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第18話 五次元に並ぶ世界(ただの八百屋の)

高田町商店街の唯一の八百屋”直志商店”でのバイトが決まって、その初日。麗美の前に別の能力者が現れた。

◆ただの占い師◆


「さてと、・・・確かめるか」


 商店街の中を横断する線路、その踏み切りの手前で立ち止まり、ネリアはそう呟く。

 俯きかげんで浮かべる微かな笑いは、得られる情報を楽しみにしているという余裕からのものでは無さそうだ。負けず嫌いだから故の自分への緊張の誤魔化しなのだろう。でなければ、ネリアは行動前に無意味な一々言葉を吐いたりはしない。


 再び顔を上げたネリアが線路越しに見詰めているのは、高田町商店街唯一の八百屋”直志商店”。

 つい、さき程感じた能力は、恐らくはこの店からであろう。ネリアはそう確信している。


「んっ?能力者はこの店の左の若い女なのか、それとも右のオヤジってことか・・・」


 首を傾げるネリア。


「・・・或いは、ここに来た客が使った能力って可能性もあるか。

 まあ、何れにしてもそんな奴らが、この辺に要るってことには変わりはないってことか・・・」

 

 その能力者が、この世界で生まれた能力の劣化した者によるものであることは確信している。ただ、そんなヤツがレイラの周りに居ると言うことは、この場所がフィンラウンダーと関わりのある場所である可能性が無いと決め付けることは出来ない。だから、此処では無闇に能力を使うべきではない。そうネリアは思う。

 この店の二人がフィンラウンダーであるか、或いは、例え違っていたとしても何処から彼等に見られているかもしれないのだ。幾ら自分の能力に自信のあるネリアであっても、この世界に派遣された彼らを侮る訳にはいかない。

 特に、その中にはフェアル序列5位、能力だけであれば天才と言われた”ヤオラ・ミタドル・ノシア”がこの世界の何処かに居るはずなのだから。


 しかし、このトロそうな女と、人の好さそうなオヤジの二人が彼らフィンラウンダ―の一員であるとはネリアには到底思えない。


 精々、この世界の能力者がいいとこってことか。であれば、この二人には気を使う必要はないのだが・・・


 しかし、内通している可能性は充分にある。

 ネリアは周囲に注視をしながら能力を出しても見つからない方向と大きさを考える。そして、線路を横断し、店に近づくことにした。心の準備を整えながら・・・そこに、


「いらっしゃいませ~」


 大声がネリアに向けられた。それに大きく心臓が反応する。


 気にして入る分、若干八百屋に視線を向けてしまっただろうか?

 そう自分を疑ったが、「そんなはずは無い」と否定する。敢えて外見上は無関心を心がけたはずなのだ。無表情を装った自分から心を読みとったのであれば、見かけに寄らず相当に能力が高いことになる。


 ホントに能力なの?


 意識を構えるネリア。気を付けてはいても、自然、体にも力が入る。そして声の主を見詰める。こちらを見ながら、野菜を買って欲しそうにヘラヘラとしている。


 いや、違うか・・・もし、心を読んだのならば、敢えて言葉を掛けたりはしないか・・・。ってことは、ただの”やる気”ってヤツか・・・。


 安心した瞬間、体に力が入って入ることに気付き、慌ててその力を抜く。


 ネリアの要るのは、まだ八百屋の2店舗前の肉屋の店先に差し掛かったところである。そこで、場に馴染まない元気な声に迎えられてしまったのであった。

 ネリアは動揺した心を落ち着けようと深く息を吸い込む。


 声の主は、高田町商店街、唯一の八百屋である直志商店、その臨時アルバイトの麗美である。

 無駄な快活さは、道行く買い物客に場に馴染まぬ違和感を感じさせていた。意味は違うが、驚かされていたのはネリアだけではない。


 驚かされたネリアは時間が経つにつれ、麗美対しイラつきが沸いてきて、つい彼女に対して冷たい目つきを向けてしまう。しかし、彼女はそんなネリアの渋い顔に満面に微笑んで見詰め返して来る。


