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第18話 五次元に並ぶ世界(背中を押す力)

レイラは、一昨日予報をした奈々枝と出会う。

◆噛み合わない二人の会話◆


「あ、あのー、すみません。

 高田の~はは・・・さん? 占い師の”高田のはは”さんですよね」


 後ろから掛けられた言葉に、レイラはハッと息を飲見込んだ。と、同時に反射的に背筋が板バネの様にピンと伸びる。


 あっ・・いけない・・・。

 

 そして、一瞬の間を置いて、自分の不用意さにがっかりしてしまう。

 

 フイを突かれた言葉だった。と、言うよりも警戒することすらも怠ってしまっていた。こんな不用意なことは、かつて一度も無かったことだった。正確には”もえちゃんを除く”が付くのではあるが・・・。


 少し前からのことだが、時々、もえちゃんにだけは不意を突かれてしまうことが何度かあった。しかし、それに対しては、きっと心を許しているから気配に対し無頓着になっているのだろうと納得はしていた。なので、全く論理的な理由では無いがレイラ自身余り気にはしてはいなかった。

 だが、それを除くと、こんな不用意なことは子供のころを含めても、確かに初めてのことであった。


 それは、”予報士たかだのはは”として、一人の人間としては、さして問題も無いことではあろう。だが、本来自分がこの異世界に来た理由からすると全く呆れるくらいの不心得である。

 それでも、レイラにとってその声が自分の中で一番恐れている声で無かったことは、正直なところホッとしてしまう。


 レイラは躊躇う様に途中まで吐き掛かった息を飲み込んだ。そして、軽く指先で自分の頬を叩くと硬直した顔の筋肉を解して、座っていた自動公園の一人用ブランコから立ち上がった。そして、振り返る。


「え~と、確か・・・」


 レイラは一人の予報屋さんとして客商売の笑顔を見せ、目の前の彼女の記憶を辿ろうと眉間に皺を寄せた。

 とは言っても、人並み外れた記憶力の持ち主のレイラは、声を聞いた時点で、もちろん誰であるかは記憶から引き出し終えている。素振りだけである。

 敢えて記憶を辿った様に見せるのは、”この世界の一般人”という範疇(はんちゅう)を逸脱していない様にみせる為の行為なのである。

 今では、そんな行為がすっかり癖になってしまっており、つい最近、一昨日のことにさえも、無意味にそんな行動を取ってしまうようになってしまっていた。彼女は、一昨日予報をした女子大生の奈々枝である。


「あの~、一昨日”占って”もらった者ですけど・・・」


 奈々枝の顔には、がっかり感が一杯だ。


「あー、そうそう。そうでした。ごめんなさい」


 レイラは慌てて少し大げさな営業スマイルを浮かべ、つい癖で取ってしまった行動が相応しくなかったことに反省する。

 反省しながら、もう一つの反省しなければならないことに気が付き、ハッとしてしまう。それは、レイラが奈々枝の周りで起っていた出来事を、すっかり気に留めていなかったことだ。反省すべきとすれば、むしろそちらの方である。


 今、奈々枝の周りで起っている事は、レイラと同じ異世界の能力を持つ人間が関わっている可能性が高かった。だから、奈々枝もその被害を受ける可能性が充分にあったのだ。

 それはレイラにとって任務として防がなければならない事件である。いや、その前に心情的にも、目の前の人の危険を黙っていることなんて出来るはずがない。普段の彼女であれば。

 なのに、いつのまにか思考の中から彼女のことを外してしまっていた。


 レイラはそれを後悔してしまう。だから、奈々枝は今ここに元気な姿を見せてくれたことに胸を撫で下ろす。健太君のように、”予報が行き届かなくて悪い結果に結びついてしまった”という事にならなかったことに脱力する位にホッとする。でも、


 奈々枝さん、どうしのだろう・・・?


