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第18話 五次元に並ぶ世界(マジック2)

ショーブ氏のマジックの手伝いを自ら買って出たネリア。

そこでネリアは、子供の頃の自分と・・・。

◆プライド◆

 肩までのサラサラとしたストレートヘアーと、それに、ほっそりとした体躯。

 レイラがそこに居る。

 薄暗い光に映る彼女の姿は、その絵の中にある。

 ネリアは思った。単にそう思った。

 なぜだろう?

 あんなに抱いていた憎しみは全く感じ無い。


 右から見える横顔が、楽しげに誰かと語っているのが窺える。

 「誰と話している姿なのだろうか?」そう思うと、その相手に対して羨んでしまう自分が居る。

 思えば思うほど、何故だろう?羨んでしまう。

 あれからネリアが自身に隠し続けて来たレイラへの思い、それが嫉妬となって次の一枚の絵を要求してしまう。


 ショーブ氏は、そんなネリアの心を見透かしたかのように、少しの間を置いてスケッチブックを捲る。

 次に現れた絵には二人の女性が描かれている。

 左側には、全身黒尽くめ女性。それは、一枚前の横顔の女性と同一人物であることが分かる。

 テーブルに置いた大きなビアジョッキを前に、その女性が楽し気なのは、何故か後ろ姿からも伝わって来る。

 方や、右側の女性。肩を落として暗い雰囲気が哀れにも映る。笑えるくらいに寂しい。


 そうか、私か・・・。


 それは、ネリア本人。よく見ると、ショーブ氏のマジックの中でネリアと言うことになっていた人物が、レイラとは対照的な様相でスケッチブックの中に居る。


 そうだ、私もこの店に来ているんだった・・・。


 笑えるくらいに暗い自分がそこに居るのに、なぜだろう?ホッとしている自分が居る。

 レイラが楽しく話している相手が絵の中の自分だと知ってホッとしている自分が居る。


 私は、レイラのことが嫌いじゃない?


 そんな気がして来て、今度は絵の中の自分では無く、今この自分の言葉で、その簡素な絵の中のレイラに話しかけたいと言う感情が募っくる。だけど・・・。

 でも、だめだ。とっても後ろめたくて、声など掛けられはしない。たかがマジックの設定だと分かっているのに、凄く遠く感じてしまう・・・。


 レイラのただお酒を飲んでいるだけで楽しそうな後ろ姿。それは子供の頃の、昔のままのレイラの姿を想い出させる。

 もちろん子供の頃とは身体つきも違うし、お酒を飲んだ訳ではない。それでも、彼女の持つ雰囲気が昔そのままで、子供の頃の彼女とダブってしまう。理屈では表せない、彼女の魅力を感じてしまう。

 なのに・・・。

 自由に話すことが出来状況下であるにも関わらず、子供の頃より遥かに距離は遠い。

 同じ処で一緒に生まれ育っているにも拘らず、自由に接ることを許されなかったあの頃よりも、遥かに心の隔たりを感じてしまう。


 レイラは、何も変わってはいなかったのかもしれない・・・。


 高田町商店街で見たレイラの姿を思い出し、ふと、そんな思いが過る。


 無機質で生活感の無い研究室で生まれ育った子供の頃。エリート候補生として、英才教育を施された毎日。ネリアは、いつも何か足りなさを感じていた。何かを欲していた。

 それが何なのか?今の自分であれば簡単に気付くことが出来る。でも、その頃の、外の人間との接触を殆ど持てなかった子供の頃にはそれを分かる術がなかった。

 ネリアには解決する方法どころか、”解決”事態に気づくことがなかった。

 だから、分からないまま、もやもやした気持ちを募らせることになっていた。

 だけど、そこにレイラが現れた。意味不明な才能を持ち合わせていたレイラが自分の前に現れた。

 そして、レイラの才能はそんなネリアの心を埋めてくれた。心の闇を解決する術があることを、何の意識もせずに教えてくれた。

 その頃のレイラと、何も変わっていない気がする。


 ・・・皆がトップになることを目指し、エリートのまま研究所から捨てられないことだけを目指していたのに、アイツだけは違っていた。

 何か、他の子とは興味を抱くものが違っていた。成績はいつも最下位争いをしていたアイツなのに、捨てられることを恐れている感じが無かった。本人に聞くと「そんなことはない」と否定されたことがあるが、アイツは一人だけ見ているものが違っていた。アイツはずっとそうだった。


 そんなアイツが変わるだろうか?