 なんだ、こいつ。ウザイ笑顔を浮かべやがって・・・。


 正直、ネリアには理解のできない苦手なタイプである。一瞬、店に行く気が失せたが、自分の置かれている状況を考えると、そんな悠長なことは言ってられない。

 ネリアは、この世界のフィンラウンダーについて調査をしなければならないのだ。そうしなければ、彼女の目的の全てが始まらない。


 思い直したネリアは、視線を逸らし、あたかも買い物客の様に陳列された野菜に目をやりながらと近づいて行く。

 すると、ネリアの視線にある物体が補足された。それは、ほんの少し前に衝撃に感動した黄色くて、甘くて食べ易い果物だ。唾液がネリアの口内を満たしていく。もちろん、視線は自然その一点で釘付けになる。


 うっつ、確か「バナナ・・・」とか言ってたはずだ。


 その視線を、やる気満々の新米店員の麗美は見逃さなかった。獲物とばかりに透かさず狙いを定め売り込みに掛かる。


「バナナ、お安いですよ。

 今が食べごろ、凄く甘くて美味しいんですよ」


 ウザッ、そんなことは言われなくても解っている。さっき食べたばかりだ・・・。


 と思いながら、ネリアはこいつがさっきの能力の主なのか?そんなことを心で考えながらも、


 おっと、落ち着け・・・。


 と、自分に目的を言い聞かせる。


「あっ、ああ、そうね、ホント美味しいそう」


 生まれた時からバナナ好きな顏をして見せる。


「でしょう。いかがですか」


 いかが?って、食べたいに決まってるだろ、こんな美味いもの。沢山並べやがって・・・。


 せめて、心の中だけで文句を言う。

 ネリアの生まれた異世界では、圧倒的に食品の種類が少ない。八百屋の店先に並ぶものは、殆どが食べたことの無いものばかりである。しかし、贔屓目ひいきめもありバナナに勝るものは見当たらない。欲求が沸いてくる。


 いつもの様に、代金を払ったと思わせる催眠で持って帰るか?

 持って帰ったらティアノも喜ぶだろうな、食わせてやりたい・・・。

 いや、いや待て待て、何を食い意地を張ってる。それは後だ、目的はそんなことじゃないだろ。


 ネリアは気持ちを入れ直して、視線を麗美に向ける。話を変える為に思いつきの言葉を口に出す。


「新しいアルバイトさんなのかしら?」


 当たり障りの無い間違いの無いその言葉に、麗美はビクッと背筋を伸ばす。

 あれっ?ネリアが眉間に皺を寄せる。


「ええっ~!、分っかりますかぁ・・・。

 大分、仕事に慣れて来たと思ったのですけど、私、やっぱり何処か普通と違ってますかぁ?」

 

 そんなことは一言も言っていないのだが、すっかり八百屋になりきったつもりの麗美はショックを隠せない。

 大学の友人にも普通の人と違っているとよく言われる彼女にとっては、田舎から単身出て来て以来、一番気にしているところなのだ。


 先ほどまでの無駄快活さは何処へやら、肩も下がり、顎も脱力で口も半開きだ。折角の美少女も台無しである。

 その麗美の落ち込みように面食らうネリア。


「あ、あ、いや、そうではなくて、そうそう、この間ここを通りかかった時は、確か居なかったな?なんて思っただけで、いや、その・・・慣れたもんだと思う。そう、慣れてる慣れてる」

 

 おいおい、この女、何をそんなことで落ち込んでるんだ・・・。

 落ち込まれてしまてっは、聞き出し難いだろ・・・。


 ただの会話のきっかけにエラく落ち込まれてしまい、「しっかりしてくれ」とばかりにネリアは少し汗ばみながら、麗美を持ち上げようと笑顔を作ってみる。

 聞きたい話を上手く聞き出すには、会話を弾ませなければならない。

 

「ホ、ホントに。おかしくないですか?」


「ああ、よく似合ってる。うん、似合ってる、似合ってる。何処から見ても八百屋さんそっくり」


「そっくり?」


「”そっくり”なんて、言ってない、”そのもの”と言ったの。そう、”そのもの”って」


 取ってつけた様な、いや、まさに取ってつけた素早い縦の首振り運動を見せるネリア。”そのもの”に”そのもの”って言うのもどうかと思うのだが、麗美の顔にはパッと淡いピンクの花が咲いた。根が素直な麗美。


「あぁ~、よかったー」


 おいおい、マジかい。

 こんなんで、立ち直るのかよ!?

