第18話 五次元に並ぶ世界(気真面目)
小さな事件が頻発。そして、レイラの周りにも・・・。
◆指令◆
空一面に分厚い雲が広がる少し暗めの日曜日の朝。
高田町商店街で、どの店よりも早く開店する八百屋さんの直志商店。その店先に陳列された野菜の群の最前列で、紫色の奇麗な肌を存分に披露しているのは、今日のお勧め品の茄子である。
開店直後にも関わらず、その今日の一押しの茄子を手に取る女性がいる。
彼女は女性としては珍しい格好で、首からはこの店の常連さんと思わせる”直志商店”と書かれたタオルを下げている。
真冬の格好としては、見るからに薄着である。
「はい、茄子ですね」
その店主の言葉に女性は不満げな顔を見せる。「私に買えっていうの!」そんな顔付きだ。
それに、店主が営業スマイルを返しながら、口から出した言葉とは異なった内容を彼女に脳裏に乗せる。
(戻って早々で悪いが、ここ数日の事件を調べて欲しい)
「ああ、そうなのよ~」
それに、お気楽にお姉口調で応えるが、
(ちょっとおかしいと思ってたのよ~)
その後に、店主と同様に無言で付け加える。
つい1年前までは男口調であたのだが、最近はすっかりお姉口調が板に付いている。
疑いも無く彼女は生まれながらの女性であるのだが、口調は自分なりのブームがあるらしくコロコロと変わっていく。今はお姉口調がマイブームらしい。
「いい色してるでしょう」
(8日前に微かな重力の歪を観測したとの連絡が入っている)
やはり店主の口から出る野菜を愛する言葉と、伝える内容は異なっている。
(規模は?)
女性の顔がいきなり引き締まった顔付きになる。
彼女も声には出さない。
(可能な大きさとのことだ)
(関係があるかもしれないとのことですね)
(頼んだよ)
”わかりました”
と、言わんばかりに従順な顔で頷く”わかりましたわ~”と言うお姉顔ではない。
その頷きに店主は、軽快な動きでザルに乗った茄子を紙の袋に移す。
「はい、300円になります」
「買わなきゃだめ~?」
女性のせがむ様な色目かしい言葉に、店主は無言の笑顔。
「もうー、わかったわよ。たまには無料でくれてもいいじゃない。ホント、けちよね~」
泣く泣く、ウサギの顔型の小さな小銭入れから、六つ折りに小さく畳まれた千円札を取り出して広げる。
「毎度ありっ」
そう言って茄子を紙袋に入れて女性に渡すと、折り目だらけの千円札を1枚受け取る。
そして、店主はニコヤカに直ぐ様奥に下がって行く。のだが、
「んっ?」
おつりを持って戻ってくる気配がない。
女性はそれに、
「ねえ、ちょっと、おつり~、おつりちょうだ~いよ~!」
大声で叫ぶ。
その言葉に、店主が立て続けに目にも止まらぬ速さで投げた500円硬貨2枚を、女性は満足げに右手の中指で弾くと、2枚の硬貨は、ウサギの顔型の財布にきれいに収まる。
「おじさん、ありがとね~」
女性は、そう言って嬉しそうに帰って行く。店主も満足そうだ。
◆もえちゃん率いる七面鳥レンジャー◆
その頃、児童公園では・・・。
日曜日の早朝から、そのもえちゃんが久しぶりにみんなを集めて演説を始めている。
みんなと言うのは、3年前にもえちゃんの呼びかけで強引に結成した、”もえちゃん率いる七面鳥レンジャー”の小学生6人。
高田町小学校4年生だったもえちゃん達も、今や最上級生の6年生となった。
だが、もえちゃんを前に、横一列に並ぶ6人は、結成3年を過ぎても結束に揺るぎはない。
「最近、この界隈で色んな事件が起こっている。我々、正義の味方七面鳥レンジャーも充分に注意をして、もし何か見つけたら事件解決に協力しようではないか。
といっても、危険なことをしてはだめなんだ。見つけたら、我々はレイラちゃんに相談することにしよう」
それに、
「『イー』」
と大きな声で応える6人。
3年経っても、このお決まりの返事は変わらない。むしろ以前よりも恥ずかしがらずに大きな声を出している。
しかし・・・何か違和感を感じる。
もえちゃんを含む7人も既に小学6年生。2か月後には小学校も卒業である。
