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第17話 晩夏(プライド)

母のプライドって・・・。

◆翌朝◆

 ゴトゴト・・・。

 下の部屋で物音がする。


 もえは二階にあるレイラちゃんの部屋で、布団を並べてレイラちゃんと寝ていた。

 真下の一階は、台所と一緒になった居間である。


 おじいしさんと、おばあさんは、もう、起きてるんだ・・・。


 もえは昨日のレイラちゃんを見てから、おじいさんを助ける方法がないか夜中中考えていた。

 そのつもりでいたんだけど、知らない内に寝ていたのかもしれない。

 

 いつの間にか、窓の色が少しだけ薄くなっている。

 夜中に気にならなかった波の音も耳に入って来る。


 朝なんだ・・・。


 もえの隣からはレイラちゃんの寝息が微かに聞こえてくる。

 レイラちゃんは、普段溜まっていた緊張からの疲れを、一晩で取るかの様にぐっすりと眠っている。

 少し丸まって寝ている姿が、いつものレイラちゃんぽくなくって可愛く見える。


「よ~し」


 もえは、レイラちゃんの睡眠を邪魔しない様に、そっと布団を出た。

 そして、畳の上をそ~っと歩いて、泥棒みたいにドアをそ~っと開けて、階段を降りた。

 

 てっきりレイラちゃんは目を覚ますと思ったのに、いつものレイラちゃんとは全く違っていた。

 もしかしたら、雷が落ちても起きないかもしれない。もえはそんな気もする。


 階段を降りて、居間の引き戸を開くとおじいさんが朝食をを終えてお茶を飲んでいた。

 おばあさんは、朝食の片付けをしていた。


「あら、もえちゃんトイレかい?」

 おばあさんがそう声を掛けて来た。


「うんん、もえはいつも朝が早いんだ」

 そう言って、壁に掛けてある振り子時計を見ると、まだ午前4時にもなっていなかった。

 幾らなんでも早すぎだ。


 それでも、おばあさんは

「そうかい、偉いんだね」

 そう言うだけで、深く突っ込んで来なかった。

 もえはこれが大人ってものなんだと思った。


 先に話し掛けられて、すっかりもえは挨拶しようとしていた言葉を飲み込んでしまった。

 挨拶って、先に会話をしてしまうとタイミングを逸してしまうんだ。


 朝の挨拶も出来ない子だと思われたらどうしよう・・・。


 そう思っていたら、おじいさんから挨拶をしてくれたんだ。


「もえちゃん、おはよう。ぐっすり寝れたかい?」

「うん、おじいさん、おばあさんお早うございます」


 おじいさんの言葉で、もえは改めておじいさんとおばあさんに朝の挨拶が出来て、何だか落ち付いてきた。


「おじいさんと、おばあさんは、毎日こんなに早いの?」

 もえのお婆ちゃんも、早起きだったけど、こんなには早くは無かった。


「そう、漁師の家は朝が早いんだよ」


 へ~、そうなんだ。と思ったものの、と、言うことは、 

「もう、海に行くの?」

 

「そうだね、後10分位したらね」

「ホント!」


 大変だ!もえ、おじいさんとまだ何にも話せてないや。


 結局、何ておじいさんに話したらいいか、全然考えつかなかったけど。

 このまま、「いってらっしゃい」で終わりになんて訳には行かない。


 それでは、レイラちゃんの友達として失格だ。レイラちゃんはいつも色んな人を助けているのに、もえが何も出来ないなんて、そんな訳にはいかない。

 

