第18話 五次元に並ぶ世界(始まる暴走)
ネリアの知らないところで進む計画。
◆見~つけた◆
鳶職を思わせる淡い紫色のニッカポッカにべスト、そのベストの下では赤紫色のポロシャツを腕まくり。そんな薄着で寒風の中で、サヤナは一点を見続けている。
彼女は暫しの間、微動だにせず同じ姿勢を保っていたが、視線の先が動き出すと、それを待ってた様に一言呟く。
「あらっ、見つけちゃったー。
やだーん、どうしましょっ・・・(♡)」
そこは、親宿の繁華街を通り出た直ぐの一角。中央6丁目から7丁目。
古びた低階層のビルの狭間に一般住宅や開店の有無も定かでない小さな飲み屋が散在する古ぼけた街並み。
稀にどこのお偉い人のお住まいなのか?超高級住宅も存在もすれば、街並みに不釣り合いな高級外車の路上駐車も見受けられたりもする。
繁華街背中を併せているにも関わらず、昼でも極端に人通りは少ないが、そうかと言って夜になっても年齢不詳の女性があちこちで何処へ行くともなく徘徊しているので昼夜を問わず人影が絶えなかったりもする。
一見、訳の分らない場所の様にも思えるが、一言で片づけられる言葉がある。要は、”そっち方面の場所”、親宿でも最も治安が悪いと言われているところである。
その街並みに物凄くマッチした4階建ての賃貸、一応名称は”マンション”。その屋上から、口調とは裏腹に含み笑いの表情を浮かべた女性の名は平木サヤナ。彼女が見ていたのは、三件斜向いの3階建ての無駄に丈夫そうな一軒家である。
割と大きな家で、周囲を高い塀で囲んでおり、家の前には黒い左ハンドルの車が1台駐車している。少し小さな危険な御屋敷と呼びたいところである。
今、丁度そこから1組の若い男女が出て来たところであった。と言っても恋人同士ではなさそうである。一見、とある共通団体に所属する仲間と言った感じではあるが、その団体は多分一般的ではないだろう。
男は割と精悍で利発そうなのは良いが、妙に小さなデニムで上下共に身を包んでおり、女は能面の様な無表情と濃紺のゴスロリの衣装が似合ってはいるが、街並みとは思いっきり不釣り合いに目立ちに目立っている。
二人は人間一人分の間隔をきっちりと開けて男の後を女が付いて行く格好だ。
体の陰で良くは見えないが、男は右手に黒っぽい金属の塊を隠すように握り締めているようであり、一方、女性の衣装のお腹の部分は不自然に膨らみ、首から下げた大きめのポシェットも部分的にハチキレそうである。
先ほど、サヤナがそれなりの能力を感じたのは、間違いなくその小さな屋敷の中である。この家から強引に何かを盗み出したと考えるのが自然であろう。誰が考えても”妙”である。
しかし、もちろん不信を抱いているのは間違いないのだろうが、暫くゴスロリ女性だけに視線を絞って眺めていたサヤナが、次に発した言葉は、
「ふんっ、意外とヤルじゃないの」
である。サヤナも一女性としてファッションに関しては、素通り出来ない優先事項なのだろう。不満そうにご自慢の鳶職バリの薄紫色のニッカポッカに作業ベスト姿の自分の姿を見直し、悔しそうに鼻息を荒く吐く。それでも、
「まあ、それも、有りっちゃ有りかもね・・・」
と、一応強がりを言うことろは、この世界に先に来たものとして、先輩としての誇りなのかもしれない。
そんな私情を抱えながらも、頑丈そうな門を出た二人にぞろぞろと小走りで駆け寄る5人の男女に気づくと、サヤナは直ぐにそれを飲み込み、冷静な顔で再び屋上から彼らの動向を見下ろした。
駆け寄ったのは、二十歳少し前くらいの4人の男と一人の女である。サヤナから見るに、未成熟な思考回路が服を着て歩いていると言ったエリアの若者達である。
ほーう、あの角の塀に隠れて皆さん二人を待っていたと・・・意外と忠実なのね、あの子たち。ご苦労様~。
サヤナは即座に5人の能力を探ろうとはしいたものの、その思いを止める。
探るまでも無いことは分かっている。彼女もこの世界の能力者とはそれなりに接触はしている。彼らからは能力者独特の雰囲気が感じられない。どう見ても”純粋のこの世界の人間”であるとしか思えない。
どう言うつながりなのかしら?