  

 ネリアも、既にこの世界で何人もの人と話をしているが、この商店街の人たちの個性の強さに面喰ってしまい、自分のペースをすっかり外されてしまっている。

 急な落ち込みの後の、突然の回復。そのパワーにネリアが唖然とする。


 なんだ、この女といい、さっきのもえちゃんって子といい、この辺りの土地柄なのか?

 不思議ちゃんばかりじゃないか・・・。

 まあ、何にしろ思慮深くない方が、聞き出しやすいから、まあ、問題はないが・・・。 


 なんて思いながらも、話を核心へと近づけようと思い直す。


「そうそう、そういえば昼間は、あの予報士さんは、いないのかしら?」


 白々しく店の周りをキョロキョロと見回す。


「あ~、な~んだ。レイラさん目当てのお客さんだったんですね~」


 正直な感情を面と向かって口にする麗美。それでも、嫌そうではない。


「いやいや、そういう訳ではないんだけど、有名らしいので、ちょっとね」


 レイラに対して使いたくない”有名”と言う言葉をついウッカリ使ってしまい、内心苦虫を潰すネリア。

 

「ああ、いいですよ。レイラさんは、この商店街では有名人ですからね。

 レイラさんの予報は、午後7時から10時までの3時間で10人限定なんですよ。

 15分位前に、此処で抽選がありますから。それに参加して下さい」


 麗美は時腕計を確認する。


「あと、2時間半くらいありますね」


「ああ、そうなの。あと、2時間半ね・・・」

 

 もちろん、ネリアは昨日それに参加し、もえちゃんの行う”あみだくじ”も透視して最後の客となっているのだから周知のことである。


「よく、当たるって聞いたのだけど。ホントなのかしらね?」


 幾ら、能力者の少ないこの世界の人間に対してであっても、レイラに先を見るまでの力がそれ程あるとはネリアは思ってない。事実ネリアが知っている頃のレイラは安定して他人の予報など出来る能力者では無かったのだから。


「ええ、それはもちろんです。私が保証します。レイラさんは私の師匠ですから」


 胸を張って主張する麗美。


 な、なんだと?

 あいつに弟子が居るってのか?能力の無いアイツに?

 本当に、アイツの相手は子供だけじゃないってことか?

 この世界で、アイツは上手くやってるって言うのか?

 あの内気で、無能なレイラに・・・。


 嫉妬心から舌打ちをしたくなるのを抑えて、レイラのことを聞き出すのは好都合であると自分に言い聞かせる。


「そ、そうなの。あなた、お弟子さんなの?! やっぱり、有名な、え~と占い師、ではなかった」


「予報士です」


 またまた、胸を張って主張する麗美。対して、ネリアは何とも言えない苛立ちに襲われる。が、そこは堪えて目尻を下げる。


「そう、その予報士さんは、やっぱり違うのね」


 感心したくもないのだが、ゆっくりと頷くネリア。そして、核心へと。


「ところで、その予報士さんって、日中は何か違う仕事でもしているのかしら?」


 ところが、


「あれっ?そう言えば何をしてるんだろう?

 聞いたこと無かったみたい・・・」


 と頼りない弟子。


 なんだ?

 弟子のくせにそんなことも知らね~のか?


 と思いながらも、そこは優しく、


「お弟子さん・・・何ですよね」


「ん~、もしかしたら私、自称なのかも・・・しれない」


 なに、何を言ってるんだ?

 相手を無視して自分で勝手に決めたってのか?

 ”思い込み”ちゃんなのか? こいつ。

 まあ、それはいいか・・・。


「じゃあ、その予報士さんは、家に閉じ籠りとかかも?」


「ああ、そうかも。レイラさん、あまり外交的じゃないから」

 

 そうだろう、そうに決まっている。あいつが外交的で堪るか・・・。


 それを聞いてホッとする。

 少し満足したネリアは、余裕を取り戻して話を進めることにする。


「家はこの近くなのかしら?」


 その言葉に、突然慌てだす麗美。


「ああぁぁ・・、家に行って予報してもらおうとか~?