 そこで、もえは咄嗟に思いついたんだ。


「もえも、一緒に港まで行っていい?」

「もえちゃん、送ってくれるのかい」

「うん、もえ、おじいさんを送りに港まで行くよ」


「そうかい。それは嬉しいね」

 おじいさんは、そう言って顔を綻ばした。


 良かった。おじいさん喜んでくれた・・・・。

 おじいさんは、本当に嬉しそうに見えた。


「じゃあ、3人で行きましょうか。港まで」

 何か、おばあさんも嬉しそうだ。


 もえも、ワクワクして来た。だって、船が出るのを港で見送ったことなんて一回もないんだ。

 それに、朝の海にも行ってみたい。しかも、おじいさんとおばあさんと一緒だ。


 それから、もえは急いでお風呂場に行って、顔を洗ったんだ。


◆間に挟まれて◆

 おばあさんともえは、おじいさんを送りに漁港に向った。

 空気を吸うと潮の香りがした。


 薄暗い中、人も車も通らない道を3人並んで進んだ。

 もえの右側にはおじいさん。左側におばあさんがいる。もえは二人に挟まれていた。


 それだけで、凄くワクワクするんだ。

 でも、もえにはしなければならないことがある。

 自分が喜んでいる場合ではない。


 もえは、何か話さなきゃて思うんだけど。そう思えば思うほど。

「話さなきゃ」って言葉ばっかりが頭の中をくるくる廻って全然、話す言葉が思いつかないんだ。

 昨日はあんなに色んな事を話せたのに。何でだろう?


 もえ、やっぱり何も出来ないのかもしれない・・・。

 どうしよう・・・。


 そう思った時だった、おじいさんから話掛けてくれたんだ。


「もえちゃんのおじいさんとおばあさんは、おじいさん達と同じ位の歳なのかい?」


「ん~、もえさぁ~、おじいさんがいなんだ。お婆ちゃんは、3年前に亡くなっちゃたんだ」


 それに、おじいさんは、すまなそうな顔をもえに見せた。


「そうなのかい・・・」

 そして、おじいさんは悲しそうな目をして、少し間を置いた。


 おじいさんは、もえに気を遣ってくれたんだろうけど、もえは返っておじいさんのことが気になってしまった。

 大人じゃないもえには全然分らないけど、おじいさんもおばあさんも同じ年齢位の人が亡くなった話を聞いたらどう思うんだろう。

 死んじゃう時が次第に近づいてくることに、どう思うんだろう。

 もえは、初めてそんなことを考えた。


 だから、もえは少し明るくしようと思って言ったんだ。


「でも、もえにはお母さんもいるし、レイラちゃんもいるから毎日楽しいんだ」


「そうかい。お父さんといるのは楽しくはないのかい」

 おじいさんは、もえの口からレイラちゃんの名前が出た事にはうれしそうだったんだけど、お父さんって言わなかったのが疑問だったみたいだ。


「お父さんはいないんだ。萌家は、ずっと、女ばっかりなんだよ。

 もえ、朝起きて家に男の人がいたのは、今日おじいさんが初めてなんだ。男の人がいると家の中の雰囲気が全然違うんだなって思ったんだ。

 今日はおじいさんとおばあさんがいて、もえ、凄く嬉しいんだ・・・」


 そしたら、もえは何か手を繋ぎたくなっちゃったんだ。

 もえがおばあんさんの顔を覗きこんだら。おばあさんがもえの手を握ってくれた。


 反対側のおじいさんの方も見てみた。ちょっと期待して。

 すると、おじいさんも、もえの手を掴んでくれた。


 二人に挟まれて両手を繋いで歩くのは久しぶりだ。

 もえがまだ小さくて、優しかったお婆ちゃんが生きていたころに、お母さんとお婆ちゃんの間でよくぶら下がって歩いたっけ。


 それ以来かな?

