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第18話 五次元に並ぶ世界(少年)

高田町界隈で起こっていた事件の一つ、自動販売機の破壊は・・・。

◆自動販売機◆

「ねえ、蹴っちゃだめだよ」

 苛々した心を持て余した少年が、清涼飲料水の自動販売機目掛けて、左脚を振りかぶったところであった。

 そこに、ふいに掛けられた女の子の声。

 少年は驚いて、振り上げた脚を静かに降ろした。


 今まで、人が近づくことに気付かなかったこと等、一度さえもなかった。


 時々少年の育った施設に来ていた、中央庁の高い能力者。あのお偉い女性が、自分を試す為に気配を消して近づいた時さえもである。


 それが今、全く気付くことなく後ろに近づかれていたのである。

 いや、気付かなかったのではないのかもしれない。自分でも気付かない内に、心地良くて受け入れてしまっていたのかもしれない。

 女の子から呼び止められた少年は、それまでの苛立ちが嘘の様に消え、何とも言えない温かさを感じていた。

 ただ、その時はまだ、それを自分の気持ちの起伏だと流していた・・・。


 それは、時間は遡って、麗美が親宿でアルバイトを終える3時間程前のことであった。


 少年は住宅街に無防備に置いてある、高さが2m程もある大きな金属製箱を疲れ切った体で眺めていた。

 少年は身長や体躯、それに、まだあどけなさが残る顔つきからは、やっと大人の階段を昇りかけたばかりの様に見え、頭髪は寝起きの様にぼさぼさで、身なりには無関心さが伺える。


 そこまでは一般的な思春期の少年なのであるが、そのぼさぼさの頭髪は、初老の様に半分以上が白く染まってみえる。それは全てが統一された黒っぽい銀色で、さらに目付きは子供のそれとは違い、深く重たいものを感じさせる。


 少年がその金属製の大きな箱を眺めていたのは、別にその外観に興味があった訳ではない。その扱い方を知りたかったのである。


 少年は暫くの間、我慢強く眺めていた。

 すると、そこにやっとその金属製の箱の前に一人の男性が立ったのである。

 少年の目付きをさらに鋭くして男性を見つめる。


 男性は簡単な操作で、箱の下にある取り出し口から、あっさりと缶入りの飲み物を取り出した。


 やはり、そんなに難しいことではなかった。

 男性の行動は、銀色の細長い穴に右手を触れた後に、サンプル品が並ぶ下にあるボタンを押しただけのことである。ただそれだけであった。

 今度はじっくりとみていたのだ。男性の行った操作を把握した。少年はそう、思った。


 男性が去ると、少年は直ぐにその大きな金属製の箱の前にやって来て、早速同じ行動を取って見る。

 だが、何度も同じ事を繰り返して見るが、何も出て来はしない。 


 少年にはこの大きな四角い箱の存在が奇妙であった。

 至る所に設置されていて、誰でも気軽に飲み物を手に入れることが出来る。

 この世界では、誰でもが気軽に手に入れることが出来るのだと思っていた。


 ただ、一見簡単に見えるのであるが、手に入れる方法が分らない。

 自分の分らない何かが必要なのだ。

 今度はじくりと見ていた。その筈なのに…。


 この溝の辺りに触れ、ボタンを押しただけのはずだ。

 少年は暫く自動販売機のボタンを押したり、取り出し口に手を入れたりと色々と試してみた。しかし、何をやっても一向に何も出て来はしない。


(んっ・・・)

 確かに、同じ事をやっているはずなのだ。


 何故自分だけには?


 そう思うと、次第にイラつく感情を抑えられなくなっていく。 そして、ついに業を煮やしてしまい、また左足を振りかぶってしまう。爪先は緑色に鋭く光る。

 もうこの世界に来て何度も繰り返している。


 後ろから女の子に声を掛けられたのは。その時だった。


 少年が振りかぶった足を地面に付けて振り返ると、そのまま金属製の大きな箱を蹴る気持ちが失せてしまっていた。

 女の子の瞳と、言葉の厚みが少年を抑制してしまったのである。

 不思議と少年の苛立ちは消えていってしまっていた。


 後ろに立っていたのは、自分よりも小さなツインテールの女の子である。

 自分に対して、注意の言葉を発したにも関わらず、顔つきに余り表情を感じられない。澄まして立っている。

 注意をしたことに対する自分の反応に、恐れも感じていない。


「ジュースが飲みたいの?」

 女の子は続けて、そう尋ねてきた。


 その時、自分の感じていた温かさの源が、この女の子から発せられていたことに気付いた。

 自分の顔が和らいで行くに従い、恥ずかしさが襲ってくる。

 

「もえが買ってあげるよ」


「あっ、あ・・・」

 恥ずかしくて言葉にならない。

 少年は女の子の積極的な行動に、否定も肯定も出来ないでいたのだが、少年の心を見切った様に女の子は躊躇いも無く、横長の細い溝にコインらしきもを入れた。


(それは、お金?無料ただじゃなかたんだ・・・)


