第18話 五次元に並ぶ世界(新しいバイト)
商店街の片隅で、もえちゃんと五次元の話をした麗美は、ノシさんから声を掛けられた。
◆八百屋のバイト◆
「いらっしゃいませ~」
高田町商店街に響き渡る大声。
斜迎えにあるお茶屋さんのガラス戸までも微かに震えさせる?程に。
声の主の顏が真っ赤なのは、大声を張り上げているからだけではなさそうだ。その証拠に、叫ぶ前には必ず「はい」と小さく掛け声を出し、張り上げる度に目を瞑っている。
恥ずかしさよりも生真面目さが常に優先する麗美は、常に全力で自分の役目を全うしようとする亥年生まれの猪突猛進タイプ。何事にも全身全霊以外の術を未だに知らない。
そして、それを苦笑いで見詰めるのは、たった今、麗美がアルバイトを始めたばかりの八百屋”直志商店”の店主、通称ノシさんである。
「麗美ちゃんは元気一杯で、いいね~。もっと早く手伝ってもらえば良かったかな。
ん~、でも、そんなに最初っから頑張ってると、閉店の頃にはグッタリだねぇ。
もっと楽にやっていいんだよ」
褒めながら自制を促しはしているが、そんな彼女の姿勢を見るのが決して嫌いじゃないからであるのは間違いなさそうだ。その証拠に、彼の寄せる目尻の皺がいつもより深い。本当に気遣ってのことの様だ。
「あ、あっ、す、すみません」
怒られた訳では決してないのに、習慣で謝ってしまう麗美。それに店主はクスリとだけ笑うつもりが、麗美のバカが付くくらいの真面目さに、つい大きく笑ってしまう。
「あの~私、何か可笑しかったですか?」
全く気付かない麗美は真正の天然。本日の高田町商店街唯一の八百屋である”直志商店”、その店内に陳列された沢山の野菜の中には、可憐な”初々しい花”が目立ちに目だちまくっている。しかし彼女、本当は可憐どころか、見た目にそぐわず強かったりもする。
そんな”初々しい花”を、ワザとらしく冷めた目付きで狙っている一つの視線が八百屋の中に存在する。視線を放つ位置は意外に低い。
「麗美姉は、真ん中っていうか、程良い加減って言うのが無いからねぇ。
いつも全力のオンか、意気消沈のオフだから、見ていて疲れるよ」
真っ赤なリボンでツインテールにまとめた黒髪と赤い頬、体も小さく小学6年生としてはかなり幼く見せている。しかし、言動は的確に痛いところを突いてくるから狙われるとかなり手強い。
「もー、もえちゃんは、そうやって直ぐにバカにするんだからぁ」
口を膨らませて拗ねた風の麗美。ではあるが、本音は何だかちょっと嬉しかったりする。
実は、麗美はこの少女の痛い程にウイークポイントを突いてくる賢さに、高田町に来て2年弱の間、自分がどの様に思われているのか?と、ずっと不安に思っていたのであった。その為、口には出さないが、本音はちょっと苦手にしていたのであった。
だが、それも今日、少し前に”五次元”と言うマニアックな話しをしてからは、確実に科学オタク同志として打ち解けることが出来たと手応えを感じていた。
だから、その皮肉も今の麗美には、もえちゃんがの言葉が本心からではないと確信を持つことが出来る。
そんなことで、
「はい、いらっしゃ・・・」
嬉しさではしゃいでしまって、また大声を張り上げてしまう。が、「あっ!」と、生真面目な彼女はノシさんの言葉を思い出し、途中から、
「・・・いませ~」
首を竦めて、あからさまにトーンを下げる。
そんなことをするものだから、それを見た少女は後ろで大きな口を開けて笑い転げる。そして、その笑い声を耳にして、「しまった、またバカにされる」と思い、悲哀の顔で振り返る麗美。
そんな一連の行動を繰り返す今日の直志商店は、いつなになく賑やかで目立ちに目立ってしまう。なので、珍しい店員に気付いた買い物の主婦達は、素通りを止めて、