 いや、もう一度あった。去年の年末に親宿のお母さんのお店から帰る時に、お母さんとレイラちゃんに挟まれて、3人で手を繋いで帰ったんだった。あれ以来だ。


「お母さんもいれば、良かったのにね~」

 おばあさんがそう言ってくれた。

「うん、でもお母さんお店休めないから・・・。

 本当は日曜日は休みにすることにしたんだけど、最近、またお店を開けていて、今日もお店に行ってるんだ」


「お店をやってるのかい?」

「うん、親宿でスナックをやってるんだ。お母さんの店なんだよ。ノシさんも・・・」


 そう言い掛けて、おじいさんとおばあさんに、ノシさんの話をしていないことに、もえは気付いた。


「ノシさんって、もえの家の近所の高田町商店街の八百屋さんで、レイラちゃんはノシさんのお店の前で予報屋さんをやっているんだ。

 ノシさんもお母さんの店に時々来てくれるんだ」


 その時、もえにはおじいさんもおばあさんも驚いた顔をした様な気がしたけど、何に驚いたのかは分からなかった。


「お、お母さんの名前は?」

 おじいさんが聞いて来た。


こずえっていうんだ。萌梢」


「梢さん・・って言うのかい。今度、お母さんも一緒に来て欲しいねー。ねえ、婆さん」

「はい、そうですね。是非、お母さんも連れて来てちょうだいね」


 もえ、それを聞いて凄く嬉しくなっっちゃたんだ。

 なんか、本当のおじいさんとおばあさんが出来た気がしたんだ。


「ホント?じゃあ、来年、お母さんにお店休んでもらうよ。今から言っておけば絶対に大丈夫だよ」


 そうだ、来年は、レイラちゃんと、お母さんと3人で来よう・・・。

 お母さんにも、ここの海で捕れた物を食べてもらうんだ・・・。 


「賑やかになりそう・・・。

 そう、ずっと、おじいさんと二人で暮らしていて。

 やっと、レイラちゃんが来てくれて3人になり。昨日、もえちゃんが来てくれて4人。

 来年は、もえちゃんのお母さんが来てくれて5人ね。

 家に人が5人なる何て何年ぶりでしょうね~」


 おばあさんが嬉しそうに言う。


「何十年ぶりだよ」

 おじいさんが訂正をした。


「そうですね~」


 二人は本当に楽しみにしている様にみえた。

 もえには、凄く気の早い話に思えるんだけど。年を取ると時間が立つのが早いっていうし、そんなものなのかなって思ったりもした。


 それより、レイラちゃんが来るまで、ずっと二人っきりだったと言うことに気付いた。

 だから、見ず知らずのレイラちゃんを家に住ませてあげたんだろうか?

 もえは、凄く聞いてみたくなって、つい聞いてしまった。


「ねえ、おじいさん。レイラちゃんと暮らしたのは、二人で寂しかったから?」

 

 すると、おじいさんは、


「どうしてだろうね、寂しかったのかもしれないね・・・。

 でも、寂しいからって誰でも一緒に暮らしていたとは思わないよ。

 きっとそう言う運命に決まってたんじゃないかな」


 運命と言ったんだ。


「運命?」


「そう、運命なんじゃないかな」


 そうだ、レイラちゃんが予報出来るって言うことは、未来は既に決まっているのかもしれない。

 運命ってあるのかもしれない。

 でも、誰が決めるんだろう?おじいさいんは誰が人の運命を創り出していると思うんだろう?


「ねえ、おじいさん。運命って、誰が造るのかなぁ~?」

 もえは、おじいさんに聞いてみた。


「それはお天道様かな」

「お天道様って、何?」


「そうだね〜、神様かな」

 とおじいさんは教えてくれた。


「神様・・・」


 神様っているのかなぁ~?

 でも、いても全然不思議だともえは思わないんだ。


「そう、だからレイラちゃんは、神様が子供のいない私達の家に連れて来てくれたんだよ。

 ずっと前から、そう言う運命だったんだ。

 運命は決まっていて変えられないんだよ」


 その時、おじいさんは昨日のレイラちゃんの予報を思い出したのかもしれない。

 すこし、感慨深くそう言った。

 

「もし、人間が無理に変えようとしたら、きっとバチが当たっちゃうだろうよ」


 おじいさんのそ言葉で、もえは思い出したんだ。


 そっか!そうだ。


 お母さんも「運命」のこと言ってたことがあったんだ・・・。


「おじいさん。運命って、神様だけが知っているんだよね」

「そうだね~」


「それじゃさぁ、人間がどうしようが、それも全部決まってるんだ。

 そんなことは神様はお見通しだよね」


「そう、なるかな」


「人生を何で変え様としったて。神様はそこまでお見通しだもんね。それを含めて人生なんだよね?神様って凄いんだよね」


「ん~、そうだろうね」

「きっと、レイラちゃんの予報の結果も全部知ってるんだよね」


 そこで、おじいさんが笑ったんだ。

 もえを見て笑ったんだ。

 おじいさん、きっともえの言いたいことが分ったのかもしれない。

 

