第18話 五次元に並ぶ世界(マジック)
親宿を彷徨うネリアは、偶然?街角で行われていた大道マジックと出会う。
◆最後の夕食◆
ネリアが親宿方面に向かって彷徨っていた頃、入れ違いにティアノはマンションに戻っていた。
もちろん、ネリアが出て行った後のそこには誰も居ない。殺風景なリビングには、その日の夕食と思われるいつに無い手付かずのご馳走が床に並んでいるだけだ。
それが全てネリアが用意したものであることは、ティアノにとって誰に聞くまでも無い。
「もっと早く戻って来れば良かった・・・」
後悔するティアノ。本当は、彼もこんなに遅くなるつもりは全く無かった。ただ、高田町商店街の入り口でもえちゃんが別れ際に言った「もえ、これから商店街で仕事なんだ」その言葉がつい気にってしまい、ちょっとだけ覗いてみようと、もえちゃんと別れた商店街に引き返してしまった。それが、こんな遅い時間にまでなってしまったのだった。
・・・商店街に戻ったティアノは、直ぐにもえちゃんを見つけることが出来た。小さい彼女は、何故か何処にいても凄く目立つのだ。
もえちゃんはちょうど家に帰るところのように見えた。だから、その時は彼も直ぐに帰ろうかと思ったのだったが、もえちゃんと一緒に居た黒いコートの女性が気になってしまった。
その女性と言葉を交わしている時のもえちゃんの表情が、あまりにも楽しそうで、それでその女性に興味を惹かれてしまったのだ。
最初は、ただそれだけのことあった。他愛も無い興味だけであった。でも、もえちゃんが帰った後に見せた彼女の行動が、興味で終わらせることの出来ない驚愕の行動であったのだ。
小さな机を挟んで、お客さんと呼んでいた人と向かい合わせに座り、語り出す彼女。その最中に時折見せる凄い集中力。そして、放たれる綺麗な青い能力の光。
煌々と立ち上る澄んだ光から目が離せる訳がない。あれだけの高い能力の証拠を見せられてしまっては、彼女の使う能力を確認するまでは、帰れる訳がない。
能力でその会話を聞き取ることはティアノにも可能である。でも、この世界の言葉に精通していないティアノには、内容までを完全に理解することが出来ない。
それでも、断片的にではあるが理解できたその中で、お客さんと呼んでいる人の未来を能力を使って見ていることを理解してしまった。そして、会話を聞いている内に、それが単にそれだけでは無い様に思えて来たのだ。
彼女は、お客さんと呼んでいる人が未来に取るだろう行動を見た上で、驚くべきことに、お客さんがその行動を様々に変化させた場合を仮定して、その未来までも見ている様思えるのだ。もし、それに間違いが無ければ、それは自分では想像もつかない能力の高さである。
自分だって能力がある者が関わらない未来であれば、ある程度の未来予知は出来る。しかし、彼女の語っていることは、そんなレベルを遥かに超えている。
瞬時に様々な条件を整理し、選択し、抽出していた。そんなことが出来る能力者を自分は知らない。もちろん、語っていることが正しければなのだが、自分には直感でそれが真実だと思えてしまう。そんなオーラが彼女にはある。
であれば、恐らく彼女は間違いなくフィンラウンダーであろうとティアノは思う。
もしかすると、ネリアの言うレイラかもしれない。いや、年恰好、それに放つ光の種類は、ネリアの語っていた通りなのだから間違いないだろう。
ただ、能力の大きさはネリアから聞いていた話とは全く違っているが。
レイラはこの世界に一緒に来た自分を含む5人の誰よりも能力が高いことになる。もちろん、ネリアよりもだ。
ティアノにとっては、ネリアのように彼らを敵視する感情は無いし、彼女の能力に興味があるが、だからと言って、自分達が見つからなければどうでもいい存在でもある。
でも、ネリアには恩がある。感謝している。レイラを敵視しているネリアには恩がある。
彼女は連れて来られた孤児院に馴染めない自分に対し、いつも気に掛けてくれて、気軽に声を掛けてくれた。だから、だから目の前の彼女が本当に”レイラ”であるのかを確認しなければならない。
ティアノは、暫く物陰に隠れて、彼女とお客さんの会話を盗み聞きしていた。気付かれないように気配を消して、視線もバレ無いように顔も殆ど向けないまま能力を感じていた。
そして分かったことは、それは敵視するべき相手ではないこと。敵視など出来る相手ではないこと。それに、ネリアから聞いていた人物とは、かなり異なっていたこと。
考えて見れば、この世界で見ず知らずの自分に対し優しく接してくれた、もえちゃんとはどう見ても仲が良かったのだから頷けることではある。
だから、なぜティアノには何故かネリアはレイラを敵視をしているのか?が理解が出来ない。
ティアノはその疑問を解決しようとして時間を要してしまい、仮住まいのマンションに戻るのが遅くなってしまった。
結局、答えは出ず仕舞いのまま、遅くまで彼女を眺めてしまうだけとなってしまった・・・。
ティアノは仮住まいのマンション、そのリビングの床に並べられた食べ物から、空腹を満たすためにバナナを一本もぎ取り口にする。やはり、
「美味しい」
