第18話 五次元に並ぶ世界(つながり)
麗美が病院から戻ってくりと、そこに待っていた人は・・・・。
◆病院◆
一般面会時間の過ぎた病院の中は、静まりかえっていた。
その静寂を乱さない様にと、大柄の和美は今にも全力で走り出しそうな麗美の左手を捕まえている。 が、それでも和美の足は小走りに引きずられて行く。
「麗美さん、そんなに急がなくても大丈夫だからぁ。さっき車の中でも言ったでしょ。先に行った陽太から心配しなくても大丈夫だって連絡があったんだから」
和美はわざわざ息子の陽太に、警察にまで電話をさせていた。和美の行動には相手が誰であっても遠慮はない。
「それはもう聞きましたけど・・・」
そう、言われても自分の眼で確認するまでは麗美の心は静まらない。
辛うじて走リたい意識は止めたのだが、その替わりに今度は大股で病院の廊下を歩き出す。進む速度は全く変わっていないが、若干足音は小さくなった。
「はぁ~(まあいっか)」
和美は、それに困り顔で溜息を一つ付くと、それで妥協をすることにした。
これ以上、言っても無駄だと感じたのである。
ただ、せめて不意に現れた他の人と、ぶつからない様にだけを気に掛けることにした。
4階の一番奥にある病室。偶々、そこだけが空いていた個人部屋の412号室。
病室の入り口に扉は無い。廊下とは薄いカーテンで仕切られているだけである。
麗美は病室前に掛けられた名札で入院患者名を確認をした。名札には、”夏根健太”と書かれている。間違いない。
麗美は確認するや否や、カーテンを潜り抜けた。
「健太くん!!」
病院にふさわしくない声が隣の病室まで響き渡る。
まもなく就寝時刻を迎える時間なのである。
病室の中では健太くんの両親の他に、和美の一人息子の陽太くん、それに雄大くん、それともえちゃんの3人がベッドを囲んでいた。
全員が驚いて振り向いたのだが、麗美には回りなど目に入っていない。視界に入っているのは目的の人物一人だけである。
その人物の左手はギブスで固定され、頭にも包帯が巻かれている。
「大丈夫なの?」
そう聞いたのだが、当の本人は元気な顔で、たった今まで楽しそうに話をしていたのが伺える。
それに、麗美はちょっと拍子抜けしてしまった。
「麗美姉!来てくれたんだ。大丈夫だよ、全然」
彼には自分を助ける為に、無謀な行動に出てくれた麗美が来てくれたことが何より嬉しかった。
麗美に笑顔を見せ、元気一杯に明るく応えてみせた。しかし、白い部分が多い。
「ホント?だって、腕が・・・」
顔は明るいのだが、麗美が見る限り、身体全体はとっても大丈夫には見えはしない。
「う~ん、ちょっと折れたみたい」
あっさりとそう返ってきた。
「折れた?・・・折れたって全然大丈夫じゃないじゃない」
麗美はその姿の痛々しさに顔が崩れそうになる。それにも、
「直ぐに治るよ」
当の本人が大げさだなぁと言う顔見せる。
「頭は?」
「ちょっと、怪我しただけだよ。大げさに包帯巻かれちゃっただけだよ」
「ホント?脚は大丈夫なの」
麗美には毛布に掛けられて見えないところまで心配なのだ。
「本当だって、心配性だな麗美姉は・・・」
その何処まで続くか分からない二人の会話の隙間に、男性のお礼の言葉が割込んで来た。
「本当に、有り難うございました。健太を助けてくれたそうで、何とお礼を申し上げていいか・・・」
その声に、麗美が慌てて後ろを振り向くと、真面目な健太くんに輪をかけて真面目そうなご両親が深々と頭を下げている。
その姿に麗美も慌てて、それ以上に頭を下げる。姿勢は前屈に近い。
「とんでもありません。私は何も・・・」
麗美はそう応えるが、
「そんなことないよ。お父さん、麗美姉は凄いカッコいいんだ。麗美姉が助けてくれなかったら、僕どうなっていたか・・・」
健太くんの羨望と尊敬を含んだ言葉は、助けきれなかった麗美の後悔を増幅させていく。
「そんな、私は何も・・・」
