表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/101

第18話 五次元に並ぶ世界(人の行き場)

五次元を超えてやって来たネリア達に待っていたのは、崩壊であった。

◆鉄鎖◆

 

「ほーぅ、ここやな。

 このマンションの、え~と確か4階のすみやったかいな・・・」


 鉄鎖てっさは等間隔に並んだベランダの窓ガラスに視線を走らせ、そして、奈々枝の住む部屋の丁度真上の部屋で視線を止める。

 その部屋には住人がいないかのようにカーテンが無く、ベランダからは陽が落ちたと言うのに、滴ほどの光も零れては来てはいない。まさしく空き部屋である。

 しかし、間違いなく彼らは此処に仮の住まいを構えているのである。その生活の香りは微かではあるが鉄鎖にも伝わってくる。ただ、今現在は誰も居ないように感じる。


「まあ、さっきの今やし、普通は留守やわな」


 良く見ると、ベランダから部屋を出る時に慌てていて閉めそこなったのだろうか、左右二枚のガラスが僅かに重なっているのだけが確認出来る。真冬である。誰かが戻ればベランダの窓ガラスを開け放つ訳がない。


「ベランダから逃げたんかい。そりゃ随分と警戒されとるなぁ」


 日昼、部屋に居た二人が、レイラとサヤナに見つかったことに気づいた時に、玄関から階段を降りると時間がかかるので、慌ててベランダから逃げたと鉄鎖は予測したのである。


「まぁ、彼らも連絡くらいは取り合うやろうから、もう、お仲間さんが見つかったこと位は分かっとるはずやし、誰もいらっしゃる訳ないやろうけど・・・。

 一応、もうちょいと覗き易いところから中の様子を見させてもろうてからお邪魔するとしますかいな」


 部屋の中を探れば、そこに潜伏していた人数くらいは予測出来るかもしれない。鉄鎖はそう考えたのだ。

 今現在、彼らの正確な人数の把握が出来ていない。全員をこの世界から送り返すには、同時に行動を起こした方が逃がす可能性が少ない。だから、人数を把握することは急がれていた。


 見た目とは違って用心深い鉄鎖が、部屋の様子が覗ける場所として目についたのは、やはり賃貸マンションから2件隔てた、レイラとサヤナが遭遇した社宅屋上であった。

 鉄鎖は、外階段を一気に駆け上り屋上へと向かう。


 実は、鉄鎖がこの賃貸マンションの様子を窺いに来たのは、彼を至急で呼び寄せた上司である高田町商店街の唯一の八百屋の経営者、通称ノシさんの指令があったからである。


 鉄鎖とサブの乗ったワゴン車が1時間半程前、高田町商店街に到着すると、二人はその脚で上司であるノシアの経営する八百屋の”直志商店”に真っ直ぐに向かい、大方の経緯をノシアから聞くことになり、現在の鉄鎖の行動に至っている。


 その時、店先にはお客さんや臨時の店員である麗美も居た為、ノシアと直接向かい合ってそんな現実離れした妙な話をする訳にもいかない。そんな行為は、客商売としては有るまじき行為である。だから、一般客の振りをして、店先に陳列された野菜を見ながらの能力を使った会話となったのだが、麗美は何を感じたのか首を傾げだし、鉄鎖の方を横目でチラチラと気にし出してしまった。

 そこで、もし会話に気づかれていたらと思い、鉄鎖は「元気そうやないか麗美ちゃん」と声を掛けざるを得なくなってしまったのだった。

 麗美の黒歴史を一番詳細に知っている人物との突然の再会である。


 能力を使っての会話には何処となく気づいていた麗美も、冬になりすっかり色白で小奇麗な格好の鉄鎖には全く気付いていなかったらしい。声色で目の前の人物が鉄鎖だと気付くと、一瞬、悲鳴の様な声を出した後、暫し固まる破目となってしまった。


 その理由が、思いもかけない人物との再会の驚きなのか、懐かしさからの感動なのか、はたまた麗美の知られたくない黒歴史を一番知っている人物への恐怖なのかは鉄鎖にはわからない。それでも、「解決したらゆっくり話そうや」と鉄鎖が掛けた声に、半信半疑ながら何かをさっしたのか、真剣な顔つきで、「はい」と一言だけ返し、慌てて、辺りをキョロキョロと見回すと、目の前にあった売り物の干し芋を「食べて下さい」と鉄鎖に渡したのだった。