「あ~ら、ノシさん。どうしたの?こんな可愛らしい定員さん雇っちゃって」
なんて、ひやかしがてらに店を訪れる。
今日の直志商店は高田町商店街の主役とのし上がり、売り上げも上々である。
二月の早い日の暮れの少し手間、商店街はまだまだ買い物客で未だ賑わいを続けている。
そんな忙しさに暫し追われていた直志商店にも、ちょっとした客の引ける谷間が訪れた。ノシさんは、その隙に店先を離れ倉庫へと向かう。
一方、麗美は慣れない仕事の中、ホッと一息を突く。そんな時、一時忙しさで頭を離れていた”大切な事”が、ふと我に帰って頭を過ぎった。
いいのかなぁ?こんなことしていて・・・。そう思う。
確かに、渡りに舟でがあった。
サヤナからは商店街から500メートル以上離れるなと言われていた。何故500メートルなのか、何故この商店街からなのかも解からない。でも、彼女は見ず知らずの自分を、命の危機を感じた瞬間を助けてくれた恩人だ。それも自分よりも遥かに訳の分らない凄い能力を使ってだ。
今だって昨日の厳ついオンナに偶然会ってしまえば、一体どうなるか分らないのだ。でも、不安や怖れはあるにしろ、それなりに落ち着いて居られるのは、彼女の言葉があったからである。だから、彼女の言葉を信じるしかない。麗美はそう思っている。
ただ、そうなると問題は生活費の大半を賄っているバイト先をどうするかである。
仕送りだけでは生活が出来ない貧乏大学生の麗美は、収入源のアルバイトの空白期間は1日でも少ない方が良いに決まっている。丁度、昨日でビラ配りのバイトが終わった麗美は、高田町商店街の周辺と言う限られた範囲内で直ぐにバイトを探さなければならないことになる。頭の痛い話であった。
そこに、丁度ノシさんからのバイトの誘いがあったのである。
願ってもない話であった。とても助かると思った。けれど、反面もう一つ彼女から言われた課題”護身用に能力を放つ”に取り組む時間が大幅に制限されることになってしまう。
彼女のことを信じている。それが麗美の今の状況を支えている。だからこそ言われた課題は熟さなければならないと言う焦りが出て来る。
今朝なんかは、その練習で自分の能力にちょっとがっかりしてしまい、正直なところ煮詰まったあげく、半分サボってしまった状態になってしまった。今更ながら、早く練習しなければと焦る気持ちが湧いてくる。
次に試したら上手く出来そうな気がする。
そんな気がする。
もう一度試したい・・・直ぐに。
麗美はそう思う。
それは、少し前のもえちゃんとの会話が刺激となっていたからだ。
◆キュウリ撃墜砲発射◆
ノシさんが経営する直志商店は、昔ながらの八百屋のレイアウトである。八百屋の店先に並ぶ多種の野菜。その陳列する木製の台は、二つの通路で三分割されている。
麗美はその通路の右側で慣れない店員を行っていた。そして、先程までは左側の通路では、店主のノシさんが接客を行っていたのであったが、今は客が引けた合い間を見計らって、裏の倉庫に野菜を取りに向かっている。
なので、少しの時間が空いてしまった。
そんな中、麗美は自然と昨日サヤナから教わった”力の放ち方”へと気持ちを移してしまっていた。
何とかして、サヤナさんの見せてくれたあの力を身に付けなきゃ・・・。
そう思う。昨日は、ほんの少しの力ではあったが、成功しているのだ。進歩はしなくても同じ程度のことが出来ないはずがないのである。なのに、今朝、一人で練習をした時は出来なかった。
何が、足りなかったのか?
煮詰まっていた中であった。ほんの少し前に、今、自分の後ろで本を読んでいるもえちゃんの言葉がヒントとなった。それを聞いて、自分にも”力を放つ”ことが出来そうな気がしたのだ。
圧倒的に自分足りないもの。それを認識したからだ。
それは何であるか?