 レイラの記憶を蘇らせることを嫌っていた障壁が崩れ始める。あんなに強く思っていた障壁が崩れていく。すると、それに伴い、ネリアの心にレイラとの思いでが鮮明に蘇り始め出す。

 

 彼女に声を掛けたい。あの時の様に自分から明るく声を掛けてみたい。そう思う。

 でも、どんな顔をすればそんなことが出来るのか、いや、許してもらえるのだろうか。

 完全にレイラに対して取って来た行動がネックになってしまっているのだ。

 どんなに自分の行いを頭の中で正当化させようとも、あの頃の様に自分の感情を素直に届けることなど出来はしない。

 ネリアは、後悔している自分を感じる。後悔することを自分のプライドが許している自分を感じる。


 いつの間にか、ネリアの心はショーブ氏の描いたスケッチブックの絵の中で固まってしまっていた。 昔のレイラの前に今のネリアはどうすることも出来なくて、脱力してしまっていた。

 そんな時に、ネリアを現実に呼び戻す音がする。


「うんっ、んんっ」


 それは、ショーブ氏の咳払い。

 ネリアは夢から覚める様に、その音でハッと我に返る。そして、自分の誤りに首を横に振り、現実を取り戻そうとする。


 たかだか、マジック、絵ではないか・・・。


 そもそも、目の前の男のマジックであって現実ではない。どんな能力を使えても目の前の男がレイラと自分の過去を知っているはずがないのである。

 

 私は何を一人で勝手に思いってるんだ・・・私は、私は悪くない。


 ネリアは知らない間に掻いた掌の汗を上着で拭い、冷静さを取り戻そうそうと、眉間に力を込める。そして、自分への言い訳を巡らせる。

 ショーブ氏はネリアに少しの時間を与えるかの様に、数秒の沈黙を置いてマジックを再開する。


「さて、ネリアさんの隣には、もう一人お客さんがいるようです。

 どうやら、ネリアさんはその隣の女性と話が盛り上がったようで、一週間後に会うことになりました」


 ショーブ氏は、ネリアに「良かったですね」と言わんばかりに微笑みかける。


「そ、そう、そうなのか」


 マジックの中の作り話と思いながらも、ネリアは嬉しさがつい顔に出てしまう。顔にほんのりと熱を感じる。


「ネリアさん、彼女との待ち合わせ場所を決めて頂けますか」


「私が待合せ場所を?」


「はい、お願いします」


 待ち合わせ場所と言われても、絵の中の付近とことは知らない。何処にしたらいいんだ?と悩んでいると、ふと違和感を感じ、気が付いた。


 何を真剣に悩んでいるんだ。これは、作り事ではないか・・・。

 私は、このマジックとやらのトリックを探るのではなかったのか?

 

 我に返ったネリアは、慌てて思考を巡らせる。目的はこのマジックのトリックを見破ること、このマジシャンの能力を見極めることであったのだ。


「何処でもいいんだな」


「余り遠くない処ならですが」


 それに、不思議な回答をするショーブ氏。

 そもそもその場所が架空なのだから、遠い近いなど自分の心積もり一つだとネリアには思える。であれば、何処でも良いと言うことになる。自分が近い場所と想像すればいいだけの話なのだ。

 冷静さを取り戻したネリアが引っ掛かるのは、もし、初めに左の路の森を選んだら、そこに合った絵を用意出来ていたのかと言うことであった。

 鼻っから、”街”へ行く絵しか用意できてなかったのではないかとネリアは思う。目の前のマジシャンは、間違いなくスケッチブックを1枚ずつ捲っていたのだ。だから、予測の絵を1ストーリ分用意しただけのはずなのだ。

 であれば、最初の絵で森に向かう道を選ぶと言うのは面白いのではないかと思う。このマジシャンには、街中の待合せ場所を用意しているに違いない。さっきの「余り遠くない処」と言うのは、その布石に違いない。