 少年は自分の間違いに気が付いた。


「これ、もえ好きなんだ」


 そう言って、”コゲップガラナ”と書かれたサンプル缶の下にあるボタンを押した。 ボタンの上のサンプル缶には、”新発売”と書かれている。


「これ、新発売なんだ」

 女の子は、さらに同じ動作をもう一度繰り返す。

 そして、身を屈めると透明のアクリルのカバーをめくり、缶ジュースを2本取り出し、少年に1本を差し出した。

 

「あ、ありがとう」


 この世界の言葉を自由に操ることは出来ない。だが、それ位の言葉は勉強している。

 恥ずかしい気持ちを振り絞ってそう応えると、女の子が自分意対して、感情を見せた。

 自分に向って微笑んだのである。


 顔から力が抜けていき、今まで常に顔に力を入れていたことに気付いた。

 

 少年はその飲み物を受け取る。

 購入の方法は分らなかったが、飲み方位は分っている。上面のリングを抉ればいい。しかし、彼女が飲むまでリングを開ける事が出来ない。

 何か、礼儀を教えられているような錯覚に陥る。しかしそれに腹立ちは起こらない。


 女の子が自分の行動に気付き、慌ててリングを開け、飲み口に口を近づけた。


 もう、待ちきれない。空腹なのだ。飲み物でもいい。糖分があるだけで多少は満足出来る。

 少年は、それを一気に飲み干してしまった。


 女の子を見ると、一緒に一気に飲み干そうと頑張っている。

 女の子も少し遅れて飲み干した。


「もえは、最近いつもこれを飲むんだ、美味しかった?」

 そう聞いてきた。話すことは余り上手くないが、言葉の意味は分る。


(名前・・・、”もえ”って言うんだ)

 少年は、その名前を心に刻み、


「うん」

 そう応える。


 少年は少し納まったお腹を押さえると、急に入れた液体がお腹を鳴らせてしまった。

 少年は聞こえただろうか?そう思ったが、しっかり聞かれていた。


「お腹すいてるの?」

 女の子がそう聞いて来る。

 何だか食べ物を催促している様で恥ずかしい。

 だが事実である。情けない顔で頷く。始めて会ったのに、何故か素直になれてしまう。


 すると、女の子は、

「ここで待ってて、もえが何か持ってくるよ」

 そう言って、走り出す。走り出しながら、


「缶はごみ箱にに捨てなきゃ駄目だからね」

 女の子が、そう叫んだ。


 また、礼儀を教えられた。

 少年は、それに頷く・・・。


◆臨時開店◆

 2月の陽の暮れは、まだまだ早い。

 レイラがいつもの様に高田町商店街の八百屋さん”直志商店”の前に来と時には、既に夜空が始まっていた。等間隔に設置してある街灯が商店街を照らしている。


 レイラは家に帰る途中に、高田町商店街を通り掛かったところ、ふと、店を開かなければばらない。そんな気がしたのだ。


 レイラは日曜日を除く毎日、高田町商店街の”直志商店”と言う八百屋さんの軒先を借りて予報屋さんを営んでいる。レイラの生計はそれで成り立っているのだ。


 今日は日曜日である。本来休みの日であるのだが・・・。


「レイラちゃん、珍しいね。日曜日なのに今日はお仕事なのかい?」

 そう、レイラに話掛けるのは、八百屋さんのご主人の”ノシさん”である。

 

「あっ、は、はい・・・」

 レイラはニッコリと微笑むが、ノシさんはその微笑みの作り方に若干の無理を感じた。

 しかし、その気持ちは見せずに、


「お金の入り用でも出来たのかな?」

 そう聞く。


「ははは、まあ、そんなとこです」

 レイラはそう応えた。


「いいねぇ、誰かにプレゼントでもするのかい」

 そう、ニコニコしながらノシさんは閉店の準備を始める為に店の中に戻って行った。


 その後でレイラは、何故、店を開きたいなんて思ったのだろう?と、自問してみた。


 最近界隈で起こる小さいけれど奇妙な事件のせいだろうか?

 昨日の女子大生の予報のことも気になる。今日近辺を見回っていて日中に見かけた、あの鳶職姿の薄い紫色のニッカポッカの女性のことも気になる。


 でも、今のこの気持ちは、それではない気がする。


 黙ってはいられない、何かそわそわする。

 落ち着かない。そんな気持ちなのだ。


 立ち止まって、そんなことを考えていると、二月の夜は寒さが厳しい。元々、今日は予報をするつもりでは無かったレイラは防寒対策に不備があるのだ。


 一度、着込む為にアパートに戻ろう。そう思った。その時であった。

 

 身体に不釣り合いのピクニックに持って行く時の大きなバスケットを持ったもえちゃんがやって来たのである。いつも、本当にタイミングが良い。レイラはそう思う。


「レイラちゃん、どうしたの?」

 もえちゃんが、レイラにそう聞いてきた。


「う、うん。ここを通り掛かったらね、急に予報屋さん、開こうかなと思って」


 レイラちゃん、どうしたんだろう?