麗美にとってはどんなにひいき目に見ても、健太くを助けたのは自分ではなくて、あの工事現場姿の女性であるのは誰から見ても間違いない。現に自分も助けられたのだ。
そこまで言われると、恥ずかしいだけである。
「弱くって情けないよ、僕なんか誰も助ける事ができないんだ。麗美姉みたく強かったらな~」
麗美を見る健太くんの輝きは、さらに心苦しい。
「そんなこと・・・そんなこと全然ない。私なんか全然弱くて、駄目で・・・」
語尾が小さくなり、俯いてしまう。
・・・麗美はいつも感謝している。
2年前の夏、自分の心の弱さが引き起こしたを事件(第16話夏休み納涼へろへろ女・・・)をみんなが親身になって解決してくれた。そして、自分を救ってくれたのだ。
レイラや和美を初め、今は大学の先輩にった帯人達、それにこの子供達が助け出してくれたのだ。
”皆が助けてくれた”
みんなの優しさと勇気に助けられた。
今、自分が此処に要られるのはみんなのお陰である。感謝してもし足りない。心からそう思う。
なのに、なのにまだ何も返せていない。
自分は駄目な人間だそう思う。
今回も、たまたま自分に能力があっただけなのだ。
自分が強いなんてこれっぽちも思ってはいない。力に対しての自信があっただけなのだ。
他の人には無い能力があったから、健太くんを助けに行く勇気が出ただけのことである。
しかし、それも行っただけで返討ちで終わってしまった。
また受けた恩を返すことが出来なかった。返せなかったせいで、怪我までさせてしまった。
これで、能力に対する自信も壊れてしまったかもしれない。
全く弱い心だ。自分でもそう思う。
こんなことだから、自分より強い心を持っている周りのみんなの助けにはなれはしない。
勇敢だったのは、自分よりも能力も無いのに立ち向かった健太くんの方である。
つくづく”自分は駄目な人間”そう思ってしまう。
感謝されると恥ずかしい・・・。
麗美は下を向いて申し訳なさそうに、
「私なんて助けてもらってばかりで、また助けられなくて、いつも・・・」
声が聞き取れない位に小さくなっていく。
それを見ていた、ベッドの脇にいた小さな女の子が呆れた顔を麗美に向けた。
「あ~あ、また自分は何て弱い心なんだ~、駄目な人間だ~って思ってるんでしょ。そこが駄目なんだから」
小さな女の子は、まただ~と言う口調でそう言う。
それに、麗美は、
「もえちゃん、そんなことは・・・」
否定はするが、小さなもえちゃんの言うことは痛い位に図星である。
「駄目だと思ってるから、挽回しようとして後先考えずに無理してしまうんだよ。麗美姉は、ほんと駄目なんだから・・・」
今回はそのお陰で健太くんが助かったにせよ、麗美ならまた同じことをやりかねない。
もえちゃんにはそれが良く分る。麗美の正義に熱い心。その強い心が怖いのだ。
それに小さくなる麗美を見て、みんなから笑いが起こるが、
「健太くんも!」
もえちゃんは一番笑っている健太くんに一喝する。
「危険なことはしないって約束したのに・・・」
今朝、久しぶりに児童公園に仲良し小学6年生の”もえちゃん率いる七面鳥レンジャー”の七人組みが集合して、”危険なことはしない”と言う約束をしたばかりであった。
「ごめん、もえちゃん。でもさ、レイラさんに伝える暇がなかったんだ、急でさぁ」
「バッグくらい、取られたって・・・」
そう言い掛けて、もえちゃんは俯いた。
「いや、もえだ。もえが悪いんだ。もえが余計な事、言っちゃったんだ・・・」
児童公園で”最近、この界隈で起こっている色んな事件の解決に協力しよう”そう話したのが自分であった。一応その後に”危険なことはしない様に”そうは言ったのだが、軽はずみなことを言ってしまったことには変わりが無い。悔やんでしまう。
今度は、もえちゃんが肩を落とす。
そのもえちゃんの肩を和美が後ろから抱いた。和美には二人の会話だけで凡その事が分ってしまう。
「さ~て、もえちゃん。問題です」
「えっ、問題って?」