 ネリアは森の風景を想像し、待合せ場所を応えることに決めた。それも、かなり具体的に言って、困らせてやろう。そう決めた。

 

「そうだな、最初の分かれ道を左に進んだ場合の森の中に小川があるはずだ。そこはここから左程遠くないはずだろう。

 確か、川幅2メートル位の澄んだ小川で、古い石造りの橋があったはずだ。そこにしようと思う」


 自分の記憶から、適当に森の中の小川のイメージ、彼女の知っている人の手で作られた森のイメージを具体的に言ってみた。

 その細かな設定に見物客からは、ショーブ氏の対応への興味からか、にわかに騒がしくなる。

 

「なるほど・・・川ですか。それは珍しい選択をされました」


 珍しい選択に、感心しているような素振りであえるが、ネリアは困っているのだと判断する。


 どうだ、どうする?もう、絵は出せないだろ・・・。


 どうやってやり過ごすのかと顔が綻ぶネリアに、ショーブ氏は何かを思いついた様に頷くと、スケッチブックを一枚捲る。何ともワザとらしい芝居に見える。

 そして、想像を裏切る絵がネリアの前に現れた。


「えっ?」

 

 思わず声が漏れるネリア。まさかと思いながら、スケッチブックに描かれている絵に前のめりになって覗き込む。

 すると、そこには本当に川が流れていた。沢山の木々に覆われている。

 絵の中にあるのは、間違いなく森の中の小川の絵である。ケチの付けようがない。

 更に、そこには本当に古びた感じの橋が掛かっている。残念ながら石橋かどうかまでは確認できない絵ではあるが、アーチ型の橋は石造りと思えて来る。自分のイメージ通りの森がスケッチブックの中にある。

 

 能力を使うまでも無く、確かに捲ったのは一枚であったことは、ネリアはその眼で確認をしていた。それには絶対に間違いない自信がある。

 もちろん、見物客からも驚きの歓声が上がっている。沢山の目が彼の行動を監視していた。なのに・・・、


 ちょっと待て?

 おい、どうやったんだ?

 何をした?


 ネリアの顔が硬直する。ショックを感じる。

 マジシャンからの能力は感じなかった。いや、そもそも瞬時に絵を描ける能力者など聞いたこともない。

 そんな、驚きの表情を隠せないネリアを強引に次の絵に誘導するように、ショーブ氏は更に一枚捲る。


 待て、勝手に進むな!

 と言いたかったが、次を期待する見物客の眼と騒めきによって、ネリアの我がままは阻止される。

 言葉を飲み込み次こそ見破ろうと切り替え、次の絵を見つめる。


 描かれているのは、橋の下の大きな石に座り、小川に素足を浸らしている全身黒づくめの衣装の女性。

 それは、もちろん待合せた女性であることは間違いない。当然大人に描かれているのに、その仕草からなのか幼く感じられる。

 その女性は、やはり、


 レイラ・・・。


 そう見える。

 先に来ている設定なのだろ、待ち合わせのレイラがそこに居る。

 ネリアには、その女性がレイラに見えてしまう。やはり、どうしてもレイラに見えてしまう。

 そして、大人に描かれているのに、子供の頃のレイラに見えてしまう。

 あの時の心のままのレイラに。


 ネリアは再び絵の中に惹き込まれていく。

 たかが自分のことを全く知らないマジシャンによって描かれた絵であると理屈では分かっているのに、そこで待っている女性がレイラ以外には見えはしないのだ。


「ネリアさんが待合せの場所に行くと、既に女性は来ていてました。どうしたのか、小川に脚を浸しています。きっと、子供の頃を思い出して、そんな気分だったのでしょうね」


「ああ・・・(そうだ。そこは、あの時のあの場所だ)」


 レイラを憎むことで、思い出すことが無くなってしまっていたあの場所を、ネリアは自ら待合せ場所に、そこを選んでいた。記憶の中から、一番深く心に残っているそこを選び出していた。


