第18話 五次元に並ぶ世界(集結)
レイラのまだ知らない仲間たちが、事件解決に集まり出す。
◆準備は着々と◆
「このボタンがダイヤルの代わりってことで、ホントにいいのよねっと、
ホイホイホイの、ぽんぽん・・」
最近、公衆電話もダイヤル式からプッシュホン式に替り始めている。電話ボックスに入ったサヤナは、その技術発展に感心しながら、楽しげに7ケタの番号をプッシュしていく。
「・・・ほーう、鳴った、鳴った」
無事、呼び出し音が鳴り始めると、満足そうに電話本体をさするサヤナ。
「そろそろ向こうも準備が出来ているといいんだけどーぉ。
まあ、あっちの世界も、こっちの世界もお役所仕事なんて、すっぱり縦に割れてて小回りが利かないから、無理なのよね、きっと。面戸くさ~いヤーツラ、オッと・・・」
何て嫌味タラタラ呟きながらも、もし対応が出来ていなかったらどうしようか? 何て、悲観的なことは考えたりはしない。サヤナはきっと世の中が上手く解決してくれるだろうと気楽に考えている。それに、偶然とは言え、レイラと接触が出来たことで気分的にもハイになっている。
そんなサヤナの気持ちに水を差さないようにという訳でもないのだろうが、相手先はサヤナが呟きが終わらない内に受話器を取った。
「はい、毎度ありがとうございます。高田町商店街”八百屋の直志商店”です」
「もしもし、八百屋さんですかー」
呆気らかんとした口調で、電話向こうで”八百屋”と名乗っているのにも関わらず、敢えて”八百屋”であるかのみを再確認する。
普段は電話先の彼に対して、そこまでの態度を見せることはしないのだが、サヤナにとっては自分の生まれ育った異世界アルツァ、その惑星フェアルの能力順位、第5位のノシアが八百屋を経営していることが未だに面白くてならない。今までも突っ込みを入れたくてしょうがなかったのだ。
だから、その思いがレイラとの接触で気分がハイになったことと相まって、ついつい調子に乗って口を吐いてしまったのである。
「(んっ?)はい、八百屋の直志商店です。今日はどう言ったご用でしょう?」
ノシアは、いつに無いそんな彼女の口調に少し面白がりながら、八百屋の店主”ノシさん”のまま、温和に話しを合わせ始めた。
もちろん、その一番の理由は臨時のバイトで雇った麗美が近くに居るからではあるが、軽く突っ込まれてそのまま流されることを期待したサヤナは、それを知らない。
思わぬノシアの応答に、温和な応答の”裏”を勘ぐり、「やばい」とばかりに、慌ててその場で直立不動になる。
幾らノシアでも、電話先の相手の姿勢まで分かる筈がないのであるが、この電話での習性は生まれた世界が異次元で有っても共通していると見える。
「はい、いえ、すみません。調子に乗ってしまいました。
明日の件のご報告でお電話いたしました」
サヤナは冷や汗を流しながら反省をする。
「そうでしたか、明日のことなら、お待ちかねの高級野菜を入荷出来そうですよ。
ふむふむ・・・はいはい、そうですね30種程は」
何も聞いていないのに、勝手に訳の分からない一人芝居を始めるすノシア。
一体、な、何を言ってるんだぁ?
気分を害した仕返しとかしてるのか?
まさか、そんなお茶目なことをするとは流石に思えない。一瞬頭の上に疑問符を数個並べたサヤナであったが、自分が真面目な口調に戻したにも関わらず、ノシアの口調は店主”のしさん”のままであることに気づき、
そうか、誰か近くに居るってことね・・・。
そう思う。であれば、このノシアの言葉は客相手の電話を装った暗号と受け取めて間違いなことになる。いつもの口調と違うのも、自分の態度に何かしらの不満を表している訳ではないと言うことになる。
サヤナはホッと一安心、一息を吐く。しかし、多少は含まれている可能性も捨てがたいので、同じバカな試みをしたりはしない。
「本当に、明日でも可能なのですか?