二人が出て来た一軒家から、それなりの能力を使われたのを感じたのは間違いの無い事実であるし、それに、二人は今でも念のためなのだろう、突然の攻撃からの対処のため、背後に能力の壁を纏っている。
二人は間違いなくサヤナの世界から違法に次元を超えた者達の仲間であることは疑う余地もない。その彼らが5人の能力も何も無い若者達を待たせていたのである。
何をする気なのよ、アイツら・・・?
と思って、五感を凝らして感じていると、
うう・・・んっ?
サヤナの瞳が男の左手に持つモノが何であるかを捕えた。
んっ?
はあっ!
吐き出しそうになった大声を飲み込んだ。手に持っていた物が何であるか判明したのである。
それに驚いたサヤナは眉間に皺を寄せ、即座に彼らの行動を掴もうと聞き耳を立てる。
サヤナの能力は五感と身体能力に特徴がある。このくらいの距離であれば、悟られ無い程度の能力で、会話を聞き分ける絶対自信があるのだ。
◆事件の予感◆
「ほらっ、これでどうだい?」
デニム姿の若い男が差し出した左手には1丁の短銃が握られている。その落ち着いた口調の男とは裏腹に、集まってきた未成年らしき5人はの男女は明らかに驚きを隠せないでいる。
そして、更にそれに遅れて、後ろからゴスロリ姿の女の子が、どこに隠していたのか衣装の中から1丁、更に首から提げたポシェットから1丁を差し出すと、彼等の感情は高揚に包まれた。
「すげぇ、重てぇー。マジで盗って来たぜ」
「おー、俺、本物何て初めて見たぜ」
「す、凄いじゃん」
3丁のホンモノを、それぞれ1丁ずつ受け取った2人の男と1人の女の声は上ずっている。
「こんなモノくらいで、あんまり騒がないで欲しいんだけどなぁ。恥ずかしいからさぁ」
「あ、ああ、すまない」
目は、短銃に釘付けのまま、5人のリーダ格らしき男が応える。
「で、これが必要だったんだろ?」
横に首を傾け、おどけた様にデニム姿の男は笑顔を向ける。
一見、穏やかで丁寧な言葉使いで応対はしてはいるが、その眼は完全に5人の若者達を蔑んでいるのだろうことは、口調と仕草で伺える。
「あっ、ああ」
そんなあからさまな行動にも、若者たちは全く不機嫌そうな顔一つ浮かべたりはしない。両者の間には、了解済みの力関係が済んでいるのだろう。恐らくは、此処に来るまでに何らかの行為があったに違いない。
「じゃあ、これで出来るってことでいいんだよねー、銀行強盗」
「・・・」
それには、さすがに直ぐに応えられないでいる。実際に事が運びだしてしまうと現実の心配が襲って来たと見える。そんな怯んだ彼らに、デニム姿の男は不思議そうに眉を顰め、安易そうな言葉で同意を促す。
「ちょっと脅して、お金を貰ったら。逃げるだけだから簡単だよね」
口調は穏やかだが、否定を許さない怖さを感じさせる。既に、完全な力関係が両者間に出来上がってる以上、否定は有り得ない。
「・・・で、出来るさ、やってやるよ」
少し躊躇うも5人のリーダ格の男が代表して意志を示した。それに、他の4人も不安そうではあるが、首を縦に振る。それでも、自衛本能は多少の駆け引きを忘れない。
「でも、万が一の時は・・・」
「大丈夫だよ。状況に応じて手助けはするからさぁ、心配しなくて大丈夫だよ」
「逃げる時もだよな」
「当然、逃げれなきゃお金が入らないからね」
「おう、分かった。
分け前は半々でいいんだよな」
「うん、それでいいよ」
前向きな話にデニム姿の男は満足そうに肯く。
そこに、見た目を飾ることで誤魔化してはいるが、リーダー格の男の隣に立つ少し気が弱そうな男が、疑問そうな顔を向ける。
