第8話 初客来たりて舞い踊る
華麗に舞う。無心になる。そして予報する。
何とか予報することが出来たレイラであったが、予報料を決めるのを忘れていた!
また、緊張する。
◆初客来たりて舞い踊る◆
エナメルの黒いパンプスが月光を浴びる。
おじさんの金歯の様にきらりと光る。
レイラの右足は月に向って華麗に高々と上げられた。
つま先には三日月が映り輝く。
もしかしたら街灯かもしれない。が、気持ちは月光だ。
そして、鶴の舞の様に両手を広げ、イナバウアーの様な曲線で背中をそらす。
レイラは踊り始めた。
全く周りを気にすることなく。
バックミュージックは、高田町商店街のテーマソング。
曲調は盆踊りの様だが、レイラの踊りは、一振り一振りが大きい。
「た・た・楽しい〜」
軽やかな音楽に合わせ広げた両手を夜空に向い差し出す。
「お買い物〜」
振り上げた右足を下ろし、左膝を上げる。
「た・た・退屈させない」
天に差し出した手で星を掴みそして肘を曲げ胸の位置におろす。
「た・た・高田町〜」
小刻みにステップを踏む。
「商店街」
短いテーマソングに合わせて、即席のダンスが繰り広げられる。
次第に調子に乗って来る。
テーマソングが繰り返される。
レイラは踊り続ける。
一心不乱に踊り続ける。
次第に気持ち良くなってくる。周りの音が聞こえなくなってくる。
しかし、テーマソングが途切れてしまった。間違って流れてしまった様だ。
一瞬商店街に静けさが甦る。
だが・・・。
だが、音楽が切れてもレイラは動じない。自ら歌いながら踊り続ける。
レイラは、ぶつじょさんから依頼された内容以外の全てのことを頭の中の片隅に追いやる。
ぶつじょさんは、呆気に取られて、口を半開きのまま見いってしまう。
時にリズムを外し、時にぎこちない動きになる。決して上手いとは言えない。
だが、レイラの踊りには人を引き付ける魅力がある。
遅い時間にも係わらずレイラを覗きに来て、まだ残っていた小中学生が次第に引き付けられるように近寄って来る。
通りがかりのサラリーマンやOL、ノシさんが一生懸命に八百屋で宣伝していた近所の主婦達も騒ぎを聞きつけて集まって来る。
今まで、レイラに興味を持っていたが遠巻きに見ていた人たちが、人だかりを作っていく。
”踊る、回る、ひねる”花弁が舞う。レイラは踊る程に無心になっていく。
”1・2・3”星屑が輝き溢れだす。心地よい緊張感に興奮を覚える。
”アン・ドゥ・トロワ”
次第にレイラの目には、辺りが白いもやに包まれて見えてくる。
とても気持が良い。
調子に乗ったレイラは、テーブルの上のガラスの浮玉に右足を乗せる。
そして、それを軸に3回転半。トリプルアクセル!を見事に成功。
そして、そして稲妻が光る! 真っ青な稲妻。
だが、レイラ以外の誰にも見えない。
レイラともえちゃんにしか見えない真っ青な稲妻。
レイラは、突然踊りを止め、テーブルの上から飛び降りる。華麗に決まったかのように見えたが気のせいだった。
体制を崩して転んだ。
「お~っ」
見物客から声が上がる。
しかし、地面に転がったレイラは素早く椅子に這い上がり、ガラス製の浮玉を見つめながら、たんたんと喋り出した。
ぶつじょさんも慌てて、椅子に座る。
「明日は夕方の待ち合わせにしていますね」
レイラはニコッと笑い、別人の様に落ち着いた滑舌の良い口調に変わった。
ぶつじょさんも畏まってしまう。
「はい。17時に親宿と言うことになっていて、具体的な場所は電話することになっています」
レイラは続ける。
「彼女は、夕食を誘われたと思っています。彼女は明日仕事があり、待ち合わせ時間に待に合わせる為に昼食を抜いて仕事をするので、早めに食事に行ってあげてね。
無理してお洒落な行動をとる必要はないわ。食事もおしゃれなものより、お腹に貯まるものにして上げた方が喜ぶわね」
「はい。でも何がいいでしょうか」
ぶつじょうさんはすっかりに目上の人を相手にするように丁寧な言葉使いに変わってしまった。
「そうね~。彼女は、顔に似合わず肉食系なので、すき焼きなんかどうかしら。私も大好き」
「じゃ~センタービル1階の”吉すき”にしよう」
「それと。待ち合わせ場所は、親宿駅北口正面にあるコーヒーショップにしてね、吉すきは18:00の予約にして、17時20分頃にコーヒーショップを出ること。厳守よ!」
「コーヒーショップからだと、5分位で行くから速過ぎと思いますが~」
ぶつじょさんには、17時20分と言う時間の意味が分らない。
「うん、大丈夫。丁度良い時間になるわ」
回答になっていないが、ぶつじょさんは深く追求するのは止め、信じることにした。
「わかった。言うとおりにするよ。何たって優秀な占い師さんだ」
「予報の通りしてね」