「声を掛けてあげて頂けませんか?」


「こ、声を? 私から声を・・・」


 私だって、昔のように声を掛けたい。ネリアはそう思う。

 でも、掛ける言葉が無ければ、どんな顔をして掛ければよいのか。それも分からない。


 おかしい、たかだか絵の中の人物なのだ・・・。


 マジックの手伝いとして声を掛ければいいだけではないか、そう思う。でも、声が出ない。

 ネリアは、マジックを先に進めなければならないプレッシャーと、レイラへの後ろめたさにさいなまれ、動きの取れなくなり、ただ時を費やしていまう。

 寒空の下、焦りと躊躇いの中、ネリアの額に汗が滲んでくる。

 そんなネリアに、ショーブ氏が助けを入れる。

 

「そうでねした。さすがに大勢の前では、この簡素な絵に声を掛けるのは抵抗があるかもしれません」


「そんな理由じゃないんだが」とは言えない。その絵の女性が知り合いに似ていて、しかもその知り合いとの仲が上手く行ってないなんて、そんなことを言える訳がない。それに、そもそもこれは絵の中の作り話なのである。

 返事すらも出来ない。今まで経験の無い優柔不断な自分に戸惑うネリア。それに、ショーブ氏が提案を入れる。

 

「こんな時は、お酒の力を借りると言うのはどうでしょうか」


「しかし、お酒はもう・・・」


 もう飲み干してしまっている。また、マジックでお酒を出そうと言うのだろうか?そう思いながら、自分のグラスを見ると、驚いたことに・・・いつの間にかグラスに半分ほどのお酒が注がれている。


「どうぞ、お飲みください」


 笑顔で勧めて来るショーブ氏。


「あっ、ああ・・・」


 決してショーブ氏のマジックに恐怖を感じている訳ではない。それなのに、震えを抑えられない。

 確かに、グラスから目を放してはいたし、ショーブ氏はお酒を注げる位置には何度も近づいて来ていた。しかし、幾ら絵を気にしていたからと言って、グラスの重みが変わることに自分が気づかないなんてことは・・・自分自身信じられない。


 嘘だろ、いつの間に・・・。

 どうやってお酒を継ぎ足したのだ?


 震える手を必死に抑ようとするが、震えは止められない。見物客達からは、その手の震え隠すように、もう一方の手を添える。そして、周囲を見回してみる。

 見物客達もネリアの様に驚きの様相を見せている。


 皆、気付かなかったのか。

 私と、同じじゃないか・・・。


 そう思うと気持ちが楽になっていく。

 今までつまらない人間と思っていた人たちの同意を求めている自分がいる。

 その彼らが好意的な目で、一緒に驚いてくれている。

 それが心地よくて安堵する。手の震えが治まっていくのが分かる。

 それが、それが嬉しい。


 所詮、自分はその程度なのか・・・。


 そう思うと、目の前のマジシャンには確実に手の震えを見られてしまっているだろうことへの恥ずかしさも、感じなくなっている自分が居る。

 周囲の人達への仲間意識が生まれていくのを感じてしまう。


 そうだ・・・私は勘違いしていたのかもしれない。いや、完璧に見誤っていたんだ。

 私は、飛び抜けた存在なんかじゃないんだ。他人に頼らなければならない人間なんだ。

 私は、全てを、世の中を甘く見ていたんだ・・・。


 次第に、自分がちっぽけな存在に見えて来て、他愛も無い一つの生物に過ぎなく思えて来て、マジックに翻弄ほんろうされていることに悔しいと言う気持ちよりも、目の前のマジシャンの才能に抗い続けている自分が恥ずかしいと思えてしまう。だから、


 このマジックに抗おうなんて、よそう。

 このまま自分を任せてみよう。その方が単に楽しいに決まっている。

 そう思う。


「どうぞ・・・」

 