 ダメですよ。それは、違反です。

 私だって行ったことないんですから」


 ネリアは、やはり彼等フィンラウンダーは実在するのだとネリア思い直す。その気持ちが、一瞬、目元に力を入れてしまう。

 

 住処すみかを教えられないってことは、やはりレイラはフィンラウンダーの一員ってことか?


 自分の顔が、キツクなったことにハッと気づいたネリアは慌てて顔の力を緩める。

 目尻を下げ、嘘くさい笑顔を形成させる。


「そんなんじゃないの、そんなんじゃなくて、ただ、そうかな~なんて思ったりしてね」


 首を引いて、手振りを交えて否定するネリア。それに対し、そんな折角の言い訳を全く見もせず、麗美は考え始めている。「なんだ、こいつ!」と不快になるがネリアは必死に堪える。


「う~ん、家を知ってるのは、もえちゃんくらい?

 じゃぁないのかな~」


「もえちゃん?」


「そう、もえちゃんは、レイラさんと親友だから」


 もえちゃんって、あの子供のことか?

 親友だと言うのか?

 親友って、子供じゃないか。

 ハハハ、子供と親友・・・子供と。


 子供と親友。それをバカにしようと理性が働くが。どうにも心が動かない。

 イラッとする。拳を握り締めてしまう。


 ネリアは相手が子供とはいえ嫉妬をしまっていた。しかし、その動揺を面に出す訳にはいかない。プライドもそれを許さない。だから、ネリアはその気持ちが顔に出ない様にと、必死に目尻を緩め続ける。プライドが笑顔を作らせる。思考を目的へと戻そうと頭を働かせる。


 何を・・・、そんなことどうでもいいではないか・・・。

 それよりも、アイツはあの子には住処すみかを教えているってのか?

 ってことは、単にこいつは余りにも天然ちゃんだから、自宅を教えたく無いと言うだけってことなのか?


 再びネリアの中で、フィンラウンダー自体の存在も疑わしくなっていく。そんなネリアに対し、麗美は更に惑わすことを言う。

 

「もえちゃんは、レイラさんの実家にも行ったことがあるって言ってたから」


「実家(だってぇ!)?」


 ネリアは、その言葉に更なる驚きと衝撃を受けた。心がその言葉に捕らわれる。

 喉まで出かかった心の叫びは、唾液と一緒押し込んだ。でも、平然と聞いているつもりでも、目が宙を舞い、体を震えが襲う。


 しかし、そんなネリアの表情も麗美は全く気にも止めないで、自信満々に

「ええ」と応える麗美。


 嘘だろ、この世界に実家なんてある訳がない。いや、それ以前にあいつに実家なんて・・・しいて言えば一面白い壁の研究所だろ。私と同じ・・・。


 理屈では聞き流しても良い言葉と分かってはいるが、つい、その先を突っ込んでしまう。

 

「この世(界に)、いや、この辺りに?」


「海らしいですよ。優しいお爺さんとお婆さんが居るんですって」


「ウソだ(しまった)、いや、海に?」


 声を荒げてしまう。


 何を否定してるんだ、私、落ち着け。

 そんなのアイツの嘘か、こいつの思い込みだろ。そうだ、こいつは思い込みちゃんだったのだ・・・。


「ああ、ごめんなさあい。海って言っても海の上じゃないですよ。浜辺の漁師さんの家なんです」


 慌てて言い直す麗美。

 麗美はネリアの否定の意味を、自分が”海”とだけしか言わなかったので、ネリアに海上に実家があると勘違いされたと思ったのだった。

 それに、迂闊な言葉で不信感を持たれなかったことにホッとするネリア。


 こいつが、お惚けちゃんで良かった・・・。

 しかし、どう言うことだ?なんであいつに実家があって、肉親がいるのだ。どんなトリックなんだ・・・。


 それは無い。絶対にない。それは誰が何て言おうと自信を思ってネリアは言えるが、でも認めたくはないが、紛れもない事実が一つあることを意識してしまった。ネリアはそれが許せない。


 ネリアはもえちゃんと話した後にも、直志商店に来るまでに2人の商店街の人にもレイラについて聞いていた。その二人共が、やはりレイラのことを嬉しそうに、楽しそうにノリノリで話してくれた。

 商店街の閉店前にヒョイと現れ、夜の数時間しかこの商店街に顔を出さない。それに、私生活については殆ど何も知らない。そんなレイラにだ。

 そして、この天然ちゃんも驚くほどに絶賛なのだ。


 彼女は、紛れもなくここで普通に暮らしている・・・。

 どうしてだ?

