に聞かれたことを意識しなかったことを指摘する。


「・・・それに、あなたの心は弱くなってはいないようですよ。

 行き成りの失礼とも取れる私的な指摘に対し、反発をした訳でも無ければ、威圧されてもいない。大声で反論しなかった。

 あなたは、客観的に内容を捕え、判断した。

 それは、心が平静でなければ出来ないことです。

 ネリアさん、あなたの心が強い証拠でしょう。

 弱い人程、よく吠えると言います」 


 そう言って、ネリアに微笑みかけるショーブ氏。


「いえ、あっ、そうなのか・・・ですか」

 

 内心の不満をぶつけられたのか、ホントに例え話だったのか、ショーブ氏にそんなことを言われ、返す言葉が浮かばない。でも、ネリアは確かに何か自分に自信の様なものが感じられる。

 途方に暮れて、人ごみを求めて此処に来てしまった自分が、嘘の様に思えるくらいに感じられる。

 そして、心に空いた空洞が埋まって行く。ただそれが気持ち良くて堪らない。

 

「ネリアさんの心の口は、完全に広がっているようです。

 もう、変な虫に惑わされることはないでしょう」


 そう言うショーブ氏は、ガラス瓶を持っていない右手を握り、胸元で手を広げる。それと同時に、ネリアの眼に弱々しいがハッキリと能力者にしか見えない黄色い光が現れる。

 すると、さらにもう一個のガラス球がショーブ氏の掌に現れた。

 

「えっ、光・・・!?」


 それは、紛れもなく能力を使うときに出現する、能力者にしか見えない光。

 能力を使えることは既に、先程までの路上のマジックショーで分かっている。

 でも、今ガラス球を出す時に、何故わざわざ能力を使ったのか?

 鞄から出すのでもなく、マジックで出すのでも無く。なぜ、敢えて能力を使ってガラス球を出したのか。その意図がネリアには理解出来ない。

 それよも、能力で物質をどうやって出したのか、それがネリアをしても全く理解できない。

 そんな、ネリアの驚きを無視して、ショーブ氏が続ける。


「さあ、先ほどの同じガラス球です」

 

 そう言って、ショーブ氏は左手に持ったガラス瓶の口の上にガラス球を置こうとするが、さっきは引っ掛かったくびれた部分にも引っ掛かることなく、ガラス球は通り過ぎて落ちていく。そして、先に入ったガラス球にぶつかり、その音が、心地よく耳に届く。


「ネリアさん、理由は何であれ、一度受け入れてしまえば、もう次は簡単なことです。

 これが、経験です。

 どうです、人の能力って凄いと思いませんか?」


「そう・・・なのかもしれない・・・」


 ネリアは、噛みしめるようにそう呟く。


「心と言うのも、知能や、”我々の”生まれ持った能力と同じようなもの。個々の能力なのではないでしょうか。

 まあ、これは私の主観ですが、人の心はそれらを超える最も凄い能力だと思っているんです」


 ショーブ氏は嬉しげにそう言う。ネリアもそれには同意したいところだが、そんなこよりも一つの言葉がネリアの頭を捕えてしまった。

 ”我々の”と言った、その一言。


 気づかれていたのか?!


 ショーブ氏は、ネリアが能力者であることを気づいていたと言うことである。

 確かに、二度ほど彼のマジックの種を見破ろうと能力を使用したが、絶対に光は気づかれないように細心の注意を払っていた。

 その時に気付いたのかどうかは分からない。でも、はっきりしているのは、幾らショーブ氏が能力者だとは言え、自分が能力者であることを気付かれない様に気を付けていたネリアから、能力者であることを見抜いたと言う事実である。

 それは、かなり高い能力の持ち主と言うことにつながる。この世界で能力を受け継いだ者では無いことになる。

 ショーブ氏の放った能力の光が弱かったことから、この世界で能力を引き継いだ者と判断していたが、それは、ショーブ氏がネリアを意識して故意に制御していた可能性もあるのだ。

 ネリアの理解を超えた”マジシャン”と言うこの世界の不思議な人間と言うだけでは無いかもしれない。


 ネリアの背中に冷たいものが走る。驚きで息を飲む。そして、同時に一歩退き、反射的にショーブ氏に向かって警戒の姿勢を取る。

 

「あなたは、まさか・・・」


 レイラと同じこの世界の能力者を管理する自分の世界の組織”フィンラウンダー”かもしれない。そんな不安がネリアの頭を襲う。

 もし、そうであれば、異世界から法を犯して次元移動を行った者が居ることを知っているはずである。

 自分がその一人と分かれば捕まえようとするはずだ。いや、もしかすると既に自分をその一人と知っているのかもしれないのだ。

 なのに、本当の能力値を知らないのに、ネリアには直感的に全く戦って勝てるとは思えなかった。逃げなければ自分は目の前の人物に捕まってしまうと思えるのだ。それも、


 逃げ切れればの話だが・・・。


<つづく>


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