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第16話 夏休み納涼”へろへろ女”生け捕り作戦21 

麗美は、再度湖畔道に立つ。

しかし、そこに現れたのは・・・?

◆迷い◆

 麗美の神経に僅かな音震が触れた。麗美はそれに敏感に反応する。


「来る?こっちへ?」


それは、間違いなく改造マフラーが放つバイクのエンジン音だった。


 麗美は不思議に思った。

 いつもであれば、音よりも先に予兆を感じるのである。しかし、今日はエンジン音が聞こえて初めて、その存在に気が付いた。


(どうして?どうして今まで気付かなかったんだろう?)


 バイクは確実にあの大きな木のある場所に向っている。所在が判った今であれば、それも見えてしまう。


 麗美の聴覚には、はっきりとエンジンの音色までが聞き取れるところまで近づいて来ている。

 このエンジン音は、昨日の彼らでない。初めて聞く音である。


台数はたった二台だ。だが、その物凄いスピードが麗美の心を煽り立てる。

麗美はその音にいつもの高揚を感じていたが、その反面、今日はいつもの決意が出来ないでいる。

 彼らを迎え撃つ気持ちになれないでいる。


「どうしよう、どうしたらいいの?」

 

 麗美には分からない。

 それは、昨日からずっと悩んでいたことが麗美を抑制するからだ。


 大丈夫だろうか?


 自分をコントロールできるだろうか?


 抑えられない怒りに支配されてしまわないだろうか?


 そして、怒りのまま、怒りのままに、取り返しのつかないことを・・・? エンジン音は容赦なく近づいて来ている。


自信がない。こんなに不安になるのは初めてだ。


「やめて、来ないで!」

 叫んでみても相手には通じない。


 座り込んで、両手で耳を塞いでも麗美の頭には響いて来る。


 忌まわしいエンジン音が彼女の心を締め付けていく。

(どうしよう、どうしたらいいの)


 麗美は、あの場所を、動物達を、この思井沢高原を、そして、大切な愛を壊されてしまうと言う感覚に陥っていく。


(私、大丈夫?しっかりしなきゃ・・・)


 彼女の強い責任感が不幸にも、もう一つの心を目覚めさせてしまう。


(でも、でも行かなきゃ。行かなきゃだめ)


 エンジン音が近づくにつれて、不安が、心の叫びが、押し込められていき、それよりも大きな力が彼女を支配していった。


 憎しみ・・・。


(そうだ、行くの。この手で守るの!)


 麗美の心を包む心の殻が怒りの色を取り戻して行き、それにつれて、麗美の目つきは鋭くなり、息遣いが荒くなる。


 麗美の思考は次第に憎しみの心に支配されていく。


 麗美は立ち上がった。少し前までの不安が嘘の様に。

 そして、反射的に体が行動にでていた。


「いく!絶対に壊させはしない」

 

 そう思った時には、麗美はペンションを飛び出して走り出していた。

 湖畔道を渡り、森に入ると全速力で森の中を駆け抜けた。


大きな木の所に向って。

 憎しみを心の支えとして。


 その姿を、ペンションの3階の窓から見送る初老の男がいた。


「レイラさん後はお願いします」 ペンションのご主人は、そう呟いた。


◆装う二台◆


―― 麗美がペンションを出る少し前――


 サブのワゴン車は、弘史と昌史のバイクを預けているガソリンスタンドに向かっていた。

 車中では二人の男女が少し揉めていた。


「待って下さい、和美さん。危険やって、自分が行きますーって」


「何いってんのよ、バイクに乗るだけじゃない。私を誰だと思ってんのよ」


和美はサブの言葉は一蹴されてしまった。


 サブは思う。和美の言う通りバイクに乗るだけではあるが、いくら和美の体が大きいと言っても、一般主婦と大型バイクは結びつかない。(このおばはん、こんな大きなバイクに乗れるんやろか?)