 もえが、昨日のレイラちゃんの予報を聞いていたことが分ったのかもしれない。


「もえ、前にお母さんに聞いたことがあるんだ。レイラちゃんに予報してもらった人だけが幸せになっていいのかなって」


「そしたら、梢さんは何て答えたんだい?」


 あれ?今おじいさん梢さんって名前で呼んだ。

 もえは少し気になったんだけど。お母さんの言葉をそのまま伝えたんだ。


「それも、運命なんだって。レイラちゃんに予報してもらったことも運命なんだって。

 全部含めてそうなんだって。

 おじいさんの言う運命が神様が決めたことなら、レイラちゃんが予報出来るのも、それを聞く人がいて。信じるのも全て運命なんだ」


 もえは、そう思う。

 そうだ、レイラちゃんの予報で未来を変えてもだ。

 神様から見れば、それも含めて既に神様が決めた人生に違いない。

 もしかしたら、神様は人間に選択することも与えてくれているのかもしれない。


 もえの言いたいことが、おじいさんに伝わったかどうか分らないけど、何故かおばあさんが目頭を押さえていたんだ。


「なにで変えようとしてもか・・・あの梢さんが・・・」

 おじいさんは小さい声で呟いた。


 それから、おじいさんは船に乗った。

 もえとおばあさんは、白んでいく空に向って、おじいさんの船が港から出て行くの見送った。

 もえは、手を振りながらおじいさんに叫んだんだ。


「来年、お母さんも連れくるから、5人で花火しよう」って。

 美味しい、お魚何て食べれなくていい。

 5人でご飯をた食べて、レイラちゃんの好きな線香花火をして、わいわい話を出来ればそれで充分なんだ。


 おじいさんは、もえに手を振りながら、

「わかった」

 って応えてくれた。


 もえは、それに念をおして、

「約束は必至に守らないと駄目なんだよ!」

 って言ったんだ。すると、


 おじいさんは、大きな声で笑って、頷いてくれた。

「わかった・・・よ」

 って。


 もえと、おばあさんはおじいさんが港を出るまで見送ってから、家に戻った。


 もちろん、手は繋いだままで・・・。


◆おじいさん◆

「約束・・・か。守るさぁ」

 おじいさん、高木壱造たかきいちぞうはそう呟いた。


 壱造は思う、あの子の成長が見たいと。

 どんなに運命に逆らってでも。


 運命に逆らって?