それも30人も。随分早いご対応を有難うございます」
高級野菜とは高等官僚。30種とは30人、入荷とは派遣と解釈したのだ。
「それは奥さん、今が旬ですからね。少しでも早くお届けしたいですからね。ハハハ」
なんて、笑う。どうやら、サヤナの予想は当たっていたらしいが、
奥さんって、若奥さんってことよね、まさか熟女ってことは・・・。
サヤナが直感的に気になるのは、ノシアが自分に対して設定した奥さんの年齢だ。
そんな些細な疑問はあるが、それはさておき、ノシアの自信満々の言葉につい先ほどお役所仕事とバカにした自分の言葉を心の中で撤回して、「このおっさん、さすが只者じゃない」と改めて奥さんことサヤナは思う。
能力上位者の官僚を30人揃えると言うことは、向こうの世界で抱える様々な仕事よりもこちらの世界を優先させたと言うことになる。
「丁度良いタイミングです。判明した者は全員で4名。内、2名が明日大きな動きを見せます」
「おや、そうなんですか?明日はお出掛けですか。それは、お気をつけて行ってらして下さい」
「了解しました。明日は、午後3時頃になりそうですので、その少し後に来られれば丁度良いかと思います。それまでには、終わらせますので」
「ところで、どちらへ行かれるのですか?」
「すみません、場所はまだ特定出来ていません。追って連絡致します。それと、後処理には8名程をお願いしても宜しいでしょうか?」
「そうなんですか、問題ないと思いますよ。しっかりと、”楽しんで”来てください」
この世界への侵入者の後処理とは、つまり、元の次元アルツァへの次元を超えて連行ということになるが、それに30人を用意していると言うことは、銀行強盗を企てている2人に8人を当ててもまだまだ余裕がある。
サヤナが判っている違法次元侵入者の4人が全員とは限らない以上、必要最低人数を要求するべきである。
「有難うございます。しっかり”と楽しんで”来ます」
ここまでの話はノシアの対応の早さで、想像以上に順調についた。しかし、ここでもう一つ報告をしなければならない事項に、サヤナは顔を顰める。
「えー、それと・・・なのですが、もう一つご報告がありまして・・・」
「おや、どうかされましたか?」
「はい、お伝えし辛い話なのですが・・・内、一人が”ネリア・ミスト”であることが判明しました。レイラさんと同期の・・・」
レイラ達エリート養成の計画にノシアも大きく関わっていることは、直接聞いた訳ではないが、当然ながらサヤナにも想像がついている。
何せ、能力の高いものが必要と言うことは、ノシアの遺伝子が使わればい訳はないのだ。と言うことは、養成されたエリート候補生の中の誰かは分からないが、彼が何人かの父親と言うことになる。
彼がそれを後悔していることは、今までの行動からもサヤナが想像するに難くない。それでも、
「ああ、それであれば、ここにも来られましたよ。ハハハ、大変お元気そうで何よりです」
全く動揺は見られない。
ほーっ?!
思わず電話口で声を出しそうになり、慌てて口を抑える。幾ら、店内に誰かが居るからと言っても、平然と口に出し過ぎだとサヤナは思う。
例え彼に直接の責任がないとしても、多少は神妙な言葉が欲しいところである
「そ、そうでしたか・・・」
ネリアは、おっさんの種じゃないってことか?
いやー、それにしてもあのシステムに充分関係している訳だし、普通、もうちょっと何かあるだろう。って・・・。
サヤナだって最終試験に関係しただけで、かなりの精神的負担を感じているのだ。
このおっさんの神経はピアノ線で出来てるのか?
と、サヤナは呆れる。が、
ここはこのピアノ線に便乗してと・・・。
どのタイミングで話そうか迷っていたもう一つ報告事を何気なく終わらせてしまおうと、早口で話し始める。
「ああ、もう一つありました。実は見張り中に偶然レイラさんと出くわしまして、その何て言うか対峙する格好になってしまい、つまり、話してしまいました(てへ↗)」
心の支えを言ってしまって心はスッとする。あとは、サッと話を流してくれれば・・・と思うサヤナ。しかし、
「なるほど・・・、それで、どこまで話されたのですかな?」
口調は相変わらずだが言葉に少々刺を感じさせる緩やかな口調、嫌な予感が過る。
あ、あらら、サッとは流してくれないのね・・・
やはり、レイラのことはネリアのことの様に軽く流してはくれなかった。
もちろん、こちらは行きがかり上仕方なかったとは言え、ノシアから厳重に口止めされていたことなのだ。
「それはそうよね~」と思いながらも、受話器を持つ手に汗が妙にべた付く。
「は、はい。丁度、出くわしたのが、先ほど話した明日行動を起こす二人の見張り中だったもので、彼らの明日の計画と、それと私の連絡先などを少々・・・」
「そうですか~(ため息)、それは困りましたね・・・」
命令違反で言い難かったとは言え、自分ではそれほど責められることでは無いと思っていたただけに、全くその後の言い訳は考えてはいなかった。
姿の見えないノシアの反応に、電話機の前で姿勢を正し、より良い言い訳がないかと猛然と考え出すサヤナ。が、未だ読めないノシアの思考に、有効な判断など浮かぶ訳がない。
「はっ、す、すみません。ですが・・・・」
「ですが」の後はノープランだ。言葉を詰まらせるサヤナ。それに、なかなか反応しないノシア。
嫌な間に、背中にまでも冷たいものが(タラッ)と走る。サヤナは、悩んだ時は取り敢えず謝罪だ。そう思い、再度、
「も、申し訳け・・・」
謝りかけたところで、ノシアが口を開く。
「ハハハ、そろそろ話しても良い頃じゃないですかね、奥さん」
優しく、そう言う。
「はっ?奥さん・・・」
一瞬間を持って、からかわれていたことに気づく。
くそ~、また奥さんって、からかいやがって・・・。
直ぐに憤りをぶつける場所が見つからず、地面に向かって効き足を踏み込もうとして、それは音がするので止めることにする。その代わりに額の冷や汗を拭きながら「・・・このジジイ」と息を吸いながら口を動かす。もちろん吸いながらなので、音声にはしていない。
どうだ、参ったかぁ!