 サブには、正義感に燃える無謀な主婦にしか見えてこない。


 しかし、そう思ったサブの心配は、余計なお世話であった。


 ガソリンスタンドに到着すると、和美は待っていたバイクのキーを一つ鉄鎖に投げ渡す。そして、もう一つのキーを、受け取ろうとするサブを無視して、自分がバイクに跨った。


(やっぱり)

 と呆れるサブは、

「和美さん、本当に俺が行きますから」

 そう言うが、和美は頑として聞き入れはしない。


「何言ってるの、あんたよりずっと、上手いんだから。私に任せなさいって」


(レイラさんに、お願いしますって言われたんだから)

 口には出さなかったが、和美はレイラの未来では自分が行くことになっている。

 その確信がある。だから絶対に譲れない。


 これが、自分がこの思井沢に来た役目は、きっとこれなんだ。和美はそう思っている。


 そうだ、あの時靖子ちゃんのお母さんにジャンケンで勝って。子供達の引率を勝ち取れたのもきっと、この為なんだ。  

 和美の粋な心は止められない。


「鉄鎖さん、どなんします」

 鉄鎖は、サブの問いを和美に回した。

「和美さん、ほんまに大丈夫ですかぁ?」


「失礼ね、誰に言ってんのよ」 そう言う和美の顔つきは、いつもの柔和で、朗らかな様相では全く無くなっていた。


 狼のような鋭い目付きに、虎の様な威圧を感じてしまう。

 その存在感には、鉄鎖でさえも引いてしまう。


 鉄鎖は、自分に向けた鋭い笑みに頷いていた。(なるほどね〜)


 和美はヘルメットを被りエンジンを掛けた。

 騒音に近いエンジン音が静寂な闇に響き渡る。


「ほんまに、大丈夫なんか〜?」

 サブの心配そうな顔に笑いを浮かべると、鉄鎖もバイクに跨った。


 それを確認した、和美が物凄い勢いでバイクを発信させた。


「おっと」 それを見て、鉄鎖は置いて行かれない様に慌てて和美を追い掛ける。

(嘘やろ!?)


 後を追う鉄鎖は、和美の以外な姿に笑みが零れて来た。


 和美を見て唖然とするサブは、

(ほ〜言うだけのことあるわ)

 手を振って二人を見送るのだった。



 通称”思井沢通り”を爆進し、湖畔のロータリーの手前で、和美が少しスピードを緩めると、鉄鎖と和美の二人は肩を並べた。


 和美は遅いとばかりに鉄鎖に鋭い目つき向けて、笑い掛ける。


「こわ〜」

 それに鉄鎖が「すみません」とばかりに、ペコリと頭を下げる。

和美はそれに満足そうに頷く。


 二人は湖畔道を左折して、ゆっくりと並走をする。 コテージを少し過ぎると、二人は一気に加速して、大きな木のある場所を目指した。


◆交差する心◆ 


「来た!」


 麗美が森の中から湖畔道に出ると、二つのライトが向かって来ていた。

 どうやら間に合った。


 湖畔道を横断する大きな木の枝の下で、麗美はバイクと対峙する格好となった。


 もの凄い勢いで突き進んで来た2台のバイク。

 そのスピードと爆音を前に、怒りと憎しみが燃え初める。麗美は拳を硬く握っていた。

 

 強い意志を持って。


 しかし、バイクが後100メートルも離れてない所まで近づいて来た時だった、麗美は一旦握った拳を緩めてしまっていた。


 急に自分への恐怖が込み上げて来たのだった。


(なんで・・・)

 全身からは汗が流れ出している。

 恐怖に怯える自分がいる


「だめ、来ないで」


 怒りと恐怖が交差する。

 それは、昨日この場所でレイラに植え付けられた恐怖が、蘇って来たからである。


 憎しみで染まった麗美の心の殻が揺れ始めていく。


しかし、これ以上、これ以上近付いてしまうと、憎しみの心が勝り、手を出してしまうかもしれない。自分に自信が持てない。


「来ないで! まな、愛と遠ざかってしまう」


 心が揺れる。自分が壊れてしまいそうに心が揺れる。


「だめ〜!」


 そう、叫んだ時、


 急に・・・。


 麗美に向かって並走していた2台のバイクは、急ブレーキを掛け、後輪を滑らせながら向きを反転させた。


「何で?」

 そう呟いた時、


「あっ!、後に誰か・・・」


 麗美はその一瞬で気づいた、あの女性だと。

 しかし、そう思った時には肩に手が触れていた。

 女性の手が麗美に届いていた。瞬間、彼女は気を失ってしまった。


 麗美は気を失う瞬間に、心が楽になって行くのを感じた。


 麗美の体が崩れ落ちる。

 その体を抱き止めるレイラがいる。


 それを二台に乗っている二人は振り向き様に確認をする。


 鉄鎖がヘルメットを取り、和美を見ると、

「フフ」 

 ヘルメットを取った和美が微笑んでいる。


 額に若干の汗を滲ませ、充実感に満ちた顔には、若々しいエネルギーを感じる。

 昨日見た、子供を引率している主婦とは全く思えない若さに溢れた顔つきだ。

 