 もしかすると、本当にあの子が教えてくれた”神様の与えてくれた選択肢”なのかもしれない。


 いや、きっと神が与えてくれて選択肢なんだ。そう思った。

 そして、最善の選択方法が自分に与えられたのだ。そう、信じようと思った。


「あの子の言う通りだ。さすが、ノシアさんのお孫さんってとこか・・・」


 壱造は、手を振り続けているもえちゃんに向ってもう一度手を振った。


「いい子だ。輝いてる」



 そして、船を進めながら壱造は”あること”に気付いた。


「そ~か、そうなんだ」 


 ”レイラちゃんの一番仲の良い友達”その理由に気付いてた壱造は妙な嬉しさに、笑いが止まらなかった。


「当然か・・・」


◆おばあさん◆

 もえと、おばあさんが家に帰ると、レイラちゃんが外で待っていた。

 レイラちゃんは、口を膨らませて怒っている。


 どうやら、自分一人だけを置いて行かれたことに腹を立てているみたいだった。


 もえ、怒ったレイラちゃんを見るのは初めてだったから、少し驚いたんだ。

 でも、本当に友達になった気がしたんだ。


 だけど、そんなレイラちゃんの態度も、おばあさんはなだめるのが上手いんだ。

 これは、もえも今後の為に参考にさせてもらうことにした。


 それは、簡単なことなんだ。

 ポケットに予め用意した、イチゴの飴を渡せばいいんだ。

 レイラちゃんの膨らんだ口元が本当に綻ぶんだ。



 その日、おばあさんは加工場の仕事に行かなかったんだ。休みを取ったらしい。

 少しでも、レイラちゃんと一緒に居たかったのだと思う。

 でも、レイラちゃんは、昨日と違ってどこかぎこちないんだ。何か言いたそうに迷っているようだった。


 きっと、おばあさんはそれに気付いていたと思う。だけど、おばあさんは昨日と全く変わらなく接していた。


 もえは何とかその雰囲気を変えようと思って、もえ達が帰るまでの間、片付けや、掃除とかの家の仕事を手伝うことを提案をしてみたんだ。


 おばあさんは、いいって言ったんだけど、おじいさんもおばあさんも普段働いているから大変なはずだ。

 それには、レイラちゃんも大賛成してくれて、3人で掃除を始めたんだ。

 なんか、みんなで掃除すると、みるみるうちに奇麗になって行って凄く楽しいんだ。


 そして、3人にでお昼ごはんを食べると、あっと言う間に帰る時間になってしまった。


 レイラちゃんは帰る時に、玄関に出たところで、おばあさんに言ったんだ。


「もう一度予報させて」って。


 きっと、昨日のレイラちゃんの言葉で、おじいさんの未来が変わっていることを願ったんだと思う。おばあさんの未来から、おじいさんの未来をみようとしたんだ。


 だけど、おばあさんは、


「うん、ありがとうね」


 そう言いながら首を横に振って断ったんだ


 もじもじしていたレイラちゃんの顔が急に強張ったんだ。


「どうして、やっぱり信用してはもらえないんですか・・・」


 レイラちゃんは、悲しそうだった。もえは初めてこんなレイラちゃんの顔を見て、何も言えなかった。

 でも、おばあさんは言ったんだ。


「レイラちゃんの予報は誰が何を言おうと、誰よりも私が一番信用している。

 その自信は誰にも負けない。本当よ」


「だったら、どうして・・・」


 それにおばあさんは、レイラちゃんの両肩に手をあてて言ったんだ。


「私は、レイラちゃんを本当の娘だと思っているの。

 予報の内容がいいのなら、予報しなくても私は大丈夫。


 でも、もし良くなかったら、レイラちゃんに心配をかけるだけ。

 レイラちゃんには、自分のことを大切にしてほしい。自分の為に生きて欲しいの。


 私は、私達は、レイラちゃんの重荷にはなりたくないの。きっと、おじいさんもそう思っているの」


「重荷なんて、そんなこと・・・」

 レイラちゃんは、首を大きく振って否定した。

 

 でも、おばあさんはレイラちゃんをじっと見つめていったんだ。


「私がレイラちゃんのことを心配していたいの。

 させて欲しいの。

 レイラちゃんのことを思っているのは、私が一番でありたいの。

 世界中で私が一番でありたいの。

 それが、私の、母としてのプライドなの。


 レイラちゃん困ったらいつ帰って来てもいいのよ。でも、私達の為に絶対に自分の人生を壊さないで欲しいの。


 自分の思う道を真直ぐに進んで欲しいの」


 そして、おばあさんは、しっかりとレイラちゃんを抱きしめたんだ。


 さっきまで、ずっと控え目だったおばあさんとは思えない、しっかりとした強い口調だった。

 それに、レイラちゃんは、何も言わず下を向いたまま涙を溜めていたんだ。

 

 