「でも、ヤ○ザの事務所から、素手でハジキを奪ってこれる力があるんだから、自分達でやった方が早いんじゃないっすか?」
「バ、バカ、何言ってるんだよ。俺たちを仲間にしてくれるって言ってくれてるんじゃないかよ。このお二人と一緒だったら何処の組にだって、世界中のマフィアやテロ集団にだって負けねえぜ」
リーダー格の男は慌てて否定する。折角、それなりの交渉を機嫌よく澄ますことが出来たのだ。ここで機嫌を損ねても得をすることは有り得ないこと位は勘が働く。
そもそも、この能力者の二人の男女が、敢えて自分たち5人の未成年を街中で捕まえて来て、銀行強盗をやらせようと言うことの意味くらいは、彼には想像がついていた。どんなに能力が有っても、前面に立って得をすることはない行為を行おうとしているのだから。
それでも万が一の時には、バックで二人が支えるのであれば、成功しない訳がない。と言う皮算用は立つ。
「あ、明日の3時、閉店直前にさっきのところでいいんだよな」
「そうだね。安心して好きなタイミングで始めればいいと思うよ」
「分った」
話が纏まると、5人の内3人がそれぞれ1丁ずつ拳銃を人目に付かない様に仕舞い込む。来ている革ジャンの裏に隠して抱えるもの、予め用意していた紙袋に入れるもの。唯一の女性はバッグに仕舞い込む。
極度に緊張した面持なのは、彼らが大きな犯罪に手を染めていないことが伺える。
「じゃ、明日。よろしくね」
軽薄に笑顔を見せる。それに、
「「お、おお」」
緊張の面持ちで応えた5人は踵を返すと、少し離れたところに止めていた車に向かって、猛ダッシュ。それを一言も喋らなかったゴスロリ姿の少女が抑揚のない顔で手を振り見送る。奇妙な光景。
5人の乗った車が出たところまで確認すると、二人はゆっくりと親宿駅に向かい出す。
その一部始終を眺めていたサヤナが呟く。
「あららん、聞いちゃった~。
も~う、荒っぽいんだからー」
サヤナは、体をポキポキと鳴らしながら軽く体を動かしてから二人の後を追い始める。多少、二人が短銃を盗乱した一軒家の中から、未だ誰も出て来ないことが気にならないでも無かったが、
「まあ、いいでしょ。そういう業界なんだし・・・」
と、思うことにした。
◆アパート、否マンション◆
児童公園で偶然に出会った奈々枝と別れたレイラは、その後直ぐに彼女には内緒で彼女の住む例のアパート・・・ではなく、彼女拘りのマンションに向かっていた。
彼女にその旨を告げなかったのは、マンションに向かったことを奈々枝に知られてしまっては要らぬ心配をされてしまうことと、万が一本当に巻き込んでしまう可能性も否定は出来なかったからである。
心強い仲間の存在を知った事実がレイラの気持ちを後押し、健太君のお見舞いの後とは打って変わって、すっかりいつもの自分を取り戻していた。
中塚駅で電車を降り、奈々枝のマンションまでは不動産計算の1分80メートル換算で徒歩約7分。駅前の商店街を抜け、右、左と二度ほど曲がったところにある。
奈々枝の借りている部屋は4階建ての2階の一番奥、西端の角である。ネリア達の住処が、本当にその上の階の部屋なのだろうか?レイラが再びここに来た理由はその一点にある。
二日前に一度来ているレイラに取っては、奈々枝の上階の部屋から見えるだろう景色は頭の中に入っている。だから、その死角を選んで慎重にマンションに近づくことも容易であった。
急いでマンションに向かっていたレイラの脚が、目的地の二軒手前で立ち止まる。
・・・どうしよう?