 奈々枝の様子が少しだけ気になってしまう。彼女の雰囲気が、この間レイラのところにやって来た時とは、かなり異なって見えるのだ。

 一昨日の彼女は、自我の強そうな強気な態度であった。なのに、どうだろうか?今日は随分とかしこまっており、奥ゆかしくさえも感じられる。

 服装は相変わらず結構派手ではあるのだが、化粧っ気はなく、髪型も全体的に地味に作り上げている意識が感じられる。

 それ自体には好感はもてることだが、たった二日の間にこの別人になった(さま)には、何かあったのだろうか?予報で見そこなった部分があったのではないのか?と、自身の予報を疑ってしまう。


 そんな不安をレイラが抱いていると、


「あのっ、”占い”・・・当たりました。凄いです・・・」


 奈々枝は恥ずかしそうに、でも、大きな声でレイラの心配をあっさりと打ち消してしまう。それに、取り越し苦労だったのかな?と、レイラは一安心する。

 

 安心すると細かいこととは思いながらも、聞き流そうと思っていた、ある単語が、心に残ってしょうがない。こんな状況下で・・・とも思いながらも、


 一応、訂正しとかなきゃ・・・。


 と思う。レイラにとっては大切な拘りだ。


 「あの~、”占い”ではなくて、”予報”なんですけど・・・」


 と、奈々枝の顔色を窺いながら控えめに口にしてみた。

 言いながら、奈々枝の表情を窺うレイラ。

 しかし、レイラのその言葉は空気中に蒸発したように、奈々枝の反応は全くない。無かったかのように、奈々枝は話を続け出す。

  

「・・・言われた通りでした。高田のははさんの”占い”の通りになりました。さすが、名の通った占い師さんは、たとえ八百屋さんの前で細々とやっていても違うなーって思いました。占いって、お店の大きさじゃないのですよね。テーブルがボロくたって・・・」

 

 奈々枝は”占い”と言う単語を連発。

 あらっ?流されちゃった、じゃあ~もう一度・・・と、ばかり。


「あのー、よ・ほ・う・なんですけどー・・・」


 ちょっとボリュームを上げ、叫び口調で割り込む。

 この際、見た目の散々な言われ方については目を瞑るとして、“占い”の一語の訂正に集中してみた。

 しかし、またしてもレイラの言葉はスルーで、奈々枝の言葉は次第にまくしたてる様にスピードを増していく。


「・・・お客さん用の椅子がギシギシ鳴ったって、そんなことは、占いとは全然関係ないなって、やっぱり実力の世界ですよね。前に、親宿(しんじゅく)の有名な占い師に・・・」


 あれ?聞こえてないはずないのだけど、流されちゃった。

 なんだか様子が変な気がする。やっぱり、何かあったのかしら?


 安心していたのも束の間、レイラは奈々枝がまるで何かに焦っているように見え、ちょっと不振を抱いてしまう。のだったが・・・、実は、奈々枝がレイラに捲し立てる様に話すのには、ある目的があったのだ。それは・・・、


 最近の奈々枝には、次々と舞い込んでくる不運な出来事に心身共に疲弊していたのだった。その状況は、生誕史上最悪と自信思うくらいなのである。それで、もしこのまま行けば、きっと取り返しのつかない大きな事態が起こるではないのか?いや、絶対に起こる!確実だ!と、酷く恐れてしまったのである。


 奈々枝は見かけや普段の行動とは不釣合いに、運勢とか、風水とか、気とか、その他諸々その手のことを、極度に気にするタイプであった。

 そんな彼女だから、現状の不運はその手のうちの何かが良くないと思い込んでしまったのである。原因を探して、今の自分のウンの無さをどうにかして変えようと思ってしまったのである。

 そして、彼女なりに考えて取った策は、“げんを担ぐ”であった。


 運を気にする人といえば、大概、げんも担ぎがちである。彼女も御他聞に漏れず、その解決方法として思いついたのは、まさしく、その(げん)担ぐこと、それ一択であった。

 もちろん、出来ることと言えば、現実それ位のことでもあるが・・・。


 その一択を突き詰めた彼女が辿り着いた先が、「今までの自分本意な考え方を捨て、協調性のある礼儀正しい行動をとれば、きっと最近のツキの無い運勢が一変する」と言う、“げん”であった。


 偶然にも、人として正しい方向であったことは(恐らく)ラッキーではあったのだが、思い込みの激しい彼女が一度思ってしまったら、もう止まらない。勝手に決め込んで自己暗示を掛けてしまうと、“不振な行動”と思われようが気にも掛けず真っ直ぐに進んでしまう。


 まずは、それが一番簡単に果たせそうなのは、レイラの占いへの“お礼”だと思い、即座に高田町商店街の方に向かったのだった。そして、彼女は、何と、本当にあっさりレイラを見付けてしまったのである。バッグのひったくりに会った時の様な恐ろしい偶然で。