麗美は、それを自分の頭で考えることだと思ったのだ。自分に合った”何か”を自分で作り出せばいい。そう思ったのだ。
今までは、教科書、参考書や専門書、既存の型にはまった人達から教わった、与えられた知識の範囲内に捕らわれていたのではないか? 知識を並べただけでは無かったのではないか? そんな気がする。いや、そうだと思う。
それが間違っていると、子供のもえちゃんに気付かされてしまった。
何か情けないと思ってしまう。
だから、私だって負けられないと思う。
なんたって大人なんだから。自分のことなんだから、自分で考えなくちゃ。自分だって、きっと考えれば自分に当てはまった結論が出せるはず。そう思う。
先月、成人式で振袖を着たことを思い出し、麗美はそっと拳を握り締め決意を固める。
大人に成ったんだから・・・。
とは言っても、幾ら自分の頭で考えようと決めたからと言って、何も他人の言った事は全て聞かないと言う訳では無い。例え相手が子供であろうとも、自分の頭が正しいと判断したもの、自分に適していると思ったものは取り入れよう。そう言う意味で麗美は捕らえている。だから、
物事は一番収束している楽な所で捕らえるんだっけ・・・。
気になっていたもえちゃんの言葉を思い出す。絶対に物事はそうに違いない。と、麗美も思ったのだ。
しかし、
ん〜?でも、力を放つ為に必要なこと。一番簡単に捕らえられる収束したところって一体、何処にあるんだろう・・・。
と初っ端から悩んでしまう。
自分の体を眺めて体の収束した部分、くびれた腰に手を当てる。
自慢が出来るくらい、結構細い自信がある。いつの間にか、
も~、ボケてどうすんの・・・。
的外れな事を考えてしまってることに気付く。
麗美は、首を小さく横に振って、また考える。
今朝は確かに早急に進歩しようとするあまり、科学系専門雑誌で読んだ上辺しか理解していない論理を調子に乗って引っ掻き回して考えていた気がする。
”力を放つ”と言うことと無関係に、知ってる理論を頭に思い浮かべるだけの只の論理オタクだった気がしてしまう。自己満足をしていた様な気がする。
それでは、はっきり言って物理現象と結びつく訳が無いのだ。”力を放つ”何て、そんな論理はこの世界に存在する訳がないのだから。
私って、バカなのかな・・・。
思い出して、ちょっとショックを受けてしまう。だからここは、
悩んだら基本に戻れだよね。サヤナさんの言葉をもう一辺、忠実にやってみよう。何回も繰り返せば、何か見つかるかもしれない。
取り敢えず、初心に戻って・・・。
そう判断する。そして、次は
集中なんだけど・・・。
そして、もえちゃんとの会話を再び思い出す。
さっきもえちゃんは、レイラさんは最初、予報の時に集中する為に小さなテーブルの上で、踊ったって言ってたっけ・・・。
しかし、麗美に出来る踊と言えば、盆踊りくらいしか無い。
でも、まさか冬に盆踊り何て踊るのも変だし・・・きっと変な子って思われちゃう・・・。
そう思う。普通に考えて季節問題ではなく、八百屋で踊ることなのだが、天然の麗美はそんなことに気付かない位に現時点でも充分に思考には集中はしている。
思考の集中であれば、生真面目な彼女にとっては常に問題がないはずである。がしかし、今朝の練習では全くを持って上手く行かなかったのだ。だから、
もえちゃんは、さっき「・・・思考なのか、感覚なのか、そうじゃなくて感情なのかが分かんないけど・・・」って言ってたっけ。きっと私には集中力が足りないのかもしれない・・・。
そう思う。でも、どうやって集中を高めたらいいか思いつかない麗美は、辺りを見回しヒントを探してみた。
そんな中、ノシさんの居た左側通路に目が行った時に、通路の更に左側には、青いザルの上に山積みにされたキュウリが8つ程あるのに目が止まる。1ザル150円のきゅうりだ。
麗美はその一番奥のザルの頂上に位置するキュウリの曲がり具合が、何となく気になってしまう。
気になってしまうと、気になって気になってしょうがない。何となく集中している気になって来る。
よし、もっと気にして集中してみよっと!
