第17話 晩夏(海を・・・)
夏休みの最終日曜日に、レイラともえちゃんはレイラの実家のある海に行くことになった。
レイラの実家と言っても・・・。
◆夏休みの終わり1◆
みんなで行った思井沢の旅行から帰って来た日、もえは凄い楽しい思い出で一杯だったけど、レイラちゃんは、ちょっと疲れていたみたいだった。
きっと、もえの知らないところで、凄く無理して頑張ってたんだと思う。
それでも、帰って来たその日も、レイラちゃんは予報屋さんを休まなかった。
レイラちゃんは一人で大丈夫って言ったんだけど、もちろん、もえも一緒に高田町商店街に行き、いつもの様に予報の準備を手伝ったんだ。
その時に・・・。
「ねえ、もえちゃん。最近海に行ったことある?」
いきなり、レイラちゃんからそう聞かれた。
(えっ、海、海かぁ?
あんまり気にしたことなかったけど、行ったことあったかな~?)
もえは、直ぐに思いだせなかった。でも、あった。
(ああ、そうだ、1回行ったことがあった)
そうだ、思い出した。
優しかったお婆ちゃんと、お母さんに挟まれて手を繋いで、大きな船を見たんだ。
「幼稚園に入る前にお婆ちゃんと、お母さんの3人で桟橋に船を見た行ったことがあるよ。船って凄く大っきんだ~」
もえは、そう応えたんだけど、レイラちゃんの期待した海とは、ちょっと違っていた。
「あぁ、港ね」
レイラちゃんは、何かを思い浮かべている様に少し上を向いてから、言い直した。
「そうじゃなくてさぁ、砂浜があったり岩場だったりで、泳いだりキャンプしたりしたことなんだけど?」
それの応えなら、簡単だ。
レイラちゃんの言うような海は、テレビで見ただけで、もえは一度も実際に行ったことはなかった。
「行ったことないよ」
もえは、そう応えた。
「そう・・・なんだ」
レイラちゃんは少し間を開けて、
「もえちゃん海に行きたい」
レイラちゃんは何か考えてから、もえにそう聞いて来た。
「そりゃあ、行きたいけどさ~」
(そりゃあ、行きたいに決まってるよ。
んっ?レイラちゃん、何が言いたいんだろう?もしかして)
もえは、ちょっとドキドキした。
すると、レイラちゃんは凄くにっこり笑って、もえに言ってくれたんだ。
「夏休み中にさ、一緒に海に行こうか?」
そう、聞いて来た。
「海! うん、行く行く!」
もちろん、もえは即答したんだ。
でも、良く考えると、
「だけど、お母さんがいいって言うかな~」
いくら、レイラちゃんとでも二人で海に行くことを簡単に許してくれるかどうか心配であった。
「梢さんには、私からも頼んで見るね」
レイラちゃんは、そう言ってくれた。
数日後、レイラちゃんがお母さんに頼んでくれた結果・・・。
今日、夏休み最後の日曜日、予報屋さんの休みの日を利用して、もえとレイラちゃんは海に向っているんだ!
早朝くにレイラちゃんが迎に来てくれて、親宿駅に向って歩いているところだ。
行先は、”堺間結浜”。もえには初めて聞く名前なんだけど、そこにレイラちゃんの実家があると言うことだった。
そして、もえは何とレイラちゃんの実家にお泊りすることになったんだ。
初めてのレイラちゃんと二人っきりの旅行で、もえは何か凄くワクワクだ。
「もえちゃん、重いでしょ。荷物持ってあげる」
既に、レイラちゃんのおじいさん、おばあさんへのお土産と水筒を入れた手提げ袋は、レイラちゃんが持ってくれている。
レイラちゃんに、もえの荷物を全部持ってもらう訳にはいかない。
「いいよ、自分の荷物だから」
そうは言うものの、背負ったバッグはパンパン。背中は既に汗だくだった。
「もえは、自分で用意するからいいっていったのに、お母さんが用意するからこんなに荷物が増えちゃったんだ」
もえは、ちょっと怒っていた。
そうなんだ、いつも何でももえが自分でするのに、今回はお母さんが自分で用意をするって言うんだ。
これでも、レイラちゃんが迎に来てくれてから、レイラちゃんの実家にあるものを省いて、やっとカバンに詰めることが出来たんだ。