レイラは、”予報”の部分を強調する。
「ひとつだけ気を付けて。彼女に合わせてゆっくり歩くこと。それから、できればでいいからゆっくり話してね。後は、意気投合したら、気張らずにカラオケでも行っちゃって大いに騒いでもOKよ。さあ頑張って行ってらっしゃい」
レイラは立ち上がって、ぶつじょさんの背中を叩き、親宿を指さす。
レイラの態度はすっかり上から目線に変わっていた。
「ありがとうございます」
ぶつじょさんの満面の笑みも結構清々しい。
見物客から、拍手と歓声が上がる。たった、占い一つでだ。
レイラは、みんなと一つになれた様な気がして感無量である。ゆっくりと縦に2回頷く。
「ところで、お幾らですか?」
ぶつじょさんが尋ねる。
「はっ?」
すっかり忘れていた。目的はお金をもらい、安定して生活をすることであった。
レイラには幾らが相場であるか全く分からない。あまりにも無縁だったので考えることすら忘れていた。
― どうしよう? -
”お・か・ね・だ”と思うと、再び緊張がぶり返してしまうレイラであった。
◆それで、いくら?◆
料金なんて、ぜ~んぜん考えていなかった。「忘れてた~。どうしよう」たわいもないことで、再び追い詰められた気になってしまった。
顔が熱くなっていくのを感じる。
「幾らって言えばいいのかしら」レイラの頭の中では10円玉や、100円玉の様な小銭がくるくると舞い踊る。目眩がしそうだ。
その時、人垣の向こうからレイラを呼ぶ声が聞こえた。
「レイラちゃ~ん」
レイラが、声のする方を向いて見ると、デレデレした女の子が、こちらに向って手を振っていた。ノシさんに肩車されたもえちゃんである。
もえちゃんは、一生懸命にレイラに向って手を振っていた。元気だ。ライトグレーの可愛いフード付きコートを着ている。汚れが奇麗に落ちたに違いない。
レイラは、再び訪れた緊張から逃げたい気持ちが一瞬働き、お金のことを忘れて、もえちゃんに向って両手を一杯に広げて手を振った。
10本の指がぶつじょさんの目の前で展開される。
ぶつじょさんは、それを見ると、
「了解」と言いながら、財布から千円札を一枚取り出した。
そして、振っているレイラの手を取り、千円札を握らせる。
この時、一回の予報料金が千円に決まった!!
親宿に行く必要のなくなったぶっつじょさんは、ご機嫌な様子で自宅に引き返して行った。
この日、レイラはぶつじょさんを含め4人の占いを行った。計4回も踊ったことになる。
よって、4回転んだ。
4回目にには、見物客が一緒に高田町商店街のテーマソングを唄ってくれ、大いに盛り上がりを見せた。
必至だったが、充実した3時間であった。
4,000円を握りしめたレイラは、改めてもえちゃんに片手を振らなくて良かったなと思った。
心から思った。
片手を振っていたら、2,000円であった。
◆そして本日閉店◆
心臓の鼓動が早い。レイラは興奮が冷めやらない。
20人位の人が最後まで予報を見物していた。
レイラが、最後の一人の予報を終え、深々と礼をすると、拍手が起こった。
満足そうに集まった人達が、それぞれの目的に散って行く。
殆どの人が、暖かな家庭にかえるのだろう。レイラにはそう思える。そして、自分のことをどの様に話すのだろう。
そう思い、自分の行動を思い浮かべてみる。
すると、何やら急に首から上の血行が良くてくる。血液の集まりと同時に、顔が熱くなる。
「恥ずかしい~!!!」オオカミ男の様に空に向って叫びそうになるが、必至に喰いしばった。食いしばって、意識を後片付けに向ける。
「余計ーなこと考えない~」と歌いながら、一生懸命に後片付けを行う。素早い。
テーブルと椅子2脚を仕舞う為に、物入れ小屋を開けると、レイラが予報をやっている直志商店(八百屋さん)の店主であるノシさんからのプレゼントがあった。
今日は、野菜ではない。お赤飯であった。透明なパックにお赤飯が詰めこまれ、パックの上に紙が貼ってある。
”お祝い 無料。 おめでとう。これで、もう大丈夫だね”
いつも極貧のレイラを思いやり、この3週間、食料(ほとんど店の野菜)をただ同然に分けてくれていた。
今度は、ちゃんと店でお金を払って野菜を買います。
レイラは、誓おうと思った。が、「ノシさんホント明日からもお客さん来てくれんでしょうか」お赤飯に話しかけるレイラであった。
レイラは、帰路に着く前に予報を行っている直志商店前の街灯に張り紙をした。
高さ、120cm位のところに、10cm四方のメモ帳に鉛筆書をしたものである。
余り目立たないと言うか、殆ど誰も気づかないであろう。
レイラの貼った紙には
”明日午後4時、ここに集合。探偵ごっごするよ! (レイラ)”と、書かれてある。
<つづく>