「そう。では、問題です。
最近空き巣がよく出る町がありました。その町に健太くんの家があります。
健太くんの友達のもえちゃんが、健太くんに遊びに出掛けようと誘いました。
ただし、空き巣ぬ入られない様に、出掛ける時は鍵を掛ける様にと、健太くんに注意しました。
でも、温かい人の周りで育った健太くんは、空き巣に入られる実感がなくて、鍵を掛けないで出掛けてしまいました。
すると、家に帰ってみると健太くんの家は変態女に空き巣に入られました。さあ、悪いのはもえちゃんでしょうか健太くんでしょうか?・・・はい、もえちゃん?」
「えっ?どっちって、もえも、健太くんも両方共に良くないって思うけど・・・」
「おばさんはね、もえちゃんも健太くんもどっちも悪くないと思うのよ。
鍵を掛けなきゃ人の家に入る何て言う女がそこに居ることがおかしいと思うの。だって、ここに居る人達ばかりの町だったら”鍵”何ていらないでしょ。
鍵を狩ることが当たり前であることがおかしいの。そして、掛けないことが悪いことなんて世の中がおかしいのよ」
「そうだけど・・・」
「悪くはないの。悪くは無いんだから、今の心は変えなくてもいいの。もえちゃんも、健太くんも。心はね・・・。
でもね、残念ながら”悪い奴”は沢山いるの。
だから、心と行動は別に考えないとね。
人間的にはね、本来、正しい心のままに行動するべきだし、簡単にそう口にする言う人も居るんだけど、そんなのは偽善者の言うこと。現状にはそぐわないことなの。
いい、だから人の常識を信じ過ぎて行動はしないこと。それに、決して自分の範囲は超えないで欲しい。
でもね、今の気持ちはずっと持ち続けて欲しいの。人を助けたい、良い事をしたいって気持ちはね。それまでは捨てないでね。ね、麗美さん」
「わ、わたし?」
「麗美さんも一緒」
和美が笑って、そう言う。
「わたしも小学生ですか?」
それに、笑いが巻き起こる。
麗美には、みんなの気持ちが身に染みて嬉しい。
また、笑われてしまった。でも、笑われることが嬉しくて、泣き笑いをしてしまう。
それは、笑われる事の中にも、思いやりが含まれていことがあることを知ってしまったからだ。
みんなが自分の気持ちを和らげようとしてくれているのだ。
そんな、揃いも揃って温かい人たちなのである。
それが分るから、麗美も一緒に自分を笑うことが出来る。
健太くんのお母さんが、自分の両方に手を乗せてくれた。
健太くんのお父さんが、もえちゃんの頭を撫でている。
ここは、常識以上の人たちの集まりなのだ。麗美はそう思う。
それから間もなくして、消灯時間がやってきた。健太くんのお母さんを残して、みんなは一緒に病院を出た。
結局、健太くんは明日の精密検査の為に一晩だけの入院であったのだが、麗美には重く心苦しい入院であった。
病院を出た後、麗美は自分の右手の掌を見る。
帰る時に、病室の外で健太くんのご両親に握られた手の強さが未だに残っている。
感謝されることの喜びに顔が綻んでしまう。
「麗美姉、どうしたの?早く車に乗ってよ」
「あっ、はい」
和美の一人息子、陽太くんの声に慌てて和美の車に乗り込んだ。
もう、とっくにみんな車に乗って麗美を待っている。
また迷惑を掛けてしまった。麗美はまた後悔してしまう・・・。
麗美は、この後、子供達と一緒に和美の車でアパートまで送ってもらった。
◆まちぶせ◆
麗美は送ってくれた和美の車を降りて、アパートの階段を数段上り、立ち止まった。
人の気配がしたのである。
その気配は階段の裏側から感じる。
屋外の鉄骨の階段はステップの隙間から裏側を除くことが出来る。麗美はそこから、恐る恐る裏側を覗いて見た。
すると、反対側からも自分を覗き上げている人がいるのである。
麗美は驚いて仰け反り、手すりに体をあずけた。
それを階段の裏から見ていた人影が面白がって、弾んだ声を掛けて来た。
「ストーカーですよ~ん。麗美姉」
ばりばりのおねえ口調である。
(あれ?)