 と言うことで、それに向かって現在猛進中なのだが、そんなことは、レイラは知る由もない。一昨日の彼女とは、打って変わった言動が心配になってしまう。 が、そんなレイラの心配を他所に奈々枝の話は続く。


「・・・私、何でもっと信じなかったのかと、いえ、信じなかった訳じゃないのですけど、先生のお言葉を心から一言一句重く受け止めなかったなって。

 それで、あのー・・・あらが、ありっが・・・」


 レイラのことを思いつきで“先生”とまで呼び、“ピタリと当ててくれた予報へのお礼”、それに向かって滑舌良く早口で捲し立てる奈々枝であった。調子良く。だが、言い慣れない最後の一言、肝心な”ありがとうございます”の言葉を残念ながら噛んでしまう。


 一方レイラは、彼女の言った「何でもっと信じなかったかと」と言う一言が彼女の不相応な言動と重なって心配が募ってしまう。

 それで噛んで途絶えたことを、話しをの終わりと勘違いしたレイラは、その隙間に綺麗に言葉をスッと割り込ませた。


「もしかして、あれから近所で何か起ったのですか・・・?」

 

 それに、


「はっ?」


 一瞬の隙を疲れて呆気にとられる奈々枝。

 お礼を言う為の、その前振りとしてレイラに賛辞を送っただけのつもりであったのに、何故か心配されてしまっている。その意味が彼女には分からない。

 描いたストーリーを崩された奈々枝は、反射的に呆けた顔を見せてしまった。のだが、それを、レイラはさらに勘違いし、


「・・・あっ、ごめんなさい。近所じゃなくて、ご心配なのは、お住まいになっているアパートの上の部屋の方でしたね。そ、そちらで何かあったのですか?」


 その言葉に、何故か奈々枝の顔があからさまな不機嫌さを見せた。


 えっ、どうして?


 奈々枝が予報の時に一番気にしていたことは近所の事件よりも、“空き部屋であるはずのアパートの上の階の物音”のことであった。なのに、自分は近所での事件ことを心配してしまった。きっと、奈々枝の不満はそこにあるのだろう。

 そう思ったレイラは、気を使って訂正してみたのだったが、似合わない奥ゆかしさを見せていた奈々枝の顔が、何故か不機嫌に揺れている。


 聞いては、不味かったのかしら?

 それとも、アパートの上の階に何か?・・・あったのかしら。

 全く噛み合わない二人の会話がレイラを不安にさせる。


 レイラが奈々枝の言動に敏感になっているのには、単に奈々枝の周囲の事件がレイラと同様の能力を持った者が関わっているというだけのことでは無かった。

 その能力者が、遥か昔の遺伝子を引き継いだ麗美の様に“この世界で生まれた能力者”の仕業でない可能性を恐れているからであった。

 この世界生まれ育った能力者であれば、レイラが一人で解決することに、さほどの問題は無いことであるし、大きな事件に繋がる可能性も低い。しかし、もしも、その能力者がネリアに関係するのであれば、そんな簡単な話しではないのである。


 今、奈々枝の周りの事件は小さな事件とは言え、あきらかに能力の高さを感じさせる部分があった。自動販売機のピンポイントに綺麗に空けられた穴。それはレイラも確認している。それは、この世界で突出した能力者として生まれた麗美を遥かに凌いでいるのである。その他にも、一昨日奈々枝が近所で起ったと話していた事件が、そのまま真実であれば、高い能力者の可能性が高い事件なのだ。


 とは言っても、それがネリア本人の行為であるとはレイラも思ってはいない。プライドの高い彼女が、そんなこそ泥みたいな事をするとは思えないからだ。


 では、誰か?


 ネリアには仲間がいて、彼女の仲間がおこなった。と言う線が浮かび上がる。レイラはそれを恐れていた。ネリア本人の行為ではないとしても、ネリアと事件が結びついてしまう事実を。

 ネリアは実際にレイラの前に現れた。それは動かしようの無い事実である。しかし、ネリアと共に次元を超えることの出来る程の能力者達が、本当にやって来ているのかどうかは、まだ不確かである。

 しかし、レイラには追い掛けて追いつけなかった、昨日の薄紫色の鳶職姿の女性が思い出されてしまう。勘ではあるが、彼女は普通の能力者じゃないとレイラは、そう直感している。


 レイラの生まれたもう一つの世界から、異世界であるこの世界に単独で人を送り込むことは、レイラの生まれた世界側の政府以外には、まず能力的に不可能である。

 それは、二つの世界の移動に都合の良い場所は、全て政府が管理している為であって、その場所以外で次元を超えようとすると、最低限、次の3つのことを解決しなければならない。