 私には、私には何もないのに、あいつに、あいつには、思い込みちゃんではあるが弟子が居て、子供だが親友が居て、その上・・・この辺りの皆が気にかけてくれている。


 なんでだ、なんでアイツの、周りに他人ひとがこんなに居るんだ。

 何でアイツはここに馴染めているんだ。


 いや、それよりアイツは何をして来ているのだ?

 普通の生活を送る為にか?

 私の世界で言われていた、フィンラウンダーとは一体、一体何なのだ?

 架空な組織なのか?

 この世界に派遣された奴らは、普通に生活しているだけなのか?


 じゃあ、政府は一体何の為にこの世界に人を送り続けているのだ?

 これでは、この世界の”只の占い師”じゃないか。


 いや、只の、ただの何かじゃない・・・あ、”愛”されている・・・。


 ネリアは、否定したい言葉を頭が過る。避けていた言葉頭にこびり付いて削除出来ない。


 何を、動揺している。まだ、私の目指した組織がこの世界に無いと決まった訳ではないのだ・・・。

 落ち着け・・・。


 羨む、嫉妬する、悔しい、この場に、この世界に馴染んでいるのが自分でないことが辛い。でも、そこを彼女のプライドが支える。辛うじて言葉は平静を保ち話を繋げる。


「そ、そうなのね。

 予報士さんは。海の近くで育ったのね。いいわね海は・・・」


「そうらしいですよ。私の実家は湖の畔なんですけど・・・ウフ」


 褒めて欲しそうな笑顔を向ける。それに、つい、


「あ、ああ・・・それもいいわね」

 

 無機質に応えてしまうネリア。


「ええ」


 それにも嬉しそうに微笑む麗美。その表情が眩しい。羨ましく思う。

 反面、その気持ちがレイラへの嫉妬を強くさせて行く。この不思議で、天然で、思い込み&お惚けちゃんと思っていた麗美にでもいいから慕われたいとネリアの心は動いて行く。


 なのに、思われない自分が此処に居る。

 つい、自分との、自分の周りとの人間との比較してしまう。

 思えば思うほど、この場に居る事が辛い。堪らなくなる。


 これ以上、彼女の話を聞きたくない。ネリアはとにかくこの場から逃げたい気持ちで一杯になった。早く立ち去りたい気持ちに襲われる。

 しかし、ネリアは逃げたくはない。だから理屈をつけて、これ以ここで上聞いても意味がない。頭が混乱するだけだと、自分に言い訳をする。そして、


 もう、戻ろう・・・。


 この場を離れることを決めたネリア。

 でも、何か心がモヤモヤする。そこで、せめてバナナでも食べて心を満足させよう。そんな行動に自然と出てしまう。


「じゃあ、予報士さんにはまた後で予報してもらいに来るとして、このバナナ貰って一旦帰ろうかしらね」


「本当ですか!はい、毎度ありがとうございまーす」


 自分のトークが良かったのだと確信した麗美の声は、高田町商店街に響き渡らんばかりに良く通る。

 ネリアは、それに周りの目が集まることを警戒して、神経を集中させる。


 早速、8本の房のバナナを白いポリエチレンの買い物袋に入れる麗美。


「350円になります」


 そう言って、ネリアに渡す。


「はい、ありがとう」


 そう言ってネリアはにこやかかに笑う。だが、一瞬だけ射抜くような瞳を麗美の瞳に向ける。


 これで、ヨシ・・・。


 そして、いつもの様に、堂々と踵を返し帰ろうとするネリア。そこに、


「あの~すみません。お代、まだいただいていませんけど・・・」

 

「はっ?」


 何故だ?催眠が弱かったと言うのか?