「でもね、もえちゃん。昨日のお昼にね、商店街で梢さんにあったのよ」
レイラちゃんは少し羨ましそうに、そう言った。
「お母さんに」
もえが真希未ちゃんの家に遊びに行ってる間のことだ。
「そう、その時、梢さんね・・・」
◆プライド◆
レイラは、昨日の高田町商店街で、梢の後姿を見かけた。
「梢さん!お買い物ですか」
「あら、レイラさん。こんにちは」
「こんにちは~」
「ああ、そうそう明日もえを宜しくお願いします」
「やだな~、梢さん、そんな改まって」
「一応、私も母ですから、ハハハ。でね、今、明日のもえの準備をしているのよ」
そう言う、梢はレイラから見て凄く張り切っている様に見えた。
「一泊二日ですから、そんなに・・・」
レイラの言葉を止めて、
「そんな訳にいかないの」
梢が笑いながら言った。
そして、梢は買ったものをレイラに見せてくれた。
「明日着て行く服と、パンツとシャツに、着替えのショートパンツとTシャツでしょ。それに、歯ブラシセットに花火」
「花火ですか?」
「そう、もえから思井沢から帰って来て花火の話を何回も聞いたのよ。きっと、凄く楽しかったのね」
「花火の話しを?」
あの色々あった旅行で、何で花火なんだろう。レイラは不思議に思った。
どちらかと言うと、花火で喜んでいたのは自分なのである。
「後、忘れもの無いかしらね~?」
いつも淡々とこなしている梢にしては珍しいことである。
「大丈夫かと・・・、私の実家ですから、何とかなりますよ」
安心させようと、レイラはそう応えたのだったが、
「ううん、そうはいかないの」
梢はゆっくりと首を横に振り、
「これが”母のプライド”なの」
そう応えた。
良く分らないが、そう言う梢の目付きは、レイラにはいつもと違って見えた。
「えっ、プライドですか?」
「そう。ハハ、そうそう、後は、お土産も買わないと。甘いものとか好きかしらね・・・」
「まあ・・・」
「そう、じゃあ・・・」
そう言って、梢は買い物を続けに行ってしまった。
◆夏休みの終わり2◆
「梢さん、もえちゃんの買い物に、凄く張り切っていたのよ。良く分んないけど、母のプライド何だって」
「お母さんが張り切ってたの?・・・プライド?」
お母さんがプライド何て言葉を使うなんて、もえは聞いたことがなかった。
(プライドってどう言うことなんだろう?)
でも、それを聞いて、よく分らないが何か荷物が軽く感じてきた。
「軽い!」
でも、ちょっと軽すぎる。と、思ったら、もえのリックをレイラちゃんが、上から摘まんで持ってくれていた。
「軽いでしょ、お母さんが用意してくれたから軽いのよ」
「ん~、やっぱりレイラちゃんが持ってくれてるからだと思う」
「そんなことないわよ。きっとお母さんの気持ちのせいなの」
レイラちゃんは、そう言って駅までずっと、もえの背負ったカバンを上から持ち上げてくれた。
やっぱり、レイラちゃんは力持ちだ。
親宿駅までは歩いて10分以上掛かるのに、あっと言う間についてしまった。
レイラちゃんと歩いているだけでもえは楽しいのに、これから海に行くんだ。それもレイラちゃんの実家にお泊りするうんだ。そう思うと、体の中で虫が騒いでいるみたいにむずむずして来た。
◆車窓◆
早朝の親宿駅は、日中とは大違いで人は疎らだった。
何か、別の駅に来たみたいに感じた。
レイラちゃんの実家のある”堺間結浜駅”は、親宿駅から電車で30分の三生別駅で襟先岬に乗り換えて、各駅停車で約2時間半の、終点から二つ手前の駅である。
三生別駅で乗り換えたもえとレイラちゃんは、4人掛けの昔ながらのボックス席の窓側に向い合わせで座った。
列車の中はのんびりとした雰囲気で、通路を挟んだ向い側には、おばあさん二人が、のんびりと座っていた。
「もえちゃん、朝早かったから寝ててもいいのよ。着いたら起こしてあげるわよ」
レイラちゃんが、そう言ってくれた。