もえちゃんから貰ったバナナと甲乙つけがたい味がする。
バナナを一本食べ終えると、次に白い箱の中からショートケーキを取り口にした。直ぐに飲み物が欲しくなり、薄手でヨレヨレのジャンパー右のポケットからもえちゃんに買ってもらった黒い飲み物、コゲップガラナを取り出し口を開ける。
途端、開け口から炭酸が吹き出しそうになり、慌てて口で受け止める。
走ったせいだ。マンション前の通りを大通りに向かった最初の十字路の電柱に、小さな傷を見つけて、慌ててマンションまで走ったせいだ。
それは万が一の危険を知らせる為の約束事。マンションが危険だと言う合図である。
それがあったからこそ、そんな傷をご丁寧につけるのはネリアしか考えられないからこそ、慌ててマンションまで走って戻ったのだ。ティアノには、自分の危険よりもネリアが心配だったのだ。
ネリアがそこに傷を付けたと言うことはマンションから逃げる時に付けた可能性が高い。だから、危険なところに戻ることはまず有り得ない。それに、マンションから人の気配も感じられなかった。冷静に判断すれば、戻る意味が無いことだ。
それでも万が一を考えると、ティアノはマンションに戻らずにはいられなかったのだ。
この世界で自分たちの危険の原因は一つしかない。フィンラウンダーに見つかることだ。この世界の人間であれば、誰に見つかろうと催眠能力を使って穏便に対処が出来るのだ。だから、この危険は、フィンラウンダーの存在が自分たちに接近したことに他ならない。
ただ、解せないのは先ほど高田町商店街でレイラと思われる、フィンラウンダーの一人を確認していることである。
彼女が、自分達違法侵入者が居ることを知って、呑気にこの世界の人間の未来を見るなんてことをするだろうか?そうは思う。
しかし、レイラ以外の者の能力も相当に高ければ、或いは余裕でそんな行動を取ることも考えられないことではない。
彼らは皆、そんな存在なのか?
だとすれば、自分たちはとんだ考え違いをしていたことになるのではないか?
ティアノには、そこまでのことは分からない。ただ単にお世話になったネリアに誘われて付いて来ただけなのだから。
さして人生に何も感じていなかったから誘いを受けただけなのだ。
ティアノは、ネリアに自分の推測を知らせなければならないと思う。
ネリアの為に、彼女の考えを変えさせなければならない。そう思う。
恐らく、ネリアは今日は戻らないだろう。だったら、危険なこの場所を捨て、この後ネリアと合流することを考えなければならない。
人生に何もなくても、捕まってしまえば、ネリアと一緒に行動することが出来なくなる。
ティアノはマンションを出ていくことを決意した。
でも、一応ネリアの分だからと言って、もえちゃんに無理を言って買って貰った、もう一本のコゲップガラナは、ショートケーキの箱の横において置くことにする。
自分に対して買ってもらったモノじゃないから。置いておく。
それは、もえちゃんとの約束だから。
◆でたとこ勝負◆
「私にやらせてくれ」
無意識に惹き込まれてしまった親宿の夜の繁華街、その街角。
偶然そこで行われていた大道マジック。
ネリアは、それを最前列の更に半歩前でそれに目を奪われていた。
幾つかのマジックが終え最後のマジックマジックとなったが、ネリアに見抜けたマジックはほんの僅かだけ。殆どが、それを披露していたマジシャン、ショーブ出処氏に翻弄されたままであった。ネリアは今度こそと、最後のマジックの種証しに煮え切らない気持をぶつけようとした時である。思いも掛けない提案がショーブ氏から告げられたのだった。
お手伝い役を見物客に募ろうと言うのだ。
それを聞いたネリアは、周りの見物客が考える間も無く、反射的に一歩前に出て自ら買って出たのである。
周囲から拍手が巻き起こる。ネリアにっとっては、生まれて初めて自分に向けられた拍手。だから、ネリアは少し体に力が入る。
「おぅ、ねぇーちゃん張り切ってるねー」何て下品な掛け声が上がることにも、少しイラッとはするが、何故だろう?今日は我慢の範囲内だ。
それは、その声を好意的と自分が捕えているからなのだが、ネリアはそれに気づいてはいない。ただ、自分の高揚がそうさせたのではないのかと思う。
ショーブ氏に名前を聞かれて、「佐藤ネリア」と半分偽名を名乗るネリア。
自分の世界の本名を言えばこの場の雰囲気を壊しそうで、しかし、全くの嘘もネリアは付けなかった。
「ネリアさんとお呼びしてよろしいですか」
ショーブ氏は、名前で呼ぶことの許可を取る。
「ああ、それで結構だ」
「それではネリアさん、お集まりの皆さん、準備をしますので少々お待ち下さい」
ショーブ氏深くお辞儀をした後で、黒のオーソドックなボストンバッグからA3サイズのスケッチブックを取り出す。そして、バッグに括りつけていた金属製の簡易な折り畳み式スタンドを取り外した。
そのスタンドを手早く組立ると、それはあっという間に譜面立てになる。
ショーブ氏はそこにオレンジ色の表紙のスケッチブックを立て掛けると、見物客に向き直った。
ネリアはそのスケッチブックを見て、一目で異様さに気づいた。
って、ちょっと待て、おかしいよな?