真希未ちゃんは、既に有に160cmを超えており、大人と並んでも決して体格で引けをとらない。むしろ大きい位だ。
公園横の道を、近所の主婦が通り過ぎるが、明らかに真希未ちゃんよりも小柄である。
男子3人で一番背の高い健太くんも、真希未ちゃん程ではないが、春には150cmを超えていたので、160cm近いかもしれない。
もえちゃんは、何か自分たちの光景に違和感をかんじてしまい、黙ってしまう。
それに引き換え、もえちゃんの身長は130cmをやっと超えたところで、7人の中では断突に小さい。自分だけ取り残されている様に感じていた。
「もえちゃん、どうしたの?」
そんな、もえちゃんの様子に真希未ちゃんが気付き声を掛けた。
「うん、もう変かなって」
「何が?」
「うん、七面鳥レンジャー」
それには、真希未ちゃんも驚いてしまう。
あまり、弱気なもえちゃんを見たことがないからだ。
もえちゃんは、いつも自信満々に自分達を引っ張ってくれていた。
「そんなことないよ、もえちゃん。ねえ、みんな」
真希未ちゃんの呼びかけに、
「そうだよ、気にすることないよ。誰が何て言ったってさ。みんな羨ましいんだよ」
陽太君が驚いて、否定する。みんなこの集まりが大好きだ。
他のみんなも頷いている。
しかし、先日もえちゃんは学校で小耳に挟んでしまっていた言葉があった。
”子供っぽいって”
もえちゃんは、大人になって行くみんなが、自分に合わせてくれているだけみたいで、気になっていたのだった。
自分だけが子供のままなのかもしれない。自分だけが取り残されてしまっている。そんな不安があった。だが、
「そうだよ、もえちゃん。気にすることないよ”イー”ってみんなで言うとね。気持ちいいんだよ」
靖子ちゃんも、もえちゃんに笑って見せる。
「そう、小学生最後にさ、何か思い出になることしたいよね。七面鳥レンジャーは正義の味方ってとこをさ」
「そう、そう」
健太くんの言葉にみんなが頷く。
もえちゃんは嬉しかった。自分が仲良しグループにしたくって始めたことを、何の説明もしなくてもみんな分ってくれていた。
方法はもう子供っぽ過ぎるのかもしれないけど、気持ちが分ればそれで充分だった。
「うん、そうだね。そうしよう。でも無理はしないようにしようよ」
「『イー』」
それに、やはりお決まりの返事を返してくれる。
そこに、
「みんな、相変わらず元気いいねわ~」
と、通りがかりの麗美が声を掛けた。
もえちゃん達を公園内に見つけ、近づいて来たのであった
彼女、白崎麗美は、もえちゃん達が2年半前に思井沢高原へ旅行に行った時に、ペンション”わらい茸”でバイトをしていた女子高生である。そして、噂の”へろへろ女”の張本人だ。
2年前に見事、第一希望の中稲畑大学に合格。上京して2年目の冬を迎えていた。
「ああ、麗美姉何処行くの?」
もえちゃんが代表して声を掛ける。
「うん、午後からバイトでさ、今度オープンするお店のビラ配りなんだ。
あとで、貰いに来てね。みんな、なかなか貰ってくれなくてさぁ」
「うん、分ったよ、3回通るよ。100回でもいいけど」
陽太くんの言葉に、
「ハハハ。うそ、うそ。
ありがとう、気持ちだけで充分。じゃあ、急ぐから・・・」
麗美は嬉しそうに笑い。後ろ手を振って去って行く。
「麗美姉は、ホント真面目だな。2~3回だったら本当に通るのに」
雄大くんがそう言う。
「そこが、なんか素敵」
うっとりした顔で、靖子ちゃんは麗美を見送る。
「うん、ホント」
澄子ちゃんも、すっかり麗美ファンになっている。
◆中塚駅周辺◆
レイラは昼過ぎから中塚駅周辺にいた。
それは、昨日予報に来た女子大生の言葉が気になっていたからだ。
レイラは2時間位周辺を見回っていたが、何も事件らしい出来事は起こらなかった。しかし、あちこちで事件の噂話は耳に入ってくる。それだけ被害件数が多い、或いは奇妙な事件だと言うことが認識出来る。
レイラは最後に、線路を挟んで奈々枝のマンションとは反対側を見回っていた。
その時だった。
一瞬の能力を感じた。