「もえは、いつも朝早いから大丈夫だよ」
本当は、昨日もなかなか眠れなくて、今朝もいつもよりも1時間は早く起きたんだけど、全然眠たくなんかなかった。
椅子に座ってても、少しドキドキしていて、体はふわふわ浮いているみたいで心地良かった。
「そっか、もえちゃん早起きだもんね」
「レイラちゃんはお寝坊さんだから、寝ててもいいよ、もえが起こしてあげる」
もえはそう言ってみた。
でも、もえは知っている。
レイラちゃんは、何処ででも寝たりすることはしないし、寝ている間に起こっていることも知ってるんだ。
きっと、いつも熟睡はしてないんだ。
今年のお正月にレイラちゃんがもえの家に泊まりに来た時もそうだったから・・・。
それに本当は、レイラちゃんに寝て欲しくなかったんだ。
いつも色んなことはなしているけど、今日は特別な事を色々話したかったんだ。
「私は、寝なくても大丈夫よ」
「そっか、レイラちゃんは、夜7時から10時まで以外は暇だもんね」
「暇?そんなこともないのよ」
レイラちゃんは、”暇”と言われたことに本当に驚いてそう言った。
「じゃあ、何してるの?」
「何って、もちろん勉強よ」
レイラちゃんは当然とばかりにそう応えた。
「えっ?、勉強」
驚いて聞き返すもえに、レイラちゃんは不思議そうな顔を返してきた。
「そうよ。もえちゃんだって勉強するでしょ」
そうレイラちゃんから聞かれたけど、もえ宿題以外で、勉強なんてしたことがなかった。
そりゃあ、本を読んだり、新聞も少し見たりもする。辞書で調べたりもするけど、好きでやっていることだった。
それより、レイラちゃんは、大人なのにそんなに勉強することあるのかなぁ。
もえは不思議に思って訪ねてみた。
「1日に、どのくらい勉強するの?」
「もちろん、家にいるときはずっとしてるわよ」
(もちろん?)
「うそ~、ずっとって1日中?」
「ああ、そっか。そうよね。ご飯食べたり、寝たりもするものね」
(いやあ、そんなことじゃくて)
「テレビとか見ないの?」
「見るわよ」
「なんだ、じゃあ勉強ばかりしてるわけじゃないんだ」
「テレビって凄く勉強になるのよ、ほら、お笑い番組何か特に会話の勉強になるしね」
「お笑い番組で勉強?」
「そうよ」
(レイらちゃんの会話って、天然ボケを抜かすと、全然ボケも突っ込みもないし、はっきり言って全然勉強の成果出てない気がするんだけど・・・
言うのよそうかなぁ~。
でも、言ってみたい)
「あんまり、勉強の成果出てないきがするんだけど・・・」
「うそー!!・・・・・・」
レイラちゃんは、もえの評価に本当にショックを受けていたみたいだ。会話がうまくなった自身があったようだ。
その後、暫く反省しているように、独り言を繰り返していた。
きっと、レイラちゃんは、面白いことも言ってるつもりなんだろうと思う。
いったい、どれがそうだったんだろう?
確かに、面白くはないけど、レイラちゃん最初にあった頃は難しいことは知ってたけど、日常の簡単ことを知らなかった。
でも、今では何でも知っている気がする。
きっと、本当に勉強してるんだ。やっぱりレイラちゃんは凄いや。
列車はゆっくりと進んで行った。
景色は、都会から田舎へと変わっていく。
乗り降りする人も少なくなっていった。
列車に長く乗ったことのないもえは、レイラちゃんとお話をしながらも、ずっと景色を見ていた。
すると、突然景色が大きく開けると、一面が青く輝いているのに、もえは驚いた。
「わっ、海だ!うぉー!」
凄くて言葉にならない。
「うぉー!うぉー!」
「もえちゃん、もえちゃん声が大きいょ」
椅子の上に立ち上がったもえを、レイラちゃんが口に人さし指を当てながら座らそうとしている。
「ああ、う、うん」
気がつくと通路の向こう側のおばあちゃんが、もえを見て微笑んでいた。
レイラちゃんはしきりに頭を下げている。
(そんなに大きな声出しちゃったのかな?)
