第17話 晩夏(親子)
もえちゃん、レイラの家に行く。
◆堺間結村浜◆
お母さんの作ってくれたお弁当を食べた後も、もえとレイラちゃんは濡れた服を乾かしながら、ずっと海を眺めて話をしていたんだ。
もえはお弁当の前にレイラちゃんと海で遊んでいて波を被ってしまい、パンツまでびちょびちょに濡れていたんだけど、砂浜って熱いから乾きやすいんだ。
いつの間にか、ズボンを穿いたままでも乾いてしまっていた。
「もえちゃん、ズボン乾いたみたいね」
レイラちゃんは、もえのズボンが濡れているのも気にかけていてくれていた。
「うん、パンツまで乾いたよ」
「フフフ、そっか。私もすっかり乾いちゃった」
レイラちゃんの黒のロングスカートもすっかり乾いていた。
レイラちゃんはいつでも上下黒尽くめで、いつもロングスカートなんだ。
今日だって海に来るのに、そうなんだ。
流石に海に入った時は捲くり上げてはいたんだけど。
そんな不釣り合いな格好でもレイラちゃんは、ここの海が良く似合っていた。
海を見つめている姿も、砂浜で濡れたスカートを乾かしている姿も。
きっと、何度もここで濡れた服を乾かていたんだと思う。
もえも、海が似合ってるのかなぁ?
似合っていればいいなと思うんだ。
だって、海って凄いんだ。いつまで見ていても全然飽きないんだ。
「ねえ、レイラちゃん。海ってさぁ、いつまで見ていても全然飽きないんだね」
もえがそう言うと、
「ホント、何でだろう」
レイラちゃんはそう言って海を見て笑っていた。
レイラちゃんは笑っているだけだったけど、でも、もえは考えたんだ。
何で飽きないのかって・・・。
そして、もえは思ったんだ。
海を見ていると、色んなことが頭の中で穏やかに浮かんで来るんだ。
そして、良く分んないけど、色んな気持ちになってるんだ。人とお話をしている時の様に。
きっと、海はずっと、もえに話掛けてくれているんだ。
だから、きっと飽きないんだ。
レイラちゃんも、そう思うんだろうか?
もえがそんなことを考えていると、レイラちゃんが立ちあがって海に向って言ったんだ。
「ただいま」って。
レイラちゃんも海とお話していたんだ。きっと・・・。
それから、レイラちゃんは陽の高さを確認してから言ったんだ。
「さて、もえちゃん、そろそろ行こうか」
そう言う、レイラちゃんは凄く嬉しそうだ。
「おじいさんとおばあさんの家に?」
もえは不思議そうに応えた。
もえが聞いていた時間より少し早い気がしたからだ。
「うんん、その前に寄りたいところがあるの。何か海を見てたら行きたくなっちゃった。もえちゃん行ってもいい?」
もちろん、もえは応えた。
「うん、行こ!」
レイラちゃんの行きたいところは、魚の加工場だった。
魚の加工場は港の直ぐ側にあって、そこでは漁師の奥さん達が働いているとのことであった。
レイラちゃんのおばあさんは、今でもそこで働いており、そろそろ仕事を終える時間らしいんだ。
でも、レイラちゃんがそこに行きたかった理由は、おばあさんを迎いに行くだけでは無かったんだ。
もえも初耳だったんだけど、何と!レイラちゃんもそこで働いていたらしいんだ。
もえ達は、砂浜を港に向って歩いてた。
砂浜は歩きずらかったけど、見たことの無い虫とか、色んなものが落ちていてとっても楽しいんだ。
もえは、ピンク色の小さな貝殻を拾った。
お母さんに似合う色だったからなんだ。
もえ達は加工場に行くまでに、2人の小母さんに会った。
小母さんは、普段走りそうもない体格なのに、レイラちゃんの姿を見つけると、砂浜を物凄い勢いで走って来た。
ブルトーザーみたいに見えたけど、黙っていることにした。
小母さんはいきなりレイラちゃんの手を取ると、嬉しそうに話し掛けてきた。
小母さんの話は、レイラちゃんの生活のことばかりなんだ。
住まいのことや、食事のこと。病気はしてないかとか、友達は出来たかとか。
レイラちゃんのこと、凄く気遣っていた。
きっと、レイラちゃんはここでも人気者だったんだ。
小母さんは別れる時、凄く名残り惜しそうに何度もレイラちゃんの手を握り締めていた。そして、別れた後、もえが振り向く時は、小母さんはいつもこっちを見ていて手を振ってくれた。
もしかしたら、後を向きながら歩いていたのかもしれない。もえには、そうとしか思えなかった。
それから、暫く歩くと、港に着いた。
もえ達が港に着いた頃には、陽も大分西の空に移動していた。
◆魚の加工場◆
港はもえが小さい頃に見た大きな船が何隻かが泊っている港とは全然違っていて、小さい漁船が隙間なくぎっしりと停まっていた。
魚の匂いも、少し臭かった。
魚の加工上は、港の直ぐ前にあった。加工場の外には開いた魚が一杯干してあった。
もの凄い魚の匂いがしたけど、港の臭いより美味しそうな匂いがした。
そこで、魚を干していた小母さんがレイラちゃんを見つけると、仕事の手を止めてこっちに向って、やっぱり物凄い勢いで走って来た。
「あらー、レイラさんじゃないの。いつ帰ってきたのかい?」
小母さんは、やっぱりレイラちゃんの手を両手で握って、凄く嬉しそうだ。
ここの挨拶は両手を握るんだろうか?