 一つ目は、政府が管理していない場所で、互いの次元に共通する極力安全な場所を探すこと。二つ目は、実際に次元を超える者が高い能力者であり且つ、複数人居ること。そして三つ目が、それを外部からサポートする複数人が必要となると言う事である。


 “次元のトンネル”を開け、安定的に保つと言うのはそれだけ能力が必要なことなのである。

 と言うことは、可能性は低いのだが、ネリアが単独でやって来ていれば、合法、非合法を含めレイラの生まれた世界での政府が絡んでいることになり、また、政府が関与していなければ、ネリアにはそれなりに高い能力を持った仲間が居ることを意味することになる。


 では、どちらの可能性が高いのか?

 それは圧倒的に後者である。状況を考えても同じことだ。


 もし、奈々枝の予報が当たっていなかったとすると、ネリアに仲間がいると断定しても、まず間違いないことになる。それは、レイラの見る未来に対し、未来予知が出来る能力者が絡むと、レイラの予報が当たらない可能性が高くなるからだ。

 だから、レイラは奈々枝の周りで事件が起っているのかどうかが気になってしまう。レイラが見た奈々枝の未来には、それらしい事件が起こってはいないのだ。


 もし、今、奈々枝に被害があったことが分かれば、例え相手が誰であろうと、レイラは早急な対応をしなければならない。

 奈々枝だけではない。彼らを見逃してしまうと、多くの人が危険な可能性だってある。

 それは、歴史が語っている。無秩序に異世界移動が行われた中世の時代、魔女狩りなんてことが起こってしまった。そして、それ以前にも鬼と呼ばれる存在が畏怖された時代もあった。それは全てレイラと同じ世界から次元を超えてやって来た“人間”の別称であるのだ。


 再びその時の様に、世界の秩序を狂わせてはいけない。その時の教訓を生かさなければならない。

 それが、レイラ一人で解決するには能力的にも、心情的にも余りにも重すぎる事件であろうともだ。

 それが、レイラが“人為的”に創られ、育てられた理由なのだ。ずっと孤独に耐えて生き抜いて来た理由なのだ。この世界に来れて、色んな人に巡り合えた礎なのだから。

 

 でも、正直な心は、出来ればネリアと無関係であることを願ってしまう。こんなことではいけないと思っても、ネリアとだけは対峙したくはない。そう思ってしまう。


 レイラは、ネリアを想像するだけで、体が震えそうになる。その弱い心を抑えながら。ゴクリと生唾を飲んで奈々枝を見つめる。


 今、奈々枝が不機嫌になった理由が何であるか、奈々枝の言葉を待つ・・・。


 すると、奈々枝は淡々とした口調で告げた。


◆背中を押す力◆


 尖った奈々枝の口が動き出す。レイラはゴクリと唾液を飲み込む。そして、


「アパートじゃないです。マンションです」


 奈々枝から思いもかけない言葉が返って来た。


「はっ・・・?」


 一瞬の空白・・・。


 思い直して、その意味を理解したレイラの膝の関節は、おもいっきり緩みそうになる。


 そ、そこ・・・が不機嫌になった理由だったの?

 私はアパート住まいで充分満喫しているのに?

 マンションをアパートって言っただけでそんなに怒らなくたって・・・。


 と、その奈々枝の拘りにレイラは思わず目を丸くするが、内心はホッとしてしまう。そして、額に指先を当て苦笑を抑えると、即訂正。


「あっ、ごめんなさい。そのマンションで・・・」


 それに、奈々枝は満足そうに頷くと、いきなりバツが悪そうな顏で穏やかに苦笑して、自分の手元に視線を下ろす。


 んっ?