その口調には、はっきりとした記憶がある。
「元気だった~?あの男の子」
いつの間にか女性は階段を回って麗美の直ぐ下に現れていた。
階段の外灯が、薄紫色の鳶職姿を照らし出した。茶髪で肩より少し長い”ほつれカール”はワイルドに散乱している。間違いない、ホンの数時間前に自分を助けてくれた女性である。
麗美は急いで、
「は、はい。先程はありがとうございました。本当にありがとうございました」
深々と頭を下げながらお礼をするが、身体は身構えている。
ストーカー何て言葉を語って、知っているはずの無い自分の家に現れたのだ。こんな時に気真面目な麗美には冗談は通じない。
何より、彼女は自分ごときでは相手にならない位に強いのだ。
「あ~ら、構えるわね~。そんなに構えなくても食べないから大丈夫よ~ん。」
それにも、全く不機嫌な態度は示さず、余裕の言葉を返してくる。
「いえ、そんなことは・・・」
と言いながらも、麗美の起こした身体が後ろに仰け反っている。
「でもさぁ~、麗美ちゃんはその位の方が安全よ~ね~」
そう言って、その女性は笑うが麗美は笑えない。
「ど、どうして、家が分ったんですか?それに名前も」
麗美の質問に、
「いや~ん、それで、構えてたのねぇ~」
そう言って、納得したように頷いている姿が、麗美には妙に可愛く見えてしまい、気を許しそうになる。
でも、さっき病院で和美に言われたばかりなのだ。人を信じることと、自分の取る行動は別に考えなければいけないと。
さっき助けてくれたからと言って、気を許して良い人間かどうかは判らないのだ。
「病院の玄関で待っていたのに、みんなと車で帰っちゃうんだもん。声、掛けれなかったじゃない」
「えっ、病院で?」
送ってもらっている最中に、和美の車を付けてくる車どころか自転車もあったとは記憶していない。
と言うことは、全然気づかなかったが、走って追いかけ、車を降りる瞬間に先回りしたことになる。
それなのに、息一つ乱れていない。
「麗美ちゃんだって、2~300メートルだったら、車に付いて行けるわよねっ」
確かにそうだが、病院からは2キロはある。やはり、桁外れである、自分が何をしてもどうにもならない力の差が、自分との間にはあるのだ。
麗美がそう思う心を読んだのか、
「警戒しても無駄なことは分ってるでしょ~。ね~ん。だ~から、ここは私を信じるしかないのよ~」
そうだ、その通りだ。彼女の言うとおりである。それに、彼女に救ってもらったからこそ今自分が此処にいられるのである。
「ちょっと付き合って欲しいの」
そう言う彼女に促され、肩の力が入ったまま麗美は、彼女の後に付いて行った。
女性は麗美のアパートから5分程歩いた処にある豊瀬川の土手を越え、雑草の生い茂った橋の下付近まで来ると足を止めた。
少し離れた橋からの外灯と、街の明かりが僅かにしか届かない川面は、流音から流れを感じることは出来るが、視覚からは殆ど流れを見ることが出来ない。
「さ~て、この辺にしよ~かな~ん」
彼女は一度辺りを確認すると、麗美に向ってニコリと笑った。
一体、こんな所に連れて来て何をしようと。
本当は、おねえの振りをしているだけの男で、まさか私を・・・?