レイラちゃんはちょっと照れながら小母さんに応えていた。きっと想像以上の歓迎だったんだ。
「午前中に、帰って来たんですけど、ちょっと海に行きたくって」
「そうかい、レイラさんは海が好きだったものね~。
レイラさんが帰って来るって聞いて、みんな楽しみにしてたんよ。寄ってくれて、ありがとう~ね」
小母さんは涙を流しそうにレイラちゃんの手を握っているんだ。何か、もえも貰い泣きしそうだ。
そこに、加工場から出て来たおじさんがレイラちゃんを見つけると、工場の中に向って叫んだんだ。
「お~い、みんなレイラちゃんが来てるぞ~」って、そしたら中から続々と、みんなニコニコしながら出て来たんだ。
レイラちゃんのおばあさんは、今日は早く帰ったらしかった。レイラちゃんが帰ってくるから色々準備しなければならないって張り切っていたとのことだった。
レイラちゃんは、もえを加工場に人達に”友達”って紹介してくれたんだ。
確かにもえはまだ子供だから、何て紹介していいか難しいところだ。
だから、ちょっと不釣り合いだけど、きっと友達って言ってくれたんだと思う。でも、もえはそれでも
凄く嬉しかったんだ。
レイラちゃんは加工場でも人気ものだった。
羨ましくなる位の歓迎ぶりだった。
もえはそこで、教えてもらったんだ。レイラちゃんは誰より鰺を捌くのが早いらしいんだ。
多分、レイラちゃんには世界中の誰も勝てないって。
料理は下手だけど、包丁捌きが上手いって言うのはレイラちゃんらしい気がする。
暫く、誰も仕事に戻ろうとしなかった。レイラちゃんも、それをちょっと心配して唯一のおじさんに目を向けた。
すると、おじさんは上手いんだ。
「さあて、みんなそろそろレイラちゃんを放してあげないと、高木さんに怒られっぞ、ハハハ」
そうか。そうやって、仕事に戻せば角が立たないんだ。もえは感心して、覚えておくことにした。
「そうでした。高木さん、遅いって怒ってるわね」
「ごめんざさいね、気が利かなくって」
おじさんの言葉に、小母さん達は申し訳なさそうな顔で頭を下げていた。
「じゃあ、レイラさん。みんないつでも待ってるのよ、いつでも帰って来てね」
「ホント、また来てね。レイラさんがいないと寂しいわ」
「ありがとうございます」
みんなと、お別れの挨拶をして、もえ達は加工場を後にした。
みんな、いつまでもレイラちゃんに向って手を振っていた。
なかなか仕事には戻らなかった。
ここで、もえには一つ嬉しいことがあったんだ。
レイラちゃんと、おじいさんとおばあさんの苗字が一緒だって分ったんだ。
驚いたけど、凄く安心したんだ。
◆一番仲の良い友達◆
道を曲がって工場が見えなくなると、レイラちゃんがもえに手を差し出したんだ。もえはその手を握った。
「さあ、もえちゃん私の家に行くわよ」
やっぱり、本当はレイラちゃんも、おじいさんとおばあさんの家が自分の家だって思ってるんだ。
そうだよ、レイラちゃんの家だよ。もえはそう心の中で叫んだ。
工場から駅前の通りに出て少し駅の方に戻ると、レイラちゃんの家があった。
「もえちゃんあそこが私の家」
そう言う、レイラちゃんの足取りが速過ぎてもえは小走りだ。
レイラちゃんの声がはずんでる。
ここでは、初めて見るレイラちゃんのを沢山見ることが出来るんだ。
レイラちゃんの家はお世辞にも立派な家とはいえない。三角屋根のこじんまりした2階建てだ。