 もえは、思うんだ。

 おばあさんは、ずっと自分に子供が出来るのを楽しみに待っていたんだ。

 待っている内に歳をとってしまって、きっと、諦めてしまったんだ。

 そこに、レイラちゃんと言う子供が急に出来たんだ。


 偶々、赤ん坊でなくて、いきなり大人の子供が出来ただけのことだったんだ。

 待って、待って、諦めて、出来た来た子供なんだ。

 おばあさんにとっては、自分が生んだかどうかなんて、大した問題じゃなかったんだ。


 もえはそう思う。


 おばあさんもおじいさんもレイラちゃんのことを心配することが、きっと幸せなんだ。

 心配されることが、何より心苦しいんだ。


 きっと、レイラちゃんも分ったんだと思う。何が親孝行なのかって。


 それでも、レイラちゃんは言ったんだ。


「また、来ますって」


 レイラちゃんも子供としてそこだけは絶対に譲れなかったんだと思う。

 たった一年だけど、お互いにずっと必要としていた結びつきが、一年と言う時間を遥かに超えているんだってもえは思ったんだ。


 それに、おばあさんは


「うん」

 と、頷いた。


 そして、おばあさんは、もえとレイラちゃんを駅まで送ってくれた。


 レイラちゃんが切符を買っている間に、おばあさんが内緒でもえに言ったんだ。

「レイラちゃんを宜しくお願いします」

 って、そして、頭を深々と下げたんだ。


「レイラちゃんには愛が必要なの。もえちゃんの心が必要なの」

 そう言ったんだ。


 もえは緊張したんだけど、「不束者ですけど」って、おばあさんより深く頭を下げたんだ。

 もえの方が背が低いから簡単だったんだけど、一杯に心は込めたんだ。


 もえは、二人は本当の親子なんだと思った。時間の問題じゃないんだと思った。



 列車に乗っても、おばあさんはずっと、列車に向って手を振っていた。

 おばあさんは列車が走り出して、点の様に小さくなっても手を振っていたんだ。そう思う。

 もえにはそう見えた・・・気がする。


 レイラちゃんは、最初は手を振っていたけど、列車が走り出して少しすると顔伏せたんだ。


 だから、もえは見ない振りして、ガラスに顔を付けたままずっとおばあさんに手を振ったんだ。


◆母のプライド◆

 とっくに、おばあさんは見えなくなっていたんだけど、もえはレイラちゃんと目を合わせることが出来なくて、ずっと列車の窓から海を見ていた。


 色んな思いが、もえの頭の中で渦巻いていた。

 暫く、その思いを海と話してたんだけど、ちょっと首が疲れて来た。


 そこに、丁度レイラちゃんが話し掛けてきたんだ。


「もえちゃん、バッグの中、少し減ったね」

 列車はガラガラに空いていたので、もえはバッグを自分の座席の隣に置いていた。

 レイラちゃんは、それを眺めていたんだ。


「うん、お弁当と、花火が無くなったからね」

 おばあさんからもらった、お土産の味の干物はレイラちゃんが紙袋に入れて持っていてくれていた。


「結局、梢さんが用意してくれてたもの全部必要だったわね」


「うん・・・」

 ホントだった。必要無かった物は何もなかった。

 そうなんだ、お母さんは、もえの事一生懸命に考えて用意してくれてたんだ。

 もえのこと、一番考えてくれているんだ。


「母のプライドか・・・」

 レイラちゃんがそう言った。


 お母さんの”プライド”。


 もえのお母さんがレイラちゃんに言った、”母のプライド”って、そう言うことだったんだ。

 