と、自己満足をしていたのだが
「これでも、若いつもりなんじゃがな」
周りに聞こえない様な、オクターブ下げた小声の鋭く渋い声がサヤナの耳に突き刺さる。
それに、ギグッ!とするサヤナは、今度は「地獄耳」と口は動かさずに心の中だけで呟き、サヤナは慌てて咳払いを二つ。万が一聞こえていると拙いので、慌てて話を変える。
「ところで、あのマンションはどうしましょう?
戻って来る彼らの仲間達に不振に思われると、逃げられる恐れがありますが」
「既に手配済みですよ。
お客さんは、そのままお楽しみください」
「了解しました」
奥さんがお客さんに変わっていたことに、「怖え~」と思いながらかしこまって応える。
しかし、手配済みってことは、鉄鎖のヤツ、やっと来やがったのか・・・。
全く、いつまで経ってもどん臭い奴だ!
サヤナは鉄鎖の遅い到着に怒りの矛先を向け、憂さを晴らすこととする。
電話を切った後、ノシアは少し遊び過ぎたかと後悔するのであった。
◆切れまくる五感◆
ノシアとの電話が終わり受話器を置いて30分も経たない内に、サヤナは僅かな能力を感じた。それに、サヤナはニマッと笑みを浮かべる。
既に些細な粒子の流れでも、彼らの使った能力の影響であることを判断が出来るくらいには、彼らの能力の特徴は掴んでいるのだ。
「さあ、使ったわね。幾ら気を付けていても、どうしても、いつもの癖で使っちゃうのよね。能力は便利だから。私も、この世界に来た頃はそうだったしね。
小さく使ったつもりなんだろうけど、もっと気を付けないとダメよ。私の”感度”を舐めちゃ痛い目に合うんだからぁん」
サヤナはそう呟きながら、川向こうのマンションの最上階に視線を向ける。
「しっかし、世の中上手く出来てるわよね。休みもちょーど、明日までだし。っと」
サヤナは感じた能力に向かって走り出す。
サヤナは思っている。自分の歯車を乱さないことが上手く生きる秘訣だと。
人生の歯車を一度乱したばっかりに、その後の人生を外しまくっているを何人も見て来ている。だから、自分は絶対に今の歯車のかみ合わせは乱さない様に気を付けている。
「だから、思ったように事も起こるってね」
◆手品師 ショーブ出処氏◆
レイラとサヤナが別れた頃、燕尾服にシルクハットと言う、いかにも昔のマジシャンと言った出で立ちの男が国際空港に降り立った。
彼の名は、自称”日陰のマジシャン”ショーブ出所”、世界を股に掛ける三流マジシャン。
と言うことで、一般的な評価は三流なのであるが、ホンの一握りの超一流のマジシャンからは、陰で”ホンモノ”と呼ばれ尊敬されている男である。
彼がこの国に戻って来るのは、今年第4回を迎える高田町商店街が誇る”高田町フェスティバル”のイベントに出演して以来(第14話)なので、3年近くになる。
「うん、懐かしいですなぁ」
一旦、空港から外に出て久々の空気に触れるショーブ氏。そして、右手のひとさし指を立て、何やら納得した表情で頷き、
「さて、次元が合わないようですから、取り敢えずはモノレールで親宿に向かってみるとしますかな」
そう呟いて、モノレール乗り場へと向かうのであった。
<つづく>