青いトタンの屋根が錆びて半分茶色くなっている。
壁は黒ずんだ木の壁だ。
家の前に行くと、木製の表札には”高木 壱造”、”房代”とあり、その隣には手造の木札に”レイラ”と言う名前が書いてあった。
ちゃんとレイラちゃんの名前が残っていた。
レイラちゃんは、それを確認すると、ニコリと笑って、玄関の引き戸を開けた。
「ただいまー!」
レイラちゃんの声に、直ぐ様声が返って来た。
既に、おじいさんとおばあさんが玄関に出て待っていたからだ。
「おかえり」
ゆっくりとそた二人の声が、奇麗に重なった。
凄く重く心に響くんだ。
「ただいま、おじいさん。おばあさん」
その時、レイラちゃんの顔付きが変わったんだ。
どう変わったかって言うと難しいんだけど、なんか無防備なったていうんだろうか。
レイラちゃんって、話をしている時も、どんなに緊張している時も決して気を緩めるなんてことをしないんだ。
きっと、今ならもえでもレイラちゃんに勝てるかもしれない。
無理かナ・・・。
「おかえりなさい、レイラちゃん」
おばあさんが、レイラちゃんの手を取り、握り絞めている。おじいさんは、それを見て頷いている。
涙ぐんでいるのかも?しれない。
もえも、3人を見ていると、とっても嬉しくなって来た。
もえは、おじいさんがいないから良く分んないけど、おじいさんもおばあさんも、もえのおばあさんと同じ位優しい気がする。
レイラちゃんは、挨拶が終わると、真っ先にもえを紹介してくれた。
「ああ、おばあさん。私の友達の・・・」
レイラちゃんがもえを紹介しようとすると、それを遮って言ってくれた。
「ああ、分ってるよ。手紙に書いていた”一番仲の良い友達”だろう。まあ、ずいぶん可愛い友達なこと・・・」
もえはそれを聞いて、めちゃめちゃ驚いたんだ。
えっ、一番仲のいい?”と・も・だ・ち”?
もえ、やっぱり、レイラちゃんの友達なんだ・・・。
レイラちゃん、本当に友達だって思ってくれてるんだ。
さっきの加工場での紹介も、本気だったんだ。
それも、”一番仲の良い”・・・。
もえは、思ってもいなくて、物凄く嬉しくなって大きな声を出してしまった。
「レイラちゃ、レイラさんの友達の”萌もえ”です」
って、胸を張って、おじいさんとおばあさんに挨拶をした。
レイラちゃんは、照れていたけど・・・。
おばあさんが、そう言ってもえの頭を撫でてくれた。
「おや、お利口さんだね~」
そう言って。
そんなに子供じゃないんだけど、もえが小さいから誤解してるのかな?
でも、もえは凄く嬉しかった。おばあさんの少しざらざらした手が懐かしかった。
この後、ちょっと早かったけど、おばあさんが早くから用意してくれていた夕食をみんなで食べたんだ。
おじいさんが海で捕って来た魚や貝に、レイラちゃんの好きな長ネギの沢山入った鍋、おばあさんの働いている加工場の魚の干物。それに、炊き込みごはん。
もえの大好きな、サバ味噌もあった。
そして、最後は、レイラちゃんの大好物のイチゴのショートケーキが出て来たんだ。
専ら話は高田町商店街の話で、おじいさんもおばあさんは、もえの話を楽しそうに聞くんだ。
もえとレイラちゃんの出会った時の話や、初めて予報に来たお客さんの話に、この間行った思井沢の話。
おじいさんとおばあさんは、もえの話を聞くのが凄く上手くて、もえはずっと話っ放しだった。
話し過ぎだったかな?