 もえ、レイラちゃんのことばっかり言ってるから、お母さん寂しかったのかもしれない。

 お母さんの気持ち、もえは全然考えていなかった・・・。

 もえはちょっと反省した。


 列車から見える海は今日も穏やかだった。

 陽射しにきらめく水面は眩しかったけど、凄く奇麗だ。


 そのあと、もえはまた暫くみれない海を目に焼き付けていた。

 本当は、レイラちゃんを少しの間そっとしておきたかったからなんだけど、海をみていたらいつのまにか眠ってしまって、ず~っとそっとしておくことになってしまった。


 昨日、あんまり寝ていなかったから仕方ないや・・・。


 乗り換えの時も、レイラちゃんに起こされたんだけど、何か半分寝ていてよく覚えていないんだ。

 気がついたら、知らないうちに親宿駅に着いてしまっていた。


 もえは、気持ち良く眠っていて、もっと列車に乗っていたかった。

 もう少しゆっくり着けばいいのにって、呑気のんきに思ってたんだけど、レイラちゃんは、まだ真剣な顔だった。


 だって、もえはもう安心していたんだ。おじいさんと約束が出来たんだから・・・。

 おじいさんは絶対に約束を守ってくれるって、もえには自信があったんだ。



 高田町商店街に戻って来ると、いつもと何も変わらなかった。

 当たり前だけど。この当たり前が帰って来たって感じがして嬉しい。

 もっと、海に居たかったんだけど、帰って来るとやっぱりここは、もえが住むのに最高なのかもしれない。そう思う。

 だって、もえに必要なものはすべて揃っているんだもん。


 そして、レイラちゃんとは一旦、商店街の入り口で別れた。

 レイラちゃんの仕事のお手伝いまで、まだ時間があったから一旦家に帰ることにしたんだ。


 今日は、お母さんの顔が早く見たかったんだ・・・。


◆お母さん◆

「お母さんただいま」

 ドアを開けると、もえは大きな声でそう言った。


 もえがお母さんに飛びつくと、お母さんは優しく抱き留めてくれた。


「あら、今日はどおしたの?」

 そう言いながら、お母さんは嬉しそうだ。


 もえは心の中で、お母さんに言ったんだ。


 お母さんごめんなさい・・・。

 お母さんは、いつももえのこと、一番に考えてくれてたんだ。

 お母さん大丈夫だよ。もえにとって、お母さんはお母さんだけなんだよ・・・。

 って。


 そして、お母さんに海岸で拾ったピンクの貝殻と、おばあさんからお土産にもらったアジの干物を渡した。

 お母さんは凄く喜んでくれた。貝殻をずっと、見てニコニコしていた。

 本当は干物の方が嬉しかったのかもしれないけど・・・。



 抱きついたお母さんの体は、一番温かくて、一番柔らかかった。

 やっぱりもえにとって、お母さんはお母さんで、レイラちゃんはレイラちゃん、いや親友なんだ。


 あっ、そうか。真希未ちゃんごめんなさい。

 でも、真希未ちゃんは、きっと許してくるんだ。「もえちゃんいいなあ、レイラさんと親友で」って言ってくれて。

 だから、もえは真希未ちゃんが大好きなんだ。



◆そして◆

 夏休みも終わり、小学校が始まってまもなくだった。

 もえはいつもの様にレイラちゃんより先に来て、直志商店、ノシさんのやっている八百屋さんの前で、予報屋さんの準備をしていた。


 そこに、いつもの様にやって来たレイラちゃんは、いつもと同じなんだけど、いつもとはちょっと違っていた。

 とっても嬉しそうなのを抑えているんだけど、全く抑えきれていないんだ。

  

 喜んでいるレイラちゃんの姿がもえには、凄~く嬉しかった。  


 もえは知ってるんだ。

 こんなに人が一杯いるところで、レイラちゃんがあんなに、あんなに感情を出して喜ぶことなんて、そんなにあるはずがないんだ。


 おれで、もえには直ぐに何があったか分かってしまった。

  

 おじいさんから、漁師を今年で辞めるって手紙が来たんだ。

 

「レイラちゃん、おじいさん、良かったね」

 もえがそう言うと、


 レイラちゃんは、

「何で分るの!もえちゃん」

 と、驚いていた。


 だから、もえは、

「親友を舐めるでは無い!」

 と言った、


 ”親友”って、早まったかな?

 もえはそう思ったんだけど、次の瞬間、もえはレイラちゃんに抱きしめられていたんだ。


 高田町商店街の満中で・・・。


◆いたずら◆

 もえはレイラちゃんに抱きしめられた時、ちょっと悪戯をしたくなったんだ。


 抱きついてきたレイラちゃんのことを振り解いて、レイラちゃんの口を膨らませてみようかなって。


 そして、おばあさんのようにポケットに用意した”苺の飴”で機嫌を取ってみよう、って。


 でも、それを使うのは今度に取っておくことにした。


 今日はいいや・・・。


<つづく>

「第17話 晩夏」は今回で終了です。

 母と子をテーマにしてみましたが、どうだったでしょうか。


第18話は全く詳細が練れていないのですが、2年が経過する予定になっています。

次話も宜しくお願いします。

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