 和美は空を見てに大きく深呼吸をした。


「和美さんにはかなわんはー」

 鉄鎖はちょっと茶化してみた。


「あんたにもね」

そう言いながら、和美は何を思い出したのか空を見ながら表情を変えた。


安心と充実感に満たされた、つい一瞬前までの生き生きとした和美の顔つきが、少し曇って見える。

 何か過去を思い出している。そんな風に見える。


(そーやな、この人も結構むちゃしてして来たんやな)

 鉄鎖には和美の瞳の奥に、後悔の過去が映し出されている様に見えた。


「和美さん」

 鉄鎖は、そんな和美の過去の映像を遮った。


「な~に?」


「後はレイラさんに任せますか」

 鉄鎖の解散の言葉に、


「ええ、そうね。レイラさんお願い」

 和美はレイラにバトンを渡した。


 二人がその場を離れようとした時、

「イケない、これ癖になりそう〜」

 和美は既にすっかり主婦に戻り、昔の自分に戻りかけた気持ちを戒めていた。


「早!」 鉄鎖は女性の変わり身の早さに驚くのであった。


◆過去、そして未来へ◆ 

 レイラは、麗美の過去を見る。


 村が、学校が湖の底に沈む。

 友達が自分の前から消えて行く。

 そこに、妹の愛が生まれる。しかし、事故に遭ってしまう。


 愛の入院している病院から戻って、芝地に行くと、すっかり荒れ果てていた。

 可愛がっていたウサタヌキが一匹ひかれて死んでいる。

 麗美は埋葬した。


 全てが奪われて行く。

 大好きなものが失われて行く。


 それでも麗美は泣いてはいられなかった。

 守るのは自分しかいなかった。

これ以上荒らさせはしない。


 そう強く決意した。



 そして、昨年、子供の幼い雌のウサタヌキが、後ろ脚をひかれて潰された。ウサタヌキの姉妹の妹の方だった。

 それで、彼らに対して完全に冷静さが無くなってしまった。


 守る気持ちよりも、憎しみに気持ちが変わっていった。



 レイラは両腕の中で、気を失っている麗美の心に語りかける。


 ・・・・・・ 人は、

 心を入れ過ぎると、迷路の中に落ちるの。


 入り込んだ中から見える世界は何処をみても同じ景色で、次第に自分を見失ってしまうの。

 そして、自分の閉じ込められた固定観念から抜け出せなくなってしまう。


 一度入り込んでしまった迷路は、中々抜け出せなくて、

 抜け出せない間に、その迷路が一つの殻を形成して、外からの声を遮断してしまうの。


 外の世界が分らなくなってしまうの。

 その結果、自らも出口を探すことも、周りからも出口を教わることも出来なくなってしまう。


 だから、人が心に作る殻が厚く割れなくなる前に・・・。


 麗美さん、あなたは、もう迷路からは抜けているの。


 今のあなたなら殻も破れるはず ・・・・・・



 今、麗美のその殻は今にも割れそうに激しく揺れている。

 この短い間にレイラはその殻を割る手助けをする。


 レイラは、麗美に未来を見せる。

 このまま続けた場合と、止めた場合の未来を。



 その一つ、このまま続けた場合を


・・・・・・

 この先、次第に人に厳しくなっていく自分がいる。

 大好きな愛に対しても、自分の気持ちが伝わらないとイライラしている。


 少しのことも許せなくなっていき、夜な夜な頻繁に能力を使い、この地を少しでも乱すものを攻撃をする様になる。

 心が麻痺してしまい、見境がなくなっていく。


 そして、終に取り返しのつかないことを・・・


 気付いた愛が自分を止める。

 だが、それを振り切ってしまう自分がいる。

 愛の悲しい目が心に刺さる。


 その結果・・・


 その先、愛の周りに自分がいない。

 愛と、両親がの3人が狭いアパートで隠れる様に貧乏な暮らしをしている。

 愛は今以上に必死に不自由な暮らしに耐えている。


 そこに、自分は一生現れない。

 助けることは一生、ない。