その先の一軒家の横まで出てしまうと必ず死角からレイラの姿が出てしまうからだ。ここで、方針を考えなければならない。
その気になれば遠回りして逆側からマンションに入り、部屋の中に強引に押し入ると言う手もある。しかし、本当にネリア、またはその仲間の誰かがそこに居たとして、自分に何が出来るだろうか?
仮に自分だけで捕まえることが出来ても、その後の処置はノープランである。
レイラ一人の能力で、異世界に送り帰すこと等、到底無理である。いや、それ以上に相手の人数も能力も分からないのだから、最悪の結果になる可能性だって非常に高い。さらに今、
ネリアが居たら・・・。
失敗すれば自分だけの問題ではない。であれば、無暗に対峙することは自分の果たすべき役目としては無茶をすることではない。
ここは奈々枝には申し訳ないが、本当にネリア達の現在の住処であるのかを確認することと、その仲間の人数、容姿を確認するに留めるべきである。
恐らくは、こちらから事を荒げなければ、今までの行動から推測すると、彼らが自分の住処を敢えて住みづらい場所にすることは考えづらい。
直接的な行動を起こすのはまだ見ぬ仲間と合流してからである。もはや自分は一人っきりでは無いのだから。
部屋の中の会話を聞いてみようかしら?
レイラも能力を使えば、窓が閉まっていても微細な空気の振動を聞き取ることも出来る。しかし、相手の能力次第ではあるが、自分の存在を知られてしまう可能性も考慮しなければならない。であれば、
直性視覚で確かめるしかないかぁ・・・。
レイラは、横の建物を見る。入り口の表札には”株式会社鶴丸製菓社宅”と書かれている。見上げるとその社宅は5階建てである。
「うん、この上からだったら見つからずに覗けるかも」
レイラは自分の考えに頷く。もし、全くの検討違いであった場合を考えると、覗くと言う行為自体に多少臆するところもあるレイラはであるが、それは止むを得ないと割りることにする。
レイラは屋上への道筋を探る。運良く集合住宅特有の外階段があり、奈々枝のマンションからは死角となるなっている。これであれば、真昼間から空に向かって五段跳び等の派手な行動で屋上まで上る必要もない。普通に階段を上れば良い。
レイラは、集合住宅であったことに感謝し、階段を上り始めた。もちろん気配は消しているし、万が一住人と出会ったことも考慮し、命一杯この社宅の住人の顔をすることも忘れてはいない。
一気に屋までの階段を駆け上がり、屋上への入り口の扉に手を掛けた。
扉には鍵が掛かっている。しかし、昔ながらの簡単な構造の鍵など、レイラには何の問題もない。壊すまでもなく、無いも同然である。
屋上への出口も奈々枝のマンションとは反対側であった。これであれば外に出る姿を見られる心配は無い。安心して屋上に出ることが出来る。
それでも、レイラは一応音を立てないように気をつけて能力少しだけ使って鍵を開ける。そして、静かに取っ手を回した。
駅からこの社宅の屋上までの間、レイラは何一つ注意を怠ってはいない。誰にも気づかれずに、ここまで来ているはずだ。
もちろん、今も能力を使っても奈々枝のマンションからは、自分の気配が悟られない程度に消すことも忘れてはいない。鍵が掛かっているのだから、屋上にも誰も居ないはずだ。
それでも、レイラは音をたてずに慎重に扉を開ける。
そして、一歩踏み出し扉を静かに閉め、能力を使って鍵を締め直す。
更に一歩、二歩、レイラはマンションが見える位置に向かって踏み出したその時だった。
予想外のことがレイラを待っていた。
誰かいる?