そう、思ったけど、もえも一緒に頭を下げた。
(でも、凄いや。海って凄いや)
テレビで見るのとは大違いだった。朱真理湖も大きかったけど、全然違う。見渡す限りが水だ。
そうだ、あの時お母さんとおばあちゃんと見た海も港だったんだ。
でも、あの時も凄く嬉しかった・・・。
もえは、テレビで海に浮かんだ船を見るのが好きで、あの時も、テレビを見て船を見たいって言ったんだ。
そっかぁ、あの時はもえの為にわざわざ船を見に連れて行ってくれたんだ。
結構、遠いはずなのに・・・お母さん・・・。
「梢さん、覚えているのよ。もえちゃんと船を見に行った時のこと」
「お母さんが?」
「ええ、この間、もえちゃんと海に行くお願いをした時にね、話してくれたのよ。
もえちゃんが小さい頃に、海を進んでいる船を見ては、いつも喜んでたんだって。だから、いつか海を見に連れて行ってあげようと思っていたんだって。
本当は港に止まっている船じゃなくて、広い海に船が通るところを見せてあげたかったんだけど。ってね」
「そっか・・・」
「でもね、それでももえちゃん大喜びで、大騒ぎして大変だっただって。うぉーうぉー騒いで。もえちゃん、今も変わってないんだぁ~」
(何か、ちょっと気分悪いなあ、レイラちゃん。もえが成長していないみたい)
きっと、レイラちゃんは海の近くで育ったからもえの気持ちは分かんなかったんだ。
でも、あの時のもえ、そんなに喜んでいたんだ。
喜んでいて、
良かった・・・。
◆レイラの出生1◆
「ねえ、レイラちゃんは生まれたのも、海の近くだったの?」
もえは、今まで聞いてみたかったことを、話の流れに任せて思い切って聞いてみた。
「ううん」
「じゃあ、これから行くおじいさんの家って、いつから住んでたの?」
「うん、高田町に来る前に、1年も住んでいなかったかな」
「じゃあ、海の近くで生まれたんじゃないんだ」
「そうなの」
レイラちゃんは、何か昔を思い出す様な目つきだった。聞いちゃいけないような予感がしたんだけど、またまた話の流れで、つい聞いてしまった。
「レイラちゃんは、何処で生まれたの?」
「アハ、生まれたの? 生まれたのはねえ、試験管の中なのよ」
レイラちゃんは恥ずかしそうに、そう応えた。
「えっ?」
もえは自分の耳を疑った。そして、もう一度聞き直した。
「試験管よ。ほら、もえちゃんの学校の理科室にもあるでしょ」
「し・け・ん・か・ん?」
「うん、そうよ」
(レイラちゃんの話面白くないって言ったから無理して、もえを笑わそうとしてるのかな?)
もえは、そう思いたかった。
「レイラちゃん、冗談でなくて、本当は何処?」
「ホントに試験管なのよ」
(うそ、うそ、うそ)
「うそ?」
「ハハハ、ホント、ホント。ガラスの中で大きくなったのよ」
(何でそんなに明るく言うの、レイラちゃん。
試験管って、レイラちゃん、お母さんのお腹じゃないの?
ガラス・・・から生まれた・・・の。
そうだ。そう言えば、お母さんの話を聞いたことがないや。
うそ・・・。
何かレイラちゃんが遠く思えてきた。
あれ?
何か変だ。変な感じだ。レイラちゃんが冷たく感じる。
うそだ。
目の前が白くなってきた。
だめだ。
気持ち悪くなって来た。
倒れそうだ。
せっかくレイラちゃんと二人で海に行くのに。
だめだ、倒れたらだめだ)
・・・・・・・ゴツン。
「・・・・」
(何か聞こえる)
「もえちゃん。もえちゃん、しっかしりて。大丈夫!」
(何か聞こえる)
「もえちゃん!」
(レイラちゃんの声だ
何だっけ?
血がふわ~って戻ってきた。気持ちいいや
あれ?もえ、横になってるんだ。
あれ、おかしいなぁ何で寝てるんだろ?
ここは?
ああ、そうだ。レイラちゃんと海に・・・。
そっか、もえ、やっぱり倒れたんだ)
もえは、目を開けた。
倒れたことに、やっと気付いた。頭をぶつけたみたいで少し痛かった。
「よかった、もえちゃん急に倒れるんだも。びっくりしちゃった。頭大丈夫?」
レイラちゃんがホッとした顔をしている。
「うん・・・」
もえは、まだ声をちゃんと出せなかった。
「ごめんね、具合悪かったのね。気付かなかった」
レイラちゃんはそう言うと、もえに顔を近づけてきた。
(レイラちゃんの顔が凄く近い。
息がかかる。
温かいや。やっぱりレイラちゃんだ)
「顔が真っ青。ごめんね」
レイラちゃんの心配そうな顔がもえの頬にくっ付いた。
(あったかい)
なんか、倒れた自分が情けなかった。
(レイラちゃんごめんね。レイラちゃんは悪くないんだ。
もえが悪いんだ。
せっかく楽しい旅行だったのに)
もえは、(何でショックだったんだろう)って思った。
レイラちゃんはレイラちゃんなのに。
何処で生まれたかなんて、レイラちゃんとは関係ないんだ。
レイラちゃんが決めたことでもないんだ。
レイラちゃんは、こんなに温かいのに。
その時、
「ほら、冷たいミカンよ。熱かったのね」
さっきまで。通路の向こう側に座っていたおばあちゃんが、もえの口の中に凍ったみかんを入れてくれた。
(冷たくて美味しい)
「良かったわね。もう、お姉ちゃん心配して大変だったんだよ。うろうろしてね」
「ありがとう、ございます」
レイラちゃんはぺこぺこ頭を下げていた。
(きっと、もえが倒れて緊張して舞い上がっちゃったんだ。おばあちゃんが寝かせてくれたのかな?)