と、思いつく。すると、見れば見る程、興味が惹かれ魔が差してしまいそうになる。そして、
ちょっと、試してみようかな・・・。
と、麗美の天然の魔がキュウリに向かった。
どうせ、出来ないんだもん。キュウリが破裂したりする訳ないし。
それに、もし、真っ直ぐに伸びたらきっと、良いキュウリだって、売れるに違いない・・・。
そう思う。
よ~し、曲がった中央を、能力でちょーっと押してみようかな。ホントに真っ直ぐになったりして、とか・・・ヘヘヘ。
魔がさした。
早速、麗美はサヤナの言葉を振り返る。昨日、川原の藪の中でサヤナから教わった”力の放ち方”を。
え~と、本当は精霊さんはいないんだけど、精霊さんが一列に並んでくれるのを想像するんだっけ。今朝はここが欠けていた気がするのよね・・・。
バカにされたと思い込んで、真剣に精霊さんに並んで貰おうとしなかったのだ。
よーし、昨日騙された時の様に集中してと、・・・むっ?
そこで、騙された事実を思い出してしまい、ちょっと腹が立ってしまう。が、
いけない、いけない。
ここは、気分を落ち着けてと・・・よ~し。
並べ、並べ、並んでくださーい。精霊さーん!
それで、え~と確か、チンサムロードとかって言う道路を自動車で走った時を想像するんだっけ。
えっと、チン・サム・ロード
何で、チンサム何て変な名前なんだろ?”チン”と”サム”の間って区切るのだろうかと少しズレながらも、麗美は、車に乗っている自分を想像する。
小高い橋を上って、橋を渡り、そして、下る瞬間。で、あの”フワッ”として”ウッ”と来た気持ちを想像し、キュウリの曲り目に向けて・・・集中!集中!集中!
そして!
「えいっ!!」
周囲に聞こえない様に微かに唇を動かし、眉間から光線を出したつもりで、両目を硬く瞑った。
緑色の炎の様な光が麗身を包み、大まかにはキュウリの方向に向かう。
そして・・・一瞬の間。
自分なりの精一杯の能力を放ったつもりである。
麗美は、肩の力を抜き、そして、耳を澄ます。
すると、商店街の雑踏が聞こえて来る。しかし、何事か起った様な物音がしない。
緑色の光は散乱して直ぐに消えたのだった。キュウリには惜しくも届きはしなかった。
麗美はそっと片方ずつ目を開く。そして、キュウリを凝視するが、当然の如くキュウリは真っ直ぐに伸びていなければ、積まれた山も崩れてはいない。
あっ、あぁぁぁ・・・。
ガッカリとうな垂れる。が、
集中が足りなかったのかも・・・。
と直ぐに立ち直って、すかさずもう一回試みる。再び体に力を入れ、
集中、集中で、・・・やあっ!
と言ったつもりで、唇を少しだけ動かす。
結果は・・・、
やはり同じ。一瞬、麗美を包んだ緑色光は、大まかにキュウリの方向に向かうが直ぐに消えてしまう。
初めから無理だと思っていたとは言え、ショックは否めない。
やっぱり、ダ・メ・か・・・。
気落ちしてしまう。
が、ここは店の中で自分は店員であることを思い出し、慌てて平静を装う。
当然、誰にも聞こえな様に呟いたつもりだし、気づかれない様に行ったつもりであった。のだが、その光を見える者が、直ぐ傍に実は居る。
「麗美姉、さっきからさぁ、何の芸をしようとしてるの?
お尻が、キュッと引き締まったんだけど。2回ほどさぁ」
なんて、後ろの低い位置から声がする。
踵を返すと、後ろの椅子で本を読んでいたはずのもえちゃんが、いつの間にか麗美の直後ろでお尻を眺めている。
「う、うわっ! え、えっ?お、お尻が!