 再度、ショーブ氏がお酒を勧める。


「あ、ああ」


 ネリアは頷き、グラスを口に近づける。もう、手は震えていない。 

 橙黄色が街頭に充てられ鮮やかな輝きが、先程のときよりも美しく輝いて見え、それが懐かしく思えて来る。


 ネリは、ゆっくりと一口含んだ。

 ソノラの甘酸っぱい味が口の中に広がる。

 すると、更に体の力が抜けて行き、自然と子供の頃の、レイラと仲良しだった頃が蘇ってくるような気がしてくる。

 その時、一緒に育った仲間・・・あの頃はただのライバルと思い込んでいた、今は懐かしい仲間と思える彼らの顔も思い出される。


 心地よい。

 苦いと思っていた思い出も、心地よく思い出される。

 ネリアは数度口をつけると、その味覚に負けて飲み干してしまう。

 見物客から様々な声が上がっているが、それも気持ちよく感じる。

 心が軽い。抗わない心がとても軽い。


「さあ、何か声を掛けて頂けますか。きっと、ネリアさんをお待ちです」


 ショーブ氏の言葉に対して、もう躊躇い無く返事が出来る。

 この世界に一緒に来た仲間とのすれ違いも、レイラとの気まずくなった関係も、全てが他愛も無いことに思えてしまう。

 そして、掛ける言葉を選ぼうとした一瞬、あの時の会話が頭に蘇る。


 それは、6歳の時の記憶。

 確か"バーバラ・オバ”とか言った、やけに子供っぽく見える、その日一日っきりだった講師が現れたこと。

 そして、彼女の「今日は、皆で外に出よう。野外研修だ」その一言で出掛けた野外研修でのこと。

 10人のエリート候補が”野外研修”と言う名のもとに、初めてただの子供として皆で遊んだ、あの日のこと。

 その日、初めてレイラと話をしたあの日の小川出来事・・・。


◆一度だけの野外研修◆


「何してるんだ?」

「川の中にね、居るの」


 アイツは、脚首までを川の水に浸し大きな岩の上に腰を掛けて、ジッと一点を見つめていた。


「居るって、何が?」

「大きくって、平べったい変なエビが居るの」


 私が傍によって、同じ視点に目を向けると、アイツは顔がくっつく位に近づけて来て、指をさした。

 そこには、一匹のザリガニがジッと固まっていた。

 でも、本当はそのザリガニよりもアイツの方に心惹かれていた。

 触れそうで触れていない距離に、私はアイツの甘い香りと温かさを感じて、もしかしたらちょっと興奮したかもしれない。


「ほんとだ、変なエビだ」

「うん、変なエビ」


 アイツがあまりにも興味を見せるものだから、私はその変なエビを捕まえて見せてやろうと思い、川の中に手を伸ばした。すると、アイツも川面に顔を近づけて来た。

 その真剣な姿がなんだか面白くて、イタズラ心が生まれてしまい、私はそのエビを素早く捕まえるとアイツの顔に近づけた。

 すると、アイツは大声を出して怖がって逃げるものだから、追いかけっこになって追いついた私は面白がって彼女の背中にそのエビをくっ付けてしまった。

 そしたら、初めてのことに弱いあいつは、泣き出してしまったんだ。

 そんなつもりは無かったのに、折角仲良くなれたと思ったのに。泣かせてしまった。


 私は後悔した。本当は、一緒に笑い合う結末を想像していた。なのに、心で思った結果と反対になることをしてしまった。

 私は後悔した。もう、あんなに顔を近づけて話をすることが出来ないだろうと思うと。私も泣きそうになってしまった。

 

 でも、あいつは帰る時に傍に寄って来て、飴玉をくれたんだ。怖がっているアイツを面白がって追い掛けてしまった私に。

 泣いて逃げ回ってたくせにだ。

  

 アイツは、その日のおやつに出た大事な飴を食べずに取っていたんだ。

 あの頃の私たちにとって、とても大切なものを食べずに、私の為に取って置いてくれたんだ。

 アイツを泣かせた罰として、私だけもらえなかったおやつの飴玉。アイツはそれを気に掛けてくれていたのだ・・・。


 そうだ、最初、私はそのお返しがしたかったんだ。

 その気持ちを私に与えてくれたお礼がしたかったのだ。それが、そもそもアイツと心を通わしたきっかけだったはずだ。

 でも、あれからはあんなことは催されなかった。きっと、不適な研修と判断されたのだろう。もしかしたら、私とレイラの行動が原因かもしれない・・・。


◆関係◆

 それは、実際は仲間内では”オババ”と呼ばれる、”オバ・バ-バラ”と言う年齢不相応に若くと言うより、少女と言っていいくらいの様相の女性講師の講師の単独行動であった。