 真っ赤な顔で微笑む麗美に、鉄鎖も今は上手くやっているのだと目尻を下げて微笑み返すことが出来たことに、鉄鎖は心から嬉しく感じた。


 その後、鉄鎖と行動を共にしているサブこと三郎は、のしさんことノシアの命により、直志商店のバイトを上がった麗美の後をストーカーの様に追い、陰から護衛役を担っている。と言っても、何かあった時に一人で対抗出来るだけの能力を彼は持っていないので、ノシアへの連絡役である。そして、サブと別れた鉄鎖は、一人この場に向かったのである。


 屋上に出た鉄鎖は、麗美から貰った干し芋をかじりながらマッションの一室を覗く。中は真っ暗ではある。それでも何かが動けば、鉄鎖の視覚には周囲の景色の変化が感じられる。

 鉄鎖の能力は分子レベルの物質の動きを、決して見える訳ではないが視覚から感じることが出来るからだ。純粋に視覚で捉えるサヤナとはまた違った能力である。


「やっぱ、何方もいらっしゃらないようや」


 少しの間ガラス越しに部屋の中を覗いて、誰も居ないと確信が取れると鉄鎖は納得するように頷いた。


「ほな、空き巣でもやらかすとしますか・・・」


 鉄鎖はニヤリと唇の端を持ち上げ呟く。そして、階段に向かって動きだそうとした、その時、


「ほっ?」


 気を惹かれる音声が耳に響いてきた。

 賃貸マンションとは反対側から少々ご機嫌な鼻歌が近づいて来たのだ。


 それに、鉄鎖は体制を低くして振り向き、社宅の屋上からそちらに目を向ける。

 すると、何を買い込んだのだろうか、両手からぶら下げた白いポリエチレンの買い物袋や、白い紙の化粧箱やらで歩き辛そうな長身の女性が、大通りの方から社宅の方へと歩を進めて来ているのが視界に入って来た。袋の擦れる音が、心が弾んでいるように聞こえる。

 

「ほー、えらい楽しい買い物だったようやな」


 鉄鎖はその幸せそうな女性への興味と直感で、一時空き巣行為を中断し、気配を消すと彼女の動向を見入る。

 鼻歌の彼女は鉄鎖が屋上に居る社宅を通り過ぎていく。

 恐らくマンションの住人なのであろう、全く同じ形で並ぶマンションのベランダに目を向けると、その視線を一点で止めた。

 その途端に彼女の鼻歌が止まる。穏やかだった顔が急に強張り始める。

 何を感じたのか彼女は辺りを見回し、何かを感じようとしているのか数秒目を閉じる。そして、目を開けたと思うと、地味目のダークブラウンのコートを翻し走り出したのだ。

 彼女の行先は、目の前のマンションである。


「おいおい、何も知らんのかいな?

 仲間やろ?知らせる方法やったら、ぎょうーさんあるやろ」


 鉄鎖は不思議そうに顔をしかめる。


「仲間割れでもしてるのやろか・・・」


 鉄鎖は方針を変更し、社宅の屋上で彼女の様子を伺うこととした。

 

◆買い物◆


 彼女にとって、それは異世界初の買い物だった。


 能力に頼る自分の世界とは違い、この世界には発想があり、工夫があり、遊び心がある。


 だから、様々な用途に合わせた便利な品々、豊富に揃う食品、艶やかな衣服がある。


 この世界に来て、初めて彼女が楽しいと感じるひと時だった。


 しかし、その昔、自分の世界の人々が何故この世界への憧れを持っていたか? その理由の根本が実はそこにあるのだと、その時は分からなかったのだが・・・。 


 

 時間は戻って、高田町商店街からの帰りにネリアが真っ先に向かったのは、デパートと言う大規模販売店であった。決して、ネリアがこの世界に来て初めて来た場所ではない。何度か脚は運んでいるし、不本意な行いでモノの調達を行ったことならばある。しかし、その時は正当に”購入”が出来なかったので、敢えて必要の無いものを見て回るようなことはしなかった。

 生活するのに最小限必要なモノにしか、敢えて見ないようにしていたのだ。だから、今回の様にお金を持ち、多少でも余裕を持って店内を見て回ることが出来ると、ついテンションが上がってしまうのは抑えようがない。


 かと言って、使えるお金がそれほど多い訳ではない。無言のお金と相談しながらの、買おうか買うまいか葛藤の末の決断となってしまう。

 結局は、すべてが食べ物となってしまったが、それは一緒に来た皆に食べて貰いたい。少しでもこの世界を楽しんで貰いたい。そんな思いの結果である。

 それでも、そんな買い物に終わってもネリアは楽しかった。買い物を終えての帰り道、荷物を持って歩いているこの時でも、言葉で言い表せないくらい心が弾んでしまう。

 彼女の両手の荷物には、そんな思いが詰まっている。


 喜んでくれるだろうか?