スケッチっブックはしも折れ曲がった箇所が無く、新品同様なのである。
ネリアはその不自然さに気づき、顔を訝しそうに顰める。
ハードケースでは無い。何やら一杯詰まって丸まったそれ程大きくないボストンバッグだ。そこから取り出して、全く折れ曲がっていないなんて、どう考えても有りえない、はずだ。
同意を求めるようにネリアは周りを見回し反応を窺うが、他の見物客達も訝しそうな者も若干いるが、大勢はさほど問題とはしていないように見える。ネリアも周囲に合わせて、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
マジックに盛り上がった雰囲気が、彼女にらしくない行動をさせていた。
彼女にとっての今その時が、壊したくない時間だった。だから、彼女らしくなく守りに入ったのである。
ネリアは目測でボストンバッグの大きさを測り、スケッチブックを色々な入れ方を想像するが、どう考えてもあり得ない、と思う。
こいつ、一体何をしたんだ?
どうやって出した。それとも、能力で折れ曲がりを直したのか?
少なくても能力は感じなかった。僅かな光も自分は見逃さない自信がある。いや、それとも見逃してしまったのだろうか?
すっかり周囲からの拍手に気を良くした油断で、その瞬間を見逃した自分に腹が立つが、種明かしを求めたところで教えてくれる訳もない。
ダメだ、いつまでも拘っていると、また次を見逃してしまう・・・。
ネリアは改めて気を引き締め、鋭い眼光をショーブ氏に向ける。
ショーブ氏は、目の前の鋭い視線に気まずそうに俯いて咳払いを一つする。そして、俯いた顔を上げると気を取り直してスケッチブックを一枚めくる。
すると、そこには数色のクレパスで簡単な絵が描かれていた。
描かれているのは二手に分かれた道で、一人の若い女性が思案している姿が描かれている。簡素に描かれているが、その割には人物の表情が豊かに見える。
「さて、二手に分かれた道の前に立ち、一人の女性がどちらの道に向かうべきか思案しています。
仮に、そう、折角だからお名前をネリアさんとしましょう」
その案で異論は無いかと、同意を求めてネリアに視線を向けるショーブ氏に、合意の視線をネリアが返す。
「絵が大雑把で申し訳ありませんが、左の道の遠くに見えるのは森です。そして、右の道の先に見えるのは街の灯りです。
さあ、ネリアさん、お選び下さい。あなたは”森”と”街”のどちらを歩みますか」
”森”と”街”?こんな絵で何をするんだ・・・。
ネリアはそう思いながらも「何でもしてみろ」この至近距離で集中さえしていれば、何をやろうとも自分が見逃すはずがない。所詮、この世界の人間のやることだ。そう、自分に言い聞かせ、気合のこもった口調で、
「街だ」
そう応える。
”歩む”と言った言葉遣いに引っ掛かりも覚えるが、次に起こるだろうことが気になるネリアは、そこは深く考えないこととする。
「そうですか、ネリアさんは華やさをお求めのようです。
分かりました、皆さん街へと向かうとしましょう」
先を急くネリアとは裏腹に落ち着いた口調でのショーブ氏は、更にスケッチブック捲る。
次に現れたページに描かれているのは、通りに並ぶ二件の飲食店らしきお店である。
「ここに二件並んでいるのはお店です。一件は軽食屋さんで食事がメインですが、お酒も扱っています。そして、もう一軒はカウンターと、二人掛けのテーブル席が少しあるバーです。
さあ、ネリアさん、今度はどちらにお入りになられますか?」
「私は、バーに行く」
そうだ、丁度何処かのバーに飲めないお酒を飲みに入ろうと思っていたところであったのだ。ネリアは頷きながら応える。
「この有数の盛り場にお出でになられている訳ですから、そうでしょう」