 先ほど感じた能力は、こいつのモノだったってことか・・・。


 麗美が能力者で無いと侮っていたネリアは、念のために能力の光が周囲に零れ無い様にと、僅かな能力しか使っていなかった。

 だから、ネリアは再び、今度はさらに鋭く麗美の目を見詰める。

 先程よりも強く麗美の脳に向けて能力を飛ばす。

 多少、周りに光りを零れるかもしれないが、それも覚悟の上で、ネリアの主張が正しいと思わせる催眠を掛けた。そして、


「あれ?さっき渡しましたよね」


 そう言って、自信満々の笑みをれ麗美に向ける。ところが、


「いえ、貰ってませんが・・・」


 真面目な麗美は、ガンとして譲らない。


「渡しましたけど?」


 そして、予想よりも、麗美の能力が強いと感じたネリアは、今度は遠慮なく強い能力を麗美に向ける。


 それに、麗美は「あれ、そうだったかな~?」と思う。それでも、


「貰ってないと思たのですけど・・・」


 麗美はそう言い張った。


◆能力者◆ 


 あれっ?やっぱり光った。

 間違いない・・・。


 それは、能力者だけにしか見えない、能力を使う時に放たれる光。

 三度目に自分に向けられた能力で、麗美はその光を感じた。間違いなく自分に向けられていると感じることが出来た。


 一瞬の正面からの光りであった為、最初の二度は錯覚かと思った麗美であったが、三度目は最初の二度よりも強く青く光ったことと、彼女自身注意していたこともあり、明らかに能力を放つ時の光であると気付いてしまった。

 だから、彼女の言ってることが嘘だと確信が持てる。本当は、既に代金を払って貰った様な気がしていた。でも、麗美は頭の中に違和感を感じている。だから、自分に向けた催眠能力であると確信を持つ。


 しかし、気付いた途端にそれは恐怖と変わる。麗美の頭に過るのは、昨日、親宿しんじゅくで出会った厳つい女のことだ。目の前の女は、その女とは違う。でも、


 確かサヤナは昨日の女の人以外にも、私は襲われる可能性があると言ってたっけ。

 どうしよう、これ以上「お金を貰っていない」なんて言ったら、また襲われちゃうかもしれない。

 でも、お金は絶対にもらわなきゃ・・・ならない。

 サヤナさん、高田町商店街から半径500メートル以内だったら安全だって言ったじゃない・・・。


 ここは、その中心のまさしく商店街の中。サヤナの言う事を信じれば、大丈夫なはずなのだが、その根拠が麗美には当然分らない。


 生真面目な麗美が、2メートル程離れたところで、接客している自分の雇い主、この八百屋の御主人のノシさんを横目で見る。


 やっぱり、絶対にお金、貰わなきゃ・・・。だって、私、ノシさんに信用されて雇われたのだから。

 どうしよう、この後何て切り出したらいいのだろう?


 ノシさんは、普通の人だ。だから、助けを求めて巻き込んではいけない。自分の方が、間違いなく上手く対応を出来るはず。自分しかいない。そう思う。


 緊張と恐怖、それに正義感に挟まれて、行動が定まらない。脚が震える。鼓動で胸が苦しい。

 麗美は、その鼓動に抗おうと、両手を胸の前で合わせる。

 でも、その時であった。その手に違和感が触れた。何かが、胸にぶら下がっていると気づく。それは、サヤナからもらった、非常事態を伝える笛である。


 そうだ、この笛を吹いたら、サヤナさん来てくれるかも・・・。


 そう言っていたのだから。

 「わぉーん」って、犬の遠吠えのマネをして現れるって約束してくれたのだから。でも、いくら彼女でも、この近くに居ない限りは無理である。


 この近くに居て下さいお願いします・・・。


 そう祈りながら、前後の状況も顧みず。おかしな女の子だと思われることも顧みず、麗美は胸に手を入れサヤナから貰ったペンダントになった笛を取り出す。吹いても音の出ない笛。しかし、サヤナにはその音が分かる笛。それを口に咥え、微かに空気を送り込んだだろうか。その瞬間、麗美の後ろから男性の声がした。


「すみません、このお財布、店の前に落ちてたのですが、お客さんのモノじゃないですかな?」


 麗美が振り向くと、先程まで麗美とは反対側の通路で忙しそうに接客していたはずの店主のノシさんが、真っ赤な二つ折りの財布を持って、目の前の女に優しい笑みを向けていた。


 ノシさん・・・?


<つづく> 


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