 少なくても、美味しいとは思ってもらえるはずだ。

 でも、あいつら、きっと正直に言葉には出さないだろうな・・・。


 そんな妄想を抱きながら、ネリアはマンションの2件手前の5回建の社宅の横を通りかかった。この社宅を通り過ぎれば、自分たちが勝手に間借りしている4階の一番奥のベランダが見える。


 みんな帰っているだろうか?


 少しドキドキしながら、社宅の影から見え始めるベランダに視線を向けた。


 ・・・えっ?


 その向けた先からは、予想したものが全く感じられない。

 人の気配が全く感じられないのだ。そして、何とは断定出来ないが、違和感が感じられる。

 

 もちろん部屋に居る時は、常にある程度の気配は消すようにはしている。だが、それは能力を使われてしまえば、気づかれる程度のものである。

 完全に気配を消すようマネは緊張のしっぱなしということになり、常時続けること等、疲れてしまって不可能である。

 だから、仮に誰かが居たとして、完全に気配を消して居るのだとしても、それはそれで、何かあったことになる。

 誰かが居ても居なくても、良い状況で無いと思うのが普通である。


 そして、もう一つ。仮住まいの部屋のベランダに違和感も感じる。

 よく見ると、視線の先のベランダの窓ガラスが少ずれているのが分かる。要は窓ガラスが僅かに開いているのだ。

 勝手に、その部屋に住んでいることを悟られ無いように、彼らが日昼に窓を開けることは絶対にない。自分が居なくたって、そんな面倒事の可能性を作るなんてことを彼らがする訳がない。

 それに、そこは陽の落ちた真冬の部屋であり、且つ、ろくな暖房設備も無い。だから、そこから考えると、誰も居ないと考えるのが自然である。


 ネリアは、さっと周りを見渡し辺りに誰も居ないことを確認すると、能力を使って部屋の中の振動を探ってみる。でも、

 ・・・やはりネリアには誰もいないと感じられる。


 ベランダを開けたままで、こんな時間に誰も居ない?


 今まで無かったことである。


 な、何か有ったのか・・・。

 まさか、此処が見つかったと言うのか・・・。


 心臓が締め付けられる苦しさを感じながら、今度は数秒間目を閉じ、能力を使い自分の周囲を探る。能力者の有無を探るために、慎重に能力の形跡を探る。


 今は何も感じられないか・・・。


 だからと言って、能力者達フィンラウンダーが居ないとは限らないが、ネリアはそんなに落ち着いては居られなかった。

 大切に持っていた買い物袋を振り乱し、全速で勝手に仮住まいしている賃貸マンションの一室へと向かう。

 孤独に襲われる不安感を感じながら、一気に階段を上り、廊下を滑る様に音を立てずに走る。そして、玄関のドアノブに手を掛ける。鍵は掛かったままだ。


 あいつら、ベランダから逃げたのか?

 それも、窓を閉める余裕もなく?


 昼前に自分が出掛ける時には、まだ4人とも部屋の中に居た。しかし、彼らも一日ずっと、部屋の中に居る訳ではない。この場所が見つかるとすれば、誰かが後をつけられたと考えるのが自然である。であれば、そんな早い時間に見つかった訳では無いだろうと想像する。


 まさか捕まってしまったとか?


 そう、想像してから直ぐに、

 

 いや、そんな筈はない・・・。


 否定する。


 落ち着け、彼らが簡単に捕まる筈がないじゃないか。彼らの実力はそんなもんじゃない。

 そんなことは絶対にない・・・相手がフィンラウンダーであっても奇襲されない限りは逃げ切ること位はできるはずだ。


 慌てるな。それに、そうと決まった訳ではないじゃないか。

 意外と完全に気配を消して中に居たりってことも・・・。


 と、心にに言い聞かせ、無理に作り笑いを浮かべ、能力を使い鍵を開ける。


 ネリアは一応、完全に気配を消している誰かが居ることも考え、扉の開く振動音を消す。空気振動を能力によって抑える。そして、慎重に歩を進める。

 リビングへの扉は空いたままだ。ベランダの僅かに開いた隙間風で、外の様に冷え切っている。


 やはり、誰も居ない。

 部屋の中は荒れてはいないし、マンションの界隈にもそんな気配が無かった。であれば、少なくとも

争いには至っていないはずだ。

 と、言うことは全ての様子を総合して考えると、やはりこの場所が見つかって慌ててベランダから逃げたと言うのが妥当なところである。

 