ショーブ氏は頷きながら、またスケッチブックを捲る。カウンターに一人の女性客が腰を掛けており、カウンターの中には、バーテンダーが一人居るだけだ。ショーブ氏の説明では、女性客がネリアとのことだ。バーテンダーは白いエプロンをした中年男性で、何処と無くと言うより、どう見てもショーブ氏その者である。
「いらっしゃいませ」
バーテンダーにでもなったつもりなのか、ショーブ氏はそうネリアに告げる。そして、ショーブ氏は更にスケッチブックを捲る。
次に現れたのは、絵と言うよりも文字ばかりである。全体の描き方からして、見開きの本の中に文字が書かれている絵のようである。
「お客様、こちらは当店のお酒のメニューです。この中からお好みのお酒をご注文をお願い致します」
やはり、バーテンダーがショーブ氏と言う設定なのだろう。
「ああ、分かった。」
と、ネリアも客になったつもりで応える。
ちょっと楽しくなり、口元を緩めて応えたネリアであったが、文字を良く眺めてみて驚いた。
意味の解らない言葉ばかりが40~50も縦4列に並んでいるのである。
これが全て酒なのか? こんなに種類が多いのか?
それとも、この中には何か違うこと意味している言葉もあるののだろうか?
何を選んでよいのか分からないネリアの額には、冷や汗が浮かんでいる。
良く読め。何処かにヒントがあるはずだ・・・。
そう思ってみると、中には大凡の検討が付くものもある。
であれば、それを選ぶのが無難であるのだが、それは逆にポピュラーな酒である可能性も高い。
そんな酒を注文すると、底の浅い人間と思われる可能性もある。それではネリアのプライドが許さない。かと言って、選択に余り悩むのも酒のことを全く知らないことを察せられてしまう。
ネリアは焦りながら、全てのメニューに目を通していく。
すると、最後の方に記憶のある名前を見つけた出した。
もちろん、お酒の名前としてでは無い。偶然にも、知っている人物と同じ名前であったのだ。
それが気になる。
気になってしまう。
気になってしまい、ついネリアの口から洩れてしまった。
「こ、これ、このソノラをくれ」
「これが酒で無かったらどうしよう。まさか、お子様の飲むようなミルク的なものとか言わないだろうな」と配してしまい、ネリアは体に力が入ってしまう。
さらに、観客の無言の間と、ショーブ氏の返答が遅れたことに、「まさか、おかしなことを言ったのでは」と、頬がほんのり赤くなる。
「承知しました」
ショーブ氏は軽く頭を下げる。
それにホッとため息を吐くネリア。それを見たショーブ氏が続ける。
「どうぞお楽になさって下さい。ここは楽しむところです」
「解っている、緊張などしていない!」
お前のせいだろ!と思いながらも、痛いところを突かれてしまったことに、若干怒り口調になってしまう。が、言ってしまってから後悔した。
彼は”緊張”と言う言葉を使ってはいなのだ。これでは、自分が全くお酒を知らなきくて緊張していると言わんばかりである。
恥ずかしいところを群衆に見られてしまったことに、視線を泳がせてネリアの顔は真っ赤である。
「それは大変失礼を致しました。お許し下さい」
客商売の設定に合わせショーブ氏は今度は先ほどよりも深くお辞儀をする様に頭を下げる。
公衆の面前で過剰に詫びられたことに、帰って恥ずかしくなり「まあ分かれば」と、矛を納めるネリア。
ただ、その行動は、単に詫びた訳で無かった。
姿勢を戻した右手に、鮮やかに橙黄色の液体を浮かべたカクテルグラスが現れたのだ。
なにっ!
ネリアの眉間に皺が寄る。またもや見逃してしまったのだ。
唇を噛みしめるネリア。見物客達は隠し様の無い液体の入ったグラスが突然現れたことにドヨメイテいる。
「お待たせ致しました。ご注文のソノラでございます」
「あっ、ああぁあ」
こいつ、私を動揺させる作戦だったのか?