 もえちゃんはそう思うが、


「そうなんだ」

 そんなこと位で深く尋ねることはしない。それなりの理由があるのだと理解している。


「じゃあ、もえも手伝うよ」

 レイラの予報屋さんの準備は、もえちゃんの毎日の仕事になっている。

 臨時開店であっても、それは誰にも譲れない。


「うん、ありがとう。でも、ちょっとこの格好じゃ寒いから、これからちょっと着込んで来ようと思ってるの」


「わかった。じゃあ、お客さん集めておくよ」

 そう言って、もえちゃんは八百屋さんの物入れ小屋へテーブルと椅子を取りに行く。


 レイラはもえちゃんに感謝しながら、アパートに戻ることにした。


◆報せ◆

 レイラがコートの中に沢山着込んで戻って来た時にそこで待っていたのは、もえちゃんでは無かった。

 それは、もえちゃんの母の梢であった。 梢はそわそわした様子で、レイラを見つけるなり大きく手を振って来た。


(梢さんどうしたのかしら?)

 不穏を感じながら、急いで近づくと、それは案の定良い知らせ出はなかった。


「レイラさん、大変なの」

 一人娘のもえちゃん以外のことでは、余り動じない梢が慌てている。


「どうしたんですか?」

 レイラはそれに、心臓の鼓動が大きくなるのを感じる。


「健太くんが、襲われて怪我をしたそうなの。どうも、腕の骨が折れたらしいの。頭も打って、今、病院に運ばれたらしいのよ。さっき、和美から電話があったの」


「本当ですか!」

 レイラには、それが信じられない。

 それは、一か月程前に健太くんの予報をしたばかりなのだから。



 ・・・それは

 余り先のことを知りたがらない健太くんの予報は、レイラに取って始めてであった。

 それだけで、彼に取って重大な問題であることが伺えた。 


 健太くんからの依頼は、急に持ち上がった不確かな父の転勤の話であった。

 それが本当になってしまうのか、それを知りたかったのである。


 予報の結果を聞いた後で、一瞬見せた悲しそうな健太くんの顔が脳裏に浮かんでくる。

 そして、その後に見せた笑顔と言葉も。


「やっぱりかぁ。そんな気がしてたんだ。毎日が楽しすぎたからなぁ〜、いつまでも続かないよね。

 レイラさん、僕、本当は毎日怖かったんだ。いつかこの楽しさに終わりが来るんじゃないかってさ。

 でも、終わりが分った以上、残りの時間を楽しまないとね」


 それは、勿論レイラにとっても寂しいことである。

 本人のことを思うと、気落ちしてしまって何も声を掛けて上げられなかった。ただ、頷くだけであった・・・。



 その時、レイラが見たのは4月以降の姿である。確かにもう少し先のことであった。だが、腕の骨が折れたのであれば、その影響が見えてもいいはずである。


 おかしい。やはり、未来に影響を与える力を持った人間が、この辺りに大きな影響を与えているとしか思えない。

 昼間に見た、あの鳶職姿の人だろうか?


 あんなに身のこなしが軽く、恐らく麗美よりも脚が速い女性なんて、この世界で力を受け継いだ人間でさえも、存在するなんて余り考えにくい。

 顔までは確認出来なかったが、確かに体付きからは女性である。


(やはり、自分の世界から法を犯してやって来たのだろうか・・・)

 昨日の女子大生の予報をしてから感じていたレイラの不安が、現実のものになっていく。


 梢が話を続ける。


「もえは、先に病院に行かせたの。私も、これから病院に寄ってから店に行こうと思うの。もえからね、お客さん8人は決まっちゃったから、レイラさんは予報屋さんをやっててって。健太くんの様子は後で連絡するからって」


「でも・・・」

 レイラは自分が予報出来なかったことに後悔が残る。

 だが、どうすることも出来ない。誰かによって時間の進む方向が変わってしまったのだ。

 でも、せめて病院にだけでも行きたい。そう思う。

 しかし、


「レイラさん、病院に大勢で行っても・・・ね。大丈夫、任せておいて。

 ・・・なんて、言っても直すのはお医者さんなんだけどね。和美の話ではね大丈夫だって事だから」


 何でこんな時に、予報をしようなんて思ったんだろう。全く自分のことはからっきし予想出来ないんだから。レイラは自分にがっかりしてしまう。

 

 そんな黙っているレイラに向って、


「レイラさん、レイラさんはこれから8人の人を助けなければならないんだから。それは、レイラさん以外の誰にも出来ないこと」

 そう言い、梢はレイラを見つめる。


 梢の言う通りである。レイラは冷静に思い直し頷く。


「・・・そうですね」

 梢の言う通り自分の気持ちよりも、すべき事を選ぶべきである。  


「じゃあ、私は行くわね」

 梢はレイラの言葉に安心した顔を見せると、大通りに向って走って行った。

 本当は梢もレイラと同じく、健太くんのことが凄く心配なのである。


 <つづく>

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