・・・・・・



 次にレイラはもう一つ、今の行動を止めた場合を麗美に見せる


・・・・・・

 受験勉強をしている自分がいる。愛が車いすで母の作った夜食を運んでくれる。

 愛が笑っている。

 自分を見つめて笑っている。


 そして、大学生になって、一人暮らししているアパートに愛が遊びに来る。

 沢山の友達を連れて(7人?)、自分の脚?で歩いてる。

 歩いてる。

・・・・・・



 過去と未来が結ばれていく。そして一本の道が出来上がる。

 彼女と、その周り。そして、何より愛ちゃんにとっての希望の未来が出来あがる。


 麗美の心の迷いが消えて行く。心が戻っていく。


 麗美の殻が割れていく。


 レイラは更に新たな迷路に落ちないように、不幸にも能力を持ってしまった人間が迷路に落ちないように、能力を持ってしまった人間の心構えと覚悟を植え込む


・・・・・・ 麗美さん。

 決して使ってはいけないわけではないの。

 (そう、レイラ自信使っているのだから)


 ただ、世間に与える影響を背負う覚悟をしなければならないの。

 そこから、自分が恐れられる存在になる、人として見られない可能性があるから。


 そう、それは能力を使わなくても、自分自身の存在が能力者だと知られてしまうだけでも、人には多大な影響を与えてしまう。

 

 だから、安易に能力を使ってはいけないの。

 使う時には人間の能力の範囲に見せかけて使う必要があるの。

 占いや、マジック、胡散臭い超能力者の様に ・・・・・・



 レイラは麗美を抱き寄せる。

 麗美の辛さを体で受け止める様に。


「ごめんなさい、こんなことして」


 レイラは、麗美を両手で抱え、コテージへと歩き出した。


「もう、戻らないでね」

 今、麗美を包み込んだ殻は完全に破られた。


「愛情が強かったのね」


◆コテージで◆

 子供達がゲームで盛り上がっている中、雄大くんは一人リビングの隅で、今朝、湖畔で下書きをしていた絵を仕上げていた。

 

 そこに、帯人が声を掛けた。絵は、間もなく完成しそうである。


「へ~、上手いもんだね」

 それに、雄大くんは照れ笑いで応える。雄大くんは絵で褒められることが何より嬉しい。


「明日、雄大くんに一緒に行って欲しいところがあるんだけど、いいかなあ」

 帯人は、雄大くんの肩に手を乗せた。二人だけの話だと伝える様に。


「えっ、何処へ」

 帯人に誘われることは初めてである。雄大くんには誘われる意味が分らない。


「町役場へね」

「役場?」

 さらに謎である。


「そう、その絵今日中に完成するよね」

「うん、大丈夫だよ。レイラさんとの約束・・・」

 そう、言いかけて、雄大くんには帯人の言っている意味が理解出来た。


 レイラとの約束がそこに繋がっているんだと分った。


 自分だけみんなとのゲームに参加出来ないのが残念だったけど。自分にしか出来ない役目があったと思うと、凄い嬉しくなってきた。

 ただ、それが何の役目になるのかまでは分らない。しかし、レイラさ役に立つそれだけで充分であった。


「明日、大丈夫だよ」

 

「良かった。じゃあ、明日一緒に役目を果たそうか」


 帯人の言葉に、

「うん」

 雄大くんの心は躍った。



 日中、レイラの依頼で写真をプリントに出しに行った帯人は、行き帰りの車の中で自分の役目を考えていた。


「明日、出来上がった写真を持って、雄大くんと役場に持って行って欲しい」とレイラに言われたことについて。


・・・・・・ あの動物は、確か特別天然記念物とも言っていたはずだ。

 ヒントはそこにあるはずだ。


 写真を持って、雄大くんと、役場へ?

 持って行くだけでいいんだろうか?

 それは、何になるのだろうか?

 何かの役に立つのだろうか?


 達した結論は一つである。あの動物の存在を世間に知らせること。

 しかし、それで何をしようと?