まんまと私は引っ掛かったのか・・・。
自分の感情の起伏に後悔するネリアであったが、もう既に遅い。苛立ってしまった自分は思う壺の中である。
ネリアは短時間の充分の反省の元、今度は直ぐに気持ちを切り替える。そして、感情を抑えるようにと唱えながら、視線はショーブ氏から放さない様にして頷く。
「いただこう」
「どうぞ」
ネリアにグラスを手渡すショーブ氏。
グラスを手に取るネリア。見つめる先は、橙黄色で鮮やかに満たされている。その鮮やかが不覚にもネリアの目を、心を奪っていく。まだ、鮮やかな将来を目指していたあの時に奪われていく。
数秒前の決意は、もう頭の中の何処にも無い。
これが、ソノラ・・・か。
ネリアは、自分の生まれ育った研究所の同期の一人を思い出していた。
その彼女の名がソノラ。
このお酒の様に、鮮やかで声の綺麗な明るい子であった。唯一明るさを感じさせる子であった。
恐らく彼女がネリアと共に能力の芽生えが他の子たちよりも早かったせいもあったのだろう。優越が彼女を明るい性格にさせたのかもしれない。
そのソノラも、12、3歳頃まではネリアと共に図抜けた存在であった。常にネリアの二番手であった。
しかし、彼女もそうだった。その後それ程能力が伸びなかったのだ。
それも、ネリア以上に能力の成長に恵まれなかったのだ。
それでも彼女は努力を続けていた。プライドを捨て、なりふり構わず頑張って残り6人までには踏みとどまっていた。
だが駄目だった。当然、努力だけでは解決は出来ない。彼女はネリアが最終試験で落とされる2年前に脱落してしまったのである。
アイツも子供の頃は、この酒の様に明るく煌いていたっけ・・・。
ネリアは、グラスを持ったまま、懐かしい思い出に心を浸したまま動けなくなっていた。
なかなかグラスに口を付けないネリアに、ショーブ氏はポケットから御猪口程のプラスチック容器をマジック無しに取り出し、ネリアに向ける。
「不安ですか?
それでは、私が先に毒見を致しましょう」
ネリアの手を取り、ショーブは自分のグラスにその液体を少しだけ、自分の持つ容器に入れる。
「あっ、ああ・・・」
呆気にとられなすがままのネリア。
もちろん、ネリアはその液体に変な疑いを持った訳でも何でもない。ただ、グラスの中の液体に心を浸してしまっていただけだ。
見物客から笑いが起こる中、ショーブ氏はそれを一気に飲み干す。
「うん、大丈夫です。美味しく出来てます」
ネリアに向かって微笑むショーブ氏。周囲の見物客の目は完全に飲むことを促している。ネリアも元来好きではないお酒だが、促されるままグラスに口をつける。そして、喉を通過した瞬間、
「う、美味い」
素直に口を吐く。
これが、酒なのか?
確かにアルコールは入っている。
こんな甘い酒がこの世界にはあるのか・・・。
「お気に召されましたか、お客様」
「ああ、美味い酒だ・・・」
ネリアは直ぐにもう一口含み、喉に流し込む。確かに美味い。そして、体の芯が温かく癒されるのを感じる。曇り続けた心が晴れていく、そんな錯覚を覚える。
気持ちがいい。
僅か二口しか飲んでいないのに、酔いが少し回ったのだろうか。
酔いとはこんなに気持ちがいいものだったのか・・・。
ネリアの目から鋭さが消え、少しトロ~んとした目になり、そう思う。
ショーブ氏は、そんなネリアの反応に満足げに、更にスケッチブックを捲る。
今度は、少し引いた位置からネリアの後ろ姿が描かれており、ネリアから二席おいた左に、ネリアと同年代の女性がもう一人描かれている。その彼女の前には、大きなジョッキーが置いてある。
きっと難しい名前なのだろうが、ビールであることはネリアでも分かる。なんだか、雰囲気を壊す女性だなとネリアは思う。
絵の雰囲気にはそぐわない大きなジョッキだけでは無く、何処か場の雰囲気を壊す様に感じる女性なのだ。ただ、それがネリアの記憶を掘り起こさせる。
ショーブ氏は更に一枚捲る。
左の女性の右顔が描かれている。細面で整った顔。まつ毛が長く、鼻筋が通っている。そして、場に馴染まない雰囲気。
簡単に書かれた一般的な綺麗女性を表現している風にも見える。それなのに、何故かネリアには特定の人物に見えてしまう。
レイラ・・・。
ネリアは、ただそう思う。
今までレイラのことを思いうだけで、妬みが憎しみが生まれていたのに、その心が湧き上がって来ない。
それに、ちょっとだけ不思議に思うが「きっとお酒のせいだろう」そう思い、ネリアは深く気にも止めなかった。
<つづく>