もえには、レイラちゃんの慌てた姿が目に浮かんできた。
少し可笑しかったかど、笑った悪いから、もえは我慢した。
もえが起き上がろうとすると、レイラちゃんと、二人のおばあちゃんに無理に寝かされた。
「寝てるといいよ」
優しそうなおばあさんに言われると、断れなかった。もえは、そのまま寝ていることにした。
「そうだ、梢さんの用意してくれた水筒に、冷たいお茶が入ってたんだ。もえちゃん飲む?」
レイラちゃんが、一生懸命笑ってくれている。
「うん。少し」
レイラちゃんが、お母さんの用意してくれたお茶をついでくれた。
やっぱり、お母さんの言うとおりに持って来て良かった。
結局、椅子に横になったまま堺間結浜に着いてしまった。
列車の窓から海を見ることが出来なかったけど、降りれば海に触れるんだし、慌てることは無い。と思えることが嬉しかった。
もえが立ち上がろうとすると、レイラちゃんがもえに向って背中を向けて来た。
「はい」
「えっ?」
手を後ろに回して、もえをおぶろうとする格好だ。
「大丈夫だよ。歩けるからさ」
「無理しなくていいのよ」
本当に、もう大丈夫なんだけどなあ。それに恥ずかしいし。
「いいよ」と言いかけた時に、
通路の向こうのおばあちゃんが、
「お譲ちゃん、良かったわね」
「ホント、お姉ちゃん優しいね。いいわね、おぶってもらえて。ねえ」
「ホント」
何て話している。
お婆さんは、こっち見て笑っている。
もえが、おぶられるのを待ってるみたいだ。
もえは、何だかおぶって貰わなかったら、おばあさんに悪い気がして来た。
(しょうがないや)
もえは、おばあさんの気持ちを無に出来なくて、レイラちゃんの首に手をまわした。
(あは、レイラちゃんの背中だ。いい匂いがする)
もえはレイラちゃんの背中に思いっきりくっついた。だって、凄く気持ち良かったんだ。
もえ達が、いや、レイラちゃんが、もえをおぶって列車を降りるとレイラちゃんは、ホームに立ち止まってしまった。
(止まっちゃった!)
恥ずかしいから早く歩いて欲しいのに、振り向いて、列車の中からもえ達を見ているお婆さんに向って、何度も頭を下げているんだ。
おばさんも、こちらに向って手を振ってくれていた。
「もえちゃん、おばあさん手を振ってくれてるよ」
「う、うん」
レイラちゃんは、そう言うけど、もえは恥ずかしくて列車の方は見れなかった。
もえが顔を背けていると、レイラちゃんは、向きを変えて、もえの顔をお婆さんの方に向けようとするんだ。
(もうレイラちゃん。しょうがないな)
もえは俯いて手だけを振った。
レイラちゃんも手を振っている。
もえが、少しだけ列車に視線を向けると、やっぱりだ。手を振るおばあさんの回りの窓では、もえのことを笑いながら見ていた。
(早く行ってくれないかな~)
列車は、心なしか他の駅よりも長く止まっていた気がした。
列車が行った後も、暫くレイラちゃんはホームで見送っていた。
もえが、レイラちゃんの首筋に頭をくっ付けたら、レイラちゃんも、もえに頭を寄せてきた。
◆レイラの出生2◆
「さて、もえちゃん行こうか」
「うん」
やっと歩いてくれた。
列車の音が消えると、波の音が聞こえて来た。
昆布と鰹ぶしの匂いがする。
これが潮の香りなんだ。
海に行くと思うと、もえは、またドキドキしてきた。
単線の小さな駅は海側に駅舎があり、反対側は斜面で低木と藪だった。
少し涼しく感じる駅舎を通り過ぎ、外に出ると陽射しが凄く眩しかった。
駅前の片道一車線の道路の向こうには一軒だけ、木造の小さなお店があった。
レイラちゃんはもえをおぶって、その道路を渡り、お店の脇をすり抜けて行った。
(レイラちゃん、良く知っている道なんだ。当たり前か・・・)
藪を少しすり抜けると、砂浜が広がっていた。そして、その向こうには。
(海だ!)