な、何でもないです。何もしてないです。はい」
麗美は、慌てて両手でお尻を隠し、もえちゃんの方に体を向け、2歩ばかり後ずさり。
被り付きで、動いたお尻を見られていたと思うと、恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまう。
「うそ、何かしてたでしょ?」
「そんなこと無いです。何もしてないです・・・」
と両手を素早く左右に振る麗美。不自然な丁寧な言葉遣い。何かしていたと言わんばかりなのだが、麗美は弁解に一所懸命で自らの不自然さに気付かない。それよりも、気付かれたことへの反省を始める。
声を出す代わりに、ついお尻に力が入ってしまっていたのだろうか?
ちょっとだけ目を閉じただけのつもりだったんだけどな・・・。でも、キュウリに悪戯しようとしたことは分る訳ないし、ここは何もしてないで押し通しちゃえ・・・。
「・・・全然、サボって何かないですよ」
と言うが、もえちゃんはそれを聞いて、
「なんだ、サボってたんだ」
返って、決めつける。
「だ・か・ら、サボってなんかいません。ちょっとキュウリを見てただけです」
自らヒントを出してしまう。
「ああ、そっか・・・」
もちゃんは納得顔で、
「・・・ねえ、麗美姉、今のキュウリ芸をもう一回見せてよ」
と、ポイントを狭めて攻め立てる。
「キュウリ芸って、そんなんじゃないです!」
それに、麗美はしまったと思うが、
「じゃあ何?
姉は、バカ正直だから嘘ついても、分っちゃうんだよ」
「”バカ正直”って、もう!」
麗美は口を膨らます。やっぱり、もえちゃんと仲良くなるのは、そう簡単ではないと思ってしまう。なのに、一方のもえちゃんは腹が立つくらいに楽しげに見える。頭痛がしそうだ。
「あ~あ、サボったのノシさんに言っちゃおうかな~」
と、雇い主を出して追い打ちををかけて来る。
普通であれば全くサボった内に入らない一瞬の息抜き程度のことであるし、それに、キュウリに何の被害も無い。特に非を感じる必要もないはずだが、もえちゃんの言う通りバカ正直で生真面目な麗美には、「ノシさんに不真面目だって思われたらどうしよう」と、大きな責めとなってしまう。
「だから、何もしてません。ってば」
失言もひっ包めて、全て誤魔化し通すしかない。しかし、
「なんか、凄い必死だし、あやしいなぁ~」
もえちゃんは、しつこい。
「必死じゃ、ありません。もえちゃんが変なこと言うからです!」
凄い必死の麗美に、吹き出しそうになるが、もえちゃんは、そんな簡単にボロは出さない。獲物を捕らえる顔付で。
「じゃあ、もえの”疑い”ってことでいいや。ノシさんに”疑い”を聞いてもらうとしよう」
譲歩した様な口調で、とどめを刺す。
非を感じている麗美には”疑い”だけでも充分過ぎる。それで、つい折れてしまう。
「わかりました。もえちゃん、あと、一回だけやります。やらせて頂きます。
ホント、一回だけですからね」
「ほら、やっぱりキュウリ芸やってたんだ」
「やってました。す・み・ま・せ・ん。
もう、しません。じゃなくて、次が最後です」
どこまでも真面目な麗美は、言ってることの辻褄が合わなくても約束は守る。
「しょうがないな~、もう」
そういいながら、早速始めるところが麗身である。
再びザルの上のキュウリに向かって精霊が一列に整列することを想像する。
精霊さ~ん、お願い。並んで、並んで、並んで~・・・。
麗美は声には出さず、唇を祈る様に微かにだけ動かす。
「ねえ、麗美ね。精霊さんの手は繋いだ方がいいよ」
もえちゃんが、真剣な顏で言う。
「えっ? う、うん、分った。手を繋げばいいのね」
もえちゃんの、打って変った真剣さに、つい麗美も真剣に聞いてしまう。
そして、車に乗ってチンサムロードを、車に乗って進むイメージを頭に浮かべる。
額からキュウリに向けて、念を飛ばす様に・・・とそこで、
「ねえ、指からビーム砲を放ってみて。ちょっとだけでいいよ」
「えっビーム砲って?