そうも考えてみたが、そんな雰囲気は全く皆無の様だ。
「良く見ててねん」
そう言うと、彼女は麗美が見ている前で腕捲くりをし、右手を川面に向って伸ばすと人差し指一本だけを立てた。
肩幅に開いた背筋を伸ばす姿勢、それに一点を見つめる真剣な目付の横側は、女性の麗美が惚れそうになる位に精悍で美しい。
麗美が女性に見とれていると、急に川面から「ドン」と言う衝撃音が発生した。
「きゃっ!」
麗美は驚いて、大きな声が出てしまいそうになり、慌てて口を押さえた。
慌てて、音のする方に視線を向けると、水しぶきが噴水の様に垂直に高く上がっていた。
橋の街灯がその水しぶきを確実に捉える高さまでに上がっていた。しかし、その割に周囲に水しぶきが広がった感じは受けない。
麗美は直ぐに気付いた。これが、この目の前の女性に夕方助けられた時に、あの、あの健太くんに怪我をさせた女が自分に向けて放とうとしたものだと。
しかしだ、彼女は何故それを今自分に見せようと・・・?
「ちゃ~んと、見てた~?」
川面に向けた手を戻し、女性が首を傾げて麗美を見る。
「は、はい」
「ホント?じゃあ、やって見て」
「えっ、やってって、そ、それを・・・ですか?」
思いも掛けない、いきなりの要求に麗美は唖然としてしまう。
しかし、それに
「そう」
と簡単に一言応える。
「そんな・・・。無理です。出来るわけありません」
「そ~お~、そんなに早く走れて、華奢な体のくせに格闘家よりも強くて、それに勘も人以上に働くのに~?」
それは、そうだ。自分には能力があるのだから。でも、そんな芸当まで出来る訳が無い。
”なんで私が?”そう思う。
すると、女性は見透かした様に、
「”なんで私が”って思ってるでしょ」
そう言う。
「そんなことは・・・」
一応、助けてもらった手前、そうは応えるのだが、
「や~ね~、嘘言ってもそう顔に書いてるわよ~、でっかくね。でも見て、私の顔にも書いてるでしょ。出来るに決まってるでしょっ。てね」
確かに、目の前の女性はそんな顔をしている。
「やったことないだけよ、それだけ。麗美ちゃん、あなたには、私と同じ種類の力があるわ。もしかしたら、ご先祖様が繋がってるかもしれないわね」
「繋がってる?それは、遠い祖先では・・・」
そうかもしれない。お互いに能力があるのだから、遠い過去で同じ祖先の血を引いていてもおかしくは無い。
「ん~、そこまで遠いかどうかは判らないんだけど、あなたは間違いなく私の世界の子孫ね」
「私の世界?」
何を言ってるんだろう?麗美には意味が分らない。
「そうね~、異世界とでも言ったらいいのかしら?その言い方はどうかと思うのだけどね・・・まあ、それは後で話すから、ちょっとやって見てよん」
まあ、やって見ること位であれば何の害もない。何も起こりはしないが、そう思いながら返事を返した。
「は・・・はい」
麗美は右手の人差し指を川面に向けて狙いを定め、
「んっ!」
右手に力を込めて見る。
もちろん、何も起こりはしない。
一応、もう一度やってみる。
「ん゛~んっつ!!」
今度は身体全体に力を込めて見た。
「・・・ハーハーハー」
力を入れ過ぎて息切れまでするが、麗美の予想通り何も起こりはしない。
「やっぱり、無理みたいですけど・・・」
そう、言いなが女性に目を向けると、クスクスと笑っている。今にも大笑いしそうにだ。
酷い!やれと言ったから、無理と分っていてやってるのに!