・・・。
上っ!
微かに気配を感じる。
気配を消している気配。それは一般人で無い証拠。気配を消すことが出来る能力者。
レイラは振り返り様に、足と床を猛反発させ、その力で飛び退く。
そして、同時に、たった今自分出た屋上への出入り口、その上を見上げながら青い炎のような光を身に纏う。
相手は伏せて身を隠しているのであろう、視覚的にレイラから捕らえる事は出来ない。ただレイラの纏った能力に対して、同じように纏った能力を感じる。その能力の高さが半端ではない。しかし、何故か
攻撃をしてこない?
それどころか、外に能力が広がらない様に気遣っている。
何をしようとしているのだろう?
相手の意図が読めない。
どうする?
一気に飛び込もうか、離れるか?
それとも・・・
一瞬の間、緊張がレイラを締め付ける。
恐らく数秒の間でしかなかったであろうが、レイラには分単位の時間に感じられる。
だが、その間も、気の抜ける「グッス」と言う鼻をすする音がして終わりを告げた。
相手の能力が消えたのだ。いや、敢えて消したのだ。そして、
「ごうかくー」
気が抜ける声がして、視線の先の能力が消える。
レイラは急激に緊張感から解消された。
◆マンション到着◆
時間は戻ること小一時間。サヤナはオッカナイ人達の事務所から僅か10分余りで3丁の短銃を頂戴してしまった一組の男女、サヤナと同じ異世界の能力者の後を付けていた。
サヤナは気配を気づかせない為に、二人から100メートル近い距離を空けている。二人が歩いているとは言え、それだけの距離を空けているのだから少しは慎重になっても良いはずだ。
しかし、彼女は全く見逃す心配をするどころか。お気楽に最近お気に入りのアニソンなどを鼻息に交えたりしている。
そんな鼻歌が30~40分も続いただろうか、大通りから路地に入り二度ほど曲がったところで、二人の歩く気配が消えたのを感じた。そこで、サヤナのギアがシフトする。
急いで同じ路地に出て、気配が消えた処に視線を向ける。と、そこには築2~3年と思えるまだ新しい4階建てのマンションがある。
気配の消えたタイミングから、間違いなくそこに入ったと思われる。
「へー、こんな所にね。住んでいたってわーけ。
そこそこ、この世界のことは知ってるってことなのねー」
賃貸マンションの空き室を狙って住み着いていたことに、ちょっと感心する。
「さ~て、どの部屋かーしらっ、と」
二件手前の5階建社宅の塀に身を隠し、マンションの全室を見渡す。が、残念ながら窓から全室を覗くには位置関係が恵まれていない。
そう感じたサヤナは、急遽目を閉じて全身の皮膚に神経を集中させ始める。
すると、彼女の体が瞬時に緑色の光に包まれる。とは言っても、この光は同じ能力のある者にしか可視されはしないので通りすがりの人目は気にする必要は無いが、当の二人には見られてしまえば、それなりの警戒は当然されてしまう。更に、能力事態を近づけると、それだけでも気配を感じられてしまう。
サヤナは二人には気づかれない様に、決して外に能力をの痕跡は出さない様に気を使いながら、体中の触覚を最大限研ぎ澄ます。マンションからの微妙な変化を感じとるのために。
原子間に存在する、素粒子よりもさらに微細な物質の動きを感じ取る。物質として、科学的には証明がされていなが、サヤナの住む異世界では能力を使ってその物質を利用することは、当たり前のことで今更敢えて証明するまでもないものである。
サヤナは直ぐに3階の一番西側の部屋の空気に若干の澱みの変化を確認する。
「ははぁーん、た・ぶ・ん、あそこね。
ここからじゃ覗き難いし、ん~、どうしよっかな~」