「近い!」
レイラの目つきが変わる。
想像以上の能力が感じ取れたからだ。これだけの能力が未だに遺伝として受け継がているとは考えにくい。一気に緊張感が体を締め付ける。
場所は目の前の十字路を右折して、100メートル先十字路を更に右折したところだ。
この辺の地図は既に、記憶に入れて来た。
レイラは急に加速をすると風の様に移動を始める。
黒いパンプスで走る速度は決して人ではありえない速度だ。
幸い人がいない。数秒で能力を感じた地点に向うことは可能だ。
しかし、最後右折をしたところで、能力を感じた場所に目を向けるが、そこには既に誰もいない。
だが、その更に先50mの十字路を鳶職姿の女性が曲がって行くのが見えた。
淡い紫色のニッカポッカにべスト、そのベストの下には赤紫色のポロシャツを腕まくりしている。
首からは、タオルを下げている。
真冬の格好としては、見るからに薄着である。
レイラは直ぐ様、鳶職姿の女性を追いかけた。
能力を感じた地点を通り過ぎ様に見ると、そこには自動販売機が設置されてあり、左サイドに下から蹴り上げた様な穴が一つだけ綺麗にポッカリと空いている。お金の投入口とは反対側である。
恐らく、ジュースだけを盗んだとしか思えない。それも一本を盗むだけに・・・。
もし、一蹴りで空けた穴であれば、相当な能力者である。中の缶ジュースには被害を与えない微妙な位置で蹴りを止め、さらに穴の周囲には損傷が全くみられない。
レイラには、確かに能力が一度しか感じられなかった・・・。
レイラは、そのまま全速で追いかけたのだが、人通りのある場所に出てしまった。
これ以上、全力で走ることが出来ない。
レイラは、その女性に追いつかなかった。
「うそ・・・」
見失ってしまった。
短い距離をパンプスで追いかけたとは言え、全力で走って追いつかなかった。
「誰?まさか・・・」
レイラの心に、この先の不安が過っていく・・・。
◆ビラ配り◆
太陽が南中を過ぎ西に半分位傾いた頃、新宿駅の直ぐ側で麗美はアルバイトのビラ配りの最中であった。
麗美のパートナーは、白山女子大に通う麗美と同じ二年生。
二人っきりのビラ配りも今日で丁度一週間。最終日だ。
「もう、帰っちゃおうよ。絶対バレないからいいよ」
麗美がこのバイトで知り合った、奈々枝は調子がいい。
「だめよ、そんなの。仕事なんだから。それに、他よりバイト料もいいし」
少し前に様子を見に来た雇い主は、麗美達の仕事ぶりを見ると二人を信用して”配り終わったら帰っていい”と言って、戻って行った。
信用を裏切るなんてことは麗美には絶対に出来ない。
「結構~真面目に配ったしさぁ、あと50枚もないもん。配ってもきっと店の売上に関係ないって」
そう言う奈々枝が真面目に配っていたのは、店の人が様子を見に来た間だけで、後は、一人の人に何枚も渡したり、下着の中に少しづつビラを入れたりして枚数を減らしていた。
麗美が店の人が様子を見に来たのに気付き、教えてあげたから良かったものの、そうでなければ見つかっている所であった。
「だめよ。それでなくても・・・」
麗美はそこから先は角が立つので言えなかった。
彼女は真面目に配れば麗美より、よっぽど捌くのが早かった。
麗美が困った顔で、奈々枝を見つめると、
「そんなに気が進まないなら代わりに配ってもいいわよ」
そう言って、残りのビラを麗美のビラの上に重ねる。
「え~っ、ちょっ、ちょっと~・・・」
そう言って、渡されたビラを奈々枝に向けるが、
「それじゃあ、よろしくね」
そう言って、そそくさと帰って行く。
相手の気持ちを推し量ってしまい、つい行動が遅くなる麗美とは正反対に、奈々枝の自分ペースの考え方は行動が素早い。
戸惑ってる間に、奈々枝の後姿を追いかけるには憚れる距離が開いてしまった。
麗美の気持ちは、奈々絵にすっかり利用されてしまったのであった。
その後、結局麗美は残り100枚近くを一人で配ることになってしまった。
「人が見てるとか見てないとか関係ないじゃない。無理なこと言われているわけじゃないのに・・・」