そう思うと、いくら助けてくれた恩人だといっても腹が立ってくる。麗美は根が真面目なのだ。
「そんな、そんなに笑わなくたって。無理に決まってるじゃないですか!」
顔を赤くする麗美。
「ご、ご~めんなさい、ククク。ホント、麗美ちゃんの言うとおりよね。ハハハ」
女性は自分の笑っている顔を両手で押さえて、強引に戻すと、顔つきが少し変わった。真剣に見える。
「ある意味、凄いわね。全然能力の使い方も知らないのに、身体的能力は使いこなすのだから。いい、これから説明することを体で感じるのよ。まあ、実際は頭で考えるんだけど、雰囲気的にはそんな感じで捉えてね。じゃあ、まずは、また同じ様に人差し指を川に向けてみてね」
からかわれた様にも思えるが、真剣な顔をされては断りにくい。
「は・・・い・・」
麗美は再び人差し指を川面に向けた。
すると、女性が真剣に説明を始めた。
「空気中に沢山の精霊さんが飛んでいると思ってね。麗美ちゃんは、そんな姿を見たらどう思う」
えっ、何言ってるんだろう?そんなの
「びっくりします」
に決まっている。
「びっくりしないで、感動してね」
えっ、感動?
とも思ったが、ここは大人になって合わせることにした。
「はい、多分2回目からは感動出来ると思います」
まあ、2回目であれば、その余裕があるかもしれない。
「ん、それでいいのよ」
女性は嬉しそうに応える。
「次に麗美ちゃんの人差し指から川面までを直線で結んみてね」
「はい」
根が素直な麗美は、空想で点線を描いてみた。
「そしたら、その間を精霊さんに一列に並んでもらいたいと、心で真剣に願ってねみて」
やっぱり、からかわれているのだろうか?そうも思うが、その位なら助けてもらったお礼には安いものである。
麗美は不審に思いながらも言われるがままに、
「はぁ・・・い・・」
真剣に願ってみた。
「は~い、麗美ちゃんのお願いは精霊さんに届きました。精霊さんは手を繋いで麗美ちゃんの人差し指から川面までを手を繋いで並びました。麗美ちゃんは、一指し指から興奮を伝えるの」
「興奮?どうやってですか?」
簡単に興奮等、出来はしない。
「そうね、チンサムロードって知ってる?」
「チン・・・サムロード?」
「切る位置が良くないわね。テレビでやってるでしょ。一瞬の急勾配な道路を自動車で走るとどうなる?」
「フワッてします」
「そうそう、それをチンサムって言うのよ。って、チンサムの話じゃなかったわね。人間の感情の瞬発力ってね、あの瞬間が最高なのよ」
「はあ・・・」
「その感覚を指一本に集めて、精霊さんに伝えるのよ。分った?」
「いいえ」
麗美は正直に応えた。
「あ~ん、まあ、最初は掴めないかもね。私たちは子供の頃からやってるから普通のことなんだけどね。まあ、一回やってみてねん。雰囲気、雰囲気、ね。最初からやってみてちょ」
「は・・・い・・・」
何か良く分らなかったのだが、麗美は雰囲気だけは決して感じることの出来ない”チンサム”現象を想像して、言われるがままに”ふわっと”感を意識してみた。
再度、右手を川面に向け、人差し指を立てる。
そして、飛び回っている精霊さんに感動しながら、一列に手を繋いで並んでもらう。
仕上げに、チンサムを想像して(持ってないが・・・)、半分演技でブルっと震えて見る。
すると・・・。
「あれ?」
水面に何かが起こった。
水面から”ボッコん”と音がして、暗くてよく分らないが、水しぶきが飛び跳ねた様な気がする。
「てんさ~い」
女性はそれを見て、キャッキャ、キャッキャと騒ぎ出した。
<つづく>