「もえちゃん、行くわよ」
レイラは、もえちゃんをおぶって走り出した。きっと、もえに元気が出る様に走ってくれてるんだ。(レイラちゃん、大丈夫、もえはもう全然元気!)
レイラちゃんは、流木の上に荷物を降ろすと、黒のパンプスを脱ぎ捨て、海に向って走り出した。
「わあ~」
レイラちゃんが叫んでる。おもしろい。
「あははは」
楽しい。
「わーわー」
波打ち際を全速力に走るレイラちゃんは、信じられない位に速い。
「ねえ、レイラちゃん、もえ降りたい」
本当は、ずっとレイラちゃんにおぶさっていたかったんだ。誰も見てないし。
でも、もえはそんなに子供じゃないんだ。
「ごめんなさい。そうよね」
レイラちゃんに気を使わせてしまった。
レイラちゃんの背中から降りると、もえも靴と靴下を脱いだ。
レイラちゃんは黒のロングスカートを短く捲っている。
高田町フェスティバル依頼に見る、ミニスカートだ。
ちゃんと、無駄毛処理もしている。
「そっか」
もえも真似して、ズボンを捲くった。
海に足を入れると、気持ちがいい。
海って、波が凄いんだ。油断していると波が襲って来るんだ。
「あっ、波が」
と思ったら、レイラちゃんがもえを持ち上げて、波から守ってくれた。
さすがレイラちゃんだ。素早い、濡れないですんだ。
「ありがとう」
「もえちゃん、油断していると濡れるわよ」
と言った矢先だった、もえは腰まで、レイラちゃんもスカートが少し濡れてしまった。
「レイラちゃん、油断した」
もえが、そう言うと、
「あははは、濡れたちゃったね」
レイラちゃんは、濡れたことを喜んでいた。
もえも、ちょっと嬉しかった。レイラちゃんと一緒で・・・。
太陽は、頭の真上にさしかかっていた。
もえが、お腹が空いたと思ったら、レイラちゃんが、
「もえちゃん、お昼にしようか」
と、言ってきた。もしかして、予報されたんだろうか?
(そんなことはないか)
きっと、レイラちゃんもお腹が減ったんだ。
「うん」
もちろん、もえも賛成した。
お昼は、お母さんが用意してくれたんだ。もえのバッグからお弁当を出すと、
「あっ、おにぎりだけじゃない。コロッケが入ってる」
「ホントだ、わあ~、梢さん作ってくれたんだ」
もえのお母さんは親宿でスナックをやっている。
お母さんは、深夜にお店から帰ってから作ってくれたんだ。
レイラちゃんが喜んでる。
レイラちゃんと初めて一緒に食べたのが、お母さんのコロッケだった。あれから1年も経ってないのに、凄く懐かしく感じる。
「梢さんの言う通り、ショートパンツとTシャツ持って来て良かったね」
おにぎりを食べながら、レイラちゃんが感心しながらそう言った。
「うん」
ホントだ。重かったけど、いや、殆どレイラちゃんが持ってくれたんだけど、ホントに持って来て良かった。
荷物が多い位で機嫌を悪くして、お母さんに悪い気がして来た。
お茶も、お弁当も、着替えも、全部もえのこと、凄く考えてくれてたからなんだ。
そう思うと、胸が痛くなってきた。
「母のプライド・・・か」
その時、レイラちゃんが羨ましそうにそう呟いたんだ。
お母さんのプライド?
お母さんのプライドって・・・!
お母さん?
(そうだ、レイラちゃんのお母さんのこと聞いてみよう)
もえは、そう思ったんだ。
お母さんはいるよね、お腹から生まれてなくても。ねえ、レイラちゃん。絶対いるよね。
レイラちゃんが、今度はお母さんの作ったコロッケを美味しそうに食べてる。
もう、大丈夫だ何を聞いても倒れたりしないから。だから思い切って聞いてみよう。
そう自分に確認してから、もえは思い切って聞いてみた。
その時、波の音も、風の音も聞こえなかった様な気がする。
「ねえ、レイラちゃん、お母さんは?」
「いないわよ」
「お父さんは」
「いないわよ」
「うそ?」
<つづく>