でも、本当に喜んでくれてたんだと、もえは思うんだ。
それから、お母さんが用意してくれた花火をしたんだ。
やっぱり、レイラちゃんは線香花火に目を輝かせて子供の様にはしゃいでいた。
おじいさんとおばあさんは、レイラちゃんのことを小さな子供を見ているような目で見ていたんだ。
レイラちゃんが、この家に住み始めた頃ってもしかすると、もえの全く知らないレイラちゃんだったのかもしれない。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、もえはレイラちゃんの部屋で先に寝ることにした。
お母さんとの約束した8時半前よりも少し前だったけど、もえは気を利かせたんだ。
いつも寝る時間は9時なんだけど、きっと3人で話したいことがある筈なんだ。
だから、お母さんも8時半って言ったんだと思う。
もえはさらに気を利かせたんだ。
レイラちゃんの部屋は、一部屋だけある二階の部屋で、レイラちゃんが住んでいた時のそのままであった。レイラちゃんが、そのままだって言ってたから間違いない。
小さなテーブルに、古い洋服ダンスが二つだけの部屋だった。それも一つは、おばあさんの物らしい。
既に、布団が二つ並べて敷いてあった。おばあさんが敷いてくれていたんだ。
もえは、二つの布団が少し離れていたので、ぴったりとくっつけたんだ。
もえは、レイラちゃんの洋服ダンスからTシャツを借りてパジャマ代わりにした。
レイラちゃんもTシャツを持っていたんだ。
もえには短いワンピースみたいだった。
もえは、布団に就くと直ぐに眠りについてしまった。遊びすぎて疲れていたからだと思う。
でも、もえはおしっこがしたくなって直ぐに目が覚めてしまった。寝る前に、面倒でトイレに行かなかったんだ。
時計を見ると、まだ時間は9時を過ぎたばっかりだった。
すると、下からレイラちゃんの声が聞こえて来たんだ。
おじいさんとおばあさんの家は、他の部屋の声が聞こえ易いんだけど、ちょっと聞こえすぎだ。
レイラちゃんが大きな声を出すなんて、もえは初めて聞いた。
驚いて、階段に繋がるドアをゆっくりと開けて、盗み聞きをしてしまった。
お母さんいいよね。だって、きっとレイラちゃんの一大事に違いないんだ。
「お願い、おじいさん信じて。本当なんだから。お願い!」
レイラちゃんがそう言っている。
レイラちゃんが困っている。何とかしなきゃ。
もえはレイラちゃんの一番仲の良い友達なんだ!
レイラちゃんを助けられるのは、もえなんだ。
もえはそう思って、頷いたんだ。
◆レイラの感情◆
もえが寝た後、レイラちゃんとおじいさん、おばあさんの3人は、レイラちゃんの仕事「予報屋さん」の話をしていたようだった。
いつもだと寝る時間のおじいさんも、今日は久々のレイラとの再会の喜びに夜更かしをしていた。
「おじいさんには分らないんだけど、レイラちゃん、その予報と言うのは占いとは違うのかい?」
「もちろん!違うのよ、おじいさん。
私の予報は、過去と未来を言い当てるだけのものではないの。
幸せになる為の一番良い未来をを選びだして、それを教えてあげるの」
レイラは自分の力で見つけ、軌道に乗った仕事を、おじいさんとおばさんに伝える喜びを感じていた。
「一番良いかどうかって、どうして分るんだい」
「それは、年を取って、未来に良かったって言葉を言えるからなの」
「レイラちゃんにはそれが、分るんだね」
「へへへ・・・」
「やっぱりレイラちゃんは、凄いね~」
「そんなこともないけど・・・、そうだ、おじいさんとおばあさんも予報してあげる」
「ホントかい。それは嬉しいね、ねえ」
おじいさんが、おばあさんを見ると、
「はい」
おばあさんも嬉しそうに頷いている。
レイラは、一瞬目をつぶって集中をした。おじいさんとおばあさんには見えはしないが、青い炎の様な光が立つ。
レイラの脳裏に、未来が過去の記憶の様に瞬時に刻まれていく。
すると、先程までにこやかだったレイラの顔が、見る見る間に強張っていった。
「あれ?、えっ?こんなことって?」
顔色も青くなっている。
「うそ、うそ・・・」
「どうしたんだい?」
おじいさんは、その様子に心配して、予報中のレイラに話し掛けた。
「おじいさん、お願い。漁師を辞めて!今年中に必ず辞めて!」
レイラが叫ぶ様に言った。
「急にどうしたんだい」
レイラの珍しい行動におじいさんも驚いてしまう。