う、うん、分かった」
まあ、いいや。良く分かたないは言われたとおりにやれば一回で済む。そう思いながら、もえちゃんのペースに呑まれて素直に頷く麗美。
麗美はキュウリに向けて、周りから気付かれない程度に人差し指をちょっとだけ立てて向ける。
そして、気持ち程度に、ちょっとだけ発射して・・・と、その瞬間。
「キャッ!!」
麗美が叫ぶ。
麗美のお尻の中央をペロンと下から上へと誰かが触ったのだ。
誰かと言っても、位置的に麗美のお尻に手の届くのは一人しかいない。
「も~う、もえちゃん!」
と、振り向き、もえちゃんを睨み付ける。が、それと同時に、
「おっとと・・・。危ない、危ない」
と、ビームを放ったキュウリの方から八百屋の店主のノシさんの踏み込んだ足音と声がする。
どうしたんだろう?
そう思っていると、店主に向かって、
「ノシさん、すごーい!ナイスキャッチ」
もえちゃんが、満面の笑みで賛辞を送っている。
えっ?と不思議に思いながら、もえちゃんを睨むのを一旦中止して、キュウリの方に振り向いて見る。すると、確かに誰も居なかったはずなのに、何時の間にか麗美が能力を発射した(つもり)のキュウリのところにノシさんが居て、得意気にザル毎ひっくり返ったキュウリを全本見事にナイスキャッチしている。
「あれ???」
呆然とする麗美。
もえちゃんはキュウリを撃破した麗美のことよりも、ノシさんに駆け寄り、いつの間にか現れてキュウリを全本落とさなかった店主魂に感動中。
「ノシさん、凄いよ!
いつ戻って来たの?全然気づかなかったよ。
もえ、驚いちゃった」
「そんなに凄かったかい、もえちゃん」
もえちゃんに褒められることが何よりも嬉しいノシさんは、得意気である。
二人の会話を他所に、一人呆然と固まる麗美。
「えっ、な、何?
どうしたの?
もしかして、で、できた・・・。できちゃったの?
ホントに、ビーム砲が出ちゃったの?
キュウリを撃墜したの?」
曲がったキュウリが真っ直ぐに伸びた訳では無いが、ザルごとキュウリは落下したのだ。
麗美は驚きながらも感激ひとしお。脚も震える。
ホンの僅かの力を放っただけのつもりなのに・・・。
麗美は暫し固まり続ける。そんな中、
「ノシさん、もえ用があるから、帰るから。
じゃあ、麗美姉、もえは一回帰るね。後でまた来るよ」
と、良く分らない内に、もえちゃんの声が聞こえて来て我に返る。
もえちゃんは、レイラの予報屋さんまでには、時間があるので一旦、帰ろうとしていたのだ。
「もう、帰るのかい」
「うん」
残念そうなノシさんの言葉が聞こえる。それに、もえちゃんは頷きながら走り出す。が、数歩で振り向いて、麗美に微笑みかけた。
「ああ、そうそう。麗美姉、力が入り過ぎると感情は集中しないよ。
力が入り過ぎるとさぁ、”集中しよう”ってことばかりが頭の中で巡っちゃって、心が集中しなくなるんだよ。姉の場合は、きっと考え過ぎなんだ。いつもの天然のままで良いともえは思うよ。もえは、天然じゃないから分らないけど、独特の天然の閃きみたいなものに収束させてみたらいいんじゃないのかな?って思うよ」
そんなことを告げる。そして、自分の言いたいことだけを告げると、もえちゃんは、再び踵を返して走り出してしまった。
感情の集中?
天然の閃きって?
その言葉が頭の中を巡る。
そうなの?