 もし、見つかった場合の約束事として、幾つかの約束事があった。玄関の扉の向かいの危険防止用の柵、階段の登り口、それに、大通りからマンションに向かう途中の曲がり角の電柱。

 そこの、何れかに印をつけることになっている。もちろん、ネリアは此処に至るまで全ての場所は週間の様に確認している。しかし、そんなモノは何もなかった。


 逃げるのが精一杯で印をつけられなかったのか?


 いや、それは無い。そんな印など、大した能力を使わずとも走りながらでも一瞬に付けられる。


 追った奴らが印を消したのか?


 いや、そんなことは余程接近していなければ、気づかれることは無いだろう。

 では、逃げることに夢中で印を付けることを忘れたと言うのは考えられないだろうか?


 それは有り得る。有り得るが裏を返せば、一緒に行動していた者達への思いがその程度と言うことになる。自分だったら、真っ先に危険を知らせることを意識するはずだ。 


 ネリアは他の可能性も探ってみる。自分に都合の良い理由を探し出そうとする。


 いや、待て。

 そもそも、私の勘違いではないだろうか・・・。


 皆が皆出かけたままでまだ帰っていないのかもしれない。そう想像してみる。

 安易に開けたベランダの窓をうっかり閉め忘れたのかもしれない。しかし、仮にそうだとしてもこの時間まで誰も戻らないと言うことは、別の意味で問題である。

 もしかすると、みんな自分に愛想を尽かして出て行ったとも考えられるからだ。皆の不満は、頂点に達しようとしていたのだから。


 そこまで考えて、否定するように首を横に振る。

 脱力したネリアは、両手にぶら提げていた買い物袋を床に落としてしまう。中のモノの幾つかが袋から乱雑に零れ落ち、ネリアはその場に座り込む。  


 そうだ、決め付けるな。

 考え過ぎかもしれない・・・。


 何らかの理由で戻って来れないだけかもしれないのだ。

 ティアラまでが出て行ったとはネリアにはどうしても思えないし、思いたくない。


 きっと、何らかの・・・理由があるんだ。

 少し落ち着こう・・・。


 ネリアは自分ににそう言い聞かせ待つことにする。みんなの帰りを信じて。

 その場所の危険性よりも、誰かが戻って来ることに期待した。


◆思い込み◆

 暗い冷え切った部屋の中で膝を抱えて座り、いつしか、ネリアは大望であるこの異世界に来てからのことを振り返り始めていた。


 そうだ、この世界に来て、最初の食事をしようとした時に、既に気がついていたはずなんだ・・・。

 あの時、お金を稼ぐ方法を先に探すべきではなかったのか?


 この世界に来るまでは、無事に次元を通り抜ける、五番目の次元を超えることが途轍とてつもなく大きなことで、そんなことはきっと何とかなると、ちっぽけことだと思っていた。

 そこは間違っていたと、正直ネリアも思う。

 しかし、そもそもフィンラウンダー、彼らの収入源を探すことを何よりも優先させていたのも事実だ。

 そこを自分たちに取り込もうと言うのがそもそもの計画であったのだ。


 決して、何もしなかった訳じゃない・・・。


 そう、自分に言い聞かせる。しかし、現実としてそれが上手くいかなかった。それに、能力を使ってお金を稼ぐ方法も見つからない。

 だから、全くお金を待たない自分達にとって、生活を維持する為には不本意ながら無償で商品をいただくしかなかった。

 手持ちのお金も収入もないのだから、それより方法などあるはずもない。


 仕方がないじゃないか・・・。


 必要に迫られれば商店街に行き、レジで支払いをする時に能力を使って催眠をかける。支払い済みと思いこませたり、無償で与えたいと思わせたりして手に入れることにした。

 一応、ネリアは同じ店で購入することは避け、同意の元であると自分に言い聞かせながら、最低限の日用品はそれで手に入れてはいた。 ”見せかけの相手の同意”それがせめてものプライドであった。


 当初は、その役目はすべて自分一人が行うことになっていた。と言うより、一緒にこの世界に来た(一応)仲間達にはさせないようにしていた。そんなことをすれば、彼らの行動に歯止めが利かなくなることが目に見えていたからだ。

 今思うと、


 最初から仲間を信じてはいなかったのだ・・・。


 そう思う。

 初めは一緒に来た彼らも、そのやり方に納得をしてくれていた。しかし、生活が1週間が過ぎたころからだろうか、彼らは勝手に行動を起こすようになって行ったのだ。

 そして、2週間もすると不満が徐に口を吐く様になり、次第に節操の無いと言った、力づくの盗みを勝手に行う様になって行ってしまった。

 恐らく、彼らはこんな生活も数日と思っていたのだろう。自分だってそれほど時間が掛からずに何とか出来ると思っていたのだから。


 安易だったのだろうか?