 奈々枝の急な様子の変わり様に、どうしたのだろう?と、レイラは下がっていく奈々枝の視線を追ってみる。


 すると、奈々枝は、手にしているピンク色の綺麗なバッグで視線を止め感慨に耽るように溜息を一つ吐く。レイラもそのバッグを視界に入れる。

 と、その瞬間、レイラの心臓は大きく鼓動した。


 なぜならば、そのバッグには大きなキズがあったからだ。

 そのキズが直感的に、事件を連想させてしまったからだ。


「・・・マンションの周りも、それから上の階も”占い”通りに静かになりました。私、その占いは信じていたのに・・・。

 それなのに、高田のははさんが言っていた通りに、バイトを真面目にやりませんでした。

 お陰で、お気に入りのバッグはこの有様です。それに、痛い目にも合いました・・・」


 と、細身のジーパンの裾を掴むと、きつそうに膝まで撒くり上げて、大きく膝を覆った絆創膏を見せてきた。


「・・・せっかく、せっかく”占って”頂いたのに言う事を効かなかったバツです。占いは全て完璧に当たりました。あのー、本当に・・・あらが、ありっ」


 またしても奈々枝は噛む。最後の目的の言葉で。


 その噛んだ隙間に、レイラが慌てて割って入る。

 奈々枝の身辺で何か起こったのだ。 ”占いじゃなくて予報です”なんて拘っている場合ではない。

 

「って、アパート以外で何かあったと言うことなのですね?」


 奈々枝は何か言い残したと言わんばかりの顔を見せていたが、それでも、レイラの”アパート”発言が一番の重大事件らしい。

 

「あ、あのマンションです」


「あ、あ~すみません、”マンション以外で”でした」


 今度は膝の関節緩めている場合ではない。レイラは同じ失敗を慌てて訂正。


 確かに一昨日、「明日のバイトは真面目にやらないと、後で痛い目に合うから気を付けてね」とレイラは言っていた。でも、それは予報とは関係なしに、彼女の性格が要領良く楽をするタイプだから一緒にバイトする姿が見えた麗美のことを心配してと、それに、浪費傾向にある彼女のことを思いやってのことであった。

 決して、予報をしての言葉では無かったのだ。彼女がレイラの予報通りに行動しても何事も起こらないはずなのである。

 何かあったとすれば、やはり未来をある程度覗く事出来る能力者が、奈々枝に絡んだと言う事になってしまう。

レイラは次第にネリアに近づいていくのを感じる。


「はい、実は・・・引っ手繰りに会って、このバッグを盗まれたのです」


 レイラは驚いて彼女を見つめる。真っ先に頭に過ぎるのは、先程、病院で健太君から聞いた言葉だ。

 健太君は、


「親宿で引っ手繰りに合った女性のカバンを取り返そうと自転車で追い掛けたら、取り返す前に気付かれて逆に倒されてしまったんだ。そこを、麗美姉(れいみねえ)が助けてくれたんだ・・・」


 麗美の活躍を嬉しそうに話してくれた。


「引っ手繰り? 何処ですか?」


 彼女の過去を覗けば正確に全てが分ることだが、レイラが過去を覗くことが出来る事実を闇雲にバラす訳にもいかない。だからと言って、黙って彼女の過去を覗くことはレイラには躊躇われる。だから、まどろっこしいが、真面目なレイラには、彼女から話を聞くしか選択肢がない。

 

「ええ、バイトが終わって・・・、ではなくて、実は・・・ちょっとだけサボっ、さぼってしまって、買い物に親宿(しんじゅく)まで行っちゃったんです。

 その帰りに、背の高い強面の女の人に引っ手繰られてしまったのです。

 他の人も盗まれていたみたいで、幾つかバッグを持っていたのですけど・・・。

 何故か、誰も取り返そうとしないで、少し距離を置いて見ているだけなんです」


 言いづらそうに、サボったことも自白する。奈々枝のげん担ぎの一旦である。


「引っ手繰られた?

 で、そのバッグはどうして、此処に・・・」


 と、レイラがバッグを指さす。


「私が先に帰った。いえサボって帰った後も、残ってビラ配りをやっていた子がいるのですけど、その子が偶然やって来て、私の代わりに取りもどしてくれたのです・・・。


 もちろん、私だって、取り返そうとしたのですよ。


 でも、私が取り返そうと、そのオンナに掴み掛ろうとしたのですけど、そのオンナが強いと言うか、何というか・・・。

 信じて貰えないかもしれませんが・・・多分、私そのオンナに近づいただけで吹っ飛ばされたような気がするんです。

 きっと、最近噂になっている引っ手繰り魔だったのだと思うんです。

 で、その後に取り返そうとしてくれた男の人や、猛スピードで、自転車でやって来た男の子も居たのですけど、そのオンナは、皆、ちょちょーいって吹っ飛ばすんですよ。信じられないでしょ」


 と言いながら、引っ手繰られたはずのバッグを大事そうに見つめている。奈々枝は、自分の反省をレイラに見せるために、敢えて”傷のあるバッグ”を持ち歩いていたのだ。


「一緒のバイトの子って、もしかして麗美ちゃんのことですか」


 驚いたレイラは、聞いてもしない麗美の名前を出してしまう。


「あれ?麗美、いえ、白崎(しろさき)さんを知ってるのですか?