 

 いや、目的を考えれば答えは簡単だ。

 あの場所を守ることだ。麗美の代りに守ることだ ・・・・・・


 そこで、帯人は子供達の楽しそうな姿を、目を細めて見ている愛ちゃんのお父さんに確認をしてみた。


「午前中に行った、写真を撮った大きなきのある芝地は、良いところですね」

 帯人の言葉に、愛ちゃんのお父さんは嬉しそうに応えた。


「有難うございます。持主が言うのも何ですが、ホント良いところすです。お筈かしながら、すっかり忘れていました」

 そう言って苦笑いをする。


「今後、手放したりは・・・」

「いや、ありません。残りの土地は、全て麗美と愛に継いでもらいます」

 お父さんは、直ぐ様全否定してくれた。


「そうですか」

 帯人は、心が躍った。

(良い、お父さんだ。うちの父とは違って・・・)

 そう思った。


 この後、子供達のゲームに全員が参加し大いに盛り上がった。

 

 その最中に、

「来た、レイラちゃんが呼んでるよ。愛ちゃん、おじさん、早く外に出て。麗美さんが来てるよ」

 ゲームで一番はしゃいでいたもえちゃんが、いきなりそう言った。

 

◆家族◆

 麗美は気がつくと湖畔道に立っていた。

 立ったまま眠りから目が覚めた。


「ここは?・・・あれ、コテージ? 何でここに?」

 確か大きな木の所にいた筈である。キツネに摘ままれた気持ちである。


 不思議だ。しかし体も頭も心も凄く楽である。


(夢だったんだろうか)

 そう思った時だった。

 

「お姉ちゃん」

 愛の声がする。

「麗美」

 父の声だ。


(何で、ここに?ここに、父さんと愛が?)

「さあ、帰ろうか」


 父が麗美の肩に手を添えた。

 

 温かい。


(そうだ、何か言わなくちゃ、こんな時間に此処に居る言い訳を。心配させてしまう)

 麗美は何て言っていいか分からなく、取り敢えず呼んでいた。


「父さん・・・」


 それに、

「何も話さなくていいんだ」

 父は応えた。


 父にはわかっている。

 背負っていたものも、話したくないことも。


「ごめんな。ほったらかしで。愛のことも全部任せてしまって」

 父の言葉に麗美は俯いて首を振る。


「でも、これからは麗美は受験のことだけ考えていればいいんだ」

 受験?父からそんな言葉出るとは思わなかった。


「父さん・・・気に掛けてくれて・・・」

「当たり前だ。忘れるわけないだろう、そんな大切なこと」


「でも、もう大学へは行かないって決めたから」

 そうだ、自分は愛ねの責任を果たさなければならないのだ。


「何、言ってんだ。あんなに楽しみにしてたじゃないか」

「父さん、有難う。でも、私はずっとここにいる」

 

 ずっと、黙って聞いていた愛ちゃんが、我慢できずに口にした。


「お姉ちゃん。愛に縛られないで。愛、お姉ちゃんがどんな凄い人になるか楽しみなの」

 愛は麗美がペンションでアルバイトをしている理由を知っていた。


 本当はまだ、諦めきれずに大学の入学金をバイトで貯めていることを。

 自分の為に姉が残るのは心苦しかった。


「えっ・・・」


「そうだぞ、そんなこと言ったら、母さん泣くぞ。何の為に一生懸命働いて、お金を貯めたのか」

「そんな・・・(母さんが、母さんは私の為に働いてたの?)」


「何も心配しなくていいんだ。母さんも、今月で仕事は辞めることになっているんだ。それに・・・」


 父は、愛の脚を指さした。

 愛が力を込めて足を動かす。微かに動く。


 全く気付かなかった。

 それだけ、愛のこと見ていなかったのだ。

 良く見ると、愛の足が青く微かに光っている。

 自分と同じ力が僅かに芽生え始めているのだ。

 

 麗美は訳も分からずに、ただ涙が流れて来た。


 その先が分っていたから・・・。


 そう、ついさっき、その先を知ってしまったから・・・。

 

 頭の中はすっきりしている。3年間悩まされた全ての重荷から解放された。


「さあ、帰ろう。母さんが待ってるよ」


 あの日、マー君と賢君と、大きな木のある芝地で誓った。

 大学に行けば、また一緒に学校に行けると。


 都会の大学で会おうと約束をした。

 そして、みんなで、またここに来ようと。


(それを果たさなきゃ)


 <つづく>

 


次回で、長かった16話が終わる?予定です。

もし、全部お読み下さった方がいらっしゃいましたら。

大変嬉しく思います。

ありがとうございます。

恐らく、17話は短いと思います。

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