 そもそも、子供の頃からこの異世界での生活を楽園視していたのだ。”来れば何とかなる”、高い能力のある自分たちは、能力を持たないこの世界では楽に過ごせるはずだ。そんな先入観があったのだ。

 

 それとも、妄想に取りつかれていたと言うのか・・・。


 そして、フィンラウンダーにとって替る組織を作ることを考えてしまってからは、”能力の高いこと”のみを考えてメンバーを集めることのみに偏ってしまっていた。


 彼らだって、自分の思惑に賛同していたのだ。

 いや、明らかにその思いは根本で違っていたのかもしれない。

 自分の世界に退屈をしていた彼らが欲しかったのは、単に楽に楽しい日々だったのだ。彼らにとって、私の提案した”フィンラウンダーに取っ手替る”はその手段でしかなっかたのだ。

 それが、上手くいかなくなると顕著に現れて来た。それも今なら分かる。

 所詮、上辺のつながりでしかなかったのだ。

 では、ティアラは何故一緒に来たのだろうか?


 それだけは分からない。


 彼は多くを望まなかった。それなりに食べて行ければ、億劫なのか、新しいことには興味をしめさないタイプであった。それなのにネリアの誘いにその場で首を縦に振ってくれた。

 せめてティアラにだけは、この目の前に用意したものを食べて欲しかった。


 そう思いながら、ネリアは無作為に床に置いた白いポリエチレンの買い物袋を拾い上げ、中の惣菜類を一つずつ床に並べ始める。すると、先ほどの単なる買い物が、凄い過去の夢の様に楽しか出来事のように思い出される。


 初めに拾った袋からは、透明のケースに入った焼き鳥、コロッケ、それに、豚の角煮が出て来る。

 次に白い紙の化粧箱を開ける。慌てて走ったせいで、ショートケーキの形が崩れている。好みを考えて人数分の種類を買った。自分用のモンブランと言う名のケーキは横になっている。

 それを見て、涙が零れそうになる。


 更にもう一つの袋を引き寄せる。中には、2色の瓶が各1本ずつ入っている。ワインと呼ばれるお酒である。赤と黄金色の色彩の艶やかさに惹かれ、試飲をしてしまい、つい買わない訳にはいかなくなってしまった。

 そして、もう一つの一番大きな袋。そこには果物が入っている。苺に、オレンジに、キウイ。もちろん先ほど食して驚くほど美味しかったバナナが一番大きなスペースを占有している。

 ネリアは、それらを取り出し丁寧に並べる。

 

 使った総額は9,880円。

 高田町商店街の八百屋で、思いもせず手にしてしまった赤い財布。そこに入っていた今の彼女にとっては大金の10万円。

 その内の五等分、自分の分の2万円の約半分をで購入したものだ。


 始めは、そのお金を全て自分が管理して、自分の為の多少の衣類を買い、残ったお金を少しづつ生活を繋ぐために使うことを考えていた。

 しかし、空腹を満たすために、親宿しんじゅくのデパートの地下の食品売り場で、見た目に華やかなショーとケーキと言うものを買い、それを人目の無い階段に行き空腹を満たした時点でその意思を直ぐに却下した。

 5人で2万円づつ均等に分けて、皆にこの世界での気兼ねの無い買い物を味わってストレスを発散してもらいたいと考えた。この世界の生活が楽しいと思ってもらいたかったのだ。


 ネリアは自分の分は何に使おうかと考えたが、取り合えずこの世界の美味しいものを皆に食べて欲しい。その気持ちが一番強かった。

 それは、今日食べたショートケーキやバナナが、びっくりする位に美味しかったからかもしれない。


 目的が違っていたとしても、少なくてもこの世界に来る前の間柄に戻る為のきっかけ位になるかもしれない。自分のことながら定かではないが、それがその気持ちの根源だった様に思う。