いや、そうだ。そんな気がする。であれば、能力を放つことが出来たのは、もえちゃんに導かれたからだ。
「あっつ、も、もえちゃん、ちょっと・・・(待って)」
麗美はもえちゃんを呼びとめようとしたが、もえちゃんは、走って行ってしまう。
「ありがと・・・もえちゃん」
そう呟く。
凄く嬉しい。何かきっかけが掴めた気がする。ノシさんともう少し親しければ飛びつきたいくらいだ。と思いながら、ノシさんを見ると、
キュウリをザルの上に並べ直している。それを見て、
あっ!どうしよう。
私、何てことを・・・。
店員のくせに売り物を故意にダメにしようとした自分に気付いてしまい、思わず、
「すみません、ノシさん」
と、もじもじしながら謝ってしまうが、
「んっ、何で?麗美ちゃん・・・?」
麗美の詫びの意味が解らないノシさんが、不思議そうに麗美を見詰める。
「い、いえ、その・・・、そうそう、ノシさんが倉庫に行ってる間だったのに
落ちそうなことに気付かなくて・・・」
本当の事が言えずに、咄嗟の弁解。
「麗美ちゃんが、謝ることなんてないさ。積み方が悪かった自分の責任さ」
ノシさんは、不覚とばかりに自分の後頭部に手を当てる。
「いや、でも・・・」と言いかけた言葉を麗美は飲み込む。
少し経って見ると、本当に自分がやったのだろうか?と自分を疑わない訳でもない。
あんなに出来なかったのに、なんで? とも思う。でも、確かにキュウリの乗ったザルは、落ちそうな位置では無かったはずだ。それに、もえちゃんとノシさんの会話からでは、ノシさんが落としたのでもなさそうである。自分が”やらかした”と考えるのが、順当である。
今、もし、「少しだけ」って気持ちじゃなかったら、もっと大きな力を放てる気がする・・・。
そう思うと、麗美は直ぐ様、自分が行った事を感覚を忘れないようにと振り返って見る。
もえちゃんは、「感情の集中」と、「天然の閃き」と言っていた・・・。
天然・・・の閃き?それも独特の?
何かバカにされたような気がして、ちょっと腹も立つが、悲しい事にその考えに共感してしまう自分が居る。
あの瞬間、力を放った瞬間の感情の集中は、お尻を触られたからであるのだ。
もしかして、もえちゃんが私のお尻を触ったのは、私の感情を高ぶらせる為にワザとやったってことなの?
私が天然だから、極度に感情を集中させたってこと?
うそ・・・。
麗美は、”五次元の話”をもえちゃんの口からきいた時以上の驚きを隠せない。
でも、ちょっと待って?
それより・・・、
麗美には引っ掛かることがある。
何で、もえちゃんはキュウリに向かって力を放とうとしていたことが、分ったのだろうか?
いや、その前に。
もえちゃん、私が能力を使えることを確実に知っている。それに、力が上手く放てなくて悩んでいることを知っているかの様な口ぶりであった。思い出してみると、さっき、五次元の話をしている時もそうだ。あの時は、もえちゃんの話に驚いてしまい、気が奪われて気づかなかったが、間違いなく自分の能力を知っている口ぶりであった。
ど、どうして知っているのだろう?
レイラさんから聞いたのだろうか?
でも、レイラさんがそんなことを言うはずがない。それは確信が持てる。
それだけではない。サヤナと同じ精霊の話しをしたのは、単なる偶然なんだろうか?
どうして?
麗美の頭の中は、疑問符で一杯だ。と言うより、震えてしまいそうになる。
もえちゃんって、いったい・・・。
驚きで血の気が引くのを覚える。
麗美は軽くショックを受けて呆然としてしまう。
ヒンヤリとした空気に体が包まれる。
そこに、お客がやって来て、
「いらっしゃいませ」
ノシさんの声が聞こえ来た。
いけない・・・。
我に返ると、麗美の前にお客がやって来ていた。慌てて麗美も
「い、いらっしゃいませー」
と、接客に気持ちを移す。すると、お客を前に顔に血の気が戻って来るのを感じ、気持ちが冷静に戻って来る。
そうだ、もえちゃんとはまた後で会えるのだから・・・。
その時、確かめてみよう。そう思い直す。
お客は後からも次々にやって来て、麗美は考えている場合では無くなってしまう。
取り敢えず、今はバイトを頑張らなくちゃ・・・。
そう思い、麗美は「はい、いらっしゃいませ~」と、目を瞑って大声を張り上げる。顏は赤い。
<つづく>