 もしかして、もう、白崎さんから、この話しを聞いていたとか?」


「少しだけですけど」

 

「じゃあ、話はだいたい知っていますよね。そのバッグを盗まれたのが私なんです・・・」


 もちろん、レイラはそんな話を麗美から聞いた訳ではない。一昨日奈々枝の予報をした時に、一緒にバイトをしている未来を見て知っただけだ。その時は、お金を使いこんだ奈々枝の姿しか見えてはいない。奈々枝がレイラの予報通りの行動で買い物をしたのであれば、そんな事件等は起らないはずである。

 レイラの見た未来と、奈々枝の話しは明らかに異なっている。そうなると、やはりそれなりの能力者が絡んでいることになってしまう。


「彼女、凄いですね。あんなに華奢なのに・・・。普段はあんなトロくさ…いえ、のんびり屋さんなのに、背の高いオンナと凄い速さで喧嘩するんですよ、大の男が手も出せず見ているだけなのに・・・。

 もしかして、彼女って空手の有段者とかなんですか?」


 やはり、健太くんが怪我をした時に取り返そうとしたのが、彼女のバッグと言う事になる。だとすると、麗美が健太君を助けたと言う事になるが、奈々枝の言っていることが大げさでなければ、やはり、ネリア達の誰かということになってしまう。しかし、いくら麗美が普通の能力者レベルではないとは言っても彼女にどうにか出来る相手とは思えない。が、しかし大事(おおごと)にしたくない為に、麗美にバッグを取替えさせるという事も考えられる。

 やはり、ネリアに関係していると思わざるを得ないのか。


 まさか、ネリアが・・・。


 いや、ネリアがそんな真似をするはずがない。レイラは思う。思いたい。

 でも、そんなことではない。相手が誰であろうと、奈々枝と健太君、それに麗美までが被害にあっているのだ。そんなことを言っている場合じゃない。

 レイラは自分にそう言い聞かせながら、極力冷静を意識して話を続ける。


「空手をやっていたかどうかまでは分りませんが、運動神経は凄くいいのですよ。走るのなんか、麗美ちゃんみたく早い人は見たことないってくらいに速いのですけど・・・。それで、麗美ちゃんがバッグを取り返してくれたのですか?」


「ん・・・、麗美、いえ白崎さんは頑張ってくれたのですけど・・・」


 奈々枝は、その時の麗美の必死な姿を思い出してしまうと胸が締め付けられ、言葉を少し詰まらせる。目も少し潤んで見える。


「・・・そのオンナの手からバッグを手放させはしたのですけど、オンナの反撃にあってしまい防戦一方で、それで、それで、結局はやられっ放しになってしまって、しまいには転んじゃって・・・私には何も出来なくて、腰が抜けちゃって、それで・・・」


 奈々枝は顔を伏せ、震えた声で続ける。


「・・・私がまずいって思ったところだったのです。

 変な日には変なことが起こるもので、そこに、物凄い音がしたと思ったら、瞬きしている間に、いつの間にか謎のとび職姿の女性が二人の間に現れてたんです。女性・・・ん~っ、物凄く綺麗で、スタイルも良いのですけど、でも喋りがオネエ口調だからもしかしたら。そっち方面の人かもしれないのですけど、こうやって・・・」


  と、奈々枝は右手でピストルの形を作り、


「・・・ずっ、ど~ん! って、大声を出したんですよ。そしたら、その背の高い女は、驚いてバッグを置いて逃げてしまったのです。

そんなに大声が苦手って知っていたら、私だって出来たのに・・・」


 奈々枝は残念そうに訴えるが、レイラの気持ちはとび職姿の女性に移っており、今度はレイラが奈々枝の気持ちを完全スルー。


「威嚇だけで?」

 

 レイラは独り言の様に呟く。奈々枝は自分も出来ることであれば、麗美を助けたかったことをレイラに分って欲しく、


「大声だけだったら、私だって負けないのですよ、ホントです。私だって出来たのに・・・」


 もう一度訴える。と言っても、その時はそんな余裕など本当は微塵も無かったのだが。改心した自分の気持ちを訴える。しかし、レイラにはそんな余裕もなく、それも当然の様に再度スルー。 


「とび職姿の綺麗な女の人?