なんで、そんな裏切ることを簡単に出来るのか、麗美には理解が出来なかった。
自分が利用された不甲斐無さを晴らす為に、ぶつぶつ独り言を言いながら不機嫌な顔で配っていたせいか。
それからの100枚は相当な時間がかかり、すっかり冬の空は暗くなってしまった。
「あ~あ、やっと終わった~。もうなんか疲れた~早く帰って、ごはん食べよう~っと」
◆始まりは・・・◆
「あ~あ、バイトで入る分のお金、全部使っちゃったぁ~。あのままビラ配ってた方がお金使わないで済んだかな~」
奈々枝はバイトを切り上げ後に、親宿のデパートで買い物をしていたのだった。
まだ外は暗いとは言え午後6時前。人通りも多い。
いつもと変わらない風景。
ビルも、人も、車も。
奈々絵はバイトと買い物で疲れた足取りで、俯きながら一人暮らしの賃貸マンションに向って歩いていた。
そこに、正面から不審な府雰囲気が伝わってくる。向って来る足取りが極端に早い。それに、自分の回りの人がいつの間にか少なくなっていた。
奈々絵が不思議に思いながら顔を上げた。
すると、目の前から上下を紺のスーツに身を包んだ長身の女が、自分に向って真直ぐに歩いて来る。
細身で印象的なのは、ストレートに胸まで伸びた髪と、瞳の周りが薄く緑がかっていることだ。
奈々枝も余り自分から避ける方ではないのだが、恐怖を感じた奈々枝は全く避ける気配の無い長身の女から、さっと身を交わした。
ぶつかることは、ぎりぎり避けることが出来たのでだが、その瞬間、右肘に掛けていたバッグを長身の女性にいつの間にか盗まれていた。
「あっ、泥棒!、誰か、その女を捕まえて!」
奈々枝が大声で叫ぶが、その女は逃げるどころか、堂々と歩道の真ん中を歩いて行く。
それを、周囲の人達が近寄らない様にと避けている。
(私のバッグ、チックショ~。あの野郎、高かったのにぃ・・・)
そう思い、見ると女の右手には奈々絵のバッグを含め3つのバッグが鷲掴みにされている。
奈々絵は恐怖より怒りが勝り、後からバッグを取りかえそうと飛びかかろうとした。
ところが・・・。
バックを持っていない左手を奈々絵の方に向け掌を開くと・・・。
すると、奈々絵の体が圧力に押されたかの様に、簡単に後ろに頃がった。
「痛っ~!」
(なによ、あいつ。うそでしょ!普通じゃない!!)
身体が震えている。
バッグを取られた怒りよりも、恐怖が先に立ち体が動かない。
振り向いた長身の女は、その奈々絵の姿を見て口元に笑みを浮かべている。
だが、その時彼女の前から自転車に乗って来た少年が、猛スピードでやって来た。
そして、彼女がバッグを掴んでいる右手に掴み掛かった。
「バッグを返せよ!」
現場を目撃していた少年が、奈々枝のバッグを取り返しに来たのだった。
(バカ、あの子やられてしまう)
奈々絵がそう思ったと同時に少年は、自転車諸共、数メートル先に飛ばされていた。
少年は転ぶ体制も整えないないまま飛ばされてしまい派手に転んでしまった。立ちあがれない。
その少年に向って、長身の女性が歩み寄ってくる。
「なにしてるんだ!」
見ていた一人の男性が、女を止めようと割って入るが、いとも簡単に投げ飛ばされてしまう。
その後は、誰も距離をおいて見ているだけで近づけない。
(知らないわよ、私のせいじゃないから・・・)
奈々絵は起き上がると、少年の方を見ない様にして、逃げる様にその場を離れようとした。
だが、その時だった。
転んだ少年の方からバサバサバサと言う、何かが地面に落ちた音が聞こえて来た。
驚いて、奈々枝が振り向くと・・・。
何処から現れたのか、いつの間にか長身の女の後ろに現れ、鷲掴みにしていた女の右手を捻り上げた華奢な若い女性がいた。
奈々枝の聞いた音は、女が掴んでいた3つのバッグが地面に落ちた音であった。
「誰?えっ、女の子・・・」
今、奈々絵の眼の前には、間違いなく昼間一緒にバイトをしていた、あのウザい位に気真面目でトロい麗美の姿がそこにあった。
「うそ・・・」
<つづく>
今回はいつもと違って、前段階が短かかったと思います。