 彼女は、レイラやネリア達エリートへの育て方に対する不満から、勝手に野外研修と言う名目で、子供たちを遊びに連れ出したのであった。

 しかし、彼女はその行動が直ぐにバレテしまい、たった一日だけで講師の任務を解かれてしまったのだった。


 でも、ネリアはそれを知らない。だから、ネリアは「きっと、私たちが仲良くなるのが良くなかったんだ」そう思った。

 事実そんなそんな風に思われる教育方針でもあったのだ。

 だから、ネリアは偶に訓練でレイラと顔を合わせても仲の良い素振りは見せないようにした。

 そうすれば、また野外研修があるのではないかと子供のネリアは思ったからだ。


 そして、ネリアはレイラを陰ながら支えることに決めた。事実、色々と助けることはしたが、何分、レイラは不器用で、初めてのことにはすこぶる弱かった。なので、気の短いネリアは、いつもつい上から目線になってしまっていた。


 そんな関係が続くと、それに慣れてしまう。

 ネリアもご多分に漏れず、自然とレイラを見下してしまうようになっていた。

 もちろん、ネリアは見下しながらもレイラのことが好きだった。

 自分を見上げながら、自分の助けを受け入れてくれるくれるレイラが可愛かった。

 驚き方が変てこりんで、天然で、人見知りで、初めてのことに対して妙に臆病で、なのにこちらが好意的と分かると一気に人懐っこくなる彼女が可愛かった。

 でも、全て見下ろしていた。

 その時から対等な意識が欠けていたのかもしれなかった。


 今、ショーブ氏のマジックの中で、ネリアは初めてそのことを理解した。


◆マジックの終わり◆

 いつの間にか、ネリアはショーブ氏のスケッチブックに描かれた絵と会話をしていた。

 あの時と同じように、マジシャンの描いた絵の中でレイラと遊んでしまっていた。


 一枚一枚に描かれている吹き出しの文字を読み上げるショーブ氏と、違和感なく会話が成り立っていた。

 見物客たちも最初こそ、その繋がりに驚いていたが、その内、ネリアの話に興味が移っていき、ネリアともう一人の絵の中の女性との会話に惹き込まれていった。そして、感動して行った。

 それだけネリアの言葉に感情がこもっていたのかもしれない。


 今、ネリアの掌にザリガニが一匹乗っている。ショーブ氏が演出の為にマジックで出したゴム製のおもちゃのザリガニだ。

 ネリアはショーブ氏から受け取ったザリガニをショーブ氏に返すと、ショーブ氏はそのザリガニを空中に放り投げる動作をする。空には何も投げられては見えない。しかし、それが落ちて来たのを受け取る動作をすると、手の中にはザリガニの代わりに、光と共に現れた何かを握り締めている。


「光り・・・なぜ、ここで能力を?」


 ネリアの目に僅かではあるが、ハッキリと能力の光が映った。今度は完璧に目の前のマジシャンが能力を使ったのが分かる。しかし、こんなところで敢えて能力を使う必要は感じなない。彼であればそんな物を出すくらいは造作も無いはずである。

 

「お手伝い有難うございました、ネリアさん。ささやかではありますが」


 そう言って、手の中のモノをネリア掌に乗せた。

 それは、大きな飴玉であった。

 あの時の、あの時レイラから貰った飴玉とは違うけど。

 

 マジか・・・。

 何でそこまで分かるんだ・・・。

 

 ネリアは掌を見つめる。沢山の思いが蘇り、視界が霞んでくる。


「さあ、有難うございました、皆さん。私のマジックはこれで終了です。是非、明日から3日間行います沼袋演芸場でマジックショーへお越し下さいますようお願い申し上げます」


 深々と頭を下げるショーブ氏に、いつの間にか通りを塞いでしまうくらいになった人だかりから拍手喝さいが巻き起こる。


「ネリアさんにも拍手をお願い致します」


 ショーブ氏の言葉に、見物客達の視線がネリアに注がれ再度拍手の波が訪れる。

 ネリアはその拍手に温かさを感じ、生まれて初めて独りでに頭を下げていた。

 それは、感謝の意と、瞼に貯まったものが零れ落ちるのを隠すためにであった。


 <つづく>





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