 もしかして、淡い紫色のニッカポッカとベストで、白いタオルを肩に掛けているとか・・・」


 いつもの落ち着いたレイラでは無くなっている。


「大声だったら・・・」


 再度そう言いかけたが、奈々枝はレイラに改心した自分の気持ちを伝えることを断念した。


「・・・そう、確かそんな色で、パステルっぽかったと思います。白いタオルも肩ではありませんが、首に掛けていたと思います。

 あの~、その人も知り合いなのですか?」


 その奈々枝の質問はレイラの耳には届いていない。何せ、敵かと思っていた能力の高い人が仲間かもしれないのだ。

 レイラの瞳は、今世紀最大に見開いた。

 レイラの頭の中には、そのとび職姿の綺麗な女性が、この世界の仲間であることへの期待だけになっている。


 レイラは、やっと会えたと思った。一人でないと思うと沈んでいた心がヘリウムガスを満杯に詰めた風船が大空を一気に浮上する様に心が軽くなる。

 やはり、仲間たちは自分の回りにいたのだ。恐らく自分の存在を知っているはずである。存在を知っている上で、何らかの理由で顔を合わせないのだと思う。


 自分がまだ未熟で、使い物にならないからだろうか?

 足手まといだからだろうか?


 そう思うと、ちょっとへこんでしまうが、でも、それなら自分の問題だけのことだ。役に立つ様になればいいだけのこと。

 それよりも、自分は一人でないのだ。であえば、何とか出来る。そんな気持ちが湧いてくる。勇気が沸いてくる。まるで、初めて大盛りのスタミナ丼を食べた時のようにだ。


 先ずは麗美に会おう、会ってもっと詳しく聞いてみよう。もしかすると、何か知っていること、気付いたことがあるかもしれない。そう思う。

 でも、瞬時閃く。その前に奈々枝のアパートの上の階の空き部屋に行ってみようと思い直す。そこが、彼らの仮の住いだった可能性だってあるのだ。

そちらが先だ。もしかすると、誰かがまだひっそりと住んでいるかもしれない。


 レイラの行動は決まった。もう迷いも躊躇いも無い。


「有難う、奈々枝さん」


 あれっ、確か名前は言ってないのに・・・、何で名前を知っているんだろう?

 と奈々枝が驚いている内に、レイラはそう一言残すと踵を返して走り出している。


 レイラは奈々枝のマンションに向かったのだ。奈々枝の部屋の上の階。軽視していたその場所。でも、今は一つ一つ可能性を潰すしかないのだ。


 そこに行って、もし、そこに彼らが居たら?とも思う。


 何が出来るか分らない。何も出来ないかもしれない。


 それでも、行動をしなかれば何も解決はしない。


 もし、そこにネリアが居たら・・・。


 でも、ぶつかって見よう、そう思う。もし、自分がダメでも鳶職姿の女性がいるのだ。レイラの背中を仲間の影が押す。力を与える。


 そんな、いきなり豹変して去って行くレイラを呆然と見送っていた奈々枝だったが、ふと、自分の目的を達成していないことを思い出す。


「あ、あの、ちょ、ちょっと待って。

 どうしたのですかー、って。い、いっちゃうんですかー」


 奈々枝は、まだレイラに“占い”のお礼を言い損なっていたのだった。


「あ、ありがー・・・、速っ!」

 慌てて叫びかけたが、レイラは既に踵を返し走り出している。その余りの速さに言葉が届かないことを悟る、


「・・・とうござ・・・いました、ってか。

 あぁぁぁ・・・。

 母さん、お礼、言いそこなっちゃったよ。運勢変えられないよ~・・・」


 奈々枝は、レイラの走り去った跡を見つめながら、その速さに、


「けど・・・そんなことより、何?あの速さ。たかだのははさんも、麗美も凄過ぎじゃないの?

 あんな速かったら、オリンピックに出ても金メダル間違いないんじゃない?で、それよりも、更に麗美の方が早いの?うそ・・・。

 ・・・母さん、結構身近にも凄い人って居るみたい、それとも私がダメなのかな?トホホホ」


 実家の母に向かって、落ち込む奈々枝だった。


 公園内では、レイラの速さに唖然としていた子供達も我に帰り、感嘆の声を上げている。


<つづく>


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