「事故に遭うの」
「事故?それは大変だ。いつなんだい」
レイラの感情に反して、おじいさんは落ち着いて問いかける。
「それが、駄目なの。その日休んでも、その後にも」
「じゃあ、その日も休むとしよう」
焦っているレイラにも、おじいさんは穏やかに答える。
「駄目、駄目なの、休んでも休んでも、何回も何回も遭うの」
「そうなのかい・・・」
おじいさんは少し目を瞑って俯いた。
「だから、だから漁師を辞めて。お願い」
少しの沈黙の後、
「寿命なのかもしれないね、ねえ婆さん」
おじいさんは、未来を受け止めた様に言った。
「はい・・・」
おばあさんの目が濡れていく。
「そんなこと、ないの。漁師を辞めれば・・・」
「レイラちゃん、それが私の人生なら、それを受け入れなければならないね。
私は漁が好きなんだ。私の人生なんだ。漁師を続けると人生が終わるのなら、それが運命と言うものかもしれないね・・・」
「おじいさん、そんなこと言わないで。私を信じて。
私のの予報を信じて。おじいさんが一番幸せな道は・・・」
レイラの目に悔しさの涙が滲む。
「信じてるよ。もちろん信じているさ」
「うんん、信じてない。私、本当に有名なの。良く当たるって有名で、毎日くじ引きで当たった人しか予報が出来ないの。ホントなの」
おじいさんはレイラを見ているのが辛かった。
涙を止められるのならば、何でもしたい。そう思った。
しかし、みんなが避けて通れない運命を自分だけが避けて通る。
そのことの重大さを感じていた。
「自分だけ、先を見て長生きするのは、ばちが当たりそうで気が引けるね。ねえ婆さん」
「はい・・・」
おばさんは、静かに頷くだけである。運命を受け止める様に・・・。
「そんなことない。そんなこと・・・」
そんなこと・・・ない。ばちなんて当たらない。おばあさんは止めないの?何で、何で止めないの。
レイラはそう、言いたかった。
しかし、言えなかった。
「せっかく帰って来てくれたのに、わるいことしたね~」
おじいさんが申し訳なさそうにレイラに謝る。
「うんん、そんなことない。大きな声出してご免なさい」
レイラは、まだ時間はある。レイラは焦らず何か方法を考えよう。
何かおじいさんを止める方法があるはずだ。そう思った。
その時、
「バタン」
二階から扉の開く音が聞こえて来た。
◆友達の布団◆
もえは驚いた。
だって、おじいさんが死んじゃうんだ。レイラちゃんが叫んでるんだ。もえだって叫びたい。
叫びたいけど。でも、でも、もえは、叫ばないんだ。今、もえは叫んじゃいけないんだ。
そう思った。
だけど、もえはつい手に力が入ってしまって、扉を開けてしまった。
「どうしよう?」
立ち聞きしたのをバレてしまう。
でもその時、もえは思いついた。もえはトイレに行こうと思ってたんだ。このままトイレに行こう。
もえはドキドキしながら、階段を降りた。
すると、レイラちゃんが、居間から出て来たんだ。
もえは寝ぼけた振りをして、目を擦りながら、
「トイレ」
って言った。
レイラちゃんは、微笑みながらトイレの電気を点けてくれた。
だけど、だけど、まつ毛が濡れていた。
トイレから部屋に戻ってもまだドキドキしていた。
どうしよう・・・。
おじいさんが漁師を辞める方法を考えなきゃ。
もえは、一所懸命考えた。一所懸命考えたんだけど。もえはダメなんだ。いつの間にか眠ってしまっていた。
(あっ、寝ちゃった!)
もえが、夜中に目を開けると、レイラちゃんが隣の布団に寝ていた。
何か、レイラちゃんとは思えない無防備な寝顔だった。
もえはレイラちゃんを見ていると、なんか一緒に寝たくなっちゃったんだ。
レイラちゃんを起こさない様に、もえは体を捩って少しづつ布団の上を移動した。
あと少しで、レイラちゃんの布団だったんだけど、もえは見てしまったんだ。
レイラちゃんの顔に涙の跡があったんだ。
もえは気づいたんだん。友達なのに甘えちゃいけないって思ったんだ。
友達の一大事に、甘えちゃいけないって思ったんだ。
そうだ、何か考えなきゃ。
でも、少しだけ・・・。
もえは手と足を思いっきり開いて、掌と、足先だけをレイラちゃんの毛布の中に入れた。
レイラちゃんの気持ちが伝わってくるようだ。
温っかいんだ・・・。
温かくて、温かくて、もえの心にちくちく刺さってくるんだ。
今のレイラちゃんの痛さが伝わってくるんだ。
レイラちゃん、もえ考えるよ・・・。
<つづく>