 特段仲が良かったわけでもない仲間達。でも、目的は違っていても、上辺だったとしても、ホンのちょっとの一致はあったはずなのだ。ついこの間までは、それだけで彼らとは気が合うと思ってしまい、同じ意思を持てた仲間だと疑わなかったのだ。

 だったら、ネリアはもう一度錯覚をしたいと思う。そう思った。


 だから、共通点”同じ喜び”を得る為に何軒ものデパートを歩き回った。ホンの些細な”食べる喜び”の為に。

 易くて美味しいものを探して歩いた。


 この世界の美味しいモノに触れて、このお金を分けて買い物をしてもらえば、彼らもこの世界への希望も持てるのではないか、そう思えたのだ。マテラとフーカだって、サーラだって行動を押さえてくれるのではないかと思えて来た。


 正直、まだまだ買い物をして回りたかったが、皆の食事に遅れてしまっては本末転倒。ある程度のところで、踏ん切りを付けて、値切りながら、皆の好みそうな食品を買い集めたのだ。

 みんなが空腹で戻って来ていればベストだが、そうではなくても、全員が食事をしないことは無かった。だから、食した者の雰囲気はみんなに伝わるはずなのだ。


 きっと、この世界には、まだまだ知らない面白いことが一杯あるはずだ。これで、変に事を荒立てないで生活したいと心が変るきっかけになるのではないか。

 そう思いながら戻って来たのに、今は真っ暗な部屋の中にたった一人。


 待つ以外に何も出来ない・・・。

   

◆人◆ 


 今、何時だろうか?


 そう思いながら僅かな灯りが窓ガラスから差し込むだけの暗い部屋の中、ネリアは立ち上がった。

 いつもは能力を使い窓ガラス遮光を掛けて、些細な灯りを使用していた。しかし、それが通用するのもこの世界の人間だけが対象である。彼らフィンラウンダーには通用しない。

 今の状況下では小さな光を使うことも躊躇われるのが事実だが、今のネリアにとっては、そんな欲求よりも灯り自体が必要では無かった。


 ネリアは小さな時計を手に取り確認する。フーカがネリアとの約束をやぶって盗んで来た、部屋にある唯一の時計だ。「あの時、怒らなければ良かっただろうか?」そんなことを考えながら時間を確認すると、時間は午後九9時になろうとしている。

 恐らく、マンションに戻ってから二時間は過ぎているだろうと想像する。もう、誰も戻って来るとは思えない。

 ネリアは、次第に一人でこの場に居ることが空しく感じて来ていた。


 焦り過ぎていたのかもしれない・・・。


 初めて後悔が頭を過る。

 エリートの道から捨てられた悔しさ、自分が捨てられたのに、あのレイラが最後まで残った悔しさ。それよりも、あの時あの最終試験でレイラに手を差し伸べられた悔しさ。それが、ネリアの意思を維持するパワーとなっていた。やるせない気持ちをそこに向けていた。

そのパワーが行動を焦らせたように、残念ながらネリア自身認められる。

 

 正直今だってレイラが憎い、いや憎いと言うより腹立たしいと言うのが正しいだろうか。

 その気持ちは確かに残っている。残っているはずだ。それなのに・・・気持ちが奮い立たない。


 まだ、あの商店街で予報と言う占いをやっているはずではないか?


 まだ、レイラはあの場所に居るはずだ。なのに、レイラに会いに行く気力がネリアには起こらない。


 臆しているのか?


 私が?そんなバカな。

 そんなんじゃない、この状況で、行ってどうすると言うのだ。


 ハハハ、何を言ってるんだ私は・・・。


 自問自答することが空しく思える。

 ネリアはリビングを出た。買って来た食料に手を付けることもなく、無意識に玄関に向かっていた。そして、外にでる。

 もう、その場には居られなかった。


 外に出たネリアは、無意識歩を進める。ある場所へと向けて。

 それは、数時間前に、この世界に来て唯一楽しいと感じられたところ。デパートの立ち並ぶ繁華街。


 ネリアは静寂から逃れたかった。静寂が怖かったから。

 心が締め付けられて、弱い心に埋められて、自分を壊してしまいそうだったから。

 だから・・・、せめて、見知らぬ他人でいいから傍に人が欲しかった。

 ネリアは親宿しんじゅくの方に向かっていた。 


 一度は意識的に避けたのだったが、一旦引き換えして、ここまで一緒に行動を共にした者達の為に3カ所に印を付けた。”この場が危険”である印を。


 戻って来た”仲間”の為に。


 <つづく>


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