と、辺りを見回し、塀の中の社宅を見上げて鼻を鳴らす。
「よし、上から覗いちゃおっかなぁ」
そう呟くと、素早く目の前の社宅の門を潜り、常人ではあり得ない速さで屋上に向かって一気に階段を駆け上がる。
社宅の人との偶然の出会いなど気にしない。素早く一気に屋上へと通じる扉まで駆け上がり取っ手の掴む。
扉にはカギが掛かっているが、鍵は外側の取っ手の先端を回転させることによって開け閉めできるタイプだ。
サヤナは、それを意図も簡単に能力で鍵を解除。ドアノブを回し屋上へと出る。そして、再び鍵を能力で掛け直すと、自分がたった今出て来た階段の踊場の屋根に低い姿勢のまま飛び乗った。
すかさず身を伏せて、隠れながら2軒先のマンションの3階一番西側の部屋を見下ろす。すると、直ぐに何をウロウロしているのか、色こそモノトーンであるが派手なレースのフリルが付いたソックスが見え隠れするのが視界に入る。
サヤナはそれを見て、ニンマリと声を出さずに口だけを動かす。
「ご名答ー」
二人の内のゴスロリ姿の女のモノに間違いない。
サヤナはそれを確認すると、眠そうに横になり、そよ風に自らの気配を馴染ませる。
「ちょーっと、ゆっくりさせて貰いましょうか・・・」
楽な姿勢で、暫く彼らの部屋に出入りする人物を観察することにした。
◆対峙◆
屋上への出入り口となる階段の踊場の屋根は、当然屋上面よりも一段高くて死角になる。サヤナは屋上に上がって来る者から見つからない様に、そこに陣取り体を横にしていた。決して気づかれない様に、気配も消している。
それなのに・・・。
いきなり体に力を入れ、身構える。サヤナはいつになく真剣な表情を浮かべる。
決して気を抜いていた訳ではない。なのに、ドアが開くまで全くその気配に気付かなかった。ドアの鍵も小さな能力で開けてしまったことになる。それは、能力が低いわけでは無い。階段を上る時からサヤナにも気づかれないくらいに意図して気配を消していることも考えると。相当能力が高い者であることが伺える。
監視していたのを気づかれたのか?
そんなことは無いはずだ。マンションからここまでは40メートルはある。しかも、マンションの窓は閉まっている。見張られていることを知っていることが前提であればまだしも、それすら分からない状態で気付くはずがない。
それに、彼らはまだ、部屋の中に居るはずだ。彼らではない。では、
誰だ?
彼らの仲間が偶然私を見つけたとでも?
まさか・・・此処には気づかれずに来たはずだ。
サヤナは瞬時に色んな可能性を探る。
いや、違う・・・。
偶然だ。今、サヤナの存在に気づいたのだ。
人影は素早くサヤナから距離を取る。と同時に防御のための能力を纏った。
間違いなく、この世界の能力を持って生まれた人間ではない大きさだ。もしかすると、単純に大きさだけでいえば、自分よりも大きいかもしれない。
サヤナもそれに合わせて能力を纏う。今、目の前の能力者が彼らの仲間であれば、どのみち、マンションの彼らから気づかれ無いようにする必要もなくなる。身を守ることが最優先だ。
サヤナの額に汗が滲む。
「冷静に」それを自分に言い聞かせる。
冷静に心を落ち着けて、能力を感じ取ろうとする。
目の前の能力が安定している。
これだけ大きい能力なのに安定している?
安定しているが、この能力には覚えがある。
あれ?
ホントに、こんなに成長したって言うの?
ホント?
珍しく真剣なサヤナの顔が歪む。この頼もしい力に顔が綻ぶ。
笑いを噛み殺し切れなくなり、つい「グスン」と鼻を鳴らしてしまう。
サヤナは状態を起こすと人影に向かって